第二十五話 銀の門・前編
「あれ?ここは?」
僕は今どこにいるのだろう?自分の手足や体に感覚はあるが、何かフワフワしていて、現実なのかそうでないのか区別がつかない。
目の前は暗くモヤがかかったように何も見えず、恐怖心が増していく。
「僕はえっと……」
確か数日前にミキと門の塔へ入った。そうだ!ミキはどこに?
「ミキ!ミキ!いるなら返事して!」
僕の叫び声は暗闇の中へと消えていく。自分の声の反響が聞こえないということは、とても広い場所ということだろうか?何から何までわからない。
「……ウ……コウ」
かすかに女性の声が聞こえる。ミキの声にしては大人っぽく感じる。
「ミキ!ミキなの?」
「……」
「返事してよ!」
「……私よ」
「誰なの?」
「私よ。あなたの母よ」
突然目の前に母さんが姿を現した。
「か、母さん?どうしてこんなところに?」
「……」
母さんはニッコリと微笑みながら動かない。
「母さん?」
返事もない。
すると母さんは金の像に姿を変えた。
「母さん!ダメだ!」
そのまま母さんは溶け始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ガバッと大きな音を立て、僕は飛び上がるように起きた。
「コウ!どうしたの?」
僕が大声を上げながら突然起きてビックリしたのだろう。隣で寝ていたミキが寝袋から顔を覗かせている。
「ハァハァハァ……。夢か……」
酷い悪夢でうなされていたらしい僕は、全身が汗でびっしょりだった。これが冷や汗だろう。そして、頭全体が重くズキズキと痛む。
「どうしたの?顔が真っ青だけど……」
「ちょっと悪い夢を見たみたいで……」
母さんが金の像になって溶けていく夢など、ちょっと悪いどころではない。
「大丈夫?」
「大丈夫……たぶん」
「大丈夫じゃなさそう。今日はお休みに……」
「ダメだよ。一日でも早く母さんを見つけなきゃ」
僕は食い気味にミキの提案を拒否する。
「でも、本当に顔が真っ青だよ?」
「大丈夫だよ本当に……。ミキ、頭痛の薬って作れる?」
「作れるけど……」
「じゃあ、お願い。たぶん夢見が悪いのも頭痛のせいだと思うんだ」
「わかった。それで治らなかったら今日の攻略はお休みにするからね!」
「うん!」
ミキは、心配した表情をしながらサコッシュから薬研を取り出し、数種類の薬草や薬品を混ぜ、頭痛薬を作ってくれた。
「さすが魔法薬学科だ……」
「えっへん!」
ミキはどや顔でそう答える。
ミキが作った薬を飲んだあと、僕は少し安静にしている必要があった。なのでミキが朝食作りを担当してくれることになった。
「この薬草の成分を入れた紅茶も頭痛によく効くの」と言い、朝食を待っている間の暇つぶしとして淹れてくれた。とてもありがたい。
体を毛布で包みながら、ミキが淹れてくれた紅茶を飲んでいると頭痛も引いてきた。薬の効果はバッチリ。体力面も問題ないようだ。
頭痛が引いてきた頃、朝食が出来上がった。
「今日はコウの体のことを考えて、卵粥にしたの」
「ありがとう!」
器をミキから受け取ると、とても温かく、少し冷えた体に熱が染みこんでくる感覚が伝わる。
器の中を見ると、トロトロに煮込まれた白米と卵が黄金色に輝いていた。
「美味しそう!いただきます」
いただく命と食材に感謝を忘れずに。
僕は、卵粥をスプーンで一口掬い、パクッと口へ放り込む。出来立てなのでアツアツだ。口をホグホグと動かし、口の中の卵粥を冷ます。少し冷めたところで、舌に卵粥を絡ませる。おっ?どうやら中華風味に仕立ててあるらしい。かなり食べやすい。
「ミキ!とっても美味しいよ!」
「ありがとう!中華風にしたんだけどコウの口に合ってよかった」
中華風卵粥は、僕の口に合う以前に最高の味だ。
ミキの気遣いに感謝しながらもう一口流し込む。ここであることに気が付く。
「ちょっと鶏肉入ってる?」
「うん。食料棚に鶏のささみがあったから、茹でて細かく裂いて混ぜたの」
卵粥に鶏肉が入っているとは、ある意味親子丼ではないか。ミキ!でかしたぞ!
「ささみか……」
冷静な表情をしながら、僕は心で静かに唸った。
僕たちはホクホクの卵粥を平らげた。
ミキの薬の効果もあってか、脳みその内側から押し出すような頭痛は綺麗さっぱり引いており、今日の攻略は問題無さそうだったので、銀の門へ向かうことにした。
僕たちは身支度を終え、銀の門へとやってきた。
銀の門は、昨日の金の門と比べると、人は並んでおらず、すぐに入れるような状態だった。
「門も思ってたより普通というか……」
「こじんまりとしてるね」
装飾も無く、門というより部屋の扉と言ったほうが伝わりやすいかもしれない。他の門と比べても、小さくコンパクトな印象だ。
まずは門番の話を聞く。銀の門の横で、柄の長い棒がついた淡く白い火を灯したランタンを持ち、ボロボロのローブを羽織っている門番を見つけた。
「ウロコ……」
その門番は老婆のような掠れた声で小さくそう呟く。
「ウロコ……?」
「ウロコが攻略の鍵なのかな?」
ウロコとだけ言われても、魚のウロコなのか、何か他の生物のウロコなのかわからない。
僕はサコッシュから観光ガイドブックを取り出し、銀の門のページを開く。
「ガイドブックには……「静かな森が広がる。特にこれと言った物はなく、あまり人気のない門」と書かれてるね」
「静かな森に……ウロコ……」
「共通点があまりないね」
「よくわかんなくなってきちゃった……」
「詩も見てみようか」
僕たちは銀の門の周りを探す。
「あ、あそこ!」
ミキが指をさした場所は銀の門の上だ。よく見ると錆びた板金のような物が見える。だが、少し高い位置にあるので文字が読みにくい。
「そうだ!これの出番だ!」
僕はサコッシュからルーペを取り出した。ダミアンさんのお店で買ったコンパクトなサイズになる攻略者向けのルーペだ。
僕は取り出したルーペを覗き込み、板金に書かれている文字を読む。
森の奥 森の奥
静かな森 深き森
その主は 静かに眠る
「主って、森の主がいるってことなのかな?」
「ウロコ……静かな森……森の主?もうわけわかんない」
「とりあえず入ろうか」
「そうだね」
僕たちは銀の門を開き、中へと入った。
薄暗く長い通路が伸びている。コツコツと音を鳴らし、先へ進む。
「……まだ考えてるの?」
僕は、考え込んでいるミキに声をかける。
「うん。森にウロコっていうのが気になって」
ミキはまたも考え始める。
「たぶん入ってから全てがわかるよ」
「そうなのかな」
これまでの門もほとんどが中に入ってからのお楽しみ状態だった。今回も突拍子のないことが起こるに違いない。
僕は門番や観光ガイドブック、門の詩のことは深く考えず、身の危険だけを案じることにした。
コツコツと通路を歩いていると、遠くに小さな光が見えた。出口だ。
「出口は見えたけど、静かだね」
「うん。ちょっとだけ警戒しよう」
僕たちは少しだけ警戒をしながら、小さく光る出口へと向かう。
少しずつ大きくなってきた光を通り過ぎたとき、そこは森の中だった。
「本当に静かな森だね」
「うん」
人の気配は一切なく、樹齢50年……いや100年以上の木々がそこらじゅうに立っており、最後に人が来たのはいつだろうかという雰囲気が漂っていた。
「静かな森なんだけど、なんだかホッとするような」
ミキの言う通り。何か不思議と安心感がある森だ。木の間から空が見え、太陽の光も入ってくる。その日差しが優しく心地いい。
少し耳を澄ますと、チュンチュンと小鳥たちの声が聞こえる。会話をしているような、合唱をしているような、とても平和な歌声だ。
「あ!あそこにシカ!」
大きな角を生やしたシカのような生き物と、角のない少し小柄なシカのような生き物が、僕たちの少し前を横切った。夫婦かカップルなのだろうか。睦まじい様子が伺える。
僕は、近くにある一本の木に近寄り、観察する。
かなりの年月ここに立っていたのだろう。固くなった樹皮に緑色の苔が生えており、そこに太いツタ巻き付いている。この一本だけでも物凄い貫禄があるのに、こういった木がこの森にはゴロゴロ生えている。
「すごいなぁ……この森はいつからあるんだろう」
「何万年って単位かもね……」
この森は僕たちの想像を遥かに超えた頃から存在しているのだろうか。でも、ここは門の塔の中だ。森も現実の物なのか、魔法で作られた物なのか……。知る由もないのだろう。
僕たちは出口を探すため、周辺を散策し始めた。
山とは違い、平坦な場所にある森なので道はさほど険しくはないが、人があまり来ないためか、ほとんどが獣道でどの方向へ進んでいいのかわからない。
ミキの方角を見る魔法のおかげで方角は分かったが、北へ行くべきか南へ行くべきか迷ってしまった。
「どっちに行こう」
「とりあえず北にする?」
そんな会話をしながら行き当たりばったりに進む。
「あれ?なんだかさっき通ったような……」
「気のせいだよ。心配なら木に印をつけていこう。そうすれば来た道を戻れるし」
僕たちは通った場所の木に一つ一つ印を付けていく。
印を付けると言っても、魔法の光る線を木に刻む。一週間ほど時間が経つと消えていく仕組みのものだ。
葉の間から空が見え、そこから刺しこむ日差しが顔に当たり少し眩しい。門の中なので時間があるのかはわからないが、太陽は少し高い位置で輝いている。
色々と考えを巡らせながら、ゆっくりとゆっくりと進む。
森の中だからか、土が少し湿っており、フカフカしている。たまに何か固い物があるなと思えば、太い木の根や、少し大きい石などが顔を出している。本当に自然豊かな場所だ。
するとミキが何かを見つけたのか、声をかけてきた。
「コウ!来て!」
「何か見つけた?」
「ここ、キノコがいっぱい!」
ミキが見つけた場所へ目をやると、少しジメッとした木の根元の近くに、たくさんのキノコが生えていた。
ミキはキノコを一本採取し、まじまじと見始めた。
「このキノコ……ヌクミダケだ!確か授業で習ったやつ!」
「どんなキノコなの?」
「体を温める効果があるの!治癒効果もあるよ」
「いくつか採取していこう」
「うん!」
僕たちはヌクミダケをいくつか採取した。
元の道へと戻り、また北へと進む。
最初に居た場所より、木の一本一本が太くなり、森というより樹海やジャングルという表現のほうが合っているような雰囲気になってきた。
「それにしても、空気が澄んでて……いっぱい呼吸したくなっちゃう」
かなり奥地へとやってきたからか、空気が本当に澄んでいる。呼吸をして美味しいと感じてしまうのは人生で初めてだった。
「確かに空気が美味しいね。呼吸してるだけで体力が回復していくような」
「わかる。これだけ歩いてきたのにあんまり疲れてないもん」
会話をしていて僕もやっと気づく。確かに長い距離を歩いたはずなのに、足の痛みなどが無いのだ。
「言われてみれば……。銀の門の魔法なのかな」
「でも、魔力とか全然感じないよ?」
「じゃあ、本当に空気が綺麗だからあまり疲れを感じないのかな。そんなこと……」
すると目の前に不思議な白い生物が横切った。
「わぁ!可愛い!」
「耳は長いけど、ウサギほど大きくない……変わった生き物だね」
その白い生き物と目が合った瞬間、森の奥へと真っ直ぐ走ってはこちらを振り向いてきた。
「あれ?なんか……」
「付いてこいって言ってるのかな?」
「行ってみる?」
「行ってみよう!」
僕たちはその白い生物の後を付いていくことにした。
木にはしっかり印を付け、道を見失わないよう慎重に進んでいく。
白いウサギのような生物は、僕たちの進みを確認しながら、道案内をしてくれているかのように先へ先へと進んでいく。先ほどよりもまた奥深い場所へと向かっていくようだった。
「大丈夫なのかな……」
「可愛いから大丈夫でしょ!」
「大丈夫の基準が適当すぎない?」
銀の門の中では魔力を感じないと言っていたが、これまでの門のことを思い出すとあの白いウサギのような生物も、僕たちを騙すような惑わすための行動なのかもしれない。僕はより警戒を強めながら付いていく。
すると、地響きのような轟音がゴォーッと聞こえ始めた。
「今の何?!」
「地震?!」
その地響きを気にすることなく、あの白いウサギのような生物は先へと進んでいく。
「あ!待って!」
僕たちは白いウサギのような生物を追いかけ、少し開けた場所へと出てきた。
そして僕たちの目の前に、あの轟音の主が姿を現したのだった。
「これは……」
「龍……?」
そこには、とてつもなく大きな体をした生物が居た。
その生物は、体の全てが銀色のウロコで出来ており、まさしく”銀の龍”という言葉が相応しい存在だ。
今はお昼寝時なのだろうか、銀の龍は戸愚呂を撒いたような体勢で眠っている。
先ほど聞いた地響きのような轟音は、この銀の龍のイビキだったようだ。
「大きい……」
銀の龍は、僕が今まで見てきた建物や、豪華客船、そして滝の門で見た金の鯉よりも遥かに大きかった。
あの白いウサギのような生物がその銀の龍の顔へと近づいていく。
「あ!あんまり近づいたら!」
ミキの心配を他所に、白いウサギのような生物は、銀の龍の爪や手、腕をササッと登って行き、目の近くまであっという間にたどり着いた。すると、その目の近くに頬ずりをし始めた。
銀の龍は、白いウサギのような生物の頬ずりに気づき、目を開けた。
「……ああ。お前か」
銀の龍は人の言葉が話せるらしく、その白いウサギのような生物に話しかけていた。
「ん?何やら知らない気配が?」
銀の龍はそう言うと周辺を見渡し、僕たちのことを見つけた。
「……お前たちは誰だ。見たところまだ子供のようだが」
銀の龍は僕たちに少し警戒しているようだった。
「あ、あの。その白い子に付いてきたら、ここに着いたの」
ミキが襲る襲る答えた。
銀の龍は、自身の頬付近にいる白いウサギのような生物へ目線をやった。
「お前が連れてきたのか」
白いウサギのような生物がまた銀の龍に頬ずりをする。
「どうやらこいつが迷惑をかけたみたいだな。すまない」
「い、いえ!私たちこそお昼寝の邪魔をしてごめんなさい!」
「お前たちは門の塔の攻略者か?」
「そうです!どうしてそれを?」
「この門へ入る者は攻略者しかおらんからな」
銀の龍は優しい老父のような声でそう言う。そして続ける。
「紹介が遅れたな。俺は銀の門とこの森の主、銀龍だ。この白くてちっこいのは、この森で生まれた生物だ。お前らの世界では”魔法生物”と呼ばれている」
あの白いウサギのような生物は、魔法生物なのか。少しウサギに似てはいるが、いくつか違う点もあり、不思議に思っていた。
僕は、慌てて自分の名前を銀の龍へ叫ぶ。
「ぼ、僕はコウです!」
「私はミキ!」
「コウとミキか。覚えておこう。――攻略者ということは、門の塔で叶えたい願いがあって入ったのか?」
「僕は母さんを探しに」
「私は飼い猫を探しに来ました」
「母親と猫探しか……。俺はこの門をずっと見ているが、人探しで入るやつは珍しいな」
銀龍さんは、少し明るい声でそう言う。
すると、ミキは何かモゾモゾとし始めたあと、意を決したように銀龍さんへ話しかけた。
「あ、あの!銀龍さん!その体お掃除させてくれませんか!」
「ミキ?!」
僕は、ミキの発言があまりにも突然すぎてビックリした。
「俺の体を掃除?」
「はい。銀の龍なのに、体中苔と汚れでせっかくの銀色の体がくすんでしまってるなって……」
ミキがそう言うので銀龍さんの体全体を見渡すと、確かに苔や汚れでくすんでいる。何百年、いや何万年という歳月をこの森で過ごしているであろうことが伺える。
「まぁ……確かに長いこと体を洗ったことはないが……」
「お願いします!どうしても気になるんです!」
ミキは、銀龍さんに食い入るようにお願いする。綺麗好きのミキだ。よほど掃除をしたいのだろう。
「そうは言っても、俺の体は山の一個や二個分くらいあるんだぞ?人間の手で掃除するにはかなり時間がかかると思うが……」
「大丈夫です!コウもいるので!」
「僕も掃除するの?!」
「当たり前じゃん!」
僕はこのとき、ミキとパーティを組んで攻略していることを少し後悔した。
「とは言ってもなぁ……」
「お願いですからやらせて……!」
「……そこまで言うならわかった」
「やったー!」
ミキは飛び上がるように喜んでいる。掃除をしたくてたまらなかったのだろう。
「人間という生き物は不思議だな」
「ミキが特殊なだけだと思います」
「まぁ、よろしく頼むよ」
銀龍さんの了解を得て、僕たちは掃除をさせてもらうことになった。僕としては、突然すぎて意味がわからないが……。
まずは、ミキが箒で上空へ飛び上がり、銀龍さんの体を確認する。銀龍さん自身が山の一個や二個と自称するほどだ。全身を目視するだけでも少し時間がかかった。
そして僕はこのときふと思う。掃除するのはいいが、道具がない。ミキはそこあたりのことを考えているのだろうか。
15分ほどして、ミキが上空から戻ってきた。
「全身見てきたけど、すっごい汚れてる!これは掃除しがいがありそう」
ミキは満面の笑みでそう言う。
「ところでミキ、掃除道具はどうするの?さすがに道具が無いと難しいと思うけど……」
「こういうこともあろうかと、ダミアンさんのお店でデッキブラシ買っておいたの」
ダミアン道具店は本当に何でもあるな……。
ミキはトンガリ帽子から一本のデッキブラシを取り出し、僕に渡した。
「はい!コウはこれで銀龍さんの体を磨いて!私は箒で飛んで泡の魔法を目一杯出すから!」
ミキはそう言ってまた上空へと上がっていった。
やれやれ。半ば無理矢理ではあるが、決まったからには仕方がない。
近くの木陰にサコッシュや剣を置き、シャツの袖やズボンの裾を捲り上げた。僕はデッキブラシを片手に、ミキの合図を待つ。
ミキを待つ間、銀龍さんに話しかけることにした。
「あの、銀龍さんはいつから銀の門の中にいたんですか?」
「気づいたときにはここの中だ。外の世界のことは何も知らない」
ということは、門の塔か銀の門が出来たときに銀龍さんも生まれたのだろうか。
「外の世界には出ようと思わないんですか?」
「外の世界か。あまり興味はない。それと、試したことはないが、俺がここを出ると銀の門は消滅するようだ。銀の門が消滅すると俺も消える」
銀の門と銀龍さんは、持ちつ持たれつの関係と言ったところだろうか。銀の門の魔力源はこの銀龍さん自身なかもしれない。
銀龍さんは続ける。
「それにしても、あのミキという娘は活発だな。俺の体を掃除したいって言いだす奴なんて初めてだ」
「なんだかすみません……」
「いいさ。俺もこういうことは久しぶりでワクワクしてるんだ」
「久しぶり……ですか?」
「ああ。何十年か前に”マルサ”っていう騎士をしてる小娘がここに来たことがあってな……」
「マルサ?!今、マルサって言いました?!」
「なんだ?マルサのことを知っているのか?」
「ぼ、僕の母さんです」
「あー……」
銀龍さんは色々察したような顔をした。
すると、上空で泡の魔法を使っていたミキが降りてきた。
「コウ!泡かけたよー!」
「ミキ!銀龍さん、母さんに会ったことがあるんだって」
「えっ?コウのお母さんと銀龍さんが?」
ミキも少しびっくりしていた。
「まさか、マルサの息子とここで会えるとはな。縁とは不思議なものだ」
「僕もビックリです」
銀龍さんは突然怪訝な表情をし、口を開く。
「……コウ。お前、母親を探しているって言っていたな?マルサは行方不明なのか?」
「母さんはまた門の塔に入ったらしくて……、そこから連絡が途絶えていて……」
「そうだったのか……」
少し沈黙が流れたあと、ミキがその流れを遮るように手をパンッと叩いた。
「さっ!お掃除しよ!コウは泡かけた所磨いていってね!」
ミキはそう言うと、また箒で上空へと上がっていった。
「コウよ。マルサの話はまた後でしよう」
「そうですね。銀龍さん、上に乗らせていただきますね」
「おうよ」
僕はデッキブラシを片手に、銀龍さんの体を上り始めた。
銀龍さんの左手の爪から、指、手の甲、腕とゆっくり登っていく。銀龍さんの体は全身が銀色のウロコで覆われており、僕の靴では少し登りにくい。
すると、あの白いウサギのような生物が僕の近くへとやってきた。僕はあることを閃いた。
僕は靴と靴下を脱ぎ、靴下を靴の中へ入れて、白いウサギのような生物に手渡した。
「これを僕のカバンがある場所に置いてきてくれる?」
白いウサギのような生物に言葉が通じたのか、コクンを一度頷き、僕の靴を持って下へと降りていった。
僕は裸足になった。そのまま銀龍さんの体を登る。裸足になったおかげか、少し登りやすくなった。そのままスイスイと登っていくと、銀龍さんの背ビレが見えてきた。なんとか頂上までやってきた。
銀龍さんの体には、ミキが魔法で出したらしい泡のような物が沢山ある。僕はそれを使ってデッキブラシで磨き始めた。
まずは、銀龍さんの肩甲骨あたりから磨く。苔や汚れやくすみは少しだけ頑固だったが、デッキブラシで擦ると割と綺麗に取れた。
すると、ミキが丁度僕がいる場所へと箒でやってきた。
「コウ!汚れ落ちそう?」
「うん!泡のおかげだよ!」
ミキが近くへとやってきた。
「よかった!」
その後、ミキはローブと靴下を脱ぎ、僕と一緒に磨き掃除を始めた。
肩甲骨のあたりから始まり、徐々に体を下へ下っていくように掃除する。
森の中は木々が影を作ってくれ、涼しく感じたが、今は銀龍さんの上だ。太陽が直に照り付ける。天気のいい日は好きだが、このときだけは少し太陽を憎む。
ザッザッと音を立て、デッキブラシを前後に動かす。よく体を動かすためか、汗ばんでくる。シャツに汗が染みこんで少し気持ちが悪い。だが、磨き掃除に集中する。
ふと僕たちが磨いた箇所へと目をやる。今までの汚れが嘘みたいに綺麗になっている。その綺麗になった部分が、太陽の光を照り返し、とても眩しい。ここまで綺麗になるのならと、また汗を垂らしながら、デッキブラシで磨き上げる。
「コウ!そろそろお昼過ぎてるし、お昼ご飯にしない?」
ミキに声をかけられ太陽を見上げる。眩しくギラギラと輝く太陽は、少し斜めの位置にいる。
集中していて忘れていたが、お昼ご飯を食べていない。
「そうだね。でも、門の中だと食料棚が無いよね?」
「銀龍さんに聞いてみる?」
「そうしようか」
僕たちは、ミキの箒に二人で跨り、銀龍さんの頭がある辺りへと降りて行った。
銀龍さんの頭がある辺りへ行くと、何やら複数の動物が見える。
「コウとミキか。休憩か?」
「はい。あの、この動物たちは……?」
「この森で生まれ育った奴らだ」
シカのような生物、スズメのような生物、ウサギのような生物、リスのような生物……。見た目は外の世界の生物に似ているが、大きさや特徴などが少し違う。
「銀龍さんのこと怖がらないんですね」
「俺の近くに居れば安全だと分かっているんだろうな。そうだ。お前ら、そろそろ腹が減っただろう」
銀龍さんの言葉に反応してか、ミキのお腹がぐぅ~っと物凄い音で鳴った。
「はい……」
ミキは真っ赤な顔で返事をする。
「ハハハ。腹の虫も鳴いているようだし、ここで飯にすればいいさ」
「でも、食べ物が……」
「なぁに。この近くに小川がある。そこの魚を捕って食べればいい」
銀龍さんは、動物たちに小川の場所を案内するよう言いつけた。
僕たちは、動物たちに招かれ、森を少し抜けた場所の小川まで案内された。
そこには、水が透き通った綺麗な小川が流れていた。
「わぁ!綺麗な川!」
「魚が泳いでるのが見えるよ!」
「ほんとだ!」
清流を泳ぐ魚は、小川の流れに逆らうように泳いでいる。その姿が肉眼で確認できるくらい、川の水は透明だ。
僕は、サコッシュからダミアンさんのお店で買った釣り竿を取り出す。針の先に魔力が込められた仕掛けが付いており、通常より釣れやすくなっているらしい。
僕は、小川に仕掛けを投げ入れる。そのまま待つこと5秒。一瞬で魚がかかった。
「やった!えいっ!」
「コウ上手!これで1匹!」
「晩御飯のことも考えてあと3匹は釣るよ!」
「わかった!私は近くで食べられそうな物探してくるよ」
「了解!」
僕は釣り、ミキは山菜探しに。
10分ほどして合流すると、僕は5匹の魚を、ミキはヌクミダケや山菜を採ってくることができた。
銀龍さんがいる場所へと戻ったあと、魚を2匹串焼きにした。
「ほう。人間はそういう風に食べるのだな」
僕たちが串焼きにした魚を食べていると、銀龍さんが物珍しそうに見てきた。
「はい。銀龍さんは何か食べないんですか?」
「俺は、食べるという習慣がない」
銀龍さんはどうやって生きていけるのだろうと少し不思議に思ったが、銀龍さんにとっては僕たちのほうが不思議な生き物だと思っているだろう。
銀龍さんは続ける。
「俺は銀の門が作り出した存在だから、銀の門がある限り不死なのだろう。だから食べなくても平気なんだ」
「なるほど」
僕とミキは、串焼きにした魚を平らげた。
そこからまた、銀龍さんの背へと向かい、掃除を再開した。
気が付けば辺りは少し暗くなり、夕刻になっていた。
この銀の門の中でも太陽は赤く輝く。空も赤く染まる。少し紫になった部分に白く点々と星が輝く。外の世界と変わらない光景だ。
暗くなると、足元があまり見えず落ちると危ないので、今日の掃除は中断することとなった。
僕が釣り上げた魚と、ミキが採ってきた山菜で、晩御飯を作った。
魚の身をぶつ切りにした物と山菜を入れた味噌汁、山菜やヌクミダケの炒め物。どれもこの森で採れた物ばかりだ。
「人間とは不思議な生き物だな」と、銀龍さんは、僕たちの晩御飯を眺めて言う。
そしてその晩、僕たちはこの森で野宿することになった。
動物たちも歓迎してくれているのか、寝袋に寄り添ってくれる動物もいれば、中へと入ってくる動物もいる。
「掃除は結構時間はかかりそうだけど、この森なら危険もないし大丈夫そうだね」
「うん。まさかミキが掃除したいって言いだすと思わなかったけど」
「だって気になるし……」
寝袋から顔を出し会話をする。
木々の間から群青に染まった夜空が見え、キラキラを星が輝く。辺りが暗いためか、星の数は無数だ。これが満天の星空というのだろう。
「お前たち眠れないのか?」
近くにいる銀龍さんが話しかけてくれた。
「いえ!もうすぐ眠れそうです」
「それは良かった。近くに俺がいるから安心して眠るといい」
銀龍さんは優しくそう言ってくれる。
銀龍さんの周りに動物たちが集まるのは、この心の優しさあってのことなのだろう。今ではとても分かる。
「そろそろ寝よっか」
「うん!お休みミキ!」
「お休み」
ランタンの明かりを消し、僕たちは眠り始めた。
静かな森での野宿。明日もまた掃除だが、なんだか楽しみな気分でいっぱいだった。
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