第三十四話 歌の門

 僕の耳元からかすかに歌声が聞こえる。

 チロチロ……チロチロ……。可愛らしいその歌声の主は、小鳥だった。

 たぶん外窓から入って来た小鳥だろう。ブルーの羽毛に黄色く小さい嘴、真っ黒い目が美しい小鳥だ。


 僕は寝袋から体を出し、その場でうーんと伸びをした。

 そこから噴水の水をバケツに入れ、顔を洗った。



 ――「今日は歌の門だよね?」

 僕が作った朝食をモグモグしているミキが聞いてきた。

「うん。ガイドブックを見てみるよ」

 

 僕はサコッシュから観光ガイドブックを取り出し、パラパラ……とページをめくっていく。

 ……あった。

 

「えっと。――”歌の門”。歌声の主は誰か。歌声は美しく、聴きに訪れる者が多い――だって」

 ”歌の門”と言うだけあって、誰かが歌っている門なのだろう。歌が攻略の鍵になりそうだ。

 

「歌か……。どんな歌声なんだろうね」

「ガイドブックに書かれているくらいだから……オペラ歌手みたいな歌声とか?」

「オペラ歌手かぁ~。マワがいたら絶対聴きたいって言いそう」

「マワさん、オペラが好きなの?」

「うん。好きになりすぎていつもあんな変な喋り方してるの、オペラの真似なんだよ」

「そうだったんだ……」


 マワさんは少し独特な言い回しをするなと思っていたが、あれはオペラの真似だったのかとやっとわかった。

 

 ミキは朝食を食べ終え、魔法でお皿を洗い始めた。

「さてと、そろそろ行く準備しないとね!」

「あ、僕も手伝うよ!」

「大丈夫!コウもお皿出して!私がやっとくからさ!」

「ありがとう!頼むよ」

 僕はミキにお皿を渡した。


 僕は身支度をしながら、歌の門のことを考えていた。

 

 実を言うと、僕はとてつもなく音痴なのだ。

 バーオボに居た頃、幼馴染のニーナと一緒に歌ったことがあったのだが、あまりの音痴にニーナが泣き出してしまうほどだった。それ以降、絶対に歌わないと心に誓っている。

 まだ門番の話や詩を確認していないが、万が一、出口を出す条件が”歌うこと”だった場合、僕にとっては人生で最大と言っても過言ではないくらいの危機なのだ。だが、門の塔の門に、「歌うことはできないので無理です」なんて通用するはずもない。

 せめてできることとすれば、出口を出す条件が”歌うこと以外”あることを願うくらいだ。


 

 身支度を終え、僕たちは門の塔二階、二つ目の門、”歌の門”の前へやってきた。

 歌の門の前は列はできているが、さほど人は並んでいない。昨日の宝石の門と比べるとかなりの差を感じる。


 歌の門の門は、木製のシンプルな扉だが、その扉には美しい女性の彫刻画が掘られている。

 まるで妖精のような、不思議な出で立ちの女性で、両手を軽く広げ、歌を歌っているようなポーズをしていた。


「コウ!早く並ぼう!」

「う、うん」


 僕は少しだけ並ぶのが嫌だった。もしも僕の予想が的中し、歌を歌うことで出口が出るという攻略方法だったら最悪だからだ。でも、ここで嫌だと我が儘を言っているわけにはいかない。歌の門を攻略しない限りは先に進めないのだから。

 そして、もしかしたら、歌を歌わずに出口が出てくるかもしれない。それこそ魔物を倒すとか、何かを集めるとか。今回ばかりはそうであってほしい。


 僕たちは、数人ほど並んだ列の最後尾に並んだ。

 他は観光者っぽいグループが数名と、攻略者らしき人が数名だ。すぐに入る順番が回ってきそうだった。


 僕たちはまず、歌の門の横に立っている門番の声に耳を傾けた。


「歌声と共に」

 

 ボロボロのローブを羽織った門番は、そう言った。

 門番は、柄の長いランタンを手に持っており、そのランタンからは優しいグリーンの光がフワフワと輝いているのが見える。


「歌声と共に……」とミキは首をかしげる。

「歌声を何かするのかな?」


 僕は門番の話を聞いて少しだけ嫌な予感がしていた。「歌声と共に、”一緒に歌う”」と続いてもおかしくはないからだ。


「えっと、詩は……」

 ミキは、歌の門の詩を探し始めた。


「あ、ミキ、あれじゃないかな?」

 

 歌の門の少し上に、板金のような物が貼り付けられているのが見えた。

 少し錆びているが、文字は普通に読めた。



 君の歌声に 恋をして

 君を 探すも見つからず

 君の居場所を 教えておくれ

 いつか 愛を一緒に歌いたい



「……なんだかロマンチックな詩だね」

「うん。恋文みたいだ」

「中に入るのが楽しみになってきちゃった」


 ミキは、歌の門に早く入りたくてウズウズしているという様子だ。

 中では何が待っているのかわからないというのに……。


 

 歌の門へ入る順番が回ってきたので、僕たちは中へ入った。


 中は薄暗い通路がずっと向こうまで続き、壁の松明の火が点々と続いている。

 僕たちはコツコツと通路を歩き、先へ進む。


「フンフンフーン」

「ミキ、楽しそうだね」


 通路にミキの歌声が響く。


「だって、楽しみなんだもん」

「歌の門が?」

「うん!あの詩も素敵だったし、なんとなくいい門って気がして」

「まだわからないよ?」


 そうだ。今までの門に出てきた魔物よりも恐ろしい物が待っているかもしれない。それこそ歌を歌わなくてはならないとか。


「ミキ、あまり変な期待は……」

「いいじゃん。ちょっとくらいは」

「その期待が悪い方に……」

「逆だってあるかもしれないでしょ?それに期待以上の門かもしれないじゃない」

「そうだけどさ……」


 すると、目の前に小さな白い光が見えてきた。

 通路の中を反響する歌声は、この先から聞こえているらしい。


「そろそろ……」

「あんまり期待しちゃいけないよ、ミキ」

「はいはい!わかりました!」


 僕たちは通路を抜けた。通路の先は、とても深いジャングルだった。

 太く育った木々に、様々な植物が絡みついている。バーオボやテルパーノの付近では見かけないような亜熱帯気候の地域に見られる植物だと一目で分かった。


「すごいジャングル……」

「カラフルな鳥とかいそうだよね」


 僕たちは先ほどまで軽い揉め事をしていたのをすっかり忘れ、ジャングルの景色に夢中になっていた。


 そこで、また歌声が聞こえてきた。この歌声は、ジャングル中に響き渡っているらしい。


「綺麗な歌声……」

「どこから聞こえてきてるんだろう?」

 

 聞こえてくる歌声に合わせてか、風が優しく吹き、草木が揺れる。

 その歌声はまるで、草木に優しく語り掛けるように流れてくる。


「ねぇ、コウ。歌声がどこから聞こえてくるのか、探してみない?」

「探すの?この広そうなジャングルの中?」

「出口もこのジャングルの中にあるんだよ?歌声が聞こえてくる場所も、出口も一緒に探しちゃうの」

「もしも、出口の場所と歌声が聞こえてくる場所が遠い場所だったらどうするの?」

「そのときはそのとき!時間がかかりそうなら野宿すればいいし!」


 ミキは以前に比べ、少し大雑把になった気がする。

 綺麗好きは相変わらずだが、野宿は平気になったようだ。


「まぁ、どこか探す当てもないものなぁ」

「それじゃあ行こう!レッツゴー!」


 ミキはとても元気にそう言った。


 まずはミキが箒に跨って上昇し、周囲を確認する。そして、方角の魔法を使い、方角を確認した。

 ミキ曰く、歌声は北の方角から聞こえてきているらしい。

 僕たちは歌声の主を探して、ジャングルを進み始めた。


 このジャングルも、外の世界の、南のほうの国にありそうな雰囲気だ。まるでそのままここへ移動させてきたかのようで、でもここは門の塔の中。門の塔の門の中は、外の世界を模倣しているのだろうか。それとも、外の世界にあったものを魔法か何かで移動させたのだろうか。謎が深まるばかりだ。

 

 方角を見失わないよう、小まめに方角を確認しながら僕たちは歩いて進んだ。

 北へ、北へ……。

 時々、人の足跡のような物が残っている。僕たちより先に入った人たちの物だろうか。出口を探して彷徨っているのか、声の主を探しているのか。僕たちにはわからない。


 少し進んだところで、ミキが口を開いた。

 

「暑さはそこまでないけど……」

「湿気がすごいよね」


 天気は晴れだが、このジャングルの環境だろうか。ジメジメとした湿気が皮膚にまとわりついてくる。不快感があるのだ。


「ちょっと休憩しようか。喉が渇いたよ」

「賛成!」


 僕たちは、近くに腰かけられそうな大きな岩を見つけ、そこで休憩を始めた。

 サコッシュに仕舞ってあった水筒を取り出し、中に入っている噴水の水を一口飲んだ。


「ふぅ~!生き返る~!」

 ミキは水を飲んでそう言った。


「歌声ずっと聞こえるね」

「ずっと歌ってるのかな?喉乾いちゃうそう」


 そう僕たちが話している間にも、どこかから美しい歌声が聴こえてくる。


「ちょっとだけだけど、歌詞があるように聴こえない?ほら!今も、”あなたが~”って聞こえた」

「本当だね。少しだけ聞こえる……」

 

 歌を頼りに歩き、その歌声の主と少しだけ距離が近づいたのか、歌詞が聞き取れるようになった。


「聞き取りにくいけど、”悲しいとか”、”寂しい”とか、そんな感じの歌だね」

「悲恋の歌なのかな~?」

「もう少し近づいてみようか」


 僕たちは休憩を終え、また歩き始めた。

 また歌を頼りに、方角を見失わないよう進む。


 僕たちが先へ進むにつれ、歌詞がはっきりと聞こえるようになってきた。

 歌声の主の心情を歌っているのか、そういった内容の歌なのかはわからないが、その歌詞は想い人にすぐに会いたい、ずっとあなたを待っている、寂しいという内容の物だった。

 歌声の美しさと、歌詞の内容が相まって、聞き惚れてしまいそうになるくらいだった。


「悲しい歌……」

「でもどこかロマンチック……素敵……」


 歌声がはっきりと僕たちの耳に届く距離になった頃、ジャングルの果てなのか中心部なのかはわからないが、泉の近くへ辿り着いた。


「この泉のあたりから歌声が聞こえるような……」

「コウ!シッ!」

 ミキはそう言って僕を制止し、近くの物陰へと誘導した。


「どうしたのさ」

「あれ、見て」


 ミキが指さした方向へ目をやると、そこにはとても大きな花……いや、花の中央あたりに人の姿があった。

 一瞬食べられているようにも見えたが、状況は全く違った。どうも、花と人は一つの生物らしかった。


「あれって……」

「魔物か、魔法生物か、そういう妖精なのかな……」


 すると、また歌声が聴こえてきた。


「もしかして、あの花の人が歌ってるのかな?」


 よく様子を窺うと、あの美しい歌声の主はあの花の人らしかった。


「本当に美しい歌声……」

 

 ミキはうっとりとした表情で聞き惚れている。

 気持ちは分かるが、このまま聞き入っているわけにもいかない。


「ミキ、どうする?」

「どうするって?」

「出口とかそろそろ……」

「もうちょっと聞きたい……」


 僕たちがそう押し問答しているときだった。突然足元を何かに掬われたのだ。


「うわッ!」

「何これ~!」


 抵抗をする暇もなく、地面を引きずられたと思えば、あの歌っている花の目の前に僕たちは宙づりになっていた。

 あの歌っていた花のことをよく見ると、花の中央のあたりと人の足が結合したような状態となっており、そこから人の体がニョキリと生えていた。人の体は、足元が花と結合している以外は人そのものだった。顔はとても美しく、女性らしいロングヘアは花弁と同じ濃いピンク色をしており、耳の上あたりに小さな花のアクセサリーを着けている。体は手先が少し緑色していて、淡い黄色のドレスのような物を身に纏っていた。

 足元と結合している大きな花は、大きな濃いピンク色の花弁が何枚も折り重なって咲いており、花だけでも美しい。歌声がなくとも、その姿だけで見惚れてしまいそうになるくらいだった。

 

 そして、その花の中央から人の姿をした者が、宙づりになっている僕たちを見ていた。


「……ミ、ミキ!何か魔法を!」

「待って!杖が!取れなくて……!」


「あら?あなたたちはどなたかしら?」


 花の中央の人の姿をした者が、僕たちに話しかけてきた。

 どうやら言葉が通じるらしい。


「えっと……僕たち悪い者じゃ……」

「そうそう!攻略者です!」


「あらあらあら。ごめんなさいまし。小さな声が聞こえてきましたから、てっきり良からぬ者かと思いまして、ツタで捕まえてしまいましたわ。今下ろしますわね」


 その花の中央の人の姿をした者は、そう言って僕たちを下ろしてくれた。


「あなたがたは攻略者と言いましたわね?お名前をお伺いしても?」

「僕はコウです」

「私はミキ」

「コウとミキ……。とっても小さな攻略者さんですのね。可愛らしい」

「あの、あなたは……?」

「あら、ご紹介が遅れましたわね。あたくしは”歌姫の花”と申しますの。この歌の門の主ですわ。よろしくお願い致します」

「歌姫の花……」

「門の主……」

「ええ。そうですわ。かれこれ一万年以上はここにいますの」

「一万年ですか?」

「ええ。門の塔が出来たときからあたくしはここにおりますわ」

 

 門の塔がいつからここにあるのかは、人類史上と言っても過言はないほど謎だった。まさかそんなにも時代を遡るとは思ってもいなかった。


「まさか、門の塔がそんなにも昔からあったなんて……」

「私も、せいぜい千年とか二千年くらいだって思ってた」

「千年なぞ、生ぬるいですわよ」

 

 歌姫の花は、空を見上げた。


「……懐かしいですわ。ある日突然、まだ小さい一輪の花だったあたくしの元に”神様”と名乗る方がいらっしゃいましたの」

「”神様”ですか?」

 僕は驚いて聞き返した。

「ええ。”神様”はあたくしにこう仰いましたわ。「君の歌声は美しい。よかったら僕と一緒に来ないか?」と」

 歌姫の花は、目をキラキラと輝かせながら続ける。

「歌声を褒めて頂いたのが嬉しくて”神様”に連れて行っていただこうかと思いましたけどね、あたくしには恋人の花がいましたの」

「恋人の花ですか?」

「ええ。あたくしの隣に咲いていた、小さな青い花……」

 そう言うと、歌姫の花は顔を手で覆いながら、俯いた。

「あぁ……。今すぐ会いたい。あの方はどこへ行ってしまったの」

「その、恋人の花とは一緒になれなかったの?」

 ミキは少し心配そうに質問した。

「神様にお話しして、一緒に門の塔へきましたわ」

「じゃあ、この門のどこかにいるってこと?」

「いいえ。あの方……恋人の花はこの門の中にはいませんの。どこか別の門にいるようですが、離れ離れになってしまいましたの」

「じゃあ、居場所が分からないまま一万年以上ってこと?」

「そういうことになりますわね」

「酷い!神様酷いよ!」

 ミキは少し怒りをあらわにしてそう言った。

「いいえ。神様は悪くありませんの。神様は、あたくしの歌をお認めになってここへ連れて来てくださった。その代わり、門の中でずっと歌い続けることを条件に。ですが、恋人の花は、あたくしのように歌は歌えないし、何か特技あったわけではなかった。唯一、青く咲くことが珍しかったそうで、何か別の条件を神様から頂いて、他の門の中で咲き続けているようですわ」

「そうだったんだ……」

「ええ。だから仕方がないんですの。でもやっぱり、一目会いたいわ」

「神様にお願いとかできないんですか?」

「あの方は……。神様は、もう五千年近くこちらにはいらしてないの」

「え、じゃあ、放置ってこと?」

「ええ。でも、神様はお忙しい方ですから」


 ”神様”は、歌姫の花に門の塔へ誘ったのに、歌の門に閉じ込め放置したり、恋人の花の行方を知らせなかったり……。その神様と名乗る人物がどんな人でどれくらい偉い人なのかはわからないが、歌姫の花に対する扱いがあまりにも雑で、聞いているこっちが憤怒してしまいそうだった。


「何か手がかりがあればいいんだけどな……」

「手がかりか……。青い花くらいしか分からないからな」

 僕たちは頭を抱えた。


「そんな、真剣に考えて頂かなくてもよろしくってよ。あたくしの話を聞いて頂けただけでも心が楽になりましたわ」

「でも……」

「ここまで聞いちゃあ……」

「……ありがとう。コウとミキ。そのお気持ちだけでも頂戴致しますわ」

 歌姫の花はニッコリと微笑み、僕たちにお辞儀をした。


「さぁ。歌わないと。あたくしの仕事は歌うことですわ」


 歌姫の花はそう言うと、少し黙ったあと、歌を歌い始めた。

 その歌は、旅立った恋人を想う女性の歌だった。

 

 相手の男は、どこか遠い異国へ旅立った。「一人前の職人になるため」と言い残して。

 女は男の帰りを待つことにした。

 そして、家の窓辺に花を飾ることにした。春になれば桜を、夏になれば向日葵を、秋になればダリアを、冬になればパンジーを。

 時は流れたが、女は男を待ち続けた。時々届く男からの文は愛おしく思えた。離れていても男が元気だとわかるだけで小躍りするほど嬉しかった。辛いことがあり何度も心が折れかけたが、窓辺の花を見ては、前を向き、男を待ち続けた。

 会いたい、一目でもいいから。声だけでもいいから。女の願いは、涙となり、頬を伝った。


 歌姫の花が歌う姿はとても美しく、この世のどんな花よりも綺麗でどこか儚い、今にもその生気が風に乗って消えてしまいそうな、そんな姿だった。

 歌姫の花が歌う歌の内容は、まさに歌姫の花の心情に近いものがあった。

 話を聞いたあとなこともあってか、目頭が熱くなる感覚があった。


「辛い歌だけど、どこか優しいような……」

「エモいだね」と言うと、ミキは腕組みをしてコクコクと顔を立てに振っている。

「エモい?」

「うん。エモい!」

「どういう意味?」

「なんかこう……エモいの!」

 ミキの言う「エモい」の意味がよく分からないが、歌姫の花の歌がとても心に響くということなのだろう。


「ウフフ。恐縮ですわ。この場所にはあまり人が来ないので、褒めていただけると少し照れてしまいますわね」

「じゃあ、僕たちがここに来られたのはラッキーだったんだね」

「そういうことになりますわね。最後に来たのは確か、マルサと……あ、猫も入れていいのならガロも!」

 

「えぇ!?」


 僕たちは驚きのあまり大声を上げてしまった。ジャングル中に響き渡ってしまうほどの大声を。


「今……マルサとガロって……」

「ええ。マルサとガロって言いましたわよ?お知り合い?」

「知り合いも何も……」

「コウのお母さんと、私の飼い猫です」


 ミキのその言葉を聞いた歌姫の花は、大きく目を見開いたあとこう言った。


「あらあらあら。不思議なこともあるのねぇ」

「あの、母さんとガロがここへ来たときの話、詳しく聞かせてくれませんか?」


 歌姫の花は、二つ返事で了承してくれた。


 歌姫の花曰く、僕の母さんがここへ来たのは十数年ほど前らしい。

 母さんは三人の仲間を連れてジャングルで彷徨っていたところ、歌姫の花と出会ったそうだ。


「マルサは、もう暗いからここで野宿させてほしいと。なのであたくしは子守歌を歌って差し上げましたわ」


 夜、他の仲間が寝静まった頃、母さんと歌姫の花は二人だけの秘密の話をしたんだそうだ。


「マルサはもうそれはそれはお話上手でね。あんなに笑ったのいつぶりだろうってくらい笑ったわ」


 僕の母さんと話した”二人だけの秘密の話”の内容までは教えてもらえなかったが、今でも思い出しては一人で笑ってしまうほどだという。


「またマルサに会いたいと思っていたけれど、そうなの……。行方が分からないのね」

「はい。この門の塔にまた入ったところまでは分かっているのですが……」

「……そう。この門の出口の出し方は知っているでしょうから、あたくしには会わずにここを出たのでしょうね」


 歌姫の花は少し黙ったあと、僕の頬を右手で少し触ってこう言った。


「そう……。あなたがマルサの子供なのね。立派な子……。会えてうれしいわ」


 そして次に、歌姫の花は、ミキの飼い猫のガロの話をしてくれた。


 ガロと会ったのは、数週間ほど前らしい。

 ということは、やはりガロは門の塔へ入っていたのだ。


「ウフフ。久しぶりでしたから一瞬誰かと思いましたわ」

「えっと、久しぶりってどういうことですか?」

「あらあらあら。ミキはガロのこと何も知らないのね」

「え?何も知らない?」

「あら。ついつい口が滑ってしまいましたわ。答えは本人に聞くのが一番ですから、あたくしからはこれ以上何も言わないでおきますわね」


 歌姫の花はガロの何を知っているのだろうか。久しぶりということは昔馴染みということなのか。それ以上追及しても、歌姫の花はたぶらかすだけだった。

 だが、ガロが生きているという情報が入っただけでも一歩前進だ。気になることは沢山あるが、今はガロの安否がわかったことだけでもラッキーと言えるだろう。


「良かったね!コウ!お母さんのお話聞けて!」

「うん!ミキもね!」

「ウフフ。お役に立てたようで光栄ですわ」


 歌姫の花は、ニコニコとした表情のまま続ける。


「ふぅ。そろそろ歌わないと。よろしければ、ミキとコウもご一緒に歌いませんこと?」

「一緒に?」

「ええ。この出会いに感謝して。楽しい歌を一緒に」

 そう言うと、歌姫の花はウインクした。

 

「ぼ、僕はちょっと……」

「私たちが一緒に歌ったら、歌姫の花の歌が霞んじゃうよ」

「ウフフ。そんなことありませんことよ。みんな一緒に歌って楽しければ上手い下手など関係ございません。それに、この門は、あたくしと”一緒に歌うこと”が出口出現の条件ですのよ」

「ほんと?じゃあ、一緒に歌う!コウも歌うよね?」


 今朝の、僕の嫌な予想は的中した。嫌な予想というものは嫌と言うほど当たる。もっと良い事や懸賞なんかが当たってくれればいいものを。


「えっと、僕は……」

「あら。歌った人しか出口は通れませんのよ?」

「どうしても……ですか?」

「ええ。どうしても、ですわ」

 

 もう逃げも隠れもできない。二人には正直に話そうと決意した。


「僕、実は音痴なんだ……」

「コウが!?」

「どれくらい音痴なのですか?」

「小さいとき、一緒に遊んでいた幼馴染を泣かせてしまったくらい……。それがトラウマで、歌うことだけは避けてたんだけど……」

「分かりましたわ。あたくしが少しご指導してさしあげましょう」

「えっ。いいんですか?」

「任せてくださいな」


 そして、歌姫の花のアドバイスを貰いながら、一緒に歌を歌うことになった。


「まずは姿勢を良く。足は肩幅ほどにお広げになって。そして、胸を張って、遠くまで歌声が届くイメージで声を出してくださいね」


 歌姫の花のアドバイス通り、姿勢を良くし、足を肩幅ほど開き、胸を張る。そして、自分の声が遠くまで届くのをイメージした。


「あ……あ~……」

「恥ずかしがらず思い切り声をお出しになって。でないと、より音痴に聞こえてしまいますのよ」


 僕は恥ずかしい気持ちを抑え、腹の筋肉を目一杯使って、思い切り声を出した。

 その声は、自分が思っていたよりもいい声だった。

 

「で、出た……しかも結構いい声……」

「コウ!やったじゃん!」

「その調子ですわよ。最初は音を気にせず、声を出すことだけを意識してくださいませね。それでは一緒に歌いますわよ。私のあとについてきてくださいね」


 歌姫の花は、とても美しい声で歌い始めた。そして、歌姫の花が歌ったのを真似して、僕とミキも一緒に歌う。

 最初は、僕の音痴のせいで二人を邪魔をしてしまうのではと躊躇していたが、みんなで一緒に歌うことがとても楽しく、音を合わせることよりも、一緒に歌うことだけを考えられるようになった。

 

 歌姫の花と一緒に歌う歌の歌詞は、とても楽しい内容の歌詞だった。

 小さな村の子供が森の動物と仲良くなり、毎日山の幸を貰うお礼に、森の動物を村へ招待し、お祭りを開くという内容だ。

 たぶん童謡なのだろう。僕が楽しく歌える歌を、歌姫の花は選んでくれたようだ。


 そして、みんなと歌っていて僕は思った。音痴なことがトラウマなのではなく、幼馴染を泣かせてしまったことがトラウマになったのだと。幼いときの僕はまだ、自分の感情を整理し理解するのが難しかった。僕が歌うと悲しいことになると思っていた。でも、歌は楽しい。歌は聴く人も歌う人も笑顔にするのだと歌姫の花は教えてくれた。


「ウフフ。出口が出てきましたわ」


 僕たちが後ろを振り向くと、泉の近くに門が出現していた。これが出口のようだ。


「お二人さん、お行きなさいな。この歌の門はクリアですわよ」

「うん!コウ!行こう!」

「うん!……あ、でも歌姫の花に何かお礼を」

「お礼は結構」

「でも……」

「ガロの飼い主、そしてマルサの息子に会えたことがあたくしにとって何よりの幸福。この出会いだけで十分お礼になっておりますわ」

「じゃあ、せめて……恋人の花へ伝えたいこととかありますか?どこかで会うかもしれないので」

「……でしたら、”あたくしは元気です”とお伝えください」

「わかりました!それと、ありがとうございました!お元気で」

「お元気で!」

「こちらこそ。お二人の攻略に幸あれ」


 僕たちは歌姫の花と別れ、出口へ入った。


 中は薄暗い通路が奥へと続いており、松明の明かりが点々と光っているのが見える。

 僕たちはコツコツと足音を鳴らしながら、奥へ歩いて行った。


「歌姫の花、いい人だったね。歌うのも楽しかったし」

「うん。僕、歌うのがこんなにも楽しいなんて初めて知ったよ」


 コツコツという足音が何かのリズム音に聞こえたのか、ミキは鼻歌を歌い始めた。


 歌姫の花との出会い、母さんとガロの話。

 思わぬ収穫もあり、歌の門をクリアしたことよりも、攻略の目的へ一歩近づいた僕たちだった。

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