第二十八話 森の門
少しひんやりとした空気を感じ、目が覚めた。
僕は上体を起こし、腕を突き上げ伸びをする。
そのまま寝袋から出たら、いつも通りバケツに噴水の水を入れ、顔を洗う。
(ミキはまだ眠ってるな。朝ごはん作ろっと……)
ミキはまだ寝袋にくるまって眠っていた。
僕は、ミキが起きないよう注意を払って、食料棚へ向かった。
「確か、昨日の残りのご飯があったな。あとは、サラダと味噌汁にするか」
僕は、食料棚から野菜と豆腐、少量の味噌を拝借した。
噴水の近くへ戻ると、丁度ミキが起きていた。
「ミキ、おはよう!」
「おはよう!朝ごはん今から作る?」
「うん!飲み物お願いしていい?」
「わかった!任せて!」
ミキはそう言うと飲み物を作り始めた。
僕も朝食の準備に取りかかろう。まず、サコッシュからシングルバーナーを出し、魔法を使って火をつける。小さな魔法鍋に噴水の水を入れ、沸騰させる。できれば何かの出汁を取ってから具材や味噌を入れたいが、贅沢を言ってられないので、そのまま小さくカットした豆腐と味噌を入れる。まずはお味噌汁の完成だ。
白いご飯は昨晩の残りをそのまま。サラダは、野菜を噴水の水でサッと洗い、手で千切って簡単に盛り付ける。そうだ。ドレッシングを忘れていた。さっきお味噌汁を作ったとき残った味噌を噴水の水で少し溶かし、そのままサラダにかけた。味噌だらけだが健康に良いと思えばなんてことはないだろう。
「コウ!レモンティーできたよ!」
「ありがとう!僕も丁度出来たところだよ」
ミキに頼んでいた飲み物も出来たようだ。
僕たちは食器とカップを受け取り合い、朝食を始めた。
「今日は”森の門”だよね?」
朝食を食べながらミキが尋ねてきた。
「うん。昨日ガイドブックを読んでたんだけど、ちょっと怖そうな門なんだ」
「怖そう?」
「それが、”死者の森”って呼ばれてるらしくて……」
「”死者の森”?お化けでも出るの?」
「お化けというか、故人に会えるかもしれないっていうウワサがあるらしいんだ」
「故人……」
ミキはそう言いながら曇った表情をした。
ミキは幼いの頃、父親を亡くしている。故人という言葉を聞いて父親のことを思い出したのかもしれない。
「ミキ、大丈夫?もし、森の門が嫌なら……」
「私は大丈夫だよ」
ミキはそう言うと、明るい表情に変わっていく。
「本当に?」
「うん」
あくまでもウワサだ。それに故人に会えるわけがない。もし、森の門の中で本当に故人に会えたとしても、それは門の中の魔法が作り出した幻か、人間を餌にする魔物の仕業だろう。あまり本気にしないほうがいいような気がした。
僕たちは身支度を終え、森の門へ向かった。
森の門の前は少しだけ人が並んでいるようだが、どの人も少し暗い表情をしている。僕たちと同じような冒険者らしき人は普通の表情なので、その暗い表情した人たちが少しだけ目立つ。故人に会うためにここへ来たのだろうか。気にはなりつつも、そっとしておいたほうが良いだろうと思い、僕は森の門へと目をやった。
森の門の門は木で出来ているが、全体的に古く、所々崩れている。どこかの廃墟の門のようだ。
僕たちは、森の門の横に立っている門番を見つけた。長い柄のランタンの炎は紫色に薄く光っている。
森の門と、横に立つ門番がより一層、不気味な空気を放っていた。
「……光を灯すな。……道がなくなる」
森の門の門番は掠れた老父の声でそう呟く。その声は、今にも途切れてしまいそうな、弱く脆い声だった。
「”光を灯すな”か。魔法や火を使わないようにすればいいのかな」
「使わないようにしないと……」
「ミキ、絶対使わないでね」
「うん!」
そして次に、森の門の詩を探す。大抵、門の近くに板金が貼り付けられているので、辺りをぐるりと見渡す。
「あった!」
ミキが指さす方向へ目をやると、僕たちの腰くらいの位置に板金が掲げられていた。板金は少し錆びていたが、なんとか文字を読むことができた。
暗き森 前に進め
後ろには 亡き者がいる
肩をたたかれても 返事をするな
返事をしたら 道はない
森の門の中は、銀の門のように森が広がっているようだ。だが、詩にも”暗き森”とある通り、日の光がほとんど入って来ないような森らしい。そのあたりは銀の門と真逆なのだろう。今から入るのが少しだけ怖くなってくる。
「ねぇ、コウ」
「どうしたの?」
「中は暗い森ってことだよね?」
「たぶんそうだと思う」
「一応、一応なんだけど、お互いの体をロープで結んでおかない?」
「逸れないようにするため?」
「それもあるけど、暗い森って書いてるし、それに詩に”後ろには”とか、”肩をたたかれても”ってあるでしょ?たぶんだけど、後ろを振り向かないようにしろってことだと思うの。でも後ろを振り向けないとお互いが本物かわからないじゃない?だから、お互いの体をロープで結んでおけば、お互いがいるかどうかはわかるかなって」
「なるほど。それは思いつかなかったよ。ミキ、ナイスアイディアだ」
「えへへ。ありがとう」
僕はサコッシュからロープを取り出した。このロープはダミアンさんのお店で買った物だ。ごく普通のロープだが、いざというときに役に立つと思い買っておいたのだ。まさに今、役に立つときがきた。
僕たちは、それぞれの胴に一本のロープをぐるりと巻き、約1メートルほどの長さで結んだ。何かあればこのロープを少し引っ張ればお互いの所在を確認できる。
「これで、なんとかなりそうだ。あと、詩にもあった通り、もし声が聞こえたり肩を叩かれても後ろは振り向かず、返事はしないでおこう。何か伝えたいことがあれば、僕たちの間のこのロープを引っ張ること。それでいいかな?」
「うん!それで大丈夫!」
「じゃあ僕が前を歩くね」
「私は後ろね!」
ロープで結ばれた僕たちに、森の門へ入る順番が回って来た。少しだけ緊張するが、ここをクリアしないと先には進めない。恐怖を理由に諦めるわけにはいかないのだ。
「じゃあ、入るよ。森の門の中では……」
「振り向かない、返事はしない、ロープで伝える!」
「よし!それじゃあ入るよ!」
僕はゆっくりと森の門を開け、中へと入った。
まずはあの長い通路だ。通路は薄暗く、所々壁に松明が灯されているが、松明と松明の間は暗くなっていて遠くからではほとんど見えない。自分たちの足音が響くだけで、他は何も音が無い。いつもなら特に気にはならないが、”死者の森”や詩や門番の話を聞いてから、通路にも何かいるのではと悪いことばかり考えてしまうのだ。
「ミキ、大丈夫?」
ミキの返事がない。そうだ。ロープで合図する約束だった。ミキはしっかりと約束を守っているようだ。
僕は横に伸びたロープをトントンと軽く二回引っ張り、合図をしてからもう一度ミキに声をかける。
「ミキ、大丈夫?」
すると、後ろからトントンと二回ロープを引っ張られた感覚があったあと、ミキの声が聞こえた。
「大丈夫だよ。コウも平気?」
僕はまたトントンと二回ロープを引っ張り、返事をした。
「うん。平気。このまま進むね」
また後ろからトントンと二回ロープを引っ張られた感覚があった。ミキからの”OK”という合図らしい。
僕は前へ進んで行く。ロープでミキの存在を少しだけ感じつつ、警戒しながら歩みを進めた。
すると、通路を抜けたのか、森へ出てきた。詩の通り、森はとても暗くいかにもこの世の物ではない何かが出てきそうな雰囲気を漂わせている。ふと空を見上げると、空はとても明るいようだ。ということは、昼間ということになる。それでこの暗さなのだ。やはりこの森は普通ではないのだろう。
僕はより一層周囲を警戒しながら歩みを進めた。
「……フフフ」
突然僕の耳元で笑い声が聞こえた。ミキの笑い声かと思ったが、ロープでの合図がなく、突然聞こえてきた。
僕はそのままミキのほうを振り向こうとしたが、思い直し、トントンと二回ロープを引っ張ってから、ミキに声をかけた。
「ミキ、何か言った?」
僕の声に反応して、後ろからトントンと二回ロープが引っ張られる感覚があったあと、ミキの声が聞こえてきた。
「何も言ってないよ?」
やはりさっきの声は……。僕はあまり深く考えないよう、前を向き直し、歩みを少し早めた。
この森は本当に暗い。気の迷いで明かりを付けたり、松明を灯したりしそうになるが、門番の言葉を思い出し、ぐっと我慢する。門番の言う”光を灯すな、道がなくなる”は、”明かりをつけると、出口が見つからなくなる”という意味なのだろう。
さっきの笑い声で背筋が凍るような思いだ。とりあえず今は、門のクリアのことだけを考えることにした。
ミキの存在をロープで確認しながら、森を進んでいく。暗さのせいで前に進めているのかすらわからない。ついでに言うと、方角も全くわからない。ただひたすら、前に進むしかない。不安もあるが、今は自分だけが頼りだ。
周りを見ても暗闇と木ばかりで、道が正しいのかはわからないままだが、歩みを進めていると、足に何かが当たった感触がした。その感触は少し重い。恐る恐る目をやると、黒い服を着た女性が倒れていた。少し驚きつつ、生きているかどうか目視で確認したが、その女性はすでに事切れていた。
黒い服ということは喪服だろうか。誰か大切な人を亡くしたばかりなのだろう。故人に会いたいという一心でこの森の門へ入ったとすぐに想像できた。そして、女性の手の近くには火の消えた松明があった。ここで何があったのだろう……。不安な想像ばかりが僕の脳内を駆け巡った。
僕はロープをトントンと二回引っ張り、ミキへ合図したあと、声をかけた。
「ミキ、できるだけ急ごう。ここで女の人が亡くなってる」
すると、後ろからトントンとロープを二回引っ張られる感覚があったあと、ミキの声がした。
「わかった。でも、焦らないでね」
僕はまたトントンと二回ロープを引っ張り、ミキへ合図した。
警戒度としては最大だ。この森に一体何がいるのか。暗闇と木があること以外で分かることは、少しの油断が命とりなのだろうということだ。
僕は腰にある剣を意識する。もしも何かに襲われたとき、すぐに剣を構えられるようにするためだ。
どれくらい歩いただろうか。ミキとはロープで合図を送り合いながら、なんとか意思疎通は取れている。ロープの案を思いついたミキには今日のMVPを送りたいくらいだ。
森の門の森は、暗く薄気味悪い。先入観のせいもあるのかもしれないが、常に誰かに見られているような、嫌な感覚が全身から伝わってくる。そして、身の回りの空気がねっとりと纏わりついてくるような感じがする。森の門を出るまでこの感覚が続くかと思うと、今にも気が狂いそうになる。
一歩、また一歩と前へ進んでいると、僕の足に何かが引っかかった。その何かへ目線をやると、火の消えたランタンが落ちていた。
僕が止まったからだろうか。後ろからロープをトントンと二回引っ張る感覚があったあと、ミキの声がした。
「コウ、どうしたの?」
僕はミキの返事をしようと思い、トントンと二回ロープを引っ張ったあと、返事をした。
「ランタンが落ちてるんだ。誰かが落としたみたい」
ランタンの近くをよく見てみると、何やら紙のような物が落ちている。僕はしゃがんでその紙のような物を拾い、裏返した。絵が描かれているようだ。
以前虹の門を攻略したとき、観光客が”撮影機”を持っていたことを思い出した。”撮影機”とは、魔法石を使った機械の一つで、ボタン一つで風景や人物を絵にすることができる物だ。
ランタンの近くに落ちていた紙には、仲睦まじい家族が写されている。前方に7歳くらいの少女と、その横に5歳くらいの少年。その少女と少年の後方に男性と女性が肩を並べている。この子たちの両親だろうか。
僕はもう一度、絵を裏返す。風化して薄くなっているが、文字が書かれている。
――俺の愛する家族へ。皆天国で遊んでいるかな?俺はお前たちを失ってから、毎日が灰色だ。今もずっとお前たちに会いたい。愛してる。ロバート。
ロバートとは、この写真の後方に写っている男性のことだろうか。何らかの原因で、自分以外の家族を亡くしたのだろうか。裏に書かれていた”すぐそっちに行く”という文章と、この写真が森の門で見つかったことなどを考えると、ロバートという男性が、故人に会えるという森の門の噂を聞きつけて、ここにやってきたとき何かあったのだろう。
僕はランタンの横にそっと写真を置き、トントンと二回ロープを引っ張ったあと、ミキに声をかけた。
「待たせてごめん。先を急ごう」
僕がこう言ったあと、後ろから二回トントンとロープを引っ張られた感覚があり、ミキの声が聞こえた。
「何かあったの?」
僕はトントンと二回ロープを引っ張ったあと、返事をした。
「あとで話すよ」
そして、また後ろから二回トントンとロープが引っ張られた感覚があったあと、ミキの声が聞こえた。
「わかった」
僕たちはまたゆっくりと前へ進む。ロープでミキの存在を確認しながら、より深くなっていく森を進む。
一歩ずつ警戒をしながら進んでいると、何やら視界がモヤっとし始めた。霧が出てきたのだ。この霧もただの霧ではないのだろう。なんとなく嫌な気持ちを沸き上がらせてくる。
僕は、トントンと二回ロープを引っ張ったあと、ミキに声をかけた。
「ミキ、霧が出てきた。お互い気を付けよう」
……ミキからの反応がない。ロープが切れたか、ほどけてしまったのだろうか?ロープを少し引っ張ってみたが、切れたりほどけたりはしていないようだ。ミキに何かあったのか?後ろを振り向いてミキの元へ駆け寄りたいが、ぐっと堪え、ミキからの合図を待った。
僕はもう一度、トントンと二回ロープを引っ張った。
「ミキ?ミキ?聞こえる?」
僕がそう呼びかけたあと、ロープの合図が無いままミキの声が後ろから聞こえてきた。
「パパ?パパなの?」
ミキの声は大きく、声から興奮していることが聞き取れる。そして、”パパ”と言っているということは、ミキの亡きお父さんの声がしたのだろう。
「パパ……」
ミキの声は少しか細くなった。何かあったのだろうか?
ミキのほうを振り向きたい気持ちを抑え、僕はトントンと二回ロープを引っ張り、ミキへ声をかける。
「ミキ!ここにはお父さんはいないはずだよ!絶対罠だよ!」
すると、二回トントンとロープが引っ張られた感覚があったあと、ミキの声が聞こえてきた。
「コウ……どうしよう……パパの声が聞こえるの……」
やはりミキのお父さんの声が聞こえてきたらしい。森の門がミキを門の肥やしにするためか、それとも森に住む魔物の仕業か、それともこの世の者ではない何かか。だが、考えを巡らせている場合ではない。ミキが混乱しているのを落ち着かせなければ。
僕は、ロープをトントンと二回引っ張り、ミキへ合図を送る。
「ミキ、ここは門の中だ。思い出して。門番の話や詩やガイドブックの内容を。お父さんの声は罠だから無視するんだ」
ミキに落ち着けと言っている僕が一番焦っているような気がする。でも、ここでミキを失うわけにはいかない。僕たちは一緒に攻略している仲間なのだから。
すると、後ろから二回トントンとロープを引っ張られる感覚があった。ミキからの合図だ。
「コウ……。どうしよう……。今、肩を叩かれて……パパの声がして……」
僕は、すぐに返事をしたい気持ちを堪え、トントンと二回ロープを引っ張ってから、返事をした。
「ミキ。そのまま無視して。前に進むよ。もし本当にミキのお父さんだったとしても、無視したことの責任は僕が取る。僕を信じて」
僕は出来る限り落ち着いた声で、ミキに伝えた。何事でもそうだが、焦ることが一番危険なのだ。
少し静寂の間があったあと、後ろから二回トントンとロープを引っ張られた。
「……わかった。コウを信じるよ。コウ、前に進んで!」
ミキは落ち着きを取り戻したようだ。
僕は、トントンと二回ロープを引っ張り、ミキへ返事をした。
「よかった。それじゃあ進むね。ちょっとだけ急ぐよ」
僕たちはできるだけ早く歩みを進めた。
それからできるだけ会話を避け、前に進むことだけに集中した。
たまに背後から声が聞こえたり、肩を叩かれる感触があった。全てを無視し、足を前へ、前へと進めた。霧のせいで方角が全くわからない。同じ道に戻ってきているかもしれない。でも、前に進むしかない。
あれからかなりの距離を歩いた気がする。
森は深く、霧は相変わらず僕たちの行く手を阻む。
たまにミキにロープで合図を送ると、返答がある。お互いの無事を確認しながら、なんとか進む。
その時だった。壁に当たったのだ。目で見た限りでは森の中のはずなのに、前方が透明な壁になっている。いや、これは壁ではない。僕はその壁に両手を付け、力の限り押した。その壁はゆっくりと開いた。……出口だ。
僕はトントンと二回ロープを引っ張り、ミキへ合図を送ってから話しかけた。
「ミキ、出口を見つけたよ。入るね!」
すると、後ろからトントンとロープを二回引っ張られる感覚があったあと、ミキの声がした。
「わかった!早く入ろう!」
僕たちは倒れ込むように出口へ入った。
「はぁ~怖かった~」
隣に倒れ込んできたミキは、緊張の糸が切れたかのようにそう言った。
僕は、ここが本当に出口か確認するため、辺りを見渡した。石畳の地面と奥に点々と続く、松明の炎の光。出口の通路のようだった。
「ミキ、大丈夫?」
「大丈夫……。怖かったのは怖かったけど」
ミキは苦笑いをしながらそう答えた。
「あ、出口閉め忘れてるね」
倒れ込むように入ったので、門を閉めるのを忘れていた。
「僕が閉めるよ」
僕はその場で立ち上がり、門を閉めようとした。……ん?何かの視線を感じる。
僕は視線の主へと目を向けた。誰かが立っている。
「コウどうしたの?」
ミキも中から覗き込む。
「何かいるんだ……」
そのとき、僕は背筋が凍った。そこに立っていたのは大きな刃物を持った”人だった今は人ではない何か”だった。
全身の肉や皮膚は風化して崩れ落ち、一部の骨が剥きだしになり、目玉が顔から垂れさがっている。髪や着ていたであろう衣服もボロボロで、いかにも近づくとマズい雰囲気を放っていた。
すると、その大きな刃物を持った”人だった今は人ではない何か”は、刃物を持ち直し、こちらへ近づいてきた。
「やばい!すぐに閉めるよ!」
僕は力の限り門を押す。門はゆっくりとスローで閉じる。
「コウ!早く閉めて!あいつがこっちに!」
恐怖心からか焦って上手く力が入らない。それでも僕は目一杯の力を込めて門を押す。
「重い……」
「私も押す!」
ミキも一緒に門を押してくれたおかげか、すぐに門は動きだし閉まった。が、その瞬間だった。門の外側をバンバンと叩く衝撃と音が聞こえてきた。
「コウ!早く通路を抜けよう!」
「うん!」
僕たちは、通路の奥を目指して走り始めた。後ろを振り向かず、ただ前を目指す。
足音がコツコツと早いリズムで通路の中を響いて渡る。
「ミキ!ロープを切るよ!」
お互いの腰を繋ぐように結んでいるロープが、走るのを邪魔している。
僕は、腰の剣を取り出し、ロープを切った。
「ありがとう!早く出よう!」
「うん」
僕たちはただ走ることに集中した。点々と等間隔に灯された松明が、僕たちの前から後ろへ素早く通り過ぎる。
数分走ったあと、目の前にボロい門が見えてきた。
「コウ!すぐに飛び込むよ!」
「うん!」
すると、ミキが腰から杖を取り出し、その杖を振った。そして、目の前のボロい門が開いた。
「飛び込んで!」
ミキの合図と同時に、僕たちは開かれたボロい門の中の光へ飛び込んだ。
「ハァハァハァ……」
飛び込んだと同時に倒れ込んだ僕たちは、辺りを見渡す。……門の塔の一階だ。
「本当に門の塔だよね?」
ミキのその言葉を聞き、僕はサコッシュからマップを取り出した。”森の門”と記された場所に星マークが付いている。クリアしたようだ。
「大丈夫。ここは門の塔だよ」
「……よかったぁ~」
ミキは安心したのかその場でへたり込んでしまった。
それを見て、僕も座ってしまった。そして、どっと疲れが襲ってきた。
「最後のあれ……。何だったの…」とミキ。
「怖かったよね。たぶん魔物だったんだろうけど……」
あれは本当に魔物だったのだろうか。魔物というより、この世に未練を残した死者の怨霊のようにも見えた。
「もう思い出すだけでも怖いから、思い出したくないよ」
「そうね!もう忘れよ!はい!晩御飯ー!」
ミキは切り替えが早い。こういうところには少しだけ助けられる。
「そうだね。今日は温かいシチューにしよう」
「賛成ー!コウナイス!」
「ありがとう」
僕とミキにいつもの笑顔が戻った。
僕は、食料棚へ向かい、晩御飯の準備に取り掛かるのだった。
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