第三十一話 雨の門

 ここは門の塔一階の噴水前。ひんやりとした空気と、静かな水の音に目が覚める。

 寝袋から身を出し、全身の筋肉を起こすため、大きく伸びをした。

 まずは顔を洗おうと噴水の水をバケツに入れ、チャプチャプと顔を洗う。ひんやりとした水が冷たいが、綺麗な水なので心地が良い。


 「おや?キミは攻略者かい?」


 僕の少し後ろから女性の声がした。

 振り向くと、そこには背の高い頑丈そうな体をしたヒューマニ族の女性が立っていた。


「はい。攻略者です。……あなたは?」

「おや、これは失礼。私も門の塔の攻略者だ。”ルキ”と呼んでくれ」

 彼女の腰に、キラキラと揺れる紫色の血晶石が見えた。本当に攻略者のようだ。

「ルキさん……。あ、僕はコウです!」

「コウと言うのか。ちょっと暇はあるかい?話をしようじゃないか」


 ルキさんの提案で少しだけ話をすることになった。


「コウ。キミはどこまで攻略したんだい?」

「石の門です」

「じゃあ、次は雨の門か……」

「ルキさんはどこまでクリアしたんですか?」

「私?私は、一階は全部クリアしたよ。これから二階へ上がるところだ」

「そうなんですね……」


 ルキさんは、朝早くなのに活気があり全身から明るさや元気がにじみ出ている。まるで、”太陽”のような人だなと僕は思った。

 そして、ルキさんの腕や足の筋肉を見ると、かなり鍛え上げられているようだ。捲り上げられた袖から覗く素肌には、複数の古い傷があり、相当な数の死線を乗り越えてきたことが伺える。


「コウはどうしてまた門の塔に来たんだい?見た感じではまだ未成年のようだが」

「母を探しに来たんです。門の塔へ入ったきり行方不明で……」

「そうだったのかい。お母さん、見つかるといいね」

「はい!」

「そろそろ行かなくては……。そうだ!……これをキミにあげよう!」

 ルキさんは、腰のポシェットから黄緑色にキラキラと輝く小さな石を2つ取り出し、僕に渡してくれた。


「あ、ありがとうございます……」

「キミの隣で寝ていた”ミキくん”にも、渡しておいてね」

「え?あ、はい!」

 この人はどうしてミキの名前を知っているのだろう?と僕はこの時思ったが、聞く暇もなくルキさんはその場から去ってしまった。



「ん?”ルキさん”?そんな名前の知り合い一人もいないよ?」

「そう……だよね……。うーん。なんでミキの名前を知ってたんだろう?」

 僕は朝食を始めてすぐ、今朝のルキさんのことをミキに尋ねたが、ミキも知らない人のようだった。

「どんな人だったの?」

「女戦士って感じの人でね。背が高くて、腕や足の筋肉がバキバキで、髪が赤色で、ヒューマニ族で……。とっても明るくて元気そうな人って感じだったんだけど」

「うーん。心当たりないなぁ。うちのお店に来たときに私の事を見かけたのかな」

「覚えてない?」

「話したりしてたら覚えてるかもしれないけど、チラッと見かけたとかだったら覚えてないかも」

「そっか」

 ミキが忘れっぽいということでもないだろう。そして僕は、あの石のことを思い出した。


「あ、そうだ。そのルキさんって人からこれ貰ったんだけど、ミキにも一つ渡すようにって。はい」

 僕はルキさんから渡されたあの黄緑色にキラキラと輝く小さな石を一つミキに渡した。


「これ、回復石じゃん!」

「回復石?」

「うん。これを使うとちょっとだけ元気になるの。魔法石の回復版、みたいな?」

「そうなんだ。初めて見たよ」

「回復石結構珍しいし、高いんだよ?」

 僕に珍しく高価なものを気軽に渡してくれたルキさんは一体何者だったのか……。


 ルキさんのことが気にはなりつつも、僕たちは朝食を終え、雨の門へ向かった。


 ――雨の門。雨が降り続く世界。雨音と水彩のような景色が美しい。

 ガイドブックに書かれていた言葉だ。雨が降り続く世界。そう聞くとじめっとした世界を想像してしまうが、ガイドブックには美しいと書かれている。雨にはやはり嫌なイメージが付き物だが、美しいと書かれているのだ。少しだけ興味がわいてくる。


 僕たちは少しだけ人がいる列に並んだ。ガイドブックに載っているからだろうか、年齢は様々だが、いかにも観光目的という雰囲気の人ばかりだった。

 雨の門の横にはボロボロのローブを着た門番が立っていた。手には長い柄のついたランタンを持っており、そのランタンは青白く弱弱しい光を放っていた。


「どんな声も、雨にまぎれる」

 

 門番の言葉は、あまりヒントらしい内容ではないようだった。

「声が聞こえないくらい大雨ってことなのかな?」

「さぁ……」


 次に雨の門の詩を探した。

 僕たちは、門の周辺に板金のようなものがないか隈なく調べた。


「あ、見つけたよ」


 僕は、門番がいる近くの壁に木の板が貼り付けられているのを見つけた。

 その木の板に書かれている文字を読んだ。


 雨の音 水の音

 ふり続ける雨に

 声はかき消されよう

 今は泣いてもいい

 今は叫んでもいい

 心のまま あなたのまま


 雨の門の中では、叫んでも声が聞こえにくいのだろうか。

 門番の話といい、詩といい、門の中ではかなりの量の雨が降っているらしいことはわかった。


「なんだか、ヒントらしいヒントってないね」

「うん。中が危険なのかわからないし、困ったなぁ」

「まぁ、入ってみようよ」

「そうだね」


 幾人かが、雨の門へ入って行ったあと、僕たちの順番が回って来た。

 雨の門の門は、木で出来ている。小さな城壁によくあるような少し古い門だが、一つだけ異なるところがある。”常に水が滴っている”のだ。

 どういった原理で水が滴っているのかはわからないが、ずっと上から下へ水滴が流れているのが目に見える。とても不思議だ。


「すごく濡れてるけど、雨の門だから?」

「雨が滴ってるってことだろうけど、雨が降ってないのに不思議だね」


 ここは誰が何を言おうと、”門の塔の中”だ。外で雨など降っていようと屋内なので濡れようがない。だが、雨の門の門は濡れている。


 雨の門を開き、僕たちは中へ入った。

 通路はいつも通りなのだが、少しジメジメとしている。湿気だろうか。

 奥へ点々と続く松明の炎を見つめながら、僕たちは奥へと進む。


「ジメジメしてるね。ちょっと肌寒いし」と、ミキ。

「確かに。雨の門だから仕方ないんだろうけど」


 コツコツと足音を鳴らし、奥へと進む。

 少しだけだが、サーッという音が奥から聞こえる。雨音だろうか。


「雨の音ここまで届いてるんだね」と、歩きながらミキが言った。

「すごい量が降ってるのかな?」

「びしょ濡れになっちゃうかな?ダミアンさんのお店で合羽も買っておくんだった」


 ダミアンさんのお店でいろいろ買ったとき、「魔法で服乾かすから大丈夫だよ!」とミキは言っていたが、雨が降り続ける門があることまでは予想していなかったらしい。その予想に至っては僕も同じだ。どうせ魔法サコッシュの中に入れて奥のだから買っておけば良かった。


「あ、そろそろ出口だよ!」


 前方に白い輝きが見えてきた。そして、雨音が強くなってくる。

 僕は眩しくなり目を閉じた。一歩前へ踏み出し、目を開けると、そこは雨の世界だった。


 雨がずっと降っている。辺りを見渡しても何もない。人工物どころか、木などの植物、岩や砂などの無機物、動物すらも見当たらない。

 僕はふと地面を見た。地面は白く透き通っており、汚れや濁りもない。薄っすらと数センチの水が一面に広がっている。その数センチの水に雨粒が落ちると波紋が広がる。またどこかで雨粒が落ちると波紋が広がり、別の波紋と波紋がぶつかり、消えたり返ったりしている。

 本当に雨だけが降っている世界だ。


 そして僕は重要なことに気が付く。さっきまで隣に居たはずのミキの姿がないのだ。

 サーッと降り続ける雨の中、ミキの名を呼んでみるが、雨音に邪魔をされてしまう。

 こうなるなら、ミキとロープでお互いの体を結んでおくんだったなと後悔しても遅いが、とりあえずミキと合流しようと思い歩き始めた。


「ミキーっ!」


 名前を呼びながら前方に歩く。僕が歩く度、僕の靴の形の波紋が薄っすらと広がる。その上に雨が落ち、小さな波紋が広がる。また雨がその上に落ちる……そしてまた……。白い地面に永遠と続くその光景が不思議と美しく感じ、少し見惚れてしまった。


 雨が降り続けているので、髪や服に雨水が染みこんでくる。ずぶ濡れなのでどこかで雨宿りをして服を乾かしたいが、雨を避ける場所などない。


 僕は立ち止まり、上を見上げた。外の世界のような青い空がない。雨雲なのかはわからないが、白くモヤっとしている。

 サーッと優しい雨粒が僕の顔に落ちる。その雨粒が僕の頬を伝う。どこを見てもミキどころか、人っ子一人いない。この世界には僕だけしかいないような感覚になってきた。


 そのことに気づくと、今度は僕の口元が引きつり始めた。口角が下がり、山型になる。ダメだとわかっていても何故か我慢ができない。堪えようとするとより我慢が利かなくなる。

 僕は天を仰ぎながら泣き始めてしまった。


「うっ……ぐすっ……ううぅっ……」


 目尻から伝う生暖かい感覚。これは僕の涙だ。だが、その涙も雨に混ざり落ちていく。

 そうだ。ここは雨の門なのだ。今なら誰もいない。泣いていても分からないだろう。

 そう思ったとき、涙はどんどん大粒となり、感情を抑えられなくなった。


「うわあぁぁぁぁぁん!!」


 僕は雨の世界の中で一人大泣きした。

 なんで泣いているのかはわからないが、とりあえず泣いた。


 そこから今日までのことを思い返した。

 

 母さんが居なくなった日から、自分の事はそっちのけでただただ門の塔へ入ることだけを考えていた。誰かに頼るなんてことは一切しなかった。

 病気がちでほとんど臥せっていたため、元気になってからはなんでも自分でしなきゃと思っていた。全て自分の力でやることが一人前なのだと思っていた。

 だが今になって思う。もっと父さんやヨーゼフさん、周りの大人を頼ればと。もう少し子供らしくしていても良かった。学校にも行けばよかった。もっと友達と遊べばよかった。行きたい場所に連れて行ってもらえばよかった。


 やっぱり甘えたかったのだろう。

 どこへ行っても「コウくんはしっかりしているから」と言われた。その言葉は素直に嬉しかった。でも、寂しかった。「しっかりしている」ということは、僕は歳相応に甘えてはいけないのだとどこかで我慢するようになっていた。

 過去を振り返ると、心のどこかで思っていたこの寂しさにずっと蓋をして見ないよう気づかないようにしていた。たった今その寂しさに気が付いた。僕はずっと寂しかったんだな。この大粒の涙は寂しさの塊なのだ。頬を伝う大粒の涙は雨が隠してくれる。だから今は思いっきり泣こう。


 雨は降り続ける。僕の涙も洪水のごとく流れ落ちる。


 僕は、天を見上げていた顔を地面に向けた。

 頬を伝っていた雨水や涙は、今度は鼻筋を伝い、下へ落ちて行く。たぶん鼻水も混ざっている。汚い。でも今は汚く泣いていい。


 僕はただひたすらに泣き続けた。


 ◆


「あれ?コウがいない……」


 雨の門へ入り、通路を抜けたあと、すぐにコウの姿が見えなくなった。

 一緒に出てきたはずなのにどうして。とミキが考えているこのときも雨が降り続けていた。


(めっちゃ雨……びしょびしょ……)


 被っているトンガリ帽子が雨を染みこんだ重さで少しずつ垂れ下がってくる。

 レウテーニャ魔法大学校指定の制服であるローブも、雨を吸いこんで重くなってくる。

 最悪の気分だ。


(コウを探さなきゃ……)


 ミキは辺りを見渡したが、白く透き通った地面に白い空、それ以外は降ってくる雨粒しかない。

 何もないのにどうやってコウを探せばいいというのだろうとミキは思った。


(なんか魔法使う気も起きないや)


 コウの姿どころか、目印になるような植物や建物すらない。どこかに向かう当てすらない。

 ミキはどこかに座りたくなったが、地面は数センチほど雨水が溜まっているようだ。このまま座るとお尻まで濡れてしまう。


(コウが見つけてくれるの待とうかな)


 ミキはコウを待つことにした。


(ママ……元気にしてるかな。お姉ちゃんも)


 ミキは、エクパーノにいる母と姉のことを考え始めた。

 姉はアルバイトとダンスのことで頭が一杯な人だ。人の心配など知る由もないだろう。

 それよりも母のことだ。


(ママ……)


 ミキの母であるミエは、陽気で小さなことくらいではびくともしなさそうに見えるが、結構繊細な人である。

 そのうえ、人一倍頑張りすぎてしまうところがあり、一度倒れたこともあるのだ。


(ママ、頑張りすぎてないといいな……)

 

 ミキはふと、ある人のことを思い出した。


(パパ……)


 ミキたち一家は、父・オロの死以降、がらりと変わった。


(パパがいれば今もアミマドに住んでたのかな……)


 潮風の香り、そこら中にある漁具、外で天日干しされている魚介類、ギラギラと眩しく光る太陽、エメラルドグリーンの海、魚を狙う野良猫、秘密の砂浜、懐かしい我が家、母に姉、そして父……。

 ありとあらゆる物が当たり前にあるのだと思っていた。

 あの大しけがなければ、あの事故がなければ……。


「えっ?なんで?」


 ミキの目から大粒の涙が溢れだした。


「もう……なんで?……泣きたくないのに……」


 一粒の涙を始めとして、そこから涙が止まらなくなった。

 今まで心に渋滞していた感情が一気に溢れ出すかのように。


 泣きたくない。泣きたくないの。そう思うほど、目から溢れ出るそれは止まらなくなる。

 自分でも止められない。


「うっ……ひぐっ……パパ……ッ!」


 ミキにはずっと押し殺し、隠していた願いがある。「父親にもう一度会いたい」という願いだ。


「パパ……。会いたいっ……会いたいよぉ……」


 その言葉を口に出すほど、思いは強くなり、涙が溢れる。

 ローブの袖で拭っても、涙はもっと零れ落ちる。


「パパ……。パパァァァ!!」


 ミキの声は雨音に紛れ、誰にも聞こえない。

 だが、今のミキには他の誰かを気にする余裕などない。

 ただ、泣いて泣いて泣きじゃくって。その感情を曝け出すことで精一杯なのだから。


 ◆


 僕は、ひとしきり泣いたあと、涙はゆっくりと収まっていった。

 あんなに泣いたのはいつぶりだろう。牛のキックを喰らったときも、家の階段から落ちたときも、ここまで泣かなかった。

 だが、今は泣いたこともどうでも良くなるくらい心がスッキリしている。まるで晴れ間に入ったときのような気分だ。

 

 シャツの袖で涙をしっかり拭いたあと、天を見る。

 雨は降り続けたままだった。


「あれ?」


 僕の足元で何かが広がるのが目に映った。それは、雨粒が落ちたあとに広がった波紋と共に地面が赤く染まったのが見えた。

 今度は青、今度は緑、今度はオレンジ……。

 地面は色とりどりに染まっていく。天から落ちてくる水彩絵の具を見ているようだった。

 次は黄色、次は紫、今度は黄緑。

 色とりどりの波紋が広がり、そして、地面に水彩の花が咲いていく。とても美しい光景だった。


 

 ……そのときだった。


「出口だ……」


 水彩の花が地面一杯に咲いたとき、目の前に突然出口の門が出てきたのだ。


「濡れてない……」


 入り口だった門は水が滴り濡れていたが、出口の門は乾いていた。

 僕はゆっくり門を開いた。


「あ、コウ!」


 中にはすでにミキがいた。待っていてくれたのだろうか。


「待っててくれたの?」

「うん。なんとなくコウは出てないような気がして」


 ミキは横目にそう語るだけで、何故かこっちを向こうとしない。


「ミキ?どうしたの?何かあった?」

「ううん。何もないよ。コウこそ鼻水ズルズルだよ?」

「え?あ、うん。雨にずっと濡れてたから寒くって……」

 

 僕は咄嗟に誤魔化したが、男の意地で大泣きしたあとだとは言いづらかった。

 

 横顔を向けているだけでハッキリとは確認していないが、ミキの目は赤く腫れているように見えた。

 だが、何も追及しないほうがいいだろう。ミキもそう思っているはずだ。

 

 僕は出口の門を閉じ、ミキと共に通路を歩き始めた。

 

「魔物とかいなかった?」

「私は大丈夫だったよ。コウは?」

「僕も大丈夫だった」


 そこから二人とも黙り込んでしまった。


 コツコツと響く足音に耳を澄ましと、横を通り過ぎる松明の炎を目で追う。

 何を話そう。どうしようと考えている間に門が見えてきた。


 ミキは何も言わず、門を開けた。

 その先は門の塔一階だった。


 僕はサコッシュからマップを取り出し、”雨の門”と記された場所を見た。星マークが付いている。クリアだ。


「雨の門クリアだね」

「うん。これで一階は全部クリア?」

「そうだね。これからどうする?」

「うーん。二階行っちゃわない?」


 僕は賛成と答えた。



 金の門と銀の門の間にある階段の前へやってきた。


「このまま上っていいんだよね?」

「うん。そのはず」


 僕たちは階段の一段目に足をかけた。


「本当に上っていいのよね?」

「大丈夫だよ」


 僕たちは一段、また一段と上り、二階へとたどり着いた。

 そこには一階と同じようなフロアが円形に広がっていた。


「あ、あれ噴水だよ!」


 ミキが指さした方向へ目をやると、一階の物とよく似た噴水があった。


「行ってみようか」

「うん!」


 僕たちは噴水へと駆け寄った。

 その噴水は一階の物とは少しだけ違う点があった。


「なんだか一階のと似てるけど……」

「女神様じゃなくて、鳥だね」


 一階の噴水は、女神の像が抱えた水瓶から水が出ている物だったが、二階の噴水は翼を広げた鳥の鋭い嘴が大きく開いており、そこから水が流れていた。


「あれ?二階のマップってどうしたらいいんだろ?」


 ミキにそう言われ自分のマップを見たが変化がない。

 僕は、門の塔に入ったときこの紙を噴水の水に浸けたことを思い出した。


「もしかして……」


 僕はマップの紙を目の前の噴水の水に浸けた。

 すると、マップに記されていた一階の図は消えてなくなり、今度は二階の図が浮かび上がってきた。


「やっぱりだ!ミキ、この噴水にマップを浸せばいいんだ」

「わっ!ほんとだ。ということは、三階四階……って上がっていく度に噴水の水に浸ければ……」

「たぶん、マップの図が変わっていく仕組みなんだと思う」


 とても便利な仕組みだ。エコロジーどころではない。


「えっと、二階の門は……」


 僕はマップに目を通した。


「”宝石の門”、”歌の門”、”鳥の門”、”桜の門”、”色の門”、”ガラスの門”、”橋の門”、”泡の門”、”赤の門”、”雪の門”だって」


 二階も観光客が行き来できるフロアになっているため危険な門は少ないだろうが、油断は禁物だ。


「まぁ……大変そうだけど、頑張ろうね」

「うん!」

「それじゃ、ご飯!」


 ミキは切り替えるようにそう言った。


「了解。今日は、シチューにしようか。ミキ、シチュー好き?」

「大好き!特にコウの作ったのは!」

「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」



 本当は雨の門で大泣きしたとき、温かいシチューを食べたくなったからとはミキには言えなかった。いや、言わなかった。なんとなくだが、ミキもわかってくれているような気がする。

 僕たちはそういうパーティなのだから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る