第三十話 石の門・後編
僕たちが振り向いたそこには、額に角が2本生えた、髪や皮膚など全身が石で出来た人型の生物が立っていた。
僕たちは驚きのあまり、大きな声を出してしまった。
「うわぁぁッ――」
「シーーーーッ!」
石で出来た人型の生物は、口元に人差し指を当て、”静かに”と言わんばかりのジェスチャーをした。
僕たちは一旦落ち着きを取り戻し、深呼吸をしたあと、石で出来た人型の生物に話しかけた。
「……えっと、あなたは一体」
「私は、近くの村に住む”ミミー”って言います。驚かせちゃってごめんなさい」
目の前の石で出来た人型の生物は、ごく普通に僕たちを同じ言葉を話し、会話している。その声はまるで、5~6歳の少女のような声だ。
背丈は人間の幼児と変わらないほどだ。だが、全身の皮膚、髪、着ている服やアクセサリーが石でできており、見れば見るほどこれで動いたり出来るのが不思議だ。
石の髪のおさげを揺らし、”ミミー”と名乗る少女はそのまま続ける。
「えっと……その……。助けてほしいの!」
ミミーは、目尻に薄っすらと涙を浮かべ、そう言った。
僕は少し考える。
この、”ミミー”という少女は確かに人型だが、全身が石で出来ており、いかにも石の門の中にいる魔物や魔法生物のようだ。
いくら人型だからと言って、いきなり信じても大丈夫なのだろうか。罠の可能性だって――。
「うん!いいよ!」
僕があれこれ考えている間に、ミキは二つ返事でOKしていた。
「ミキ!?」
「だって、困ってるんでしょ?助けてあげなきゃ!」
「いや、気持ちはわかるけど、ここは門の中で……」
すると、ミミーは、
「あ……ご……ごめん、なさい……。やっぱり石鬼コワイもんね……。うっ……うぇっぐ……うぅ……」と泣き始めてしまった。
「わっ!ごめんね!このお兄ちゃん怖かったね!……ほら!コウ!謝んなよ!ミミーちゃんが泣いちゃったじゃん!」
「えっ!あ……ご、ごめんね?」
僕はミキに言われるまま謝った。
それからミミーの話を聞くと、近くに石鬼たちが暮らす村があるそうだ。
その村の子供たち数人が行方不明になっているらしい。大人たちが複数人で捜索しているが見つからないので、僕たちに助けを求めてきたそうだ。
あれ?この話どこかで……?というデジャブ現象はさておき、ぼくたちはミミーの言葉を信じ、近くの石鬼たちの村へ向かうことにした。
「ここが村だよ!」
ミミーはくるりフワフワと回りながら、僕たちより先行して村のアーチをくぐった。
”石鬼の村”は、家などの建造物などが全てが石で出来ていた。石で出来ていると言っても、その辺に転がっている石を積み上げられている。村の全ての建造物が積み上げられた石で出来ているため、統一感があり、それはそれで見ごたえがある。
そして、村の中にいる動物……あれはニワトリだろうか。物置のような物の上で寝ている猫っぽい物や、傍を駆け回る犬っぽい物など、村の動物たちも全て石で出来ている。だが、石を積み上げられた状態で動き回り、生きている。そこら中に転がっている石をそれっぽい形に積み上げると動き出すのだろうか。動物のように積み上げたのが石鬼だとすると、石鬼はどうやって生まれたのだろうか。その石鬼を作ったのは……?まるで、タマゴが先かニワトリが先かの理論のようだ。
村のアーチをくぐったすぐの場所は少し開けた場所になっていた。所謂広場になるのだろうが、そこに大人の石鬼数人が、鋭い表情をしながら話していた。たぶん子供たちの捜索の相談だろう。
大人の石鬼はミミーとは違い、背は人間の大人に近く、角も額から3本生えている。大人になると角の本数が増えるようだ。
「あ!ママ!」
ミミーが一人の女性をみるや、駆け寄って行った。
「ミミー!あなたどこ行って……!」
石のロングヘアを揺らしながら一人の女性がミミーの元へ駆けてきた。
そして、僕たちの姿を見るや否や、ミミーを抱きしめ、こう言った。
「あなたたち人間!?」
僕たちを突き刺すような鋭い視線向けている。
かなり警戒されているのか、声にも強い敵意が込められていた。
「あ、えっと……その……」
僕たちがおどおどとしていると、ミミーが口を開いた。
「ママ!ミキとコウは大丈夫だよ!私が連れてきたの!」
ミミーは女性の腕を振りほどき、ミキの足元へ抱きついた。
「ミミー!危ない!」
「ミキとコウは大丈夫!」
「ミミー!!」
村の広場で騒いでいるせいか、村中から石鬼たちが集まってきた。
そして、僕たちから一定の距離を保つように、輪になって囲まれてしまった。
「あれ……人間じゃ……」「人間がどうして村に?」
そんな声がそこらかしこから聞こえる。
石鬼たちからは、”人間にあまりいい印象を持ってない”ような、冷たい視線を感じた。
膠着状態が続いていたが、騒ぎを聞きつけてか村の奥から全身がでかくゴツゴツとした石鬼の男性がやってきた。
「何の騒ぎだ?」
「村長様、ミミーが……」
村長と呼ばれているその男性は、ミミーの母親が指さした僕たちとミミーを見た。
「人間か」
「村長さま!ミミーが連れてきたの!悪い人間じゃないよ!ププー、ヒヒー、エエーを探してくれるって約束したの!」
”ププー”、”ヒヒー”、”エエー”とは、行方不明になっている村の子供たちの名前だ。
「3人の子供を人間に探させるというのか?ミミー」
「村長様!人間なんて信じちゃいけねぇ!」「そうだそうだ!人間なんて出ていけ!」
村長の言葉に反応してか、そこらじゅうから冷たい言葉が放たれ始めた。
「ミキ、これまずくない?」
「うん……。村から離れて私たちだけで探したほうが……」
そのときだった。
「静まれーーーぃ!!」
村長と呼ばれている男性が、大きな声で叫んだ。
その途端、僕たちに浴びせられていた冷たい言葉が、ピタリと止んだ。
「ミミーよ。その者たちを信じるに価する根拠は?」
「なんとなく!」
僕はミミーの言葉にズッコケそうになったが、なんとか堪えた。
村長は続ける。
「直観ということか。その直感を信じてもいいのか?」
「うん!」
ミミーは目を大きく開き、自信満々に頷いた。
ドクリドクリと僕の心臓は強く動く。この事態がどう動くか全くわからないからだ。最悪の事態となった場合、ここの石鬼たちと戦闘になるかもしれない。
村長と呼ばれている男性は、僕たちをじっと見つめたあと、こう言った。
「…………。良かろう。その人間を連れて俺の家へ来い」
「村長様!」「人間なんてダメです!」
そんな声が飛び交ったが、村長と呼ばれている男性は踵を返し、一言だけこう言った。
「俺が認めたんだ。他は口を出すな」
その言葉に石鬼たちは何も言わなくなり、納得をしていない表情のまま、皆黙って去っていった。
「ミキ、コウ!村長さまの家に行こう!」
僕とミキは、さっきの状況に呆然と立ち尽くしていたが、ミミーに手を引かれ、後を付いて行った。
「あ、あの……」
背後からミミーの母親らしき女性が僕たちに声をかけてきた。
「あ、すみません。ミミーのお母さんですよね?」
「はい……。ミミーの母の”アアミー”と申します……」
「僕はコウ、こっちがミキです」
ミミーの母親”アアミー”さんは、とても不安そうな顔をしている。やはり僕たちのことが信用できないのだろう。それもそのはずだ。僕たちだって、敵や魔物をすぐに信じることなんてできっこないはずだ。
すると、ミミーはミキに抱き着いた。
「ママ!ミキもコウもとっても優しい人間よ?だから信じてあげて!」
ミミーは強い眼差しをアアミーさんへ向ける。
少し間があったあと、アアミーさんは口を開いた。
「わかった……。お二人を信じます」
「やったー!ママありがとう!」
ミミーはそう言って、アアミーさんに抱き着いた。
僕たちは、ミミーとアアミーさんに案内され、村長の家へとやってきた。
石を削り、積み上げた家は大きく、とても頑丈そうだ。
「お邪魔します……」
「お邪魔しまーす」
僕たちは村長の家へと入った。中の置物や装飾なども全て石で出来ており、それは見事な作りだった。
奥へ進むと、背もたれが少し大きい椅子に、村長が座って待っていた。
村長の他にも、男性の石鬼が数人居た。
「来おったな。俺はこの村の村長の、”イシシー”だ」
「あ、はい!えっと、コウです。よろしくお願いします」
「ミキです。よろしくお願いします!」
すると、僕たちの挨拶をぶった切るかのように、一人の石鬼の男性が入って来た。
「村長!どういうことですか!」
「ルイイーか」
「人間なんぞに子供たちの捜索をさせるなど、全く信用できません!私は反対です!」
「俺が認めたのだ。他言無用だ」
「ですが!!」
「それならば一刻も早く子供たちを見つければいい。さすれば、人間などの手を借りずに済んでいるだろう」
「……」
村長の一言でルイイーという男性は押し黙ってしまった。
だが、ルイイーという男性の気持ちも少しわかる。信用していない相手をいきなり信じろというほうが難しい。
「すまなかったな。ミキとコウよ。聞きたいことがあれば聞いてくれ」
僕たちはまず、子供たちが居なくなった経緯を詳しく聞いた。
「いつごろから子供たちは……」
「昨日の夕方くらいからです」とアアミーさん。
「夕方……。子供たちはどこかへ出かけるなど言っていたんでしょうか?」
「子供たちの親や兄弟たちに聞いたが、「近くで遊んでくる」とだけ伝えていたそうだ」と、イシシーさんが答えた。
「最後に子供たちが目撃された場所ってわかりますか?」
「村を出る3人を見たという村の警護をしている者の証言が最後だ」
話を聞く限りだと不審な点はない。
やはり子供たちは、村の近くで遊んでいて、何か事件が起こったか巻き込まれたと考えるのが妥当だろうか。
すると、アアミーさんの傍でもじもじとしているミミーが目に入った。
その様子が少し気になったが、また後にしようとこのとき僕は思った。
「でも、私たちも探すってなると、この辺りの土地勘とかないし、それに大きな石の鳥が……」
ミキの言う通りだ。
僕たちはただの攻略者で、今日石の門へ入って来たばかりだ。土地勘などあるはずもない。
それにあの大きな石の鳥だって、どこで出くわすかわからない。探しながらあの鳥の襲撃を避けてとなると、少し骨が折れる。
やはりここで断って、出口を探すほうが――。
「村長さま!ミキとコウに”アレ”、あげてよ!」
ミミーの言う”アレ”とは何だろう?
「仕方がない。ルイイーとアアミー、”アレ”を二人に」
「わかりました」
「……」
「ルイイー」
「……チッ!わかりましたよ」
すると、ルイイーさんとアアミーさんは、自身の額に生えている三本の角を引っこ抜き始めた。
「ええっ!?角抜いちゃって大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ。ほら。すぐにまた生えてくるの」
そう言ってアアミーさんの額を見ると、先ほど角を抜き、空洞になった場所からにゅるりと新しい角が生えてきた。
「すごい新陳代謝……」とミキがボソッと言うと、
「しんちん……?」とアアミーさんが不思議な顔をして聞いてきた。
「あ、いえ。何でもないです!」と僕はすかさず誤魔化した。
「ところで、この角とあの大きな石の鳥には何かあるんですか?」
「あの石の鳥は、俺たち石鬼を襲わない。その代わりお前たち人間を襲って食べる」
不機嫌そうな口調で答えるルイイーさんは続ける。
「だから、この角をお前たちの額に付けていれば、あの鳥たちは襲ってこなくなる」
「なるほど」
「でも、この角をどうやって額に着ければいいの?」
「ちょっとお待ちくださいね」
ミキが質問したあと、アアミーさんは工具とアクセサリーのような物を持ってきた。
そして、ルイイーさんとアアミーさんの角はものの5分ほどで、アクセサリーのような物になっていた。
その形は、ティアラのようなカチューシャのような頭に填めて使う形状になっており、そのアクセサリーのような物を僕たちの頭に着けると、まるで石鬼のように額に角が生えているように見える。これであの大きな石の鳥に襲われないのだから二人には感謝しかなかった。
「わぁ!可愛い!」
「うふふ。よくお似合いですミキさん」
「ありがとうございます」
石鬼の角のアクセサリーを見ているミキの目はキラキラと輝いてた。やはりこういうところが女の子だな思わせる。
「角もあるところだし、探しに行こう!って言いたいところだけど……。場所の目星がなぁ……」
「まだ探していない場所ってあるのでしょうか?」
「だいたいの場所は探したんだがな」
僕はふとミミーのことを見た。やはり何かモジモジしている。
僕は自分の直観を信じて、ミミーに話しかけた。
「ねぇ、ミミー。何か隠し事とか秘密にしていることない?」
「えっ?」とミミー。
かなり動揺しているようだった。
「ミミー。何か隠し事をしているの?」とアアミーさんが心配そうな表情でミミーに聞いた。
少し間を置いて、「……うん」とミミーは答えた。
僕はミミーの近くに寄り、ミミーの目を見てこう言った。
「怒ったりしないから言ってみて」
ミミーは僕の目を見たあと、口を開いた。
「うん……」
「やっぱり知ってるんだね?」
「ほんとに怒らない?」
「怒らない。僕を信じて」
少しの間があったあと、ミミーは話してくれた。
実は、石鬼の子供たちの間で”度胸試し”と称した、遊びが流行っているらしい。
”度胸試し”は、最初の頃は村からできるだけ遠い場所に行く程度だったそうだが、最近はエスカレートし、入ってはいけない場所に入るようになってしまったんだそうだ。
「ププー、ヒヒー、エエーは、”鳥の巣”にいるの?」
「うん……」
「ミミー今までどうして黙って……」とアアミーさん。
「だって、”大人たちには内緒”ってみんなと約束したから……。それに、話すとママに怒られると思ったの」
「怒ったりしないわ……。でも、ミミー。これからはこういうことになったらキチンと話してね」
「うん!分かったママ!」
「でも、どうしたもんか……」と、とても苦い表情をしてそう言うルイイーさん。
「”鳥の巣”ってあの大きな石の鳥の巣ってことですよね?石鬼なら襲われないってさっき……」
「それは、オスだけなんだ。巣で子育てをしているメスはかなり狂暴で石鬼でも襲ってくるから、子供たちには絶対に近づくなって強く言っていたんだがな……」
かなり深刻な状況らしいと、ルイイーさんの口ぶりから感じとった。
「ねぇ。魔法は?」
ミキは杖を持ってそう言った。
「魔法!?あなた、魔法が使えるの?」と驚きを隠せない様子のアアミーさん。
他の石鬼たちも、同様の反応を見せていた。どうやら石の門の中では、魔法が珍しいようだ。
すると、村長のイシシーさんが口を開いた。
「魔法をどう使うのだ?あの石の鳥はちょっとした攻撃では倒せまい。何か秘策があるのか?」
「ミキの魔法で氷漬けにしたり、雷を当てるように見せて怯ませる程度なら……」
「あとは、コウの剣に魔法を纏わせて戦うとかね」
「それなら、あの石の鳥もなんとかなるかもしれないな」
僕たちと石鬼たちは、三人の子供たちを救出する作戦を練り、”鳥の巣”へ向かうこととなった。
ミキの魔法や、ミキの魔法を使った僕の剣に頼ることになるかもしれないが、丸腰よりはマシなはずだ。
議論を重ねた結果、僕とミキ、ルイイーさん、アアミーさん、ミミーで捜索隊を組むことになった。
大人の石鬼の数が少ないことと、ミミーが駄々をこねて付いてくることになったことなど不安な部分もあるが、目的は”子供たちの救出”であり、石の鳥の討伐ではない。それに、大人数だとかえって目立つため、このメンバーが最適だろうということになった。
ルイイーさんたちに連れられ、30分ほど歩いた場所にやってきた。
人っ子一人いないような荒地に、先が鋭く尖った大きな石がそこら中に生えている。見るからにとても危険そうな地帯にたどり着いた。
「いかにも危険そうな場所ね」
「うん……」
「もうすぐしたら鳥の巣だ。気を引き締めていくぞ」
「はい!」
「OK!」
救出作戦の内容はこうだ。
まずは鳥の巣の周りにある、尖った大きな石の影に隠れながら、徐々に距離を詰めて行く。そのあと、ミキの雷の魔法を巣の周りに落とし、大きな石の鳥を出来る限り遠くへ退ける。その間に、ルイイーさんとアアミーさんと僕が巣へ近づき、子供たちを救出。救出時に襲い掛かってきた石の鳥をミキの雷の魔法を纏った僕の剣や、ミキの魔法で追い払う。という流れだ。
一か八かではあるが、出来る限り早く救出するにはこれが最適と判断したのだ。
出来る限り物音を立てないように近づき、巣の中を確認できる距離まできた。
「いた!子供たちだ。生きてるみたいだ」
ルイイーさんが指さしたほうへ目をやると、巣の中にそれらしい人影が見えた。
3人とも生存はしているようだ。だが、身動きが取れなくなってしまったらしい。
「よし。みんな作戦通りいくぞ」
「わかりました」
「はい!」
「いつでも大丈夫だよ!」
僕たちは配置に着き、ミミーはミキの背後の物陰に隠れ、準備が整った。
「それじゃいくよ!……イガガンガ!!」
ミキが呪文を唱えると、巣の上空にドス黒い雲が立ち込める。ゴゴゴ……と嫌な音を鳴らし始め、ついに大きな雷の雨が巣の周りに降り注ぎ始めた。
その音や衝撃からか、巣の周りにいた大きな石の鳥たちは、巣から離れて行く。
「よし!今だ!」
ルイイーさんの合図とともに、僕たちは飛び出した。
巣を目がけて一直線に走る。
すると、一匹の石の鳥が僕たちに気づき、鋭い爪を立て、僕たちに攻撃してきた。
「そうはさせない!ルーガ!チーウ!」
ミキの杖先から水の魔法と氷の魔法が飛び出し、見事石の鳥に命中した。
氷漬けになった石の鳥は、ごとりという音を立て、地面に落ちた。
「ひゅ~!危なかったぜ!」
「ルイイーさん!急ぎましょう!」
僕たちはスピードを上げ、巣へ近づいていく。
途中また石の鳥が僕たちを狙うが、ミキの雷の魔法のおかげでなんとか退けた。
そして、巣の中へ入ることに成功した。
「おい!大丈夫か!」
ルイイーさんが子供たちに声をかけた。
子供たちは僕たちの顔を見るや、大泣きし始めた。
「うぇ~ん!怖かった~!」
「助かった~!」
「おじさ~ん!」
安心したのだろう。子供たちはルイイーさんやアアミーさんに抱き着いた。
「おいおい。俺はまだおじさんって歳じゃないんだがな……」
”おじさん”と呼ばれ、少し苦笑いするルイイーさんにほっこりしたが、今度はここから逃げなければならない。
「ルイイーさん。急ぎましょう。ここで襲われたらまずいです」
「わかってる。アアミーはヒヒーを。俺はププーとエエーを担ぐ。コウはしんがりを任せていいか?」
「わかりました!」
「それじゃ、一気に走るぞ!」
僕たちは巣を飛び出し、また走りだした。
ミキやミミーがいる場所を目がけ、ただひたすら走る。足がもつれそうになりながらも、前を向いて走る。
もう少し……!そう思ったときだった。ヒヒーを抱いて逃げていたアアミーさんが転んでしまったのだ。
「アアミーさん!!」
「アアミー!」
「私は大丈夫!うっ!」
アアミーさんは、転んだときに右足を捻ってしまったらしい。
「まずい!ルイイーさんは二人を連れて逃げてください!」
「でも……」
「いいから早く!」
僕はルイイーさんと二人の子供たちを逃がした。
「コウさんはヒヒーを連れて逃げて……!」
「ダメです!ミミーのことどうするんですか!」
すると、転んだアアミーさんを見てか、上空から一匹の石の鳥が急降下してきた。
このままでは襲われてしまう。
僕は、少し遠くにいるミキを見た。ミキも僕を見ていた。
お互いに目配せをし、次の瞬間体が動いていた。
僕は腰から剣を取り出し、ミキはこちらへやってくる。
「イーガ!!」
ミキの杖先から出てきた雷の魔法が、僕の剣を纏わりついた。
僕は、雷の剣を構え、急降下しながら襲い掛かってくる石の鳥に意識を集中する。
……………………今だ!!!
渾身の力を込めて、石の鳥に雷の剣をぶつけた。
その途端、石の鳥はバラバラの石となり、砕け散った。
「アアミーさん大丈夫ですか?今治療します!」
ミキは呪文を唱えたあと、こっちへ駆け寄ってきていたらしい。アアミーさんの足のケガを治療し始めた。
「大地に住まう精霊たちよ、この者を癒したまえ、ヴァリーヴァリー」
ミキの杖先から薄緑の光が溢れ、アアミーさんの足を包み込んだ。
「おーい!大丈夫か!俺が、アアミーを担ぐ!すぐここから離れるぞ!」
「わかりました!」
ルイイーさんがアアミーさんをヒョイと担ぎ、ヒヒーを連れた僕たちは物陰にいるミミーたちの元へと戻った。
「みんな大丈夫だな?すぐにここから離れよう」
全員の無事を確認した、ルイイーさんはそう言った。
出来る限り逃げる時間を稼ぐため、ミキがもう一度雷の魔法を使い、石の鳥たちの目を眩ませ、僕たちはその場から離れた。
鳥の巣からかなり離れた場所まで逃げてこられた僕たちは、物陰に入りアアミーさんの足の治療をするため少し休憩することになった。
子供たちは、僕とミキが人間ということに驚いていたが、ルイイーさんたちが事情を説明し、戸惑いつつも僕たちを迎え入れていれた。
「お前たち、なんでまた度胸試しなんて……」
ルイイーさんは、呆れたような表情で子供たちに聞く。
「だって……」
「誰も”鳥の巣”には行ってなかったから……」
「いつも話していたよな?あそこはとても危険だから近づくなって」
「うん……」
「なのにお前たちは……」
「ルイイーさん。3人も反省してるみたいですし、そのへんで……」
ミキから足の治療をしてもらっているアアミーさんが、ルイイーさんを宥めた。
「だがな……」
ププー、ヒヒー、エエーの目元にはすでに大粒の涙が溜まっていたが、まるで決壊するかのように零れ落ち、それぞれに釣られるかのように大泣きし始めた。
「もう度胸試しなんてやらないよ~!」
「ごめんなさい~!」
「うわぁ~ん!」
鳥の巣で一夜を過ごした3人にとって、どれほどの恐怖と不安だったのだろうか。我慢していた物が一気に流れ込んでくるかのように、3人は村に着くまで泣き続けた。
僕たちは大泣きする3人を連れ、村へと戻った。
3人の子供たちは、予想していた通り親や大人たちにこっぴどく叱られた。
これで子供たちも戻ってきた。僕たちは出口を探して……と思ったそのときだった。
石鬼の家の壁のある一か所が赤く光っているように見えた。
(もしかして……)
僕はその壁に近づきよく見ると、そこには赤く光る石があった。
すぐに僕の光る石だとわかった。
だが、石鬼とは言え他人の家の壁だ。壁の石を勝手に貰うなんてさすがに失礼だ。でも、これが出口のヒントなはず。何も言わずぬす……貰うか?いや、ちょっと待て?確か門の塔では「人の物を盗む」は、強制退場になってしまう。どうしたものか。
すると、壁の前で悩んでいる僕を見つけてミミーがやってきた。
「コウ?何やってるの?壁に何かあるの?」
「いや、光る石が……。あ、何でもないよ」
「光る石?必要なの?」
「え?あ、うん……」
「じゃあ、お家の人呼んで来てあげる」
「あ、ミミー!」
ミミーは僕の制止を無視して、ルイイーさんの元へ向かった。
そして、ミミーとルイイーさんはこちらへ近づいてきた。
「コウ!水臭いじゃないか!さっさと言ってくれよ!」
「え?え?」
僕はルイイーさんの言葉に動揺した。
「えっと……」
「ここは俺の家だ。お前の光る石が壁にあるんだろ?持って行ってくれよ!」
「でも、家の壁ですよ?」
「そんなの、またよく似た石を見つければいいだけさ」
「あ、はぁ……」
「なんだ?取らないのか?俺が取ってやるよ。どの石だ?」
僕が指さした石を、ルイイーさんは引っこ抜くように取ってくれた。
「ほらよ」
「あ、あの。ありがとうございます」
「良いってことよ。子供たちを助けてくれたお礼だと思って受け取ってくれ。あと……」
ルイイーさんは一度俯き、もう一度顔を上げ、僕にこう言った。
「あのときはすまなかったな。人間なんぞとか信用できないとか言っちまって。コウとミキは良い人間だ」
ルイイーさんはそう言って、僕の背中をポンと軽く叩いた。
なんとなくルイイーさんと友達になれた感じがした。
僕たちは、村長の家に呼び出された。
「コウとミキよ。本当にありがとう。子供たちが無事だったのは二人のおかげだ」
村長のイシシーさんは続ける。
「二人に褒美をやろう。何か欲しい物はないか?」
「欲しいもの……」
「うーん……」
僕とミキは向き合い、目を合わせ、あっ!という表情をお互いでしたあと、口を開いた。
「出口!」
「出口の場所を教えてください!」
イシシーさんは少し悩んだあと、こう言った。
「良かろう。アアミーとミミー、案内してあげなさい」
僕たとミキは、村を後にし、アアミーさんとミミーに案内され、出口へ向かった。
「まさか、出口が村で管理されてたなんて」
「普段は、簡単に通したりしないのですが……」
「ミキとコウは特別だもんね!」
「そうね。子供たちを救ってくれた英雄です」
「英雄だなんてそんな……」
僕たちは、アアミーさんの言葉に少し照れる。
「助けようって思ったのは私たちの意思だからね」
「うん。そうだよね。だから英雄って言われるとなんだか恥ずかしいです。当たり前のことをしただけなので」
ミミーに頼まれたのが発端ではあったが、助けようと行動したのは僕たちの意思だ。
「でも、本当にお二人がいなければ鳥の巣まで助けに行こうとはならなかったので、お二人には感謝してもしきれません……。それに、お二人に初めてお会いしたとき、とんだご無礼を働いてしまって……」
「あのときは僕たちもいきなり村に押し掛けてしまいましたし……」
「でも、今なら分かります。お二人はとてもいい人間なんだって」
「そう言ってもらえるだけで僕たちは嬉しいですよ」
そして、村の裏側へとやってきた。
村の裏側の少し外れに、石でできた祠のような物が見えた。
「あれが出口だよ!」
ミミーは祠を指さしてそう言った。
「この祠の中に出口があります。私たちはこの中に入ることができないのでここでお別れです」
アアミーさんとミミーは横に並ぶ。
「本当にありがとうございました。攻略?でしたっけ?どうかご無事で」
「こちらこそありがとうございました。お元気で」
「ミミー。お母さんの言うことちゃんと聞くのよ」と、ミキはミミーにウィンクしてそう言った。
「ミミー、いい子だから大丈夫だよ!ね、ママ!」
「そうね。うふふ」
「あ、このアクセサリー……」
「返すの忘れてたね」
「そのアクセサリーはお二人に差し上げます。ルイイーや村長様も元よりそのつもりでしたでしょうし。どこかでお役に立てるかと思います」
僕たちはお言葉に甘え、角のアクセサリーは貰えることとなった。
「それじゃ、バイバイ」
「お元気で」
僕たちは二人に別れの挨拶をした。
アアミーさんは深く頭を下げ、ミミーは僕たちが祠に入るまで手を振ってくれた。
石作りの祠へ入ると、中には石製の門があった。出口のようだ。
「確か光る石が必要なんだっけ……」
「あれ?コウ、光る石見つけたの?」
「うん。ルイイーさんの家の壁に。事情を話したら貰えたんだ」
「ルイイーさん。最初は怖そうだったけど、いい人だったよね」
「うん。この村の人はたぶんみんないい人なんだよ。どういう訳か人間を警戒してるみたいだけど」
「何かあったのかな?」
「さぁ。聞いておけばよかったね」
僕たちはポケットから光る石をそれぞれ取り出した。
僕の石は相変わらず赤く光っているが、ミキの石はただの石に見える。だが、ミキには青く光って見えていて、僕の石は石ころ同然に見えるのだろう。
出口の門をよく見ると、取っ手の上に窪みのような物がある。
どうやらここに自分の石をはめ込むらしい。
「一人ずつしか出口を開けられないようだね。ミキから行く?」
「うん!私から行くよ!」
ミキは、手に持った石をその窪みにそっとはめ込んだ。
すると、石がすっと砕けて無くなった。
ミキが取っ手をゆっくり引くと、出口の門は開いた。
「開いた。先に入ってるね」
「うん」
ミキがそう言って入って行くと、出口の門は閉まった。
今度は僕の番だ。
僕は、手に持った赤く光る石を門の窪みにはめ込んだ。
赤く光る石はすっと砕けて無くなった。
僕は、ゆっくりと取っ手を引いた。とても軽い力で出口の門は開いた。
「お待たせ」
中で待っていたミキにそう言いながら、僕は出口へ入った。
またあの長い通路だ。遠くへ点々と続く松明の明かりが見える。
このまま通路を抜ければ”石の門”はクリアだ。
「色々あったけど、クリアだね」
「うん。……ずっと思ってたんだけどさ」
「ん?」
「石鬼の子供たちの件と、コウがバーオボに居たときの話と似てない?」
「僕もそう思ってたんだ。たまたまだったのかわからないけど、バーオボでの経験が役に立ったよ」
「そうだけど……まぁそういうことでいっか!」
「うん!」
僕たちは、コツコツを足音を鳴らし通路を抜けた。
◆
石でできた髪のおさげを揺らし、その少女は祠を見つめる。
少女の母親は、少しホッとした表情をしたあと、踵を返し、歩き始めた。
少女の目が変わる。その目はあどけない少女の目から、獲物を見つけた猛獣のような鋭く冷たい目になる。
石のおさげが風に揺れ、少し乱れる。その石のおさげを整え彼女はこう言った。
「ふーん。人間ってあんな感じなんだ」
その言葉のあと、口角があがり、少女は天を仰ぐ。
「あの程度なら遊び道具に丁度良さそ」
「……あれ?ミミー?帰るわよー?」
「はーい!ママ待ってー!」
ミミーと呼ばれたその少女は、母親を追いかける。
そして、母親の右手に自身の左手を預け、村へ戻っていくのだった。
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