第二十九話 石の門・前編
”森の門”をクリアした僕たちは、その夜、噴水の近くで晩御飯のシチューを食べていた。
「そう言えばさ、森の門で途中止まったの、あれ何かあったの?」
ミキはシチューを一口食べたあと、僕にあの時のことを質問してきた。
あの時「後で話すね」と言ってたが、その後起こったことを対処するのに精いっぱいで、僕はすっかり忘れていた。
「あぁ、あれね。足元に紙が落ちてたんだ。よく見ると絵が写されてた」
「絵?」
「うん。たぶん家族の絵。撮影機で撮った物だと思う」
「家族の絵かぁ」
「その絵の裏に、持ち主のメッセージが書かれててね」
「メッセージ?」
「うん。「俺の愛する家族へ。皆天国で遊んでいるかな?俺はお前たちを失ってから、毎日が灰色だ。今もずっとお前たちに会いたい。愛してる。ロバート」って書かれていたんだ」
ミキは、パンを小さく千切り、皿に少し残ったシチューをパンで少し掬い、そのまま口へ入れ、
「……そのロバートって人、家族に会いに来たのかな」と言った。
「わからない。でも、最初に見た女性もそうだけど、あの門にはそういう人が来るのかもしれない」
「ウワサになってるくらいだもんね」
「うん……」
森の門は危険な門だった。だが、”故人の会えるかもしれない”というウワサがあるせいで、あの門へ訪れる人は数多い。ガイドブックには危険性など書かれてもいなかった。そして今日も故人に会いたいという思いの人があの門へ入るだろう。
「ふぅ~ごちそうさま!」
ミキはシチューを完食したようだ。そして、ミキは続ける。
「コウ!早く食べちゃって」
「……そうだね。ごめん。考え事してて」
「森の門のこと?」
「うん。あの門は危険だから、観光ガイドブックにも「危険だ」って書けばいいのにって思って」
「それでも行く人は行くよ。命の危険があっても」
「そうなのかな」
「現に、コウだってお母さんを見つけるために門の塔に入ってるじゃん」
確かにそうだ。僕はミキの言葉に、後頭部を軽く殴られた感覚になり、少しだけ目が覚めた。
「そうだね。僕、ちょっと考えすぎてた。ごめん」
「大丈夫。今日は私がお皿洗うね。コウは明日入る門のこと調べて」
「わかった」
ミキは後片付けを始めた。
僕は、サコッシュから寝袋とガイドブックを取り出し、ゆっくりと読み始めた。
(次入る門は……)
”石の門”のページを見つけた。
――”石の門”。石だらけの世界。石でできた門が美しい。
ガイドブックにはそう書かれていた。中のことなどは、石がたくさんあるということ以外はまるでわからない。
「何かわかった?」
ミキはそう言いながら、サコッシュから寝袋を出している。夕食の後空付けが終わったらしい。
「うーん。石だらけってことくらいしか……」
「”石の門”だっけ?まぁ、門の名前からしてそうだよね」
「明日、詩と門番の話を聞いてみるのが一番だと思う」
「わかった!それじゃ、おやすみ!」
「おやすみ」
――次の日。
ここは門の塔一階、”石の門”の前。人は全く並んでおらず、すぐに入ることができるようだ。
”石の門”の門は、ガイドブックにも書かれていた通り、とても美しい作りをしていた。というのも、金具以外は全て白い石で出来ており、その石の部分にはどこかの田舎町の風景が掘られている。その風景が、どこか寂しく、でもどこか温かいような雰囲気で、見ているこっちまでその風景に帰りたくなってくる優しい絵だ。
ふと、石の門の横にいる門番が目に入った。相変わらずボロボロのローブを羽織っており、手には柄の長いランタンを持っている。ランタンからは薄黄色の光がしとしとと漏れている。
「光る石をなくすな」
門番は、若い女性の声だった。何かを訴えかけてくるような、力強い口調でそう話した。
「光る石か……」
「そもそも光る石を持ってないよね」
「うん……」
僕たちは次に、詩を探した。詩が書かてれいる板金は石の門の真横に掲げられていた。
石は石 石と石
石は心になり
心は石となり
その心を見失うなかれ
”石”という言葉がいくつもあって、ゲシュタルト崩壊しそうになるが、そのことは頭から離して、攻略のヒントを紐解いていく。
「光る石と、心……」と、ミキは頭を抱える。
「光る石は自分自身……とかなのかな?」
「自分自身?どうして?」
「”石”と”意思”……とか?」
「そんなダジャレみたいなのでいいのかな」
「なんだかごめん」
自分で言っていても恥ずかしいが、本当にそれしか思いつかなかったのである。
「とりあえず、光る石がヒントっぽいし、入ろうよ」
「そうだね」
僕たちは、石の門へ入ることにした。
「うっ……重い……」
石の門の門は石で出来ているためか、ずっしりと重く、びくともしない。
「私も一緒に……。うわっ!重っ!」
ミキも一緒に押してくれたが、本当に重い。この門を開けるだけで、相当な体力を使い果たしてしまいそうだった。
それでも二人で力を合わせ、やっとの思いで中に入ることができた。
「重かったね。石の門」
「もっと軽い石で作って欲しかったよ」
長い通路に僕たちの笑い声と、コツコツと歩く足音が響く。
通路は少し薄暗いが、所々松明が灯されており、視界は悪くない。
「石……石……」
「まだ考えてるの?」
ミキはそう言いながら少し怪訝な顔をする。
「いや、石でしょ?魔法石も関係あるのかなって?」
「たくさんの魔法石が山積みになってるとか?」
「あとは、光る石が魔法石なのかな……とか」
僕は色々と考えを巡らせていた。少しでも石の門の出口や鍵を早く見つけるためだ。
「これ以上考えても、堂々巡りじゃない?」
「そうだけど……」
「そうだ!バーオボの話してよ!」
「バーオボの?」
ミキは突然僕の昔の話を切り出す。たぶん、僕の気持ちを切り替えさせるためだろう。
「うん!バーオボでの出来事とか」
「出来事か……」
僕は、バーオボでの日々を頭の中で巡らせる。
「そうだなぁ」
そのとき僕の頭の中であの日の出来事がパッと浮かび上がった。
長く暗い通路の奥を見つめ、僕は口を開いた。
「僕がアルバイトしていたときの話なんだけど……」
「うんうん!」
僕がバーオボにいた頃、アルバイトを始めて半年ほど経った頃だった。
そのときは、ヨーゼフさんが営む”茨のふるさと”という店で働いており、僕は店でラテアートの練習をしていた。
「お店のドアが凄い勢いで開いたんだ。そうしたら、漁師さんがすごい血相で入ってきてね」
今でも目に焼き付いている。
四つのガラスの小窓がついた茶色い木製のドアが物凄い勢いで開いたと思ったら、僕の知り合いでもある漁師さんが、「ヨーゼフの旦那!」と大声で飛び込んできたのだ。
「漁師さん、何かあったの?」
「それが、子供が数人行方不明になっちゃったんだ」
行方不明になった子供たちは、5歳の男児3人。
町でよく見かける、活発な子たちだった。
「警察とかリョックル中の大人たちを集めて探したんだけど、全然見つからなくてね」
少しでも捜索の範囲を広げるため、ヨーゼフさんにも声がかかったのだ。
店のオーナーでもあるヨーゼフさんが居なくなるためお店は一時閉店し、”茨のふるさと”に警察や大人たちや集まって状況の整理や、誰がどこを探すかを割り当てていくことになった。
「ヨーゼフさんが色んな人から詳しい話を聞いたあとね、突然僕のバイクを貸してほしいと言い出したんだ」
「バイクを?」
「うん。僕は二つ返事でOKして、そのあと店で待ってることになったんだけど……」
ヨーゼフさんは、少し下がりかけた太陽の方角へと向かってバイクを走らせていった。
そのときの僕は、ヨーゼフさんはどこへ?と思ったが、今なら分かる。
バーオボの西には”バーオボ樹海”という、魔物や妖精が住まうとても危険な樹海があり、ヨーゼフさんはそこへ向かったのだ。
通路に響く足音の中、ミキは僕に聞く。
「その危険な樹海って、どれくらい危険なの?」
「昔話とか言い伝え程度でしか知らないんだけど、入ると魔物に姿を変えられて二度と戻って来られなくなるとか、妖精に心臓を盗まれてしまうとか。子供はそういう昔話とか言い伝えを聞かされて絶対行かないように言われてるんだ。大人でも近づかないようにしてる」
ヨーゼフさんがバーオボ樹海へ向かって二時間ほど経った頃だった。店の外が突然騒がしくなったのだ。
それからすぐに、店へ入ってきた警察官の男性がこう言った。
「ヨーゼフさんが子供たちを連れて帰ってきた!!」
その場にいた大人や僕は、慌てて店の外へ出た。するとそこには、バイクに乗ったヨーゼフさんと、バイクの荷台で縮こまっている子供たち3人が居たのだ。
「ヨーゼフさんよく見つけてくれた!」「無事で良かった!」
そこらかしこからそう言った声が溢れるように飛び交っていた。
通路に灯された松明を横目に通り過ぎていく。
「でも、ヨーゼフさんはどうしてその樹海に?」
「一人の女の子から、子供たちの間で”肝試し遊び”が流行ってるって聞いたらしくて……」
「あ……もしかして」
「そう。最初は廃墟とか、誰も住んでない家のトイレに入る程度だったらしいけど、どんどんエスカレートしちゃったみたいでさ」
「まぁ、小さい頃だとよくあるよね」
その後、3人の子供たちは大人たちにこっぴどく叱られ、そのあとバーオボで”肝試し遊び”は禁止となった。
通路の奥に小さな光が見え始めた。
「あ、そろそろ通路出るね」
目の前には通路の出口が眩しく輝いていた。
「気を引き締めて行こう」
僕たちは、通路の出口へ一歩踏み出した。
僕は、眩しくて閉じた目を開いた。
「い、石だらけだ」
そこには、大小様々な大きさや形の石が無数に転がったり、積みあがったりしていた。
ミキは足元の小さな石を拾って、よく観察する。
「どう見ても石だよ。変なとこない」
僕も足元の石を拾い、よく観察した。
「確かに……」
これだけの沢山の石がある世界。さすが”石の門”と言ったところだろう。
僕たちは歩き始め、”光る石”を探すことにした。
「でも、光る石って言っても、どんな風に光ってるんだろうね?」
ミキは歩きながら続ける。
「電球みたいに発光してるのか、光を当てたら反射するみたいに光るのか……」
確かに、”光る石”と言っても、かなり広義な解釈がある。
電球のように光るのであればまだ探しようがあるが、反射するような光り方なら全ての石に光を当て虱潰しに探すしかない。
「一度、灯りの魔法で照らしながら探してみようよ。もしかしたら何かヒントが……」
――ブウォン!!!
僕が言いかけた途端、背後から物凄い風が起こった。
僕たちが後ろを振り向くと、そこには石で出来た大きな鳥が飛んでいたのだ。
「アアアァァァァァ!!!」
その鳥は、大きな鳴き声を僕たちに浴びせる。
そして、鋭い石製の爪がついた足を僕たちに振りかざしてきた。
「うわっ!まずい!ミキ、どこかに隠れよう!」
ミキは鳥の攻撃を避けたあと、
「わかった!けど、ちょっと魔法で足止めする!」
そう言うと、ミキは杖を取り出し呪文を唱えた。
「ルーガ!チーウ!」
ミキの杖から水の玉と氷の刃が飛び出し、石で出来た大きな鳥は氷漬けとなった。
「よし!今だ!どこかに隠れよう!」
僕たちは急いでその場を後にした。
少し走ると、大きな岩陰を見つけた。僕たちはその岩陰に入った。
「どうする?たぶん、あの一匹だけじゃないよね?」
僕は、岩から少しだけ顔を覗かせ、空を見上げた。
空には、他にも数匹の鳥が飛んでいるようだった。
「このまま出ると恰好の的だな……」
「あ……あれ?」
ミキが何かを見つめている。
「どうしたの?」
「あの石、光って……」
ミキが指さす方向を見たが、何も見当たらない。
「何も光ってないけど……」
「そんな!」
ミキは、ある一つの石を拾い、僕の方へ持ってきた。
「ほら?光ってない?」
「全然。僕にはただの石にしか見えないよ」
「嘘?青色に光って……」
光っている石……まさか!
「ミキ、もしかしてそれ門番が言ってた……」
「光る石!?」
ミキは驚きのあまりか、大きな声を出してしまった。
その声に反応してか、空から大きな羽音が複数近づいてくる。
「まずい……。ミキ、別の場所に移動しよう」
「……う、うん!」
「あ、その光る石無くしちゃダメだよ!」
「わかってる!」
僕は腰から剣を取り出し、ミキへ合図した。
「ミキ!魔法!」
ミキは杖を持ち、呪文を唱えた。
「イガーガ!」
僕の剣に雷の魔法が纏わりついた。
僕は、その剣を振りかざし、石で出来た大きな鳥たちを威嚇する。
石で出来た大きな鳥たちが怯み、退路を確保できた。
「ミキ!今だ!」
僕たちは全速力で走った。
できるだけ遠く、石で出来た大きな鳥たちに追いつかれず、見つかりにくい場所を求めて走った。
かなりの距離を走った頃だった。
僕たち二人が隠れられそうな岩陰を見つけ、そこに身を潜めた。
「ここならなんとか大丈夫かな……」
僕もミキも息を切らしている。
このまままたあの魔物に襲われたら、次は逃げられるだろうか。
「本当に大丈夫かな?」
ミキは不安そうに口を開いた。
「大丈夫だよ……たぶん……」
さすがに確証はないが、そう言うしかなかった。
「早く出たいけど……出口もわからないし」
「しばらく様子見するしかないよ。魔物と言っても鳥だし、暗くなったら鳥目で見えないだろうから、それから動きだせばいいよ」
「確かにあの魔物、鳥っぽいけど、本当に夜になると大丈夫なのかな?」
「まぁ、今は様子見だよ。それより作戦会議だ」
「うん……」
「あの……」
ん?今確かに声がした。しかも聞きなれない声だ。
ミキが変な声でも出したのか?
僕は気のせいだと思い、またミキに声をかけた。
「最初にかけたミキの魔法と、雷の剣が有効だったところを見ると……」
「あのー!!」
今度ははっきりと聞こえた。
僕たちは、その声の主のほうへ振り向いた。
なんとそこには、額に角が二本生えた、髪や皮膚など全身が石で出来た人型の生物が立っていたのだ。
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