第二十一話 滝の門

 僕はふと目が覚めた。


「ここは……」


 眠い目をこすりながら辺りを見渡し思い出す。そうだ。僕たちは昨日門の塔へ入ったのだ。

 門の塔の中は、早朝だからか人はあまりいないようだ。


 少しすると、隣で寝ていたミキが起きた。

「おはよう……。コウ……」

 ミキは大きな欠伸をして目を覚ました。


 僕たちは噴水の水を入れたバケツで顔を洗い、そのあと食料棚から食品を拝借。

「ミキ、このレタスとトマトだけ持っていてくれる?」

「うん。わかった。朝食は何にするの?」

「サンドイッチだよ」


 僕たちは、寝ていた場所へ戻った。そして魔法サコッシュから調理器具を出す。

 僕はシングルバーナーを開き、杖を向けた。


「ポー」


 杖先に小さな火が灯り、それをシングルバーナーに近づけると、ボワッと音を立て青い火が付いた。

 火が付いたシングルバーナーの上に魔法フライパンを乗せ、そこへ魔法棚から持ってきたハムを2キレを投入。ハムはジュー!っと音を立て、フライパンの上で少し小躍りを始めた。


 その間、ミキが隣でレタスと千切ってくれている。

「コウ、こんな感じでいい?」

「うん!ありがとう」


 僕は横目でハムに注意しながら、コッペパンのサイドから切り込みを入れる。

 ハムのジュー!という音が少し弱まったなと思った頃、ハムを裏返す。さっと裏返すと、下側だった面に少しだけ焼きあとがついている。僕は味を想像して涎が出そうなのを堪えた。

 二つのコッペパンを切り終え、ミキに目をやると、紅茶を作ってくれているようだった。


「今日はストレートティー?」

「うん!噴水の水を初めて使うし、ストレートで飲んでみたくて」

「いいね!」


 普通に飲むだけでも美味しい噴水の水だ。紅茶にするとどうなるのだろう……と想像を膨らませるだけで楽しみである。

 ハムを両面焼き終えた。切り目を入れたコッペパンにレタス、スライストマト、ハムを挟んだ。

 これで今日の朝食である”コッペパンサンドイッチ”完成だ。

 紅茶も丁度出来上がったのでさっそく食べることになった。


「いただきまーす!……ハグっ!うまぁ!」

 ミキは幸せな表情をしてモグモグしている。


 さてと、僕もさっそくいただこう。


「いただきます」

 いただく命と食材に感謝を忘れずに。


 僕はさっそく一口頬張る。上下のコッペパンがフワッとしたところに、レタスのシャキッとした触感、トマトの甘味、ハムの塩味が伝わってくる。

 モグモグとしながら、ミキが淹れてくれた紅茶をすすり、またサンドイッチを頬張る。

 今度は真ん中のほうだったのか、トマト独特のみずみずしい部分が舌へとやってくる。他の食材と一緒に噛むことで、サンドイッチの良さが舌を通して伝わってくるようだ。


「コウ、紅茶どう?」

「美味しいよ!」

「よかった」


 噴水の水を使ったストレートティーも格別だ。この水はたぶん体力を回復してくれる効果もあるようなので、こうして食事に取り入れるのは正解かもしれない。

 そう思いながら僕はまたサンドイッチを口いっぱいに頬張り、完食した。


「ご馳走さまでした」


「そうそう、魔法クッションの寝心地どうだった?」

 ミキがサンドイッチを頬張りながら聞いてきた。


「なかなか良かったよ。思ってたよりフカフカだったし」

 僕は口周りを拭きながら答える。


 魔法クッションは、杖で軽く叩くだけでコンパクトになったり大きくなったりするので、旅人だけではなく家で常用するために買う人もいるのだそうだ。確かに片づけが楽だし、寝たいときにパッと出せるので重宝しそうである。


「そうだ、ミキ。次はどの門へ行く?」


 僕は早めに相談しておこうと切り出した。少しでも時間を有効に使いたいからだ。

 一口サンドイッチを頬張り、モグモグとしながらミキは答えた。


「うーん。右から順番でいいんじゃない?草原の門の隣って何の門だっけ?」

「えっと確か……」僕はサコッシュに仕舞ってあったマップを取り出し、「”滝の門”だね」

「じゃあ、”滝の門”に行こう」

 そう言ってミキはまたサンドイッチを一口頬張った。

 僕たちは朝食を終え、まずはリサーチしようと思い、観光ガイドブックへ目を通していた。


「えっと、滝の門はっと……あった」

 パラパラとページをめくると、”滝の門”と書かれたページが出てきた。


 ――”滝の門”。門を抜けるとそこには豊かな自然と、清流が勢いよく落ちてくる大きな滝がある。金色の鯉が稀に見られる。その金色の鯉を見つけることができれば幸せが訪れるという言い伝えがある。


「鯉ってことは魚だよね?もしかしたら、ガロもここにいるかな?」

「可能性はあるね!昨日の事があるから油断はできないけど、ガロも見つかるといいね」

 ガロの手がかりが少しでもあると信じ、僕たちは”滝の門”へ行くことになった。



「ここが滝の門……」


 門の前に列はなく、すぐに入ることができるようだった。

 滝の門の扉は、両扉に大きな鯉の装飾が施されており、なかなかに見事だった。


「まずは門番の話を聞こう」

 僕たちは門の前に立っている門番の近くへ行った。


 ローブは相変わらずズタボロで、手には柄の長いランタンを持っている。そのランタンは青白く光っており、その青白い光は少し小さく感じた。


「鍵を探せ……。鍵を……探せ……」

 門番のボソボソした声をよく聞くと、こう言っていた。


 鍵を探すとは出口の鍵か?滝の門の中で何かお宝が眠っているということなのだろうか?皆目見当もつかなかった。


「鍵か……」

「詩も見てみようよ」

「そうだね」

 僕たちは滝の門の近くに文字が刻まれた板金のような物を見つけ、内容を読んでみた。



 落ちてくる水は轟き 川となり海となり

 全ては恵となりて 命を育む

 金の輝きに呑まれしとき 明日は開かん



「金の輝きって、ガイドブックに載ってた金の鯉のこと?」

「呑まれしときって鯉に食べられろってことかな?」

「僕たちを飲み込むほどだと、相当大きいよね」


 詩のほうも全く分からなかったが、僕たちは滝の門へ入ることにした。

 鯉の装飾が施された門を開き、少し薄暗い通路をコツコツを歩いて進んだ。

 すると、遠くから水の音が聞こえる。


「これ滝の音かな?」

「かもしれないね。それになんだか寒いような……」


 心なしか通路の温度が少し低く、腕をさすってしまうくらいだった。

 通路を進むにつれ、滝の音が大きくなってくる。


「すごい音!」

 かなり大きな声を出さなければお互いの声が聞こえにくいほどだった。


 自分たちの足音が聞こえないほど滝の音が大きくなったころ、通路の出口が見えてきたが、出口の目の前は滝が道を塞いでいるようだった。これでは出ることができない。


「ミキー!このままだと出ることができないよ!」


 僕は精一杯の大きな声でミキに話しかけると、ミキが何やら出口の左脇に何かを見つけたらしい。ミキが指さす方向に目をやると、そこには滝を避けて表側へと出ることができる道のような場所があった。

 滝を避けて表側へと出られる道を歩いていくと、自然豊かな美しい川が現れた。

 滝の表側へと出られたことにより、僕たちの声を遮るような音がほとんどなくなり、普通に会話できるようになった。


「これでなんとか抜けられたね」

「うん。ミキがあの道を見つけてくれなかったら滝に飛び込むところだったよ」

「それにしても、すっごい綺麗だね」

「うん。想像していた以上だよ」

 僕たちはその景色に見とれていた。


 高い位置から轟音を立て落ちてくる水が滝つぼへと落ち、その水が緩やかな流れの川へと姿を変える。緩やかに流れる川の水は、川底が見えるくらい透明度が高く、小さな小魚や水草などが流れに合わせ小躍りしているかのようだ。周りの岩や木々には所々苔が生えており、より一層美しさを際立てている。


「でも、金の鯉いないね」

「この景色見られただけでも十分だよ」

「でも、ここから出るには鍵が必要なんだよね?」

「あ……」


 ミキは景色に見惚れるあまり、自分が攻略者ということを忘れていたらしい。気持ちはわかるが。


「鍵がないと、だもんね。金の鯉はいなさそうだし、鍵探してみる?」

「そうだね。散策がてら鍵探ししよう。時間も勿体ないし」


 こうして僕たちは鍵探しを始めた。


 まずは川の周辺にある林の中を散策することになった。

「あまり川から離れると迷うかもしれない、僕たちから川が見えている範囲だけにしておこうか」

「うん」


 雑草や藪をかき分け虱潰しに探しているとき、僕はふと思った。「門の中は外の世界と大して差がないな」と思ったのだ。まるで外の世界の物を全てコピーして門の中へ入れたかのようにも思えた。


 門の中は魔力で維持しているのではと、ナナパ先生が七日間講義で言っていた。ならば、門の中は外とは違う不思議な空間になっているものと思っていたが、前回の草原の門も、今僕たちが攻略している滝の門も世界のどこかにありそうな風景と変わりないのだ。攻略を進めるにつれ、外では想像できないような門が存在しているのかもしれないが……。


 僕たちはできる限り川から離れない範囲の場所をくまなく探したが、これと言った手がかりは見つからなかった。


「ミキー?何か見つかった?」

「ねぇ!コウ!来て!」


 少し奥の方を探していたミキが何か見つけたようだ。僕はすぐ近くへ駆け寄った。


「どうしたの?」

「このあたり薬草が沢山生えてるの!」


 ミキが居たあたりを見渡すと、そこには”ロル草”や”エーロル草がたくさん生えていた。ここは群生地のようだ。


「これはありがたいね。いくつか採取していこう」

 僕たちは群生地からロル草とエーロル草を少しだけ採取した。


「これだけあれば少しの間は安心だね」

 採取したロル草とエーロル草を薬草用巾着に入れ、サコッシュへ仕舞った。


「それにしても、門の中でエル草やエーロル草が生えてるなんて不思議だね」

「確かに。草木も外の世界で見たことあるし……」

 僕たちは、その場でグルグルと試行を巡らせ考えたが、答えが分かるはずもなく、鍵探しを続けることにした。



 川の周辺を探しても何も見つからなかったので、今度は川の中を捜索することになった。とは言っても、水の中へ入るのは気が引けるので岸から中の様子を見る程度だった。


「やっぱり見てるだけじゃ鍵があるかなんてわからないね」

「うん。大きい石と砂利があるくらいしか見えないし……」


 話しながら歩いているときだった。

 滝の近くを探していると、ミキが少しぬかるんだ岩に足を滑らせ滝つぼへ落ちてしまったのだ。

 ドボォン!と大きな音がして後ろを振り返ると、ミキの姿はなく、僕は一瞬で事を理解した。


「ミキ!ミキー!」


 僕は大きな声をあげてミキを呼ぶ。返事が返ってくるわけもなく、何かミキを助けられる方法がないかと必死に考え始めた。

 もしかしたらミキに手が届くかもしれないと手を水へ突っ込んだが、滝つぼの近くは思っていたより底が深くなっていたらしく、ミキはかなり深いところへと沈んでしまったようだった。


「ミキ……」


 門の塔に入って二つ目の門でこんなことが起こるなど想像もしていなかった。何か道具や魔法がないかなど考えたが、沈んだ人を助けるような道具や魔法は思い浮かばなかった。


 そのとき、頭が真っ白になり立ち尽くしている僕の目の前に、大きな何かが水しぶきをあげながら飛び上がった。

 あまりにも突然のことで言葉を失ってしまったが、よく見えるととても巨大な金色の鯉が水中から飛んで出てきたのだ。それも、ミキを咥えて。


「ミキー!」


 巨大な金色の鯉はミキを咥えたまま、また水中へと戻る。

 ミキが金の鯉に咥えられていることを確認した僕は、すぐにでもミキを助けようと腰の剣を取り出し、構える。


 鯉は魚……、炎は通用しないかもしれない……、それなら!と雷の剣で戦うことにした。だが、僕一人で雷の剣を出せたことはまだ無かった。

 今まで雷の剣を出したことがないからと言い訳を言っている暇などない。ミキを助けなければならない。

 僕は剣に集中し、雷の剣をイメージした。だが、あのような巨大な鯉は見たことがなく、そもそも雷の剣で太刀打ちできるのかと不安が頭を過る。不安など言っている暇などないぞと自分に言い聞かせるも、焦りのせいかとうとう雷の剣を出すことができなかった。


 そうなればと普通の剣で戦うことにした。せめて力強い一発をあの巨大な金色の鯉に当てられれば、ひるんでミキを解放するかもしれない。

 僕は頭で必死に考える。確実に相手をひるませることが出来る場所……そうだ!目だ!どんな人でも動物でも目なら弱いはず!と思い、僕は巨大な金色の鯉の目を狙うことにした。


 次にあの巨大鯉が飛び上がった瞬間を狙って……。


 すると、水中が少し揺れているのに気づく。じっと水面に集中し、揺れの先を見続ける。今だ!


 その瞬間、水中から巨大鯉が大きな音と水しぶきをあげ、飛び上がってきた。

 僕は鯉の目の位置を確認し、飛び上がって渾身の一撃を鯉の左目に当てた。鯉は目に攻撃を当てられ痛がったが、その痛みでか咥えていたミキを飲み込んでしまった。


「う、うわー!ミキー!」

 僕は叫び声をあげるしかできなかった。


 ◆


「うっ……ここどこ?」

 ミキは何やらぬるっとした暗い場所で目を覚ました。

 全身がずぶ濡れかつ、ドロッとした粘液のようなもので濡れており、気分は最悪だった。


「最悪……」


 ミキは、レウテーニャ魔法大学校でも一二を争うくらいの綺麗好きだ。少しの埃や汚れですら許せない。その綺麗好きのミキにとって今の状況は死ぬより最悪に等しい。

 とりあえず着替えてシャワーを浴びたいが、まずここがまずどこなのかを調べなければならない。


「レーカヒ」


 ミキは杖を取り出し、周辺を照らす魔法を使った。

 杖先からビー玉ほどの玉が出現し、そこに虫のような羽根が生え、小刻みに羽ばたく。

 すると、その玉はゆっくりと宙へ浮き、そして明かりを照らし始めた。


「えっ……何ここ……」


 明かりで周辺が見えるようになったが、ミキは絶句した。壁と言う壁、床と言う床全てがピンク色で、所々動いていたりぬめっとしているのだ。


 ミキは直前のことを必死で思い出す。


 コウと滝の門へ入り、美しい景色を見たあと、出口の鍵を探すため滝や川の周辺を散策した。そのあと近くで薬草の群生地を見つけ採取し、また川を散策して……。

「あ!」とミキは声を上げた。ミキは思い出したのだ。自分は足を滑らせ滝つぼへ落ちたことを。そしてそのあと……。


「滝つぼの底から金色に光る何かに食べられたんだ……」


 ミキは全てを思い出し、今現在自分がどこにいるのか理解した。巨大な金色の鯉の腹の中なのだ。


「えっ……じゃ、このぬめぬめしてるところって胃袋……?!」


 ミキは思考を巡らせた。胃袋ということはいずれ胃酸が出てくる。胃酸が出てくるということは……!


「私溶けちゃうの?!やだー!絶対やだー!」


 ミキは叫んだが、どこにも届くはずがない。


「まずここから出てコウと合流しなきゃ」


 ミキが立ちがったと同時に、光に反射する何かが奥に見えた。

 ミキはゆっくりとその光に近づくと、そこには一つの銀色の鍵が転がっていた。


「これまさか!」


 拾ってよく観察したが、やはり鍵のようだ。コウと探していた鍵がまさか鯉の胃袋の中にあったとは、怪我の功名というべきだろう。

 だが、鍵が見つかったくらいで喜んではいけない。ここから出なくてはならない。


「胃袋の壁に向かって攻撃魔法しかないよね。鯉には申し訳ないけど……」


 ミキのような人間では魔法使いを飲み込むなどまずできないので経験することはないだろうが、胃袋に攻撃魔法を喰らってはそれはそれは苦しくて仕方ないだろう。


「でも、仕方ないよね!」


 ミキは杖を取り出し、近くの壁に集中する。

 胃袋に当てられて痛そうな魔法を想像する。ビキッとするような強い痛み……。雷の極大魔法だ!


「イガガンガ!」


 ミキは呪文を唱えた。

 ミキの頭上には巨大でまっ黒な雲が出現し、辺りを渦巻く。


「いっけー!」


 ミキの合図と同時に、まっ黒な雲から巨大な稲妻が出現し、胃袋の壁に直撃した。


 ◆


「ミキ……」


 僕はその場で呆然と立ち尽くすしかなかった。


 まだ門の塔攻略序盤で同行者であるミキを失ってしまったのだ。

 ミキの母・ミエさんとの約束をこんなにもあっさり破ってしまうとは夢にも思っていなかったのだ。


「あのときもっと考えて……」


 自分が鯉の目に攻撃していなければ、ミキは助かったのかもしれない。もっとやり方はあったはず。自分の未熟さ、愚かさを自責するしか僕には出来なかった。

 せめて弔いの花をと思い、近くにあった小さな黄色い花を摘もうと振り返った。

 すると突然暗くなった。


「あれ?晴れてるのに?」


 ふと見上げると、そこにはまた巨大な金色の鯉が高く飛び上がっていたのだ。

 だが、今度は状況が違う。こちらへ落下するようだった。


「うわっ!」


 鯉はズドン!と大きな音をあげ、僕がいた場所へと落下した。

 僕は咄嗟に避けて近くへ転んだ。なんとか下敷きは回避できた。


「さっきの巨大鯉!」


 僕は剣を構えた。この鯉の腹を裂いてでも、ミキを助け出そうと心に決めたときだった。

 鯉は口から吐き出した。黒っぽい大きな何かを。


 僕はドロッとした何かに恐る恐る近づく。――ミキだ!


「ミキ!ミキ!」


 すぐにミキへと駆け寄り、体をゆすった。生きているか死んでいるのかわからない……。そうだ!血証石を見れば!門の塔へ入る前にダミアン道具店で買ったあれだ。

 僕はミキのとんがり帽子の先に目をやる。確かミキの血証石は綺麗な青い色……あった。ヒビや割れを確認する。


「よかった……」


 ミキの血証石はヒビ一つ入っておらず、綺麗な青色に輝いていた。ミキは生きているのだ。


「うっ……うぅ……」

 ミキは唸り声をあげる。あの鯉の胃に居たのだろうか。気を失っているようだ。


「ミキ!ミキ!ミキってば!」

 僕の必死の呼びかけに答えるかのように、ミキが目を覚ました。


「……あれ?コウ?」

「ミキ!よかった!生きてた!」

「私さっきまで胃袋の中に……あっ!出られた!」


 ミキは辺りを見渡して気づいたようだ。


「私出られたんだね……。良かった……」

「どうやって出てきたの?ってか飲み込まれたとき意識あったの?!」

「えっとね。飲み込まれたときは覚えてないんだけど、あの鯉の胃袋に入ってから目を覚まして、なんか色々あって胃袋に雷の極大魔法をお見舞いしたら、出れちゃった!」


 てへっというような表情をしてミキは話してくれた。

 よく鯉を見てみると、口から黒煙のようなものが少し出ている。胃の中が燃えたのだろうか。想像するだけで痛そうだ。


「あ、そうそう。鯉の胃の中でこれ見つけたんだ!」


 ミキが手に持っていたのは銀色に光る鍵だった。


「もしかしてそれ!出口の鍵!」

「うん!鯉が飲み込んでたみたい。ラッキー」

「でも、出口はどこなんだろう……鍵があっても出口が……」


 すると、僕たちの後ろでのびていた巨大鯉は突然大きな音を上げ飛び上がったと思うと、滝つぼ近くへと落ちていった。

 そして、滝つぼ付近からものすごい音と地響きがし始めた。


「うわっ!なんだこれ!」

 立つこともできないほどの揺れだった。


「なんだか嫌な予感……」


 ミキの予感は的中した。水中からさっきの巨大鯉がまた飛び上がったと思うと、今度は川の下流ほうからゴゴゴと物凄い音がする。こちらへ近づいてくるようだった。


「今度は何?!」

 すると下流のほうから金色の波が押し寄せる。いや、あれは波ではない!大量の金色の鯉だ!


「金色の鯉?!」

「あいつほどデカくはないけど、大量だ!」


 大量の金色の鯉は川から一気に押し寄せ、滝つぼにいる巨大鯉と合流し、とてつもないスピードで渦を作り始めた。

 周辺の木々などが渦によって発生した強風で今にも折れそうになるほど、その渦のスピードは凄まじいほどだった。


「ミキ!大丈夫?!」

「大丈夫!つかまるのがやっとだけど!」


 僕たちは近くに合った大きな岩の影に逃げ込み、つかまりながらもなんとか凌いでいた。

 数分ほどして風がやんだと思い、滝つぼのほうへ目をやると、巨大鯉と普通サイズの鯉たちが群を成していた。そして、こちらの存在に気づいた途端、巨大鯉は水柱を口から吹き出し、攻撃してきた。


 僕たちは咄嗟に岩陰へ隠れた。

 鯉が口から吹き出した水柱は、僕たちの背後にある一本の木を簡単にへし折るほど強いものだった。


「巨大鯉、怒っちゃってる……?」

「ミキの雷魔法に相当ご立腹みたいだね」

「えーん!飲み込むほうが悪いんじゃーん!」


 巨大鯉に僕たちの言葉が通じるはずもなく、少し姿を見せただけで水柱を打ってくる。ここはもう戦うしかないようだ。


「ミキ、あいつと戦おう。出口の捜索はそのあとだ」

「でもどうやって戦うの?」

「僕があいつの気を引いてる間に、ミキが雷の極大魔法をあいつへ」

「わかった!」


 僕は勢い良く岩陰から飛び出し、巨大鯉たちの気を引く。

 飛んだり跳ねたり、剣で振り払ったりして攻撃を避け続けた。


「イリニヤさんの授業が役に立ってるぞ!……さぁ!こっちだ」


 水柱の攻撃は確かに強力だ。だが、巨大鯉たちは渦の中心から全く動こうとしない。的が固定されているような物なので、こちらとしてはかなり動きやすいのだ。

 こちらが攻撃を避け続けているせいか、巨大鯉たちの攻撃は徐々に弱まっている。チャンスは今だ!


「ミキ!今だ!」

「了解!イガガンガ!」


 岩陰でスタンバイしていたミキは、手に持った杖を巨大鯉たちに向け呪文を唱えた。

 上空にはたちまちまっ黒な雲が出現し、次の瞬間とてつもない轟音をあげ、巨大鯉たちに稲妻が降り注いだ。

 少しすると、まっ黒な雲は綺麗になくなり、晴れ間が見えた。


「ミキ!大丈夫?」

「うん!大丈夫だよ!コウ!あれ見て!」


 ミキが指さした方向を見ると、滝がゴウゴウと音を立て流れている。先ほど渦となっていた滝つぼも静かになっていた。そして、雷の極大魔法を受けた巨大鯉たちはプカプカと川に浮いていた。


「勝ったってことでいいんだよね?」

「うん……」


 僕たちは巨大な金色の鯉と金色の鯉の群れとの戦闘に勝利した。


「そうそう、さっきコウが隙を作ってくれてるときにチラッと見えたんだけど……。あの滝つぼの底に門が見えたの」

「それ本当?」

「この目でしっかり見たから間違いないと思う。たぶんあれが出口だと思う」

「でも水の中じゃ……」


 ミキがその出口を見たとき、あの巨大鯉たちが渦を作っているときだった。

 今は水が戻ってしまい、滝つぼの底に眠ってしまっている。


「いい魔法があるの!」



「これはすごいや!」

「でしょ?ナロメ先生がいざというときに役立つでしょうって教えてくれたの」


 ミキがナロメ先生から教わったという魔法は、泡の魔法を極力大きく膨らませ、その中に人が入るというものだった。

 これなら呼吸もできるし、服も濡れない。そして、自分が思った方向へと進んでくれる。画期的だ。


「”ワップワー”っていう泡の魔法をこんな応用ができるなんて、さすがナロメ先生だよね」

「先生様々だよ。足向けて眠れないや」


 僕たちはナロメ先生に感謝をしながら、ゆっくりと滝つぼの底にある出口へとやってきた。


「あ!あれだ!」


 僕が見つけたのは、鯉の装飾が施された立派な門だった。これが出口らしい。


「まさか滝つぼの底にあるなんてね」

「びっくりだよ。ミキが見つけてくれなかったら出られないところだった」

「えへへ」


 ミキは照れ笑いとしながら鍵穴へ鍵を挿した。

 カチャッと音が鳴ったと同時に、鍵は静かに消えて無くなった。そして、扉が開いた。


「これで滝の門はクリアだね」

「うん!」


 僕たちは出口へと入った。

 出口へと入ったと同時に、水は無くなっていた。あたりを見るとあの長い通路だった。


「滝の門はあの鯉と戦闘にはなったけど、魔法の制限とか草原の門みたいな幻惑の魔法とかは無かったね」

「門によって違うのかな?」

「かもしれないね。覚悟しなきゃ」


 僕たちは通路をコツコツと音を鳴らし歩いていく。


「あの鯉に飲み込まれたときに全身ベトベトになったから、戻ったら綺麗にしたい。髪もガビガビになっちゃったし」

「涎とか胃液まみれだもんね」

「それ言わないで。思い出しただけでも気分が悪い」

「ごめんごめん」

「中は最悪だったんだから。できれば服も洗濯したいけど門の塔の中じゃできないしほんと最悪」

「ミキってもしかして、潔癖症?」

「”綺麗好き”って言ってよ!」

「ごめんごめん」


 ミキの部屋やミキのお父さんの部屋――七日間講義の間は僕が借りていた部屋――が、埃一つなかったのはミキが潔癖……綺麗好きだったからなのかと、僕は今やっと気づいた。

 長い長い通路を遮るようにそれはあった。出口だ。


「また滝の裏側だったりして」

「ミキ、冗談はよしてよ」

「うふふ」


 僕たちはゆっくり扉を開いた。そこは門の塔の一階だった。戻って来られた。


「やったー!クリアー!」


 ミキは両手を大きく広げ、控えめに叫ぶ。

 一時はどうなることかと思ったが、戻ってこられた。

 僕はサコッシュに仕舞ってあるマップを取り出す。


「よし。印が付いてる」

 ”滝の門”と記された場所に星マークが記載されていた。クリアの印だ。


「もう今日は疲れたから休もう!」

「そうだね。僕食料取ってくるよ。夕食の準備を始めよう」


 僕は食料棚へと向かった。ふと、外窓から外が見えた。夕焼けで真っ赤に染まった空がこちらを覗いていた。かなりの時間滝の門にいたらしい。

 僕は食料棚から手頃な食材を拝借し、噴水の近くにいるであろうミキの元へと向かう。


 これで滝の門はクリアだ。だが、ここで油断をしてはならない。

 明日はたぶん”虹の門”へ行くことになる。

 どんな門だろう。魔法か、巨大鯉のような魔物がいるのか。入ってみないとわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る