第二十話 いざ門の塔へ・草原の門
ダミアン道具店で買った魔法サコッシュへ物を詰め込んでいく。
この魔法サコッシュは無限に物を入れることができる。必要な物はなんでも入れておこうと、メモを確認しながら入れていた。
「コウ!そろそろ準備できたー?」
部屋の前でミキが待っているようだ。
「もう終わるよ!」
僕はミキに返事をし、急いで荷物を詰めていく。
僕はふと気が付く。この部屋とも今日で最後だということに。
ほんの少しの時間だったが随分とお世話になった。使ったのは一週間ほどだったが、かなり長い時間共に過ごしたような気がする。
小窓から見える空や景色をしっかりと目に焼き付け、サコッシュを肩にかけ、杖ホルダーに杖を仕舞い、部屋を確認して最後に一礼をした。
「行ってきます」
小声で部屋に別れを告げ、ドアを開けた。そこにはローブに広いツバのとんがり帽子を被り、魔法サコッシュを肩から下げたミキが居た。
「おはよう!待たせちゃった?」
「全然!さっ、行こっか!」
僕たちは階段を下りた。その先にはミエさんとミナさんの姿があった。
「忘れ物はないかい?」
「大丈夫だよ!ママ!」
すると、ミエさんはミキを抱擁した。
「ガロのこと頼んだよ!ミキ!」
「任せて!」
ミナさんは後ろを向いている。どうやら泣いているようだった。
「ミナもほら!ミキにちゃんと声かけてあげな!」
ミエさんがミナさんにそう言う。
するとゆっくりとミナさんは振り返った。
「ミキ……絶対帰ってきてね」
「うん!絶対帰ってくるよ!」
そう言うと、ミキとミナさんは抱擁した。
アミマド屋のドアを開く。この小さなステンドグラスの小窓がついたドアともしばしの別れだ。
カランカラン。この軽快な音を次に聞くのはいつになるだろう。店内のハーブの匂い、灯り、そしてミエさんとミナさん。僕は全てを脳に焼き付ける。
「それじゃあ……、行ってきます」
「ママ!お姉ちゃん!行ってきます!」
僕たちは一歩踏み出した。ここから旅の始まりなのだ。
13歳同士の決して安全とは言えない旅。この旅が良い旅になると信じて。
僕たちは噴水広場のほうへ向かう。早朝だからかあまり人はいないようだ。
だが、二つほどポツンと人影が見える。その人影を見てミキが何かに気づいた。
「あれ?マワとリルじゃん!」
そこには、ミキの同級生で友人のマワさんとリルさんが居た。
「二人が今日門の塔へ行くって聞いて、マワと一緒に待ってたんだ」
「すぐ帰ってくるかもしれないから大丈夫なのに……」
「でも長くなるかもしれないだろう?それに友人が旅に出るんだ。見送りくらいはさせておくれ」
マワさんとリルさんは今にも別れたくないという様子だった。
「ミキ、本当に帰ってきてね。私待ってるから……」
「リル……」
ミキは、マワさんとリルさんそれぞれを抱擁しあった。
「私は絶対に大丈夫だよ……」
「私はミキを信じてる」
「私も!」
三人で握手を交わした。まるで友情を確かめ合うかのように。
「じゃあ、二人とも、行って来るね」
僕たちはマワさんとリルさんと別れた。
僕とミキは、エクパーノの少し外れの辺りでバスに乗った。
「これ魔法石で動いてるの?」
「うん。テルパーノではあたり前だよ」
バーオボに居たとき魔法石で動くバイクを使っていたが、たくさんの人を乗せることができるかなり大きな乗り物まで魔法石で動くとは驚いた。
「魔法石何個くらいいるんだろ……」
「あんまり考えないほうがいいと思うよ」
ミキは少し苦笑して答える。
バスは軽いエンジン音を上げながら街並みを通り過ぎていく。エクパーノを抜け、国の中心に近い場所へとやってきた。
ここは、聖地テルパーノの中心部の街、”サンツァー”。門の塔はもちろん、政治を担う機関など、ここサンツァーでテルパーノの全てが動いていると言われている。
エクパーノにいるときは見えなかったが、目の前に大きな塔が近づいてきていた。
「これが門の塔……」
「大きいよね……」
何階まであるのか、まさに聳え立つという言葉をそのままに門の塔は建っている。
その大きさは想像を遥かに超えていた。
「僕たちこれを上るんだよね?」
「うん……」
僕もミキも少し怖気ついてしまった。
何個かの停留所を通過したあと、門の塔に一番近いという停留所で僕たちは降りた。
「やっと着いたね」
「うん」
そんなとき、遠くにいる軍服を着た二人組がこちらに近づいてきた。
「もし。少しよろしいかな?」
僕は軍服の左胸についている勲章などをチラリと見る。そこには薔薇の装飾が施された物があった。イズルザス帝国の印だ。
僕は警戒しながら質問する。
「あの何でしょうか……」
「急にごめんね。このチラシの人物を探していてね」
そう言いながら”指名手配人”と書かれたチラシを手渡してきた。チラシに目を通すと、そこには”毒トカゲ”など色々なことが書かれている。
先日リルさんが、イズルザス帝国の偉い人が毒トカゲに暗殺されたと言っていたが、指名手配をしてまで探しているのかと少し驚いた。
するとミキが軍人たちに返事をする。
「毒トカゲ?って人のことは今初めて聞きました。何か気づいたことがあったら連絡します。それでは」
ミキは僕の手を引き、足早にその場を去った。
僕たちは、あの軍人たちの姿が見えなくなったところまで来た場所の路地に入った。
ミキは先ほど軍人たちから手渡されたチラシをくしゃっと丸め、近くのゴミ箱へポイと捨てた。
「いいのかな、捨てちゃって……」
「私たち今から門の塔に入るんだよ?出てきた頃には毒トカゲも捕まってるかもしれないし、関係ないようなものだよ」
ミキにそう言われ、確かにそうだなと僕は思った。
「それじゃ、門の塔に行こう。入塔手続き済ませないとね!」
「そうだね!」
僕たちは門の塔の入り口へと向かった。
門の塔へ近づいていると、かなり賑やかになってきた。
周辺には露店やお土産屋などが並んでおり、少しだけ目が奪われる。
「結構いろんな店が並んでるんだね」
「うん。攻略者よりも観光者狙いって感じだねぇ」
すると僕は一つの店が気になった。
その店は、店頭に人魚のようなマークがあり、そのマークの下には”星の人魚”と書かれていた。とても人気の店なのだろうか、友達同士やカップルが行列を作って並んでいる。
どういった店なのか気になりながら、僕とミキは通り過ぎた。
少し歩くと入塔受け付けをしているらしき場所が見えてきた。少し列があるが先ほどの店のような行列ではなかった。
「あ、あそこ”攻略者用”って書いてある!行こう!」
ミキが指さした方向を見ると、看板のような物があり、左に”観光者用”、右に”攻略者用”と書かれていた。
僕たちは少し小走りで攻略者用と書かれた看板のほうに近づいていくと、その近くで一人の男性がもう一人の男性に大声で訴えている。
「違うんだよ!修了証明書も攻略者証も道具もさっきまでカバンに全部入ってたんだ!いつの間にか盗まれて……」
「はいはい。そういうウソは署で聞くから」
「ウソじゃないんだって!ほんとなんだって!信じてくれよぉ」
男性はどうやら警察と話しているらしい。
「攻略者なのかな?全部盗まれたって可哀想だね」
「でも警察の人がウソって言ってるし、本当なのかな」
僕たちは男性のことが少し気になりながらも、攻略者用の入り口に向かった。
入り口に向かって歩いている途中、ミキが本屋の店頭に出ている本が気になると言い出した。
「観光ガイドブックだって。門の塔の」
ミキは店頭に置かれた観光ガイドブックを一冊手に取る。
「一冊買っておこうっと。もしかしたら攻略の役に立つかもしれないし」
ミキは観光ガイドブックを買った。
僕はミキが買った観光ガイドブックを少し流し読みする。観光者向けなのでどういった敵がいるまでは載っていなかったが、草原の門、滝の門、虹の門……など観光者が見たいと思う門が特集されていて、攻略に行く僕でさえも少し見てみたいと思わせる内容だった。
「観光者向けだけど、門の中のことも少しだけ載ってるね」
「攻略のヒントにはならないか……。でもちょっとだけ中のことを知れたのはラッキーかも」
僕たちは観光ガイドブックを見ながら歩いていると、入り口が近づいてきた。
観光者用の入り口は少し列が出来ていたが、攻略者用の入り口はほとんど人が居なかった。
「いよいよだね」
「うん。僕ちょっと緊張してきた……」
まだ入塔するだけなのだが、いよいよとなると気分が高揚しているのか少しだけ心臓がバクバクと動く。これが武者震いなのかもしれない。
「まだ入るだけだよ?さっ!いこ!」
ミキは僕の手を引き、攻略者用の入り口へと向かった。
まずはミキから手続きが始まった。
ミキは七日間講義修了証明書と攻略者証を受け付けに見せる。ミキの審査は無事通ったようだ。
「それでは、血証石に血を」
受け付けの男性に小さな針を手渡されたミキは、右手の人差し指の先を少しだけ針で突く。すると血が出てきた。ミキはその血を血証石に垂らした。
垂らして1秒ほど経ったとき、血証石は明るい青色へと変化した。
「これが私の色……」
ミキの血証石は、南国の海を思い起こさせるような鮮やかで明るい青に輝いている。その色を見た受け付けの人が一言ミキにこう言った。
「うむ。それが君の命の色だね。優しい海色だ」
ミキは血証石を帽子の先に付けた。
次は僕の番だ。七日間講義修了証明書と攻略者証を見せた。無事審査は通過し、いよいよ血証石に血を垂らす。
「それでは、血証石に血を」
僕は受け付けの男性から小さな針を渡された。右手の人差し指を針で突く。少しだけ痛みが走った。指先から一滴の血が出てきた。僕はその血を血証石に垂らした。
すると、血証石は赤色へと変化した。
「それが君の命の色だね。強く燃えるような赤色だ」
これが僕の色。少しだけ嬉しくなった。
僕は腰の杖ホルダーに血証石を付けた。キラリと輝く血証石に少し目を奪われる。
「それじゃ、これで入塔手続きは終わりだ。最後にこれ、お二人さんに渡しとくね」
受け付けの男性から二枚の紙を渡された。
「これは……?」
少し古びた紙だが、しっかりしている。僕は一枚を受け取り開いてみると、何も記されていなかった。
「それは、中入ってから噴水の水浸けるんだ。百聞は一見に如かず!中に入ってからやってみるといいよ」
僕たちは不思議に思いながらその紙をサコッシュへと仕舞った。
全ての手続きが終わり、門の塔へと入る瞬間がやってきた。武者震いだろうか。先ほどより強く手が震えている。
「一度入ると戻って来られない……。引き返すなら今だけど大丈夫?」
僕はもう一度ミキに確認する。本当に後戻りはできないのだ。
「大丈夫だよ。もう決めたことだもん。さっ!行こう!門の塔へ!」
僕たちは目の前に高く聳え立つ門の塔の入り口へと入っていく。門の塔の入り口は僕たちを飲み込むのを待っているかのようだ。とても怖く感じた。
僕はゴクリと唾を飲み、一歩踏み出した。また一歩、また一歩と中へ進む。
暗い通路のような場所を進んでいくと、目の前に明るい空間が広がっていた。
「ここが門の塔の中……」
「とうとう入っちゃったね」
通路を抜けた先には、円形になった広い部屋のような場所が広がっていた。
円形の広い部屋のような場所の中心には、女性の像が持った水瓶から水が流れている噴水があり、綺麗な水が湧き出ていた。観光ガイドブックによると、その噴水は休憩所のようになっており、自由に水を飲んでもいいらしい。
僕たちは噴水に近づいてみた。
「水が本当にキレイ……」
僕は噴水の水を一口含んでみた。
「ミキ、とっても美味しいよ!」
その水は声をあげてしまうほど美味しかった。そして不思議と体力が回復しているように感じた。
「この噴水、他の階にもあるのかな?攻略中はここで休むのが一番かもしれないね」
「ほんとだね。そうだ、さっき受け付けの人が言ってた紙、この水に浸せばいいのかな?」
「やってみようか」
僕はサコッシュから先ほど受け取った古びた紙を出した。開いた状態で噴水の水に浸けてみると……、なんと紙に一階部分のマップが浮かび上がってきた。
「ミキ!すごいよ!マップが出てきた!」
マップを良く見ると、門の名前も記されているようだった。
「これで一階のことが詳しく分かるようになったね」
「うん。水もあるし、食べ物も……あれ?門の塔の中では食べ物ってどうすればいいんだっけ?」
僕はマップをよく見た。
「あ、あった。食料棚って書かれてる」
僕は辺りを見回した。すると、近くに木製の棚が見えた。
「あれだ。行ってみよう!」
その木製の棚は5段ほどあり、パンや新鮮な野菜、生肉、生魚などが置かれていた。
「すごい食べ物が並んでる……!」
僕は感動しながら一つ手に取ろうとした。
「でもこれいつのなんだろう……」
すると、ミキが水を差すように食べ物の期限を気にしだした。
でも、言われてみればこの棚にいつから置かれているかなどの書かれていない。僕は不安になって手を戻した。
「おや?君たち攻略者かい?」
一人の男性に声をかけられた。この人も攻略者らしい。
「ここの食べ物が気になったのかい?この棚の食べ物なら大丈夫だよ。魔法で常に新鮮な状態になってるから」
「魔法で?」
「ああ。どういう理屈なのかはわからないけど。だから腐ってる物はないらしいから大丈夫だよ」
僕はそう言われ、一つの棚から恐る恐るパンを手に取った。そのパンを鼻の近くにやり、ニオイを嗅いでみた。
「うん。新鮮な焼き立てのパンのニオイだ。腐ってはなさそうだよ」
僕はパンを半分にちぎり、ミキに手渡した。
そしてミキはそのパンを一口齧る。
「味も美味しい……!本当に新鮮なんだ」
「言っただろう?まぁこの中は不思議なことだらけだから、ここで驚いてたら身が持たねぇぜ!それじゃあな!」
男性はそう言うと足早に去って行った。
「魔法の棚といい、噴水の水といい、マップといい……すごいね」
「うん」
そして僕たちは先ほどの噴水へと戻ってきた。これからどうするか話し合うことになった。
「これからどうしようか」
「まず一つ攻略してみない?マップを見る限りだとどれも簡単そうな門ばかりだし」
僕はマップに目をやる。そこには10対の門が並んでおり、右から草原の門、滝の門、虹の門、海の門、金の門、銀の門、魚の門、森の門、石の門、雨の門と記されていた。確かに門の名前を見たところ簡単そうである。
「一番右の”草原の門”からはどう?観光ガイドブックにも「草原が広がっている」としか書かれていないし、出口さえ見つければすぐにクリアなんじゃないかな」
「じゃあ、”草原の門”に行こう!」
僕たちはすぐに草原の門へと向かった。
マップの一番右側にある草原の門。待ち列はなくすぐに入れるようだった。
「ここが草原の門だね」
門の形はまるで城門のような形だった。木製の板に金属の留め具などが打ち込まれており、とても重厚感のある門だった。
「確か、七日間講義で門番と門の詩を見ておけって言ってたよね」
僕は門の前で周囲を見渡すと、手に長い柄のついたランタンを持ち、長いローブのような物を着たフードを被った人が門の横に立っていた。ローブの裾は所々ズタボロになっており、手に持ったランタンは緑色に怪しく光っている。かなり異質な雰囲気を放っていた。
「あの人が門番だよね……」
「たぶん……」
僕たちはその門番と思わしき人物に近づいたときだった。
「草原の門……。広き豊な緑……。その風に惑わされて道を見失うな……」
僕たちが近づいたからなのか、門番はとても大きな声でそう言い放った。
「今のが、門番の話?」
「たぶんそうだと思うけど……。「惑わされて道を見失うな」ってどういうことだろう?」
「草原なのに道を見失う?」
僕たちは少し頭を傾げた。
「あ!詩だ!もしかしたら詩と一緒に考えろってことじゃない?」
「そうだね。見てみようか」
僕たちは草原の門の近くの壁に金属製の板のような物を発見した。
「これかな?門の詩って」
「”草原の門の詩”って書かれてるからこれだよきっと!読んでみるね」
風の吹くままに 草原は揺れる
昼も夜も 青々と生い茂る
道はどこか 果てはどこか
答えは誰も知らず
「本当に詩って感じだね」
「さっきの門番の話と、門の詩……ヒントになるのかな?」
「とりあえず入ってみよ」
僕たちは草原の門へと入った。
暗い通路のような場所を真っ直ぐ歩く。コツコツ、とそれぞれの足音が響く中、目の前に真っ白に輝く何かが見えてきた。出口のようだ。
どんどん眩しくなり、僕は強く目を閉じた。
すると、先ほどまで石畳の通路だったはずが、ふんわりとした土の感触に変わる。
ゆっくりと目を開けると、そこには永遠に続く草原と青空が広がっていた。
「これが草原の門……」
「キレイ……」
僕たちの間を通り抜けるように勢いよく吹いた風が生い茂った草を揺らし、まるで海のように波打つ。ここが門の塔の中だということを忘れてしまいそうになるくらいだった。
「あれ?さっき出てきたとこ……」
ミキが何かに気づき、後ろを振り返っていた。
僕も後ろを振り向いたが、さっき僕たちが出てきた出口や通路がなかった。
「通路と出口がないね……やっぱり自分たちで探せってことなんだよ」
「めんどくさー……」
ミキはとてもダルそうな表情になった。
「仕方ないよ。とりあえず歩こう……って言ってもどっちに向かえば……」
だだっ広い草原と無限に続く青空以外、特にこれと言った目印らしき物がないため、方角すらわからない状態だ。
「私が箒で高いところから見てみるよ!あと方角の魔法もあるからそれで方角がわかるかも!」
ミキは箒を出し、空高く上昇した。
「ミキー!何か見えるー?」
箒で高い場所にいるミキは、ゆっくりと周り360度全ての角度を確認している。
しばらくすると、ゆっくりと降下してきた。
「うーん。どこ見ても全部草原だった」
ミキは浮かない顔をしながらそう答える。
「次は方角だ。方角を見てみよう」
ミキは杖を取り出し、「アンミーヴェ」と呪文を唱えた。
するとミキの頭上に大きな矢印のようなものが出たが、グルグルと高速回転している。
「あれ?方角が……」
「これって方角が分からないってこと?」
「そうみたい……」
僕たちは行く道がわからなくなってしまった。
「どうしよっか……」
「門番の話ってどんなのだっけ?」
「確か……「草原の門 広き豊な緑 その風に惑わされて道を見失うな」だったと思う」
「門の詩は?」
「詩は、「風の吹くままに 草原は揺れる 昼も夜も 青々と生い茂る 道はどこか 果てはどこか 答えは誰も知らず」だったよ」
すると僕たちの背後から強い風が吹いた。
「風の吹くままに……風が吹いたほうに歩けばいいのかな?」
「そうかもしれないね!行ってみよう」
僕たちは風が吹いた方向へと歩き出した。
時折ミキが箒で高く飛び、辺りを見渡してもらったりしたがやはり何も無さそうだった。
僕たちは草原の中を一歩一歩進んでいく。草原はサーっと音を鳴らし風とダンスをしているようだった。
「最初の門だからって油断してたけど、一つ目からここまで大変だとはね」
「大変なのも、敵が攻撃してくるとかならね。ただ歩いてるだけだもんね」
僕たちは歩きながら話をするが、どんどん疲れが出てきてか口数が少なくなってきた。
「ミキ大丈夫?」
僕はミキを気にして声をかけるが、ミキは相当疲れているのか返事がない。
ミキは普段魔法を使って移動をしているせいか、僕より体力があまりないようで、歩く速度も遅くなってきていた。
「このあたりで休憩しよう」
「いい……だいじょ……ガ、ガロ?」
ミキが瞳を大きくして目の前をじっと見つめる。
「ガロ?ガロの姿なんてどこにも……」
「そこだよそこ!目の前にいるじゃん!ガロ待って!」
ミキは突然走り出してしまった。
「待ってミキ!」
ミキを追って走ろうとしたそのとき、先ほどまで見通しのいい草原だったが、白い霧のようなもので前が見えなくなった。
「あれ?おかしい。さっきまで霧なんてなかったのに」
僕が周囲を見渡したときだった。
「コウ……コウなんでしょ?」
目の前に母さんが居た。
「母さん?母さんなの?」
霧の中から母さんが突然現れ、僕は驚きを隠せなかった。
「コウ……探したのよ。家に帰ってもいないものだから」
母さんは涙ぐんでそう言う。
僕は一度この光景をどこかで見たような気がした。だが、思い出せない。
草原に居たはずが突然霧に包まれ、気がづけば目の前に母さんがいる。この状況のことを考えたいのに脳がボーっとしていて何も考えられない。
「コウ。こんな場所にいないで帰りましょ。私たちの家に――」
すると僕の背後から火球が飛んできた。その火球は目の前に母さんに命中した。母さんは消えてなくなってしまった。
その途端白い霧は晴れ、見渡す限りの草原が見えてきた。
「コウ!大丈夫?」
後ろを振り向くと、杖を構えたミキが立っていた。
「ミキ!母さんになんてことを!」
「今さっきのコウのお母さんじゃなかったよ!コウを食べようとしていた魔物だった!」
「魔物……?そんな……」
「今は考えてる暇なんてないよ!逃げるよ!」
ミキは僕の手を引き、来た道を逆に走っていく。
「ミキ!さっきの場所に戻っちゃうんじゃ……」
「違うの!話はあと!とりあえずついてきて!」
ミキはものすごい勢いで走る。僕はそれに合わせるので必死だった。
草原の中を少し走るとミキが止まった。
「ここだ……。ポー!」
ミキが杖を構え、何もない場所に火球が飛んで行く。そのまま飛んで行くだけだと思っていたが、火球は何かにぶつかった。すると、そこに城門のような扉が出現した。
「これは……」
「たぶん出口!すぐ入らないと消えちゃうから急ぐよ!」
ミキは城門のような門を目一杯の力を込めて押した。
ゆっくり開いた扉の中へ僕たちは急いで入った。
「はぁ……助かった……!」
「ミキ……ごめん……僕……」
僕は目の前で起きた事が全く理解できず、ただ謝るしかできなかった。
「まぁ、ビックリするよね。説明もしてないし」
ミキは息を整えながら続ける。
「コウ。門番の話覚えてる?」
「うん。「風に惑わされて道を見失うな」だよね?」
「その前は?」
「えっと……。「広き豊かな緑」だっけ?」
「そうそれ!あの草原は人を惑わす魔法だったんだよ」
「草原が?」
「うん!ずっと草原の景色を見ていることで魔法を掛けられていたんだよ。授業で習ったの。そういう幻惑の魔法があるって」
僕は一つ疑問に思い、ミキに質問した。
「でも、ミキはどうやって気づいたの?あの時ガロを追いかけていったよね?」
「ガロが突然喋ったの。人の言葉を」
「ガロって猫だよね?」
「うん。それで目が覚めて、コウのほう見たら見たこともない魔物に食べられそうになってたから攻撃したの」
「そうだったのか……」
僕は完全に草原の門の魔法に惑わされていた。最初の門とは言え不甲斐ない。
「それで、どうやって出口がわかったの?幻惑の魔法までは分かっても、出口まではわからないよね?」
「風の吹いた方向と逆の方に歩いただけなの。門番が「その風に惑わされて」って言ってたでしょ?もし草原の門が私たちを門の肥やしにしようって思ってるなら風も使って誘導してるんじゃって思って。そしたら、影が見える場所があったの。そこに魔法で攻撃してみたら出口が出てきたの」
僕は完全にミキに助けられてしまった。
「ミキ、ほんとにごめん……」
「大丈夫だよ。同行者なんだから気にしないで。さっ、行こう」
僕たちは長い石畳の通路を歩き始めた。
いきなりミキに貸しができてしまった。どこかで挽回できればと歩きながら考えていた。
コツコツと通路を進んでいると、城門のような扉が出てきた。
「これが出口だよね?」
「たぶん……」
僕たちはその門を力いっぱい押した。出てきたのは門の塔の一階だった。
「戻って来た……!」
「まだ初日なのに実家のような安心感……!」
僕たちは最初の門、”草原の門”を無事クリアしたらしい。
「コウ!マップ見て!」
僕はミキに言われ、門の塔の一階部分が記されているマップを見た。
「草原の門のところに星印がついてる!これクリアってことかな?」
「たぶんそうだよ!草原の門クリアだ!」
僕たちは笑顔でハイタッチをした。
「それはそうと、いきなり疲れたよ」
「もう何時なんだろう。外の様子がわからないから……」
「マップに”外窓”って書かれてる場所があるね」
「そこから外の様子が分かるのかな?」
僕たちは”外窓”と記された場所へと向かった。
「もうすっかり夕方だよ」
「ほんとだ!空が真っ赤!」
外窓は人の顔程しかないとても小さな円形の窓だった。
その窓からは、煌々と赤く燃え上がる夕日と空だった。
「もう今日はこれで休憩にする?」
「そうだね。二つ目の門は明日にしよう」
僕たちは食料棚へ向かい、パンや新鮮な野菜などを取り、その日の夕食を作るのだった。
その夜、草原の門のことを思い出す。
白い霧に包まれたときに母さんが出てきた光景――、そうだ七日間講義四日目の朝に見た夢と同じ状況だった。
だがあのとき、母さんは黄金色をした豪華な装飾がなされている門のような場所から出てきた。
それは一体何を意味するのか。
今日一日でかなり体を使ったので考え事をするだけで眠気がやってきた。
僕は噴水の流れる水の音を聞きながら眠るのだった。
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