第十九話 七日間講義最終日

 アミマド屋のドアが勢いよく開く。カランカランとドアベルが鳴り、朝の空気が迎えてくれる。


「いってきます!」


 僕とミキは、レウテーニャ魔法大学校へ出発した。

 今日は七日間講義最終日だ。


「今日で最後だね」

「うん」


 五日目と六日目は、剣術や魔法を鍛えたり、僕は独学で薬草学を学んだりしていた。

 あの後、ダミアン道具店で剣の持ち手を改造してもらってからは、氷の剣や雷の剣など他の魔法も対応できるようになった。


「今日の夕方、リーウさんのお店に行かなきゃ」

「杖が出来たって昨日連絡来てたものね」

「持ち手も考えないと。どんなのにしよう。ミキの杖みたいなのも良いなって思うんだけど、イスカ学長の杖も豪華な雰囲気でカッコいいんだよね」


 杖の持ち手は魔法に影響しないため個人の自由で好きな物を取り付けるそうだ。だいたいが杖屋で売られているものを使う人が多いが、中には自分の手にしっくり来るように特注で作る人もいる。中には自分でデコレーションをする人もいるらしい。所謂”オシャレ要素”のようになっているのだ。


「ミキの杖の持ち手は鳥がいたよね。それ何の鳥なの?」

「海鳥だよ。ミスカホの象徴で、これを見るとミスカホのことを思い出せるの」


 ミキは生まれ故郷のミスカホという町が大好きだったのだろう。父親との思い出も詰まっているだろうし、ミスカホで過ごした時間は今でも大切にしたい思い出なのだろうなと僕は思った。


「そうなんだ。僕もそういう持ち手にできればいいなぁ」


 ミキの持ち手のような器具。僕の場合だとバーオボでの日々を思い出せるような持ち手だ。そして門の塔攻略で勇気の源になるような、そんな持ち手にしたい。



 B教室へとやってきた。窓から朝日が射しこむ誰も居ない教室。この教室とも今日でお別れだ。やっとという気持ちと、もう少し居たいという気持ち。複雑な感情が混ざり合っていた。


 鐘の音が鳴り、一限が始業した。


 僕たちは校庭で、最後の課題として魔法の剣や様々な魔法などを使って全ての模型を倒すというテストのようなものを受けていた。


「ミキ!今だよ!」

「わかった!チー!」


 ミキの杖から出てきた氷の魔法を剣で受け取り、氷の剣を作り出す。その氷の剣で目の前の模型を攻撃した。


「えいやー!」


 氷の剣の攻撃を受けた模型は、跡形もなく崩れていった。


「はい!そこまで!」

 ナロメ先生が大きな声をあげた。テスト終了の合図だ。


「イリニヤさん。お二人の戦い方はどう見られますか?」

「この七日間講義だけでここまでやれるんですから、完璧だと思います」

「わかりました」


 僕とミキはナロメ先生とイリニヤさんがいる場所へと駆け寄る。


「お二人ともお疲れ様でした。テストの結果ですが……」少し間をおいてナロメ先生は口を開き「合格です」と優しい笑顔でそう告げた。


「やった!」

「やったね!コウ!」

 僕たちは飛び跳ねるほど大喜びした。


「ですが、ここで油断はしてはいけません。門の塔の中はとても厳しい。油断をせず力を合わせて攻略に挑んでくださいね」

「はい!」


 僕たちはいつも以上にいい返事をした。


 一限が終わり、僕たちはB教室へ戻って来た。学校側から渡される物があるらしい。


「やっと七日間講義も終わりだね。長かったような……」

「ほんと色々あったよね。コウと噴水広場で出会ったときが懐かしいよ」


 そして鐘の音が響く。この学校で過ごす最後の時間だ。

 するとB教室のドアが開いた。ナロメ先生とイスカ学長が入って来た。


「……お揃いですね。これより七日間講義課程の修了の書類をお渡しします」


 ナロメ先生が杖を振ると、僕たちの目の前に一枚の紙が飛んできた。


「こちらが七日間講義を修了した証明書となります。こちらを門の塔入口で提出すれば、門の塔攻略者として入塔を許可されます。そして……」


 ナロメ先生がまた杖を振ると、もう一枚紙が飛んできた。


「攻略者証です。入塔する際こちらを掲示することと、門の塔内部ではかならず携帯してください」


 手のひら程の紙には僕の名前や血液型、出身地、僕の顔の絵などが記載されていた。ミキの物も同じような感じだろう。


「それでは、七日間講義はこれにて終了です。七日間本当にお疲れ様でしたね」

「うんうん!二人とも本当によく頑張ったね!」

 ナロメ先生とイスカ学長は激励の言葉を贈ってくれた。



 僕たちは先生たちに別れを告げ、そのままリーウさんのお店へ向かった。


 少し路地を入ったところにあるロローの杖屋。

 今日も相変わらずお化け屋敷のような雰囲気だ。


「こんにちは~!」

 ドアを開け、声をかけるがまた静かだ。


「もしかして……」

 僕は注意深く辺りを見渡したあと、机の下を覗き込んだ。


「あれ?いないや」


 すると店奥からリーウさんが出てきた。

「いらっしゃいー。さすがに午前中は起きてるよー」


 机の下を覗き込んでいたのを見られていたらしい。僕は少し恥ずかしくなった。


「杖だよねー。しっかり出来てるからねー」


 リーウさんは近くにある棚から細長い箱を取り出した。

 ゆっくりと箱が開かれる。そこには真新しいピンと伸びた杖が入っていた。木材は少し赤みがかった色をしており、今にも手に取って欲しそうに僕を見つめているようだった。


「さー、持ってあげてー」

 リーウさんに促され、僕はその杖を手に取った。


「すごい……キレイ……」

「よしー。相性も大丈夫そうだねー」


 すると、リーウさんは別の棚からトレイのような物を取り出した。トレイの上には様々な形、色、装飾を施された器具が複数個並んでいる。


「じゃー、次は持ち手だねー。何個か君に合いそうなの選んでおいたからー、好きなの選んでいいよー」


 僕はトレイに並べられた持ち手をじっと見る。

 一つ目は銀色で花の装飾が施された物、二つ目は金色でドラゴンの顔の装飾が施された物、三つ目は装飾のないシンプルな木製の物、四つ目は羽の装飾が施された黒く光り輝く石製の物だ。


 僕は一目で飛び込んできた物が一つあった。四つ目の羽の装飾が施された黒く光輝く石製の物だ。


「あの、この黒いのって石ですよね?どうしてこんなに輝いて見えるんですか?」

「あー、それは黒曜石っていう溶岩から出来た石だねー」


 溶岩と言えば火山。火山と言えば……!僕は少々値段が高くてもいいという思いで、この持ち手に決めた。


「あの。持ち手はこの黒い石にします」

「わかったー。持ちやすいようにちょっと加工してくるから待っててー」


 そう言うと、リーウさんは店奥に消えて行った。


「あの持ち手僕の雰囲気に合ってるかな……」

 リーウさんが店奥に行ったあと、少しだけ不安になった僕はミキに少し本音を漏らした。


「全然似合ってたと思うよ?その赤い杖にも合ってると思う!」

 ミキがそう言ってくれているのだ。自信を持とう。


 5分ほどすると、リーウさんは店奥から戻って来た。


「はいよー。お待たせ―。あとはここに杖を刺せばー……」リーウさんはそう言いながら持ち手に杖を刺しこみ、「はいー!これでコウくんの杖出来上がりー!」


 リーウさんはそのまま僕に杖を差し出した。僕はそれを受け取った。


「これが僕の杖……!」

 僕はまじまじと杖を眺める。一人前になったようないい気分だった。


 杖のお金を払い、リーウさんのお店を後にした。

 おまけで頂いたレザー製の杖ホルダーを腰に付け、杖を刺しておく。何度も杖に目がいってしまう。


「コウ!よかったね!いい杖じゃん!」

「うん!ありがとう!魔法は全然下手だけど、門の塔でも頑張るよ」

 

 ◆


「兄さんまたいるんでしょー?」


 リーウ・ロローが店の姿見に話しかけると、その姿見からイスカ・ロローが姿を現した。


「コウくんたちは行ったのかい?」

「行ったよー。てかあの子たちがいるとき出てくればよかったのにー」

「そういうわけにはいかないさ。あまりあの子たちに干渉しすぎるのも良くない」


 リーウはトレイを片づけながら、イスカに質問する。


「それでー?あの子たち大丈夫なのー?門の塔に行くんでしょー?」

「あぁ。大丈夫だとも。そのためにあの子たち専用のカリキュラムにしたからね」

「干渉はしないのに特別扱いだねー」

「仕方ないだろ。まだ13歳だ。そこまでしないと戻ってこられないだろ、あそこは」

「まー、確かにそうだけどさー」


 イスカとリーウは窓の外にいるコウとミキの後ろ姿を見つめる。

 その眼差しは、遠く懐かしい記憶を思い出しながら寂しいという感情が溢れていた。


 ◆


 リーウさんのお店から少し歩いた場所にある噴水広場。そのすぐそばにダミアンさんのお店がある。

 僕たちはダミアンさんのお店へ向かっていた。


「次はダミアンさんのお店だよね」

「うん。門の塔で必要な道具を買っておきたいんだ」

「門の塔は明日から入塔するの?」

「僕はそのつもり。ミキはどうする?一日置いてからでも大丈夫だけど」

「私もコウと入るよ。明日一緒に」

「ごめん。僕に合わせてもらって」

「ううん。コウは一日でも早くお母さんに会いたいだろうし、私も早くガロを探したいから。ママもそう言ってくれると思う」


 少し歩くと店先にダミアンさんの姿が見えた。


「こんにちは。ダミアンさん」

「おっ!ミキちゃんとコウくんじゃないか!そうだ、剣の持ち手はどうだい?」

「おかげ様でとてもいい感じです!他の魔法も使えます」

「それは良かった!これで門の塔でも百人抜きだな!」

 ダミアンさんはそう言いながら高らかに笑った。


「それで今日はどうしたんだい?」

「今日は門の塔で必要そうな道具買いに来ました!」

「……そうか。もう入塔するんだな。うん!よし!今日は最高にサービスしてやるからな!」


 ダミアンさんは少し悲しそうな顔してそう言った。

 そのあと、ダミアンさんにアドバイスを貰いながら必要な道具を揃えていく。


「まず必要なのは……門の塔へ入るとき必ず確認されるのは、この”血証石”だ。これがないと攻略者は入れてもらえないんだ」


 そう言いながらダミアンさんは戸棚から取り出したのは、細長いドロップ型にカットされた無色透明の宝石のような物だった。


「”血証石”って何ですか?」

「これは攻略者が生きてるかどうかを確認するための宝石だよ」

「生きてるかどうかですか?」

「おうよ。入る前この宝石に自分の血を一滴垂らす。すると色が変わる。あとは適当な場所に付けておくだけ。ちなみに、血を垂らした本人がひん死になるとヒビが入る。死ぬと完全に割れる。中でその人が生きてるかどうかを確認しやすいだろ?」

「……確かに」


 門の塔の中では、パッと見ただけで死んでるかどうかもわからない状態があるのかと僕は身震いした。


 ダミアンさんは、何やら楕円形の小さなアクセサリーのような物を取り出した。


「そして次に必要なのが、この”遺言ロケット”だ」

「遺言ってことは……」

「お察しの通り。魔法を使って映像とやらを録画できるようになってるんだ。入る前でも入ってからでもいいが、メッセージを録画しておくといいぜ」


 僕は門の塔へ入塔する以外の人も使えそうだなと思った。

 ダミアンさんは、今度はコンパクトな箱を取り出した。


「その次がこれ、”届け箱”。中で死んだら体はほぼ戻ってこられない。だが、遺った家族に遺品を届けたい。そのための箱だ。この箱にさっきの遺品ロケットや大切な物を入れておくんだ。もし中で死んじまってもあとから来た攻略者が見つけてくれたらスイッチを押すだけ。門の塔の受け付けにある遺品ポストにこれが届く。そしたらあとはテルパーノの国家公務員として雇われてる配達員が遺族の元に送り届けてくれるってわけよ」


 ダミアンさんはサラリと言うが、門の塔では死ぬほうが普通くらいの勢いでこういった品物が用意されているようだ。


「まぁ、この三つは買っておいたほうがいいだろうな。あとはこのお守り。これは俺からのプレゼントってことで二人に贈るよ」


 ダミアンさんが手に持っているのは、朱色の袋に入ったお守りだった。


「これはジャプニーナのお守りでな。悪い魔法なんかを避けてくれるんだとよ。門の中は危ないしこういうの持っておいても損はないだろ?」


 そう言ってダミアンさんは僕とミキにそれぞれお守りを渡してくれた。

 他にも便利な物や膨らんだり縮んだりする寝具、たくさんの道具が入る魔法サコッシュ、大きくなったり小さくなったりする調理器具なども見せてもらったりした。

 ほとんどが魔法で動く物だったが、僕のような人でも簡単に動かせるようになっていた。



 僕たちはたくさんの道具などを購入し、アミマド屋へ戻って来た。

 荷物がいっぱいでミエさんにビックリされるほどだった。


「おやおや。いっぱい買ってきたんだね」

「はい。あとミエさんにオススメされた小さな薬研も買ってきました」

「うん。これなら魔法で小さくなるから大丈夫そうだね」


 少し間を置いたあと、ミエさんは口を開いた。


「……明日、行くんだね」

「はい。ミキと一緒に行ってきます」

「ママ、あの。私たぶん大丈夫だから心配しないで!コウも付いてるしさ!」

「心配をしてないって言えばウソになるけど、送り出すって決めたんだ。絶対に帰ってくるって信じてるよ!私の娘だからね!」


 すると、奥の階段からミナさんが降りてきた。


「ミキなら大丈夫だよ。学校でも一番成績いいんでしょ?そんな子がヘマしないって」


 ミナさんは目に少し涙を浮かべているようだった。

 僕は静かにその場を離れ、二階の部屋に入った。この場はあの三人だけにしておいたほうがいいと思ったからだ。家族水入らずでゆっくり話し合う大事な時間だ。



 買い物などをしていたからか思っていたより時間が経っていた。外は少しだけ赤く染まり、夕刻に近い時間となっていた。


 僕は部屋のベッドで胸元のペンダントを眺める。

 母さんに会うためにここまで来た。明日はいよいよ母さんがいる門の塔へ入塔できる。

 ミキとの出会い、七日間講義の日々、父さんやミエさんとの約束。全てを思い出しながら蒼く輝くペンダントをじっくりと見つめる。


「母さん、待っててね」


 そう呟いたあと、ペンダントを握りしめ胸元へ戻した。


 すると一階からミキの声が聞こえた。

「コウ!晩御飯できたよー!」

「はーい!今行くよー!」


 僕はドアを開ける。一階から漂う晩御飯のいい匂いに胸をときめかせ、階段を下りたのだった。

 

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