第二十三話 海の門
ここは門の塔地上階の一階。
僕たちは噴水の近くで朝を迎えた。
「おはよう……」
「ミキ、おはよう」
ミキは眠そうに目をこすっている。
昨日の朝食はミキが作ってくれたので、今日は僕が用意しようと思い、急いで洗顔や身支度を済ませ、食料棚へと向かった。
食料棚を眺めていると、まずトーストが目に留まった。その隣にはバター。これは”バタートースト”にしろということだな。その下には新鮮そうなタマゴ。頭にパッと”スクランブルエッグ”が思い浮かぶ。もう今日の朝食は決まりだ。
僕はタマゴ、トースト、バターを持って噴水近くへと戻る。するとミキが顔を洗っていた。
「材料取って来たよ。僕が作るね」
「わかった!私は飲み物準備するね!」
そして僕たちは朝食の準備を始めた。
二枚の皿にそれぞれ一枚ずつトーストを乗せ、薄くバターを塗る。
僕は腰から杖を取り出し、火の魔法”ポー”を唱えた。杖先に小さな火が出ている。その小さな火がついた杖をバターを塗ったトーストに近づけ、数十秒待つ。するといい具合にトーストが焼けた。これでバタートーストは完成だ。
そのあと、タマゴを二つ、割ったものを入れ物に入れかき混ぜる。タマゴの準備はこれでOK。
僕はサコッシュからシングルバーナーを取り出し、火をつける。シングルバーナーの扱いにも少し慣れてきた。
火が付いたシングルバーナーの上にフライパンを置き、そこへ少量のバターを投入。フライパン全体にバターを行き渡らせ、そこへ溶いたタマゴを流し込む。タマゴはジューッと音を立てる。ちょっぴりバターの香りがして食欲をそそる。箸でササっとタマゴをかき混ぜると、ホロホロとしたスクランブルエッグの完成だ。
僕はスクランブルエッグをそれぞれの皿へと移す。これで今日の朝食は完成。
ミキのほうをふと見ると、飲み物の準備が出来ているようだった。
「ミキ、これ」
「ありがとう!美味しそう!いただきまーす!」
ミキはさっそくトーストに噛り付いていた。僕もいただこう。
「いただきます」
いただく命と食材に感謝を忘れずに。
僕はまず、スクランブルエッグを少し箸で取り、口へと放り込む。少しトロっとしたホロホロ感がたまらない。そこへ、バタートーストを一口。火を通したおかげか外側はカリっとしているのに対し、白い部分の中はふんわりとしている。そして、ほんのりとトーストの香りがする。と、ここで一つ思いつく。このスクランブルエッグをトーストに乗せればいいのではないかと。物は試しだと思い、トーストの上にスクランブルエッグを豪快に乗せる。その勢いのまま、口へと頬張る。うまい!そう叫びたくなる。トーストの食感、トーストに染みこんだバターの味、ホロホロのスクランブルエッグ、全てが口の中で混ざり合う。このままずっと食べていたいような気分になった。
僕はミキが淹れてくれたレモンティーをすすり、スクランブルエッグを乗せたトーストを完食した。
「ミキ。今日はどの門に行こうか」
「うーん。虹の門の隣は”海の門”だったよね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、”海の門”に入ろう。でも、海の門って何があるんだろうね」
「ガイドブックを見てみようか」
僕はミキから手渡された観光ガイドブックをパラパラと開き、海の門のページを見つけた。
「これだ。えっと……、「”海の門”は、白い砂浜にエメラルドグリーンの海が広がる。ずっとこの景色が楽しめるので、海好きは必見の門だ」って書いてあるよ」
「またそれだけなのね」
「うん。滝の門や虹の門のことがあるから警戒はしよう」
「そうだね」
僕たちは片づけを済ませ、”海の門”へと向かった。
「わぁ。ここも割と並んでるんだね」
海の門の前までやってきた僕たちは、10人ほどの列を眺めていた。
「とりあえず並ぼうか」
「うん」
僕たちは列の最後尾へと並んだ。
僕は列に並んでいる人々をよく観察してみることにした。
僕たちの目の前にいるのは、カップルのようだ。肌は少し日に焼けていのか小麦色をしており、格好も常夏を思わせるようなカラフルな服にサンダル履き、そしてサングラスも頭に付けている。いかにも海好きという雰囲気が伝わってくる。
その海好きなカップルの前に並んでいる人にも注目した。一人の男性だが、いかにも歳を取っており、服装はすごく地味なベストを羽織っている。そして、手には大きな箱のような物と釣り竿を持っている。誰が見ても”釣り人”だ。海の門というから魚を釣りに来たのだろうが、そのために入塔料を払ったのだろうか?すごい意気込みを感じた。
僕が列に並んでいる人の人間観察をしていると、徐々に順番が近づいてきていた。
「あ、あれ門番だよね?」
ミキが指さした方向を見ると、そこには薄っすらと青く光るランタンを持った門番が立っていた。相変わらずローブはボロボロである。
僕たちは門番の声に耳を向けた。
「クジラには……手を出すな……」
門番は、掠れた低い男性の声でそう語った。
「クジラか……」
「クジラを見かけたらできるだけ離れるようにすればいいのかな?」
「たぶんそうだね。気を付けよう」
少しづつ門へと近づいてきたとき、僕たちは詩を探し始めた。
「どこだろう……。見当たらないね」
「うん。詩がない門もあるのかな」
「もう一度よく周りを探してみよう」
僕たちはもう一度探したが、やはりそれらしき物は見つからなかった。
あちこちを見渡しながら順番を待っていると、僕たちの前に並んでいた海好きカップルの会話が気になった。
「あれ?これ何だべ?」
カップルの男性が門の前で何かに気づいたようだ。
「どしたん?」
「いや、門に変なプレート?的なのがあるんよ」
「マ?」
「これこれ。何か文字っぽいのが書いてあるん」
男性が指さしたほうへ僕も目をやると、そこには詩が書かれた板金が掲げられていた。
「太陽と海のはざま?訳わかんね」
「海見るだけだし、うちらには関係なくね?」
「だね。おっ、入れるべ。行こ」
そう言って海好きカップルは海の門へと入って行った。
僕たちの目の前には海の門が立っている。門には、熱帯魚や貝殻の装飾が施されており、この門だけでも十分と言えるほど美しく出来ていた。
そして僕は、さきほどカップルの男性が指さしていた板金へ近づき、詩を読んだ。
太陽と海のはざま 青く染まり 遠くへ続く
白砂と波のささやき 音が生まれ 風が流れる
ここは海 命の始まりと終わり 全てを見ている
「なんだか海そのものを詠ったって感じの詩だね」
「うん。この詩を考えた人ってどんな人なんだろう?」
「……気になるね」
「大昔の人だろうけど……。ナナパ先生に聞いておくんだった」
話をしていると、とうとう僕たちの順番がやってきた。
僕たちは重い門を開き中へと入った。
中はまた長く薄暗い通路が続いていた。コツコツと音を立て奥へと進む。
「あの門の詩を読んで、ミスカホのこと思い出しちゃった」
ミスカホとは、アクドゥア王国の漁師町であり、ミキの故郷だ。
「ミスカホでの思い出話、聞かせてよ」
「うーん。特にこれと言ったのないけど、私とお姉ちゃんだけが知ってる秘密の砂浜があってね。そこでよく遊んだとかかな……」
「秘密の砂浜か……」
「水着を服の下に着て、誰も来ないから着いたその場で服脱いで海に飛び込んだり、小さなカニとか捕まえたり……楽しかったなぁ」
コツコツと足音を立てながら長い通路を歩いていると、目の前に明るく光る何かが見えた。出口のようだ。
「あ!ちょっと潮の香りがする!」
ミキにそう言われ鼻で空気を吸うと、ほんのりと潮の香りがしていた。
「ほんとうだ!急ごうか」
僕たちは少し足早になった。
出口が近づくにつれ、光が強くなる。一瞬目を閉じゆっくりと目を開くと、そこには白い砂浜が広がっていた。歩く度にザッザッと音を立て、靴が白い砂に少し沈む感触。まさに砂浜だ。
砂浜の向こう側へ目をやると、エメラルドグリーンの海が広がっていた。
そして辺りを見渡すと、所々に様々な色のパラソルが見える。白い砂浜にカラフルな色が点々と不規則に並び、奥にはエメラルドグリーンの海が太陽の光を反射しながら揺れる。まるで海の絵画を見ているような気分だった。
「コウ!近くに行ってみようよ!」
「うん!」
僕はミキに促され、海へと近づいて行った。
白い砂浜の上をザザーッと音を立てながら押しては帰り、ときに大きい波、ときに小さい波が繰り返し押し寄せている。
この音だけ聞いていると眠くなってくるような不思議な気分になった。
「海……とっても綺麗だね」
「うん。ミスカホの海とどっちが綺麗?」
「うーん。いい勝負だけど……やっぱりミスカホ!」
ミキは笑顔で答えた。
「さて……、海の門には入れたけど、これからどうする?」
「どうしようか。まずは出口を探すか……」
ちゃぷん!と音と立て、波が押し寄せる。
ミキは少しニヤリと笑ったあと、「ちょっとだけ海で遊んでいかない?」と言った。
僕も少しニヤリと笑い、「……いいね」と答えた。
僕たちは海で遊ぶことにした。
さすがに水着は持ち合わせていなかったので裸足になり、僕はズボンを巻き上げ、ミキはスカートの裾を少しくくり、海で遊び始めた。
お互いに水しぶきを飛ばしあい、大きな波が来れば服が濡れないよう逃げまわり、砂や波に足を取られそうになったところ狙って体押したり、ここが門の塔の中の門だということもすっかり忘れて遊び倒した。
30分ほどした頃だろうか。僕たちは少し疲れたので浜辺で休憩を取ることになった。
「お昼持ってくればよかったね」
「フフフ……。コウくんよ、ミキちゃんを侮ってはいけませんよ」
ミキは不敵な笑みを見せながら、サコッシュを弄っている。
「実はね、おにぎり二個あるんだよねー!」
そう言いながらミキはサコッシュから二つのおにぎりを取り出した。
「いつ作ったの?!」
「今朝だよ。コウがスクランブルエッグ作ってるときに魔法を使ってササっとね!」
「すごい…!」
「飲み物もあるよ。今朝作ったレモンティーだけど水筒に入れてあるの」
「準備万端じゃないか」
「へへへ」
ミキは照れ笑いをしながら、おにぎりとコップに注いだレモンティーを手渡してくれた。
白い砂浜に腰かけ、海を見ながらおにぎりを頬張る。とても自由を感じるひと時だ。
「いい気持ちだね~」
「うん。少し眠くなってくるよ」
おにぎりを完食し、レモンティーをすすっていると満腹感からか眠気がやってくる。
僕はふぁぁ~と大きなあくびをした。
「なんだかパパのこと思い出すなぁ」
「ミキのお父さんのこと?」
「うん。漁がお休みの時期は海でよく遊んでもらったから」
「ミキのお父さん、優しい人だった?」
「うん!優しすぎるっていうか、私たち姉妹には激甘っていうか」
「……なんとなく想像できてきたよ」
「パパが私たちのこと甘やかすから、ママがいつも怒ってたくらい」
「ミエさんも優しいよ?」
「コウがいるときだけだよ。怒るととっても怖いんだから」
僕たちの間を潮の香りがスーッと通り抜けてゆく。
「あの日もこんなゆっくりした時間が流れてたなぁ」
ミキは遠くの海を見つめながら続ける。
「お姉ちゃんがダンスの教室から帰ってきたら秘密の砂浜で遊ぼうって約束してたの。私ったらさ、先に行って驚かせようかなと思って、浮き輪持って行ったんだけど、ほら、子供のときってさ、待ってるときってすごく時間が長く感じるじゃん?だから、浮き輪に乗って待ってようって思ってたらそのまま寝ちゃってね。気が付いたら夕方だったんだけど、浮き輪の上で寝たまま沖まで流されちゃって……」
「それで、どうなったの?」
「パパが小舟に乗って探しにきてくれたの。見つけてくれたときも、全然怒られなくて……パパって優しいヒーローだなってそのときとっても思ったの」
ミエさんがミキのお父さんについて話してくれたとき勇敢な人だったと言っていたが、ミキの話を聞いて優しいというイメージも追加された。
僕たちはゆっくりとした時間を過ごしたあと、砂浜や海の散策を始めた。
「出口の手がかり……なかなかないね」
「うん。詩は海のことそのまま詠っただけっぽい感じだったし」
「門番も、「クジラに手を出すな」くらいしか言ってなかったものね」
僕たちはボソボソと会話を続けながら散策を続けたが、何も見つからなかった。
少し歩くと、磯辺が広がっている場所へとやってきた。ゴツゴツとした岩に波が打ち付けられ、水しぶきをあげている。
「コウ、あれ何?」
ミキが指さした方法へ目をやると、何やら大きくて白いツルっとした何が狭くなった磯辺にはまっている。
僕たちは近寄ってよく観察した。
「何だろうね……」
白い何かに触ってみると、少しツルっとしているが所々ゴツゴツともしている。
すると、僕が触っていた場所に突然目が出てきた。……というより目が開いた。
「ウワッ!」
「どうしたの?」
「ここに目が……」
「じゃあこれ……生き物なの?」
開いた目をよく見ると少し悲しそうな顔をしている。
「この子、何の生き物なのかわからないけど、岩の間に挟まって出られなくなったんじゃない?」
ミキに言われ白い何かをよく見てみると、体には少し傷がある。抜け出そうとして少し暴れたようだ。
「かもしれないね。僕たちで何とかできるかなぁ」
「うーん。”アレ”があれば……」
「”アレ”って?」
「薬草の一種でね、”ツルベーリ海藻”っていうのがあるの。炎症を抑える効果があるんだけど、薬研ですり潰すとネバネバの成分が出てくるから、もしかしたら使えるかなって」
「その”ツルベーリ海藻”ってどんな場所にあるの?」
「こういう磯辺とか岩礁に……」
「わかった。僕その海藻を探してくるよ。特徴とかある?」
「えっと、見た目は普通の海藻みたいなんだけど、とりあえず色が真っ黒なの。すぐにわかると思う!」
「わかった!真っ黒だね!」
「うん!私はどうしよう……」
「ミキはその生き物の傍にいてあげて。あと、挟まってるところが深い傷になってるみたいだから、魔法で治療してあげてほしいんだ」
「わかった!待ってるね!」
僕は”ツルベーリ海藻”を探しに、ミキはその場に留まって治療を始めた。
「これは緑色だな。こっちは赤」
僕は、ミキに言われた”真っ黒な海藻”を探していた。
「うわっ!波が……」
目で見える部分をできる限り探そうと思い、岩の裏側や奥側を覗き込む。これがごく普通の草原や森の中なら探しやすいのだが、ここは海だ。波がやってきて捜索の邪魔になる。
波が引いたタイミングで何度も覗き込む。だが、どれもミキの言っていた”真っ黒な海藻”ではなかった。
ミキと白い生き物がいる場所を確認しながら、迷子にならないよう注意を払って探す。
「ここもないな……。あっちに行こう」
探している海藻の特徴をしっかりミキに聞いておくんだったと後悔しながら、虱潰しに探す。
どこを探しても緑や赤、少し茶色っぽい物しかなかった。
僕はここでふと思う。もしかすると、海藻が生えにくそうな場所にあるのではないかと。そして今まで見つけてきた海藻は日当たりのいい場所によく生えていることを思い出す。
「日当たりの悪い場所……?」
僕は半信半疑で日当たりの悪い、影になっているような場所を探した。そして影になっているような暗い岩場を見つけた。
海に浸かっている場所なので、息を大きく吸い込み、頭だけを海水に入れ中を確認した。そこには黒い海藻が大量に生えていた。これがミキが言っていた”ツルベーリ海藻”だ。
僕はそのツルベーリ海藻を採取した。
「これだけあれば……!」
ツルベーリ海藻を両手に抱え、ミキと白い生き物の元へ向かった。
◆
コウがツルベーリ海藻探しに行ったあと、ミキは白い生き物の観察を始めた。
「コウが言ってた怪我ってたぶんこれのことだよね……」
岩に深く食い込んでいる部分をよく見ると、確かに傷がある。深い傷の周りに小さな傷も複数あるため、ここに挟まったときかなり暴れたのだろうと想像できた。
「待っててね……。今治療するから」
この白い生き物に人の言葉が分かるか定かではないが、ついつい言葉で伝えようとしてしまうのが人間という生物だろう。
ミキは優しく声をかけながら傷の確認をする。
「小さな傷は薬草のほうがいいよね。深いところは魔法と薬草を一緒に……」
ミキがそう言いながらサコッシュを漁っていると、少し大きめの波が岩に当たった拍子に大き目の水しぶきとなり、白い生き物の深い傷へと直撃した。
「ギュン!」
その白い生き物は、大きな声を上げ飛び上がるほど痛がった。
「海水が当たってる……。これだと炎症の原因になっちゃう……」
ミキは頭をフル回転させ、できる限り痛みが少なくなるような治療方法を考える。
「近くには海水を避けられる物もないし……、魔法で大きな岩を置いたりしてもこの子がビックリしちゃう……」
そこでミキはふと思いつく、あれなら……!と。
ミキはサコッシュから取り出したロル草やエーロル草を白い生き物の傷全てに当てた。
「これであとは……」
ミキは杖を取り出し、呪文を唱えた。
「ワップワー!」
すると、深い傷を包むような大きな気泡が出現した。海からやってきた波も気泡があるおかげで傷に当たらず済んでいるようだ。
「よし!このまま治癒魔法を……!風と共に流るる精霊たちよ、この者を癒したまえ、モトエヴァリーヴァリー」
ミキは治癒魔法を唱えた。
◆
「ミキー!黒い海藻見つけたよ!」
「ありがとう!よく見せて!」
ミキは、僕が見つけてきた海藻をよく観察する。
「うん!間違いなくツルベーリ海藻だよ!」
「よかった……。それでこれをすり潰すんだよね?」
「うん。薬研でネバネバになるまですり潰してほしいの」
「わかった!」
僕はサコッシュから薬研を取り出し、ツルベーリ海藻をすり潰し始めた。
ミキは白い生き物の治療を続けていた。
「傷の具合どう?」
「うーん。思ってたよりも深かったけど、なんとか大丈夫そうだよ!」
「ならよかった……」
僕はグリグリと音を立てながらすり潰す。すると、ネバネバとした粘液のような物が海藻から出てきた。
「うわっ!ネバネバしてきた!」
「ちょっと見せてね」
ミキはネバネバとした海藻を手に取り確認した。
「うん!これだけネバネバしてればいけそう!コウはこのまますり潰すのを続けて!」
「わかった!」
僕はたくさん採ってきたツルベーリ海藻をどんどんすり潰していく。
ミキは白い生き物の傷の治療を続ける。
そして僕は周りを見渡した。あんなに高い位置に居た太陽は少し斜めの位置にいた。海の門に入ってから二人で遊んだり、白い生き物を見つけたあとは海藻を探したり、治療をしたり、気がづけばかなり時間が過ぎていたようだ。
採ってきたツルベーリ海藻は全部すり潰した。本当にネバネバしていてよく伸びるので、これならあの生き物を逃がしてあげられそうだ。
「よし!治療終わり!」
ミキも終わったようだった。
深い傷があった場所を見ると、傷跡のようなものは残っていたものの、かなり綺麗な状態になっている。
「僕も全部すり潰したよ。これくらいあれば足りるよね」
「うん!これだけあれば……。さっそくこの子の体に塗っていこう」
僕たちは手分けしてツルベーリ海藻をすり潰した物を白い生き物の体に塗っていった。
「くすぐったいかもしれないけど我慢してね……」
挟まっている部分を重点的に塗る。
塗っているときに気が付いたが、傷にはなっていないものの挟まっている部分が少し赤く腫れているようだった。だが、ツルベーリ海藻は炎症を抑える効果がある。この海藻のおかげでよくなるはずなので心配はいらないだろう。
「ミキ!塗り終わったよ!」
「私も終わった!」
ここからが肝心だ。この白い生き物への負担が少なく、かつ確実に抜け出すことができる方法を考えねばならない。
「どうしようか……」
「この子次第になるかもしれないけど……」
ミキの提案はこうだ。白い生き物は今、ツルベーリ海藻のおかげで滑りやすい。そこでミキが水の極大魔法を使い、水の勢いを借りて自力で抜け出してもらおうというものだった。
「これが一番負担が少ないかなと思って。ロープとかで引っ張ることも考えたけど、引っ張られたら痛いだろうし……」
「そうだね。それが一番かもしれない」
僕たちは実行に移した。
「ウィラーセ!」
ミキは帽子から箒を取り出した。
「ほんとは四年生になってからじゃないと二人乗りはダメなんだけど……。コウ!後ろに乗って!」
レウテーニャにはそんな決まりがあるのかと驚きながら、僕はミキの後ろに乗った。
「しっかり捕まってね」
すると、僕たちが乗った箒はゆっくりと上昇する。
空を飛ぶということが初めての体験だったため、僕は少し体に力が入った。
ある程度高い場所まで上昇してきたところで、ミキは下にいる白い生き物に向かって呪文を唱えた。
「ルーウガウ!」
すると、ミキの杖の先から大量の水が放出し、白い生き物がいる場所へと降り注いだ。
僕はミキの後ろで祈るしかできなかった。
「あっ!」
ミキが何かに気づいたようで、大きな声を上げた。
すると、荒波の中あの白い生き物が泳いでいる姿が見えた。どうやら自力で抜け出せたらしい。
少ししたあと、荒波は収まり、僕たちは磯辺へと降り立った。
「抜け出せたみたいだね」
「うん」
白い生き物が挟まっていた場所へ来てみると、何も居なかった。やはり抜け出せていたようだ。
「よかったね」
「うん」
気づけば太陽はかなり低い位置になり、空をオレンジ色に染め上げていた。
「出口探ししようか」
「そうだね」
出口の手がかりらしいものは一切見つけられなかったが、一つの命を救うことができたのだ。それだけで満足感があった。
太陽はすっかり水平線へと飲み込まれていた。まだ明るくはあるが、ものの数十分で暗くなりそうな時間だった。
僕たちは、最初に遊んだ砂浜へ帰っていた。
「今日はもう遅いし、あの浜辺で野宿しよっか」
「そうだね。暗い中出口探すのも危ないし」
歩きながら今後の相談をしているときだった。
「クゥン」
何か声が聞こえた。ミキの声だろうか?
「ミキ、今何か言った?」
「何も言ってないよ」
気のせいかと思い、そのまま歩き続けた。
「クゥン!」
やはり声が聞こえる。
「ミキ、やっぱり独り言か何か言ってない?」
「言う訳ないじゃん!」
すると、海面から水鉄砲が飛んできた。それはビシャン!と音を立て、見事僕の顔に命中した。
「うわぁっ!」
「コウ大丈夫?びしょびしょじゃん」
水鉄砲が飛んできた方へ目をやると、そこにはあの磯辺に挟まっていた白い生き物がいた。
「クゥンクゥン!」
「もしかしてさっきの?」
「戻ってきたんだ」
僕たちは驚きながら白い生き物に近づいたが、そこであることに気が付いた。
「この子ってもしかして……」
「ミキ!クジラだよ!それも白いクジラ!」
あの磯辺に挟まっていたときは全く気が付かなかったが、この生き物は明らかにクジラだった。
そして僕たちは、海の門へ入る前に門番が話していた内容を思い出す。
「”クジラに近づくな”……って言ってたよね」
「近づくどころか助けちゃったけど……」
するとその白いクジラは僕たちに何か伝えようとしているようだった。
「……乗れってこと?」
ミキはそう言った。
確かに白いクジラは僕たちに背を向けながらも、目配せをしているようだった。
「乗って大丈夫なのかな……。近づくなって門番が言ってたし……」
「大丈夫じゃない?」
そう言いながらミキは白いクジラの背に乗った。
僕も意を決して、クジラの背に乗った。
クジラは僕たちが乗ったのを確認して、海を進み始めた。
「どこに行くんだろう……」
不安が残る中、クジラはすいすいと海を進む。
太陽はすっかり沈み、夜空には先が尖った三日月と無数の星が輝いていた。海がその夜空を鏡のように映し出し、どこを見渡しても無数の星が輝いている。とても幻想的な光景だった。
少しすると、クジラは進むのを止めた。
「暗いから明かりつけるね」
ミキはそう言いながら杖を取り出し、呪文を唱えた。
「レーカヒ」
ミキの杖先から小さな光が出てきた。そして、羽根を付けて空中を浮遊し始めた。
そして、その明かりのおかげで辺りを見渡せるようになった。
「あれって……」
近くに白い何かがいくつか見える。どうやら僕たちが乗っている白いクジラの仲間らしい。
「仲間がいたんだね」
「うん。あの大きいのはお父さんかお母さんかな」
すると、他の白いクジラたちが声を上げ始めた。というより、歌を歌っているような綺麗な鳴き声だ。
「なんだろう……」
「歌なのかな」
僕たちが戸惑っていると、突然海中から強い光を出している大きな物が飛び出してきた。
「これって!」
「出口だ!」
「もしかしてこの子、お礼に出口まで案内してくれたの?」
「そうかも!ありがとう!クジラさんたち!」
僕とミキは白いクジラの群れにお礼を言いながら、出口へと入った。
長い通路をコツコツと音を立てながら進む。
「あれ?」
ミキが何かに気が付いて、しゃがみこんだ。
「どうしたの?」
「この毛……」
石畳の地べたに落ちていたのは、黒と白の生き物の毛だった。それも少し長い。
「これガロの毛だ!」
「じゃあ、ガロもここへ来てたってこと?」
「そうかも。お魚が好きだから食べに来たんだよ」
「でも、ガロ本人は見当たらないね」
「ここを出たらいるかも!」
ミキは出口へ向かって走り出した。僕も遅れずミキを追いかける。
大きな足音を立て、僕たちは走った。そして目の前に出口が見えてきた。
ミキは勢いよく出口の門を開け、周辺を見渡す。だがガロらしき猫どころか、猫一匹すら見当たらなかった。
ミキの表情は暗くなり、俯き始めた。
「ミキ……」
僕はミキを励まそうと色々考えるが、言葉が出てこなかった。
「うーん!暗い顔しててもしゃーない!」
ミキはパチパチと自分の頬を叩き始めた。そして少し暗い顔が、みるみるうちに明るい顔へと変わった。
「ガロは他の攻略者に聞いて回ろ!それがいい!」
ミキは自分に言い聞かせるようにそう言った。
少なからず、あの通路でガロの毛らしきものが見つかっただけでも進捗はあった。ガロは確実に門の塔へ迷い込んでおり、そしてまだ生きているのだ。
「うん。僕も手伝うよ!でも今日はもう遅いから晩御飯にしよう」
僕たちは噴水のある場所へと戻り、晩御飯の準備を始めた。
ふと思い出し、僕はマップをサコッシュから取り出す。
”海の門”と記された場所に星マークが付いていた。これでクリアということだ。
明日はたぶん、”金の門”へと入ることになるだろう。どのような試練が待ち受けているのか。少しでも準備を怠らないよう、イリニヤさんから貰った剣を砥ぎ、そのあと眠りについた。
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