第二十二話 虹の門

 ここは門の塔地上階の一階。


「コウ!おはよう!もうちょっとで朝食出来るよ」


 僕はどうやらかなりの時間眠っていたらしい。

 昨日は滝の門へ入りなんとかクリアできたものの、巨大な金色の鯉との戦闘でかなり体力を使ったらしく、昨晩の記憶がないほど眠っていた。


「ごめん。ミキ。僕も何か手伝うよ」

「じゃあ、飲み物任せていい?」

「わかった」


 僕は顔を洗ったあと、シングルバーナーで噴水の水を沸かし、飲み物の準備を始めた。

 僕はふとミキの手元を見る。


「あ!目玉焼きだ!」

「うん!目玉焼きトーストだよ!美味しそうな食パンが棚にあったの」

「タマゴもあったの?」

「うん!それとベーコンも」


 なるほど。それで目玉焼きトーストなのだなと僕は思った。

 僕はシングルバーナーの火を止め、沸騰した水をカップへ注ぐ。少し時間を置いてから、ミキから手渡されたティーバッグを投入する。また時間を置けば、ストレートティーの完成だ。


 ミキのほうへ目をやると、目玉焼きとベーコンが焼きあがったらしく、トーストへそれぞれ乗せているところだった。


「よし!できたっと……」

「僕も紅茶できたよ」

「さっそく食べよっか!」

「いただきまーす!」

「いただきます」

 僕とミキは手を合わせた。いただく命と食材に感謝を忘れずに。


 少し分厚く切られたトーストの上にミキが焼いたベーコンと目玉焼きが乗っている。醤油かソースか塩コショウを少しかける人もいるだろうが、僕はこのまま頂こうと思う。

 トーストの下側を持って口元へと持ってくると、一番上の目玉焼きがプルプルと震える。ミキはどうやら半熟派らしい。

 プルプルと震える目玉焼きを見ながら一口齧りつく。白身がちゅるんと、ベーコンはジュワっと、トーストはふわっと僕の口の中へ入ってくる。ベーコンの塩味が口へ広がるが、卵の白身やトーストがマイルドに調整してくれる。最高だ。


「コウ、味どう?」

「とっても美味しいよ!」

「ほんとに?良かった」

 ミキはホッとした表情を見せた。


 僕はまた一口齧りつく。今度は黄身も一緒だ。噛むと、中からトロリと黄身が出てくるが、零れていけないので慌ててまた一口齧る。黄身の味も合わさってこれはたまらんと叫びたくなる。


「今日はどの門に行く予定?」

 モグモグしながらミキに質問された。


「うーん。確か次は”虹の門”だったよね。”虹の門”でいいんじゃないかな?」

「わかった!」

 僕とミキは目玉焼きトーストを完食した。



 僕とミキは、虹の門の前に行こうと長蛇の列に並んでいた。


「虹の門すごい人気だね」

「門の塔と言えばって言われてるくらいだからね」


 朝食後二人で観光ガイドブックに目を通したが、虹の門はとても人気らしい。

 中で見られる虹が大変綺麗らしいとデカデカと記載されているくらい観光客からも大人気の門となっており、長蛇の列ができるほどになっているようだ。


「なんだか若い人が多いね」


 虹の門は世代問わず人気だが、ここ最近は若い世代の女性にとても人気らしい。

 なんでも"バエ"とかいうもののために虹の門に来る人が多いそうだ。


「……ねぇミキ、あの四角いの何?」

 僕は、前や後ろに並ぶカップルや若い女性たちが持つ”四角い何か”が気になった。


「あれは”撮影機”っていう目の前の物を撮影できる魔法機械だよ。最近テルパーノで流行り始めたの」


 ミキによると、魔法石を使用した小型の機械で、右上のボタンを押すと絵のようなものを一瞬で撮影できるのだそう。後日専門のお店に魔法石を持って行くと、その時撮影した絵を印刷してくれるらしい。すごい機械ができたものだ。


「あれで虹の門の虹を撮影するの?確かに思い出になりそうだね」

「違うよコウ。今ね、テルパーノでは"テルスタジオ"、略して"テルスタ"っていう魔法通信掲示板が流行ってて、その掲示板に自分で撮影した"映えた"を思う絵を載せて、色んな人から沢山ヨイネを貰うために皆撮影しに来てるんだよ」


 テルパーノの国民が撮影をするのは観光の思い出のためではなく、”テルスタ映え”をして"ヨイネ"を稼ぐためらしい。


「うちのお姉ちゃんがすっごくハマってた時期があったの。なんでもかんでも撮影してはテルスタ映え~って煩かったよ」


 国と文化の違いだろうか。バーオボに住んでいた僕としては、ヨイネ1つのために入塔料を払い、ここまでの長蛇の列に何時間もかけて並ぶテルパーノの国民の気持ちがわからなかった。


 ミキから色々聞いていると、僕はもう1つ気になる物が目についた。

「撮影機以外にもみんな飲み物のカップを持ってるね」


 門の塔へ入る前に見かけたお店のマークがついている飲み物のカップを合わせて揃えたかのように皆持っていた。


「あれはテルパーノで今人気の”星の人魚”っていうカフェのカップね。あれもテルスタ映えするから人気なの」


 なんでも”星の人魚”の飲み物カップと一緒に風景を撮るらしい。それも全てテルスタ映えとヨイネのためなんだそうだ。


「もしかして、ミキのお姉さんも星の人魚にハマってたの?」

「すごくハマってたよ。お姉ちゃんミーハーだからね。生クリーム乗せたカプチーノが美味しいんだって買って来ては撮影してテルスタ~って、ほぼ毎日」

「ほぼ毎日……」

「でも、星の人魚はいっぱい飲み過ぎて太っちゃった~って飲むのやめてたけどね」


 ミキのお姉さんはテルパーノでも一二を競う踊り子だから、少しの体重増加が命取りなのだろう。それでも流行を追いかけたりと大変そうだなと思ってしまう僕だった。


 そうこうしているうちに、虹の門が目の前に大きく表れた。僕とミキは詩を確認する。


 

 虹よ あゝ うつくしい虹よ

 そのうつくしさは 人々の心をつかみ 明日の輝きとなる

 黒さえも清くする虹 今日も輝く



 詩の内容を読む限り、人に危害を加えるような門ではなさそうでホッとした。

「虹の門は安全そうだね」

「うん。そうね。……あ、次くらい私たちが入れそうだね」


 そう会話しているとき僕はある違和感に気づく。入っていく人の量に比べて出てくる人が極端に少ないのだ。このとき僕は、みんな虹に見とれてなかなか出てこないのかと思っていた。


 そしていよいよ僕たちの順番となったとき、後ろの女性たちが何かを指差してクスクスっと笑っていることに気が付いた。指を差した方向に目をやると、虹の門の門番を思われる者が何かを嘆いていた。


「虹の門は綺麗じゃった。あんなに綺麗じゃったのに。今では虹だけが綺麗じゃ……」


 今では虹だけが綺麗?どういうことだろう。考えが堂々巡りとなっている僕にミキが声をかけた。


「コウ。私たちの順番だよ」

「うん」

 詩の内容、番人の言葉、入出する人数の違和感――。僕は答えを導き出せないままミキと共に虹の門へ入った。



 門をくぐると暗い通路が続き次第に明るく眩しくなり、外に出た。

 目を開けると、そこにはとても広大で無限に続く草原が広がっていた。空は絵の具を広げたようなスカイブルー。白く雄大に泳ぐ大きな雲。この景色を見た途端、門をくぐる前に感じた違和感などどうでもよくなってしまっていた。


「うわぁ……。すっごい綺麗だ」

「草原の門も綺麗だったけど、こっちも綺麗……」


 観光ガイドブックにも、「虹を見る前に草原を堪能せよ」と書かれていた。

 草原の門は列がほとんどなく閑散としていたが、虹の門だけで事足りてしまうからだろう。


「ん?あれ?うわっ!」


 景色の美しさに見とれて足元を見ていなかった僕は、草原の土がかなりぬかるんでいることに気づかず転びそうになった。


「ミキ!足元気を付けて!かなりぬかるんでるよ」

「え?わっ!ほんとだ。なにこれ。靴が泥だらけ」


 沈むほどではないが、少し歩きにくい。どうやら湿地帯のようになっているらしい。


「……この靴、結構高かったのに」

「ミキ、今心配するとこ、そこ……?」


 思わず突っ込んでしまったが、綺麗好きなミキとしては泥だらけになったのは気掛かりなのだろう。


「それより、虹はどこなんだろうね。道も看板らしい物もないし……」


 虹の門と言うくらいなのだ。入ってすぐ虹があるものだと思い込んでいたが、どこにも虹らしきものが見当たらない。


「そうだよね。私も方角って思ったんだけど、太陽がないことに今気づいたの」


 僕はミキに言われ、空を見渡した。確かに、これだけ明るいのに太陽がないのだ。


「本当だ……。これじゃどっちに進めばいいか分からないね」

「そうだわ。こういうときこそ魔法よ」


 ミキは懐から杖を取り出した。そうだ。彼女はレウテーニャ魔法大学校に在学中の生徒だ。箒を出して空を飛ぶなり、何かしらの魔法を出してくれるはず。期待を膨らませミキに聞く。


「ミキ、何かいい方法ある?」

「そうね。とりあえず箒で飛んでみるね。……ウィラーセ!」


 ……何も起こらない。


「おかしい。こんなはずじゃ。……ウィラーセ!」


 やはり何も起こらない。


「私、魔法が使えなくなった……?」

「も、もしかしたら箒の魔法だけが使えないのかもよ?七日間講義でも先生が言ってたじゃないか!魔法が使えなくなることもあるって!他の魔法試してみよう?」


 ショックを受けているミキをなんとか励ましてみる。


「そうだよね。じゃあ次は方角が分かる魔法。……アンミーヴェ!」

 ……何も起こらない。


「いつもなら矢印みたいなのが出てくるんだけど。……アンミーヴェ!」

 やはり何も起こらない。


「アンミーヴェ!アンミーヴェ!……アンミーヴェ!」

 ミキは躍起になって何度も呪文を唱えるが、何も起こらず辺りは静まり返っていた。


「なんで何も起こらないのよー!」


 叫ぶミキを横に、僕は七日間講義での授業を振り返る。――もしかしたら全ての魔法が使えない門もあるのかもしれない。


「ミキ、もしかしたら虹の門ではどんな魔法も使えないのかもしれない。先生が言ってた”魔法が使えなくなることもある”って一部の魔法だけじゃなく、全ての魔法ってことも有り得るのかも。箒の魔法や方角の魔法以外の簡単な魔法を一度唱えてみてもらっていい?」


「わかった。……ポー!」

 ポーは確か簡単な火の魔法だが、杖先を見てもそのような物は出ていない。


「やっぱりそうだ。虹の門はなんらかの防護魔法がかかっていて魔法が使えないんだ」

「そんなぁ……。じゃあこれから歩きってこと?」

「そういうことになるね。ただ虹の場所が分からないんじゃどっちに進んでいいか……」

「うーん。とりあえず真っ直ぐ歩いてみない?歩けば誰かに会うかもしれないし」


 確かにミキの言う通りだ。方角はわからないが、僕たちはぬかるんだ草原を真っ直ぐ歩き始めた。


 ぬかるんだ草原は歩けないことはないものの、少し力を使って足を上げなければならないため、体力を消耗する。そして虹のある場所が分からないため、より不安な気持ちが増していく。でもここで立ち止まるわけにはいかない。僕たちの目的は門の塔攻略。虹の門は序盤なのだ。もっと厳しい門はいくつもあるんだと自分に言い聞かせる。


「ねぇ。コウ。あれ見て」

 ミキが何かを見つけたようだ。もしかして虹かと心躍ったが、僕の期待は一瞬で裏切られる。


「どうしたの?虹が見えてきた?」

「違うよ。私の左足元見て」


 なんだ虹じゃないのかと思いながら、ミキの足元へ目をやった。そこにあったのは星の人魚の飲み物カップだった。門に入った誰かが捨てて行ったのだろうか。


「こんな場所でもポイ捨てする人いるんだね。しかも中身残ってるみたいだし……」

「色々勿体ないよねほんと……。まぁいいや。急ごう」


 僕たちは、寂しく沈むカップを無視して先へ進むことにした。

 ぬかるんでいるせいで一歩一歩が牛歩のようになってしまっているが、確実に前へ進んでいる。ただ一つ不可解なことに気づく。

 前に進むにつれ、泥に沈むカップの数が増えていくのだ。


「なんだがカップのポイ捨て多くない?歩くのに邪魔だし汚いしで綺麗って言われてる虹が台無し」


 ミキの言う通りだ。こんなのでは虹を見ても100%感動するのは難しいだろう。そして僕はあることを思い出した。


「そういえば虹の門に入る前、門の番人が”虹の門は綺麗じゃったのに”って言ってたんだ。このことだったのかな」

「ほんとに?私聞き逃してた。絶対ポイ捨てのことだよ。絶対そう!あー、歩きにくいったらありゃしない!」


 色々なことが重なりミキは苛立っているようだった。


 一歩一歩と歩くと確実に増えていくゴミ。絵に描いたこの広大で美しい風景とは不釣り合いな足元。なんとも言えない悲しいような気持ちが増していく。

 できるだけ足元のゴミを踏まないよう目線を地面に向けて進む。するとミキが声をかけてきた。


「コウ!前のほうに何か見えるけど、あれが虹じゃない?」

 ミキが指さした方向に目をやると、何やらキラキラしたものが遠くに見える。


「虹だ!人だかりも見えるような気がする!」

「行ってみよ!」


 さっきまでの重い牛歩がセキレイのような足早となり、遠くのキラキラした場所へと急いだ。

 徐々にキラキラしたものが虹だと分かるくらい近づいたとき、僕は何かに足を取られた。


「うわっ!なんだ?」


 足を取られた何かをよく見ると、星の人魚のカップを持った泥をかぶった大きめの石か岩に見えた。その何かをよく見ると人の手指のように見える。少し背筋が凍るような感覚を覚えた。


「コウ?どうしたの?急ごう」

「……あ、うん。ごめん」

「何かあったの?青ざめてるけど」

「大丈夫だよ。気にしないで」

「……そう」

 たぶん僕の勘違いだ、そう言い聞かせてミキと共に先を急いだ。


 前方のキラキラした何かに近づくにつれ、人だかりがあるのも確認できるようになった。ほとんどが観光客であろう人だかりは、虹など目もくれず手に持った飲み物カップなどを撮影するのに夢中になっている人がほとんどだった。


「みんな虹を見るより撮影機ばかり見てるね」

「入塔料のこと考えたらなんだか勿体ない」


 僕もミキも観光客とは来た目的が違うからそう思っても仕方ないのだろうが、やはり勿体ない。


「それにしても、虹に近づくにつれて飲み物カップどころか撮影機も捨てられてて酷い有様だったよね」


 ミキにそう言われて足元を見たが、先ほどよりかなりのゴミが地面に転がって泥に埋まっている。


「やっぱり門番はこのことを嘆いていたんだね。それにしても酷いや……」


 僕もミキもまだ未成年。大人のことは分からないが、何が大人なんだろうと少し考えさせられる光景だった。


「ねぇコウ。もうちょっと虹に近づいてみない?近い場所だとそこまでゴミも多くないかも」

「確かにそうだね。じゃあ行ってみようか」


 僕とミキは、できる限り近くで虹を見るため歩き始めた。

 ゴミを踏まないようできるだけ避けて歩みを進める。ただ先ほどと違うのは、泥の地面がデコボコと波打ったようになっているのだ。


「なんだかボコボコしてて歩きづらいね。ミキ気を付けてね」

「うん。でも、なんでボコボコしてるんだろうね」


 そういう地形になっているのだろうか。納得のできる答えが見つからないが、そう思うようにした。


「虹に近づいてきたね。結構大きいんだなぁ」


 虹の間近まで来た僕は大きさに圧倒されていたが、ミキは何か青ざめた表情をしていて返事がない。


「ミキどうしたの?」

「……ねぇコウ。あれ見て」


 ミキが指さした方向に目線を送ると、途端全身が凍り付くような感覚に襲われる。


「これ……人の顔じゃ……」


 そこには爽やかな笑顔の女性が泥に埋もれたように横たわっていた。


「もしかして地面のボコボコって全部……」

 ここに来る最中、避けて歩くようにしてきたボコボコの正体は全て泥に埋もれた人だった。


 そして僕は虹を見つけるまでに見ていた数々の違和感を思い出していた。


「ミキ、僕……虹の門がどういうところなのかわかった気がする」


 そう言った途端、虹の近くで三角座りをしているカップルが目に入った。二人とも虹を眺めながら目が虚ろになっており、何やら様子がおかしい。


 するとカップルの女のほうがボソボソと何か言っている。

「私もうこのまま虹を眺めていたいな」


 そう言うと、カップルの男のほうも何かボソボソと返事をする。

「俺も」


 すると、その男女のカップルはゆっくりと泥に沈み始めた。


 その光景を見ていた僕はミキに打ち明ける。

 「僕、ここに来る途中で飲み物カップを持った手のような物に躓いたんだ。あくまで僕の推測になるけど、虹の門は、門を維持するために人を吸収しているんじゃ……」

「そんなわけ……。ここは観光層だし、観光ガイドブックにも載ってるし、まさか人を……?」

 だが、僕たちの想像は目の前で現実の物となっていた。


 そして、目の前でゆっくり沈んでいくカップルがまた何かボソボソと言っているのが聞こえた。


「私何しに来たんだっけ……。私って誰だっけ……」

 女性がこう言ったあと、男性のほうも何かを言っている。

「俺、誰とここに来たんだっけ……。まぁいいや」

 カップルはまるで何かを忘れてしまっているようだった。


 その様子を見ていたミキが何か思いついたかのように僕に言う。

「もしかして、虹の門には”忘却の魔法”がかかってるんじゃないかな」

「”忘却の魔法”?」

「うん。それもかなり強めの。私たちはダミアンさんから貰ったお守りを持ってるから大丈夫みたいだけど、観光の人たちはそういうの持つどころか、買ってない人がほとんどだろうから……」


 言われてみれば、僕たちは虹からかなり近い場所にいるのに、目の前のカップルのようにはなっていない。お守りをくれたダミアンさん様々というわけだ。


「まさかお守りが役に立つとはね……」

「うん……。でも、虹の門からは早く抜け出したほうがいいかも。お守りの効果も長くは続かないかもしれないし」

 ミキの言う通りだ。お守りも一時的なものに過ぎない。


「そうだね。門を出よう」

 僕たちはできるだけ早く虹の門を抜け出すことにした。だが、虹の門では全ての魔法が使えないので出口がどこにあるのか方角を確認することすらできない。

「出口が分からないんじゃな……」

「もう一度真っ直ぐ歩いてみる?できるだけ虹から遠くへ行くように」

「そうだね。たださっきよりは急ぎ気味で歩こう」


 そう言って僕たちは少し早めに虹から離れるように歩き始めた。来たときは何も思わなかったこの泥のデコボコはほとんどが泥に埋もれた人なのだろう。気づいてしまうととても慎重に避けて歩かなければならず、神経を使う。


 歩みを進めているとき、僕は七日間講義での先生の言葉を思い出す。”門の塔の門は何らかの魔力で維持されているが、場合によっては人を取り込んで魔力源にしている”――もしかしたら、虹の門も人間を取り込んでいるのかもしれない。


「コウ、さっきからずっと無言だけどどうしたの?」

「ああ、ごめん。ちょっと虹の門のこと考えてて……」

 ミキに声をかけられ自分が無言だったことに気づく。

「何か気になることでもあった?」

「いや、虹の門が人を吸収しているって誰かしら気づいてもおかしくないのに、観光ガイドブックにもそういった記載はないし、ここで吸収された人は門の外にはもう出られないわけでしょ?誰かが行方不明者として探していそうなのに、そういった話聞かなかったよなって」


 僕たちはしばらく考えながら歩いた。するとミキが何かを思い出したように言う。


「もしかして、”忘却の魔法”が関係ある……?」

「そうだ!それだ!忘却の魔法が作用して、虹の門を出る頃には中で何が起こっていたかみんな覚えてないんだ」


 よくよく思い返すと、観光ガイドブックの虹の門を紹介したページの文章もただただ虹がどれだけ綺麗だったか、たくさんの人が訪れることくらいしか書かれていなかった。


「私もなんとなく色々思い返してたけど、テルスタの虹の門の写真も、虹か星の人魚の飲み物カップを持った写真しか無かった。運よく出てこられた人は写真だけ撮ってすぐに帰ったから大丈夫だったんだろうけど、この中に長く居た人たちは忘却の魔法で徐々に自分たちのことを忘れていって、あのカップルみたいに門の肥やしにされちゃったのかも」


 僕たちはどんどん背筋が凍っていくような感覚になった。


「とりあえず早くここを出よう」

「そうだね」


 詳しい考察は虹の門を出てからでも好きなだけできる。

 泥に足を取られながらも、虹から離れた場所へとやってくることができた。


「あ!」

 ミキが何か見つけたようだ。

「出口だ」

 僕も先をよく見た。出口のような門が見えたのだ。


 僕たちは急いでその門へと近づく。

 門の肥やしなどにはなりたくない。そして、友達や家族に自身のことを忘れられたくない。そういう思いが強かった。

 やっとの思いで出口らしい門へとたどり着いた。


「鍵とかないよね?」

「うん。押してみるよ」


 僕は力いっぱい門を押すと、すんなりと門は開いた。

 二人して勢いよく中へ飛び込む。そして門を閉じた。


「これで大丈夫だよね?」

「たぶん……」


 そして、僕たちは居ても立っても居られなくなり、暗い通路を急いで進んでいく。

 コツコツと通路に響く足音は、いつもよりもリズムが早い。


「やっぱり忘却の魔法が関係してるのかな」

「この門で居なくなった人を探してるって話は全然聞かないのに、あの泥に埋もれた人の数……数百人じゃ生ぬるいくらいだったよ」


 コツコツと音を立てながら歩き、僕たちは話す。


「うーん。外に出てから人伝いに注意喚起したほうがいいのかな」

「できればそうしたいけど、子供の僕たちの話を信じてもらえるかな……」

「確かに」


 すると、目の前に虹の門が見えてきた。これで虹の門も終わりらしい。


「夕食のときにでも考えようか」

「そうだね」


 僕たちは虹の門を開いた。そこは門の塔の一階だった。僕たちは無事帰って来た。


「これで虹の門終わりー!」

 ミキは両手をあげて喜ぶ。

「さてと、えっと……何だっけ?」

「えっと……何だっけ?」


 僕たちは顔を見合わせ、あれ?という表情で突っ立っている。

 僕ははっと思い出し、サコッシュに仕舞っていたマップを取り出す。虹の門と記された場所に星マークが付いている。クリアだ。


「虹の門もクリアだね」

「うん。虹が綺麗ってくらいで、特に大変な門じゃなかったね」

「そうだね……何か忘れてる気がするけど、楽な門だったよね」



 僕たちは歩きながら噴水の近くへと行く。

 虹の門が人を吸収している門だということを綺麗さっぱり忘れて。

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