第十八話 七日間講義四日目
何やら白い靄がかかった世界にいる。ここはどこだろう?
周りを見渡しても白い靄がフワフワ僕の周りと取り囲んでいる。
ふと足元を見ると、緑色に生い茂った草がたくさん生えていた。ここは草原のようだ。
ここが草原と気づくと、白い靄が少しずつ薄くなってきた。薄くなってきた先に何か見えている。
「あれは……門だ!」
だだっ広い草原のど真ん中に、黄金色をした豪華な装飾がなされている門が聳え立っていた。
僕がゆっくり近づくと、その門はゆっくりと開いた。
門が開くと同時に、強い光が中から漏れ出した。光が眩しく、僕は強く目を閉じた。
「コウ……コウ……」
誰かが僕を呼んでいる。
「誰?……誰なの?」
「私よ」
この優しい声、どこかで聞き覚えがある。……母さんだ!
「母さん?母さんなの?」
閉じた目を開くと、そこには母さんが立っていた。
「母さん!会いたかったよ!今までどこに行ってたの?僕、母さんを探してテルパーノまで……」
すると、母さんは笑顔のまま両手を開き、動かなくなった。まるで時が止まってしまったかのように。
「母さん?母さんってば!」
僕は何度も母さんに呼びかける。
母さんは止まった状態のまま、黄金色した豪華な装飾がなされた門の中へ消えて行こうとする。
「母さん待って!……いてっ!」
突然頭が痛くなった。何度も叩かれているような感覚だ。
「やめ!痛い!」
ふと気が付くと、おはようサン時計にポカポカと数回頭を叩かれた。朝のようだ。
「なんだ……夢か……」
先ほどまでの光景は夢だったようだ。母さんが出てきたけど、不思議な門と草原の夢だった。
夢だと分かったのなら考え込んでいる暇などない。早朝ランニングに行かなくてはと僕は急いで身支度を始めた。
「コウ!おかえり!」
ランニングを終え、アミマド屋へ入ると朝食の準備が出来上がっていた。
今日はミキも朝食の手伝いをしたようだ。
「ただいま!うわ!朝からすごい量だね!」
「昨日のパーティの残りだよ。いっぱい食べて今日の授業も乗り切らないとね!」
そうだ。昨夜はイリニヤさんを招いてパーティをしたのだ。それを思い出しながら食卓を見ると、確かに昨日のパーティで食べた物がいくつかあった。
「すぐ着替えてくるね。走ってたら汗だくになっちゃったよ」
僕はそう言いながら二階の部屋へ急いだ。
朝食を終え、僕たちはレウテーニャへ登校しているときだった。
噴水広場に近づいてきたとき、またあの四人組が目に入った。何やら固まって話していたようだが、今日は様子が違った。少し前ならこちらを見てはヒソヒソと陰口を叩いていただろうが、今日はこっちのことなど目もくれず、完全にスルーといった様子だった。
僕はミキにこっそりと話す。
「あいつら、何も言ってこないね」
「さすがに昨日のが懲りたんじゃない?ナロメ先生にも叱られただろうし」
昨日あの四人組は、ミキやイリニヤさんを蔑称で呼びつけたり、僕を小突いて転倒させたところをナロメ先生にばっちりと目撃され、生徒指導室へ連行された。さすがに厳しい処分は免れたようだが、きつく叱られたのだろう。こっちが呆気にとられるくらい今日は何もしてこなかった。
「これでミキは何も言われなくなるだろうし、良かったね」
「良かったと言うより、いい気味よ!ふんだ!」
僕とミキは足早にレウテーニャへ向かった。
B教室へ着き、僕たちはそれぞれの席へ座る。今日も僕たち以外は誰もいない。
少しだけ静かな教室の窓から朝日が射しこむ。ほんのちょっとだけ幻想的な雰囲気に見えた。
すると、鐘の音が響いた。一限開始の合図だ。
廊下からコツコツとヒールで歩く足音が聞こえる。ガラリとドアが開くと、ナロメ先生とイリニヤさん、そして僕が知らない男性が入って来た。
「お二人ともお揃いですね。今日は魔法、剣術も勉強すると同時に、体術も学んでいただきます。そして、昨日のことですが……」ナロメ先生は眼鏡をくいッとあげて、
「昨日あの四人組にはうんときつく𠮟りつけておきました。謹慎処分なども検討したのですが、本人たちもかなり反省していたようですので、厳重注意という形で事は修まりました。あの四人組にミキさんやイリニヤさんへ陰口を叩くことや暴力行為をしないと約束させましたのでご報告だけさせていただきますね」
登校時あの四人組が何も言ってこなかったのはそういうことかと納得した。
「それと、四人があなたがたに謝罪をしたいと言っているのですが、どうしますか」
「私はいいかな。謝られてもって感じだし」
「僕もです」
「イリニヤさんはどうです?」
「私も謝罪までは望んでいないので。反省してくれれば、そしてミキちゃんやコウくんを傷つけないようにしてくれればそれでいいです」
「わかりました。四人にはそう伝えておきます」
そして、気を取り直すようにしてナロメ先生は次の話題へと移った。
「そして、本日体術をお教えいただく先生はこちらの……」
「チゴウィ・ガルドスだ。普段は魔法体育科の教師をしているぞ!よろしくな二人とも!」
チゴウィ先生は、ドガール族でとても体格が良く、横に並んでいるイリニヤさんやナロメ先生の2倍くらい大きい。笑顔が印象的で、いかにも体を動かすのが大好きという雰囲気をしていた。熱血漢という言葉が似合う人だ。
僕たちは先生たちに連れられ、グラウンドへやってきた。
「今日はグラウンドで授業をいたします。昨日の四限は合体技を練習したのでしたっけ?」
僕たちは、昨日の四限の内容を話した。イスカ学長やイリニヤさんにアドバイスをもらいながら魔法と剣術を使った合体技の練習をした。そのことを細かくナロメ先生に説明した。
「ふむ。やはり体術はお二人にお教えしたほうが良さそうですね。そのほうが合体技というのもうまく扱えるようになるかもしれません」
すると、隣に立っていたチゴウィ先生が口を開いた。
「まずは準備運動だな!しっかり準備運動しないと怪我をしちまうぞ!さ、二人とも!まずは体操だ!並んで!」
僕たちはチゴウィ先生に言われ、並んで体操を始めた。
「イッチ!ニ!サン!シ!ほらほら!声をもっと出して!イッチ!ニ!」
チゴウィ先生は、僕が想像していた通りとても元気な人だ。元気があれば全て良しという考えすら持っていそうである。
5分ほど体操したあと、授業の本題に入った。
「準備運動のほうは終わったようですね。日数も残りわずかですので、剣術、魔法、体術とかなり詰め込んだ形になりますが、お二人とも頑張りましょうね」
僕たちはまず一限にチゴウィ先生から体術の基本を学ぶことになった。
体術とは、主に素手で行う攻撃や防御のことだ。
チゴウィ先生は両腕を組み、僕たちを見下ろす。
「ミキくんは魔法がそれなりに使えて、コウくんはイリニヤから剣術を少し教わったと聞いている。その二つももちろん大事だが、もしも敵に杖や剣を奪われたときのことは想像したことあるか?」
言われてみれば、僕たちだけが一方的に攻撃できるわけではない。門の中には僕たちの攻略を妨げるため、こちらへ攻撃をしてくる敵が多数存在しているはずだ。中には杖や剣を奪ってくる敵もいるはずだろう。
「そういった時に役に立つのが体術なのだと俺は思う。だが、君たち二人に教えられる時間は短い。なので的確に相手の動きを封じられる体術を教える。かなり厳しいものになるが頑張ってついてきてくれよ!」
チゴウィ先生は笑顔で言う。なんとなくだが、自然と体に力が入ってくる気がした。
「じゃあ、イリニヤ!少し手伝ってもらってもいいか!」
チゴウィ先生はイリニヤさんを呼んだ。
「体術の基本。まずは受け身からだ!」
「受け身ですか?」
僕は驚いて聞き直した。
「おう!受け身だ!まずは受け身をしっかり体に覚え込ませる。受け身を取ることで、相手の攻撃を受け流したあと攻撃の動作へ移りやすいなど利点も多いからな!」
ガハハと笑いながらチゴウィ先生そう答えてくれた。
「じゃあ、まずは俺とイリニヤで手本を見せる」
チゴウィ先生がヒョイとイリニヤさんと軽く投げると、イリニヤさんは着地する寸前に体勢を変え、まるででんぐり返しをするように転がった。転がった際に勢いをつけて両足で立ち上がり、まるで体操競技でもしているかのように綺麗に立ち上がった。
「こんな感じかな?」
「すごい……」
「私できるかな……」
僕とミキはイリニヤさんの受け身があまりにも綺麗すぎるので、自分たちにもできるのか不安になった。
「イリニヤのように綺麗にできなくてもいいんだ。衝撃をできる限り受け流すことが大事だぞ。さっ!やってみよう!」
僕たちは受け身の練習を始めた。
できる限り衝撃を受け流す……このことを頭に思い浮かべ、体を動かす。
「こんな感じかな……」
「おっ!コウくん!いい感じじゃないか!」
チゴウィ先生が褒めてくれた。なんとなくだが、感覚はわかった気がする。
ふとミキを見ると手こずっているようだった。
「キャッ!」
「ミキちゃん大丈夫?」
うまく受け身を取れなかったミキを心配してイリニヤさんが声をかけた。
「うーん。やっぱり私運動苦手……。でんぐり返しとか人生でできたことないし……」
「私も説明あまり上手じゃないしなぁ……」
「よし!決めた!」
ミキは明るい顔をして続ける。
「私、魔法でなんとかするよ!」
僕とイリニヤさんとチゴウィ先生はえっ?と困惑した。
「ミキ、どういうこと?」
「体術をやらなくてもいいように、全部魔法でなんとかするの」
「なんとかするって言っても、全部が全部魔法で対応できるとは限らないんだよ?」
「でも私受け身がうまくできないもん。だから魔法で全部解決する!」
遠くで僕たちの授業を見ていたナロメ先生がこちらに近づいてきた。
「体術の授業が止まっているようですが、何かありましたか?」
「ナロメ先生!丁度よかった!私体術苦手だから、魔法で全部解決します!」
「……はい?」
「魔法で解決します!」
「例えばどういう風に?」
「見ていてください!イリニヤさん!炎の剣で私を攻撃してもらってもいい?」
「いいけど……。本当に大丈夫?」
イリニヤさんはとても不安そうな顔で言う。
「大丈夫!私を信じて!」
ミキは自身に満ちた表情で答えた。
僕たちは離れた場所で二人の様子を覗う。
「じゃあ!ミキちゃんいくね!危ないと思ったらすぐ止めるからね!」
「大丈夫だよ~!」
すると、イリニヤさんは剣に炎を纏わせた。
その炎の剣をミキに叩きつける。
「せいやー!」
するとミキは手に持っていた杖で呪文を唱えた。
「キウーボバリィア!」
ミキの目の前でイリニヤさんの炎の剣はビクとも動かなくなった。
「あれ?硬い……」
イリニヤさんは炎の剣での攻撃をやめ、後ろにジャンプした。
「ミキちゃん今の……!」
「防御魔法です!昨夜、家にあった魔法の本で調べたの」
ミキの防御魔法を見ていたナロメ先生が口を開いた。
「防御魔法ですか……。教えるか迷っていたのですが、そこまでうまく扱えるのならいいでしょう」
こうしてミキは体術の授業を免除されることとなった。僕としてはあまり賛成できないが……。
「本当にいいんですか?ナロメ先生。やはりどんな門があるかわからないうちは……」
「敵と遭遇した際に役に立ちそうな魔法や魔方陣は私がみっちりお教えします。コウさんはできる限り体術と剣術を学んでください」
「わかりました」
僕はミキのことが心配だったが、ここはミキとナロメ先生を信じることにした。
二限は、僕は体術を主に、ミキは魔法を学んだ。
受け身のコツを掴んできた。腕や背中、腰回り、そして反動などを利用し、くるりと体を回転させ、衝撃を和らげる。
体術を覚えると確かに攻撃を受けた際など、できる限りダメージを軽減できるのだなと思った。
「コウくん!なかなかいい感じになってきたな!一度模擬戦をやってみるか!」
チゴウィ先生の提案で僕はイリニヤさんと模擬戦を行うことになった。
もちろん、お互い怪我をしない程度にという形でだ。
「ここで一つだけルールを設ける!魔法を使わないことだ!炎の剣もダメだぞ!」
剣闘士をしてきたイリニヤさん相手に魔法や炎の剣無しで勝つのは難しいだろう。ただ、この模擬戦はイリニヤさんに勝つことが目的ではない。授業で教えてもらったことを駆使してどう戦うかを自分なりに考えようということなのだと思う。
僕とイリニヤさんはそれぞれの位置に着き、剣を構えた。
「それでは始めるぞ!よーい!はじめ!」
チゴウィ先生の合図で模擬戦が始まった。
僕は合図と同時に一気に間合いを詰め、イリニヤさんに剣を振りかざした。
イリニヤさんは僕の剣を華麗にかわしたあと、僕の背中目がけて剣を振りかざしてきた。
「おっとっと!」
少し驚いたが、なんとか避けきれた。だが、ここで避けたからと気を緩ませてはいけない。イリニヤさんはどんどん攻撃してくる。
僕は剣を使って攻撃を弾いたり避けたりしているが、イリニヤさんは攻撃の手を止めず隙がない。
ここは一度間合いを取ろうと、僕は遠く後ろにジャンプした。
「大丈夫か!」
チゴウィ先生は僕のことを心配してか声をかけてくれる。
「大丈夫です!まだまだいけます!」
僕はそう言うとイリニヤさんへ一気に距離を詰め、一太刀を振りかざした。
「いいね!コウくん!私もどんどんいくよー!」
イリニヤさんは先ほどより増して動きが早くなり、攻撃の数をあげてくる。僕もそれに合わせ攻撃したり避けたりする。
そして不思議なことに”楽しい”という気持ちが沸き上がってきていた。
体を動かすだけで玉のような汗が水滴となり飛び散るくらいになった頃、僕の腕は限界が近くなっていた。
呼吸を整える暇もないくらいイリニヤさんは襲い掛かってくる。
だが一瞬だけイリニヤさんに隙ができた。ここがチャンスだと思い剣を振るった瞬間――、僕の剣は宙を舞っていた。
あれ?と思ったとき、イリニヤさんの剣が僕の喉元を指す。
「そこまで!」
チゴウィ先生の声が響いた。イリニヤさんとの模擬戦が終わった。
「さすがイリニヤさんです。強かった。僕何もできませんでしたよ」
「ううん。コウくんだって初めてなのにあれだけ動けてすごかった!素質あるよ!」
イリニヤさんは息一つ乱れていない様子だ。さすが元剣闘士というだけある。
「二人ともお疲れ様。魔法や炎の剣を使わずというルールだったが、見事だった」
チゴウィ先生はそう言ってくれた。そして続ける。
「で、コウくん。一戦交えてみてどうだった?」
「えっと……。楽しかったです!負けちゃったけど、ただ楽しいって気持ちが大きくて」
僕は自然と笑顔になる。本当に楽しかったのだ。模擬戦は終わったのにまだワクワクした気持ちが止まらない。
「うむ。その楽しいが一番だ!ガハハ!」
グラウンドにはチゴウィ先生の笑い声が高らかに響いたのだった。
三限が始まった頃、ミキと僕は合体技を練習していた。
ナロメ先生の提案で、炎の剣だけではなく、氷の剣や雷の剣なども使えるのではないか?という話になったのだ。
「じゃあ、コウいくよー!」
少し離れた場所からミキが合図してくれた。
ミキは僕の剣めがけて呪文を唱えた。
「チー!」
氷の魔法がこっちへ向かってくる。
僕は少し飛び上がり、剣に氷の魔法を当てた。
すると、剣先に氷の刃が鋭く出現し、より切れ味のある剣となった。
「これが氷の剣……。うっ、重い……」
剣に氷を纏わせると、氷の重量もあるためとても剣が重くなった。
「それに冷たい……。これは長時間使えないな……」
氷の冷たさが剣を通して伝わってくる。手袋などをしていても霜焼けしそうだ。
「ふむ。氷の剣は使い方を限定したほうがいいのかもしれませんね」
「じゃあ、次!雷の魔法いくねー!」
ミキは僕の剣目がけて呪文を唱えた。
「イガー!」
するとミキの杖先から雷が出現し、僕の剣目がけて飛んできた。
飛んできた雷は、刀身に電気を帯びさせるように纏わりついている。
「いてっ!いてっ!」
剣が金属製だからか持ち手に通電してきてしまい、パチパチと痛い。
「静電気みたいになってるね……」
剣を見たイリニヤさんが心配そうに言う。
「はい……」
氷の剣も雷の剣も使い方次第ではとても役に立ちそうなのだが、これでは戦闘時の邪魔になってしまう。
「よし!コウくん!今日の夕方時間ある?」
イリニヤさんは何か閃いたような声で僕に尋ねた。
「ありますけど……」
「ダミアンさんのお店に行こう!剣の持ち手のこと相談すれば、ダミアンさんのお店なら何か言い物あるかも」
「ダミアンさんのお店ってそんな物まであるんですか?」
「何でもあるみたいだよ~。弓とかナイフとか、珍しいジャプニーナのクマの置物とかもあったし」
門の塔へ入るための道具だけだと思っていたが、そんな変わった代物まで売っているのかと驚いた。武器はともかく置物などは採算が取れるのだろうかと少しだけ心配になった。
あの後、剣の持ち手部分の問題があり、今のところは炎の剣しかうまく扱えないという結果になった。
炎の剣でも十分な威力はあるが、門の塔のことだ。火や炎が全く効かない魔物や、火や炎の魔法が全く使えない門も存在するかもしれない。そう考えると、氷や雷など様々な魔法を纏わせた剣は使えたほうが良い。
そして今、僕とイリニヤさんは様々な魔法の剣を使うためにダミアンさんのお店にやってきた。
空は少しオレンジ色に輝き、影が長く伸びている。夕刻となる時間帯だった。
「こんばんは~。ダミアンさんいます~?」
イリニヤさんはダミアン道具店のドアを開け、店内へ声をかける。
「あらあら!いらっしゃい!イリニヤさんじゃないの!」
そう言いながら店奥から出てきたのは、ブロンド髪をポニーテールにした女性だった。この人がダミアンさんの奥さんの”セシルさん”だ。
「セシルさん久しぶり~!今ダミアンさんいる?」
「ちょっと待っててね!呼んでくる」
セシルさんは店奥へと引っ込んでいった。
少しすると、奥からダミアンさんが姿を現した。
「お!イリニヤさんと……君はコウくんじゃないか!」
「こんばんは」
ダミアンさんは突然僕に抱擁をした。
「良かった元気そうで……。それで、門の塔へは行けそうなのかい?」
「はい。おかげ様でトントン拍子に話が進んで、今は七日間講義を」
「本当か!それは良かった!で、今日は何の用だい?」
僕はカバンに仕舞っていた剣を取り出す。
そして、七日間講義でのことや炎の剣のことを説明した。
「ダミアンさんのお店ならこの剣の持ち手部分にいい素材はないかと思ってきたの」
「うーん。この剣ちょっと良く見せてもらってもいいかい?」
「はい」
ダミアンさんは剣を手に取り、様々な角度から観察し始めた。
「この剣、元はイリニヤさんのだよね?どこで手に入れたの?」
「剣闘士時代に私が戦ってるところを見た鍛冶職人をしてるっていう女の人が特別に作ってくれたの」
「それ本当かい?」
「本当だよ」
ダミアンさんは目を大きく開き、イリニヤさんに何度も尋ねる。
「えっと、その剣何か珍しいの?」
「珍しいも何も、かの有名な”鍛冶職人レスキーリャン”が作った物だよ」
”鍛冶職人レスキーリャン”とは、正体不明の伝説の鍛冶職人だ。あるときは男性、あるときは女性、極東の国にいると思えば、北国や南国にも出現したり、一体いつどこで何をしているのか全く分かっていない人物だそうだ。世界各国にいる強い騎士や剣闘士などを見て回っては、気に入った者に特別な武具を製作して与えているらしい。
「レスキーリャン?それ本当?」
「ああ。俺が言うんだから間違いないよ。この刀身の根本のとこにある刻印は間違いなくレスキーリャンの刻印だ」
ダミアンさんが見せてくれた深く掘られた刻印は、特別な存在感を放っている。
レスキーリャンは巷で噂にはなっているものの、正体が一切わからないためただの噂が独り歩きしているものだと僕は思っていた。実際彼らを元ネタにした小説が山ほど出ているので、本の世界のことが知れ渡っているのだろうと思っていたくらいだった。
「レスキーリャンって実在したんだ……。てっきり本の話だと思ってました」
「私もまさかそんな人から貰った剣だったなんて思ってなかったよ」
「俺もだよ。世に出回っているのはほとんどが偽物だからね」
ここまで噂が出回っていると、そのことを利用してレスキーリャンの贋作を作って儲けようという不届きものがいるらしい。だが、粗悪な素材を使っていたり、刻印が明らかに偽物と分かる物ばかりで素人目でもすぐにわかるレベルなのだそうだ。
「まさか生きていて本物を見られるなんて思ってなかったよ。道具屋冥利に尽きるぜ」
ダミアンさんは剣をこれでもかというくらい眺めていると、奥さんのセシルさんが口を開いた。
「それはそうと、イリニヤさんとコウくんはこの剣の持ち手のことで相談しに来てくれたんだよね?」
「おっとそうだった!剣が他の魔法だと使えなくなるって話だったよな?」
「はい。火以外の魔法だと持つことが難しくなってしまって……」
「ふむふむ。俺は鍛冶とかてっきり分からないんだが、この剣は普通の剣と少し違う気がする。なんだか魔力を感じるんだ」
「魔力ですか?」
「うん。普通の金属製の剣だとただ鉄で出来てるだけって感じなんだが、この剣だけは杖みたいな魔力を少しだけ持っている感じなんだ。さすがレスキーリャンが作った剣と言った感じだね」
「杖のような魔力……もしかして!」
僕はふと、授業で習ったことを思い出す。杖には木材以外にも芯材が使われており、その人に合った芯材を使うことで魔力を増幅させる効果があることを。
「これは僕の想像なんですけど、この剣にも芯材が入っているのでは?」
「芯材って、杖とかに入ってるようなあれかい?」
「はい。火の魔法だけ使えたり、さっき言ってた魔力だったり……なんだか杖に似てるような気がして」
「うむ。一度リーウさんに聞いてみるか!セシル!すまんが、店番頼む!」
僕とイリニヤさんとダミアンさんは、揃ってリーウさんの店へ向かうことになった。
僕たちはリーウさんの店にやってきた。
リーウさんの店は相変わらずお化け屋敷のような雰囲気をしている。
ダミアンさんがドアを開く。
「おーい!リーウさんよぉ!いるかい?」
店内はシーンと静まり返っていた。
「あれ?いないのかな?」
僕たちは揃って中へ入った。
「おかしいなぁ。開いてるってことはいるはずなんだが……」
「なーにー?」
「うわぁ!」
リーウさんはまた机の下で寝ていたようだ。机と椅子の隙間から青白い顔が出てきて、僕はまた驚いてしまった。
「あれー?コウくんとイリニヤさんもいるじゃーん」
「おぉ!いたいた!リーウさんに見てもらいたい剣があるんだよ!」
「剣ー?僕、剣は専門外だよー?」
「それがな……」
ダミアンさんはリーウさんに剣のことを細かく説明した。
「ふーん。それでこの剣を僕に見てほしいってことねー?」
「できるかい?」
「できるも何もー、もう答え出てるようなもんじゃんー。」
「えっ?じゃあこの剣にはやっぱり芯材が?」
「そうだよー。この剣には杖の芯材みたいにー、ベルバオバのスズが使われてるー。炎の剣ー?ってのにできるのもそういうことなんだろうねー」
僕の想像していた通りだったらしい。
「でも、どうして芯材がベルバオバのスズだってわかるんですか?さすがに分解とかしないと中まで分からないですよね?」
「あー……、僕ねー、透視の魔法が得意なんだよねー」
「透視ですか?」
「うんー。得意というかー、ちょっと目に力をいれると物が透けて見えるんだよねー」
僕には全くわからない感覚だったが、生まれ持った素質みたいなものだろうか。
「すごいですね。透視。便利そう」
「そうでもないよー。目に力入れると頭痛してくるしー。でも杖を作ったり直す上では役立ってるけどねー」
その後、リーウさんは持ち手に適切な素材などを教えてくれた。全てダミアンさんの店で揃いそうとのことなのでお願いすることにした。
僕たちはリーウさんの店を後にし、ダミアンさんの店へ戻ってきていた。
「リーウさんから持ち手部分のアドバイスももらったし、剣の問題は解決できそうだな」
「そうですね」
「ダミアンさん、ありがとうね。色々お世話になっちゃって」
「イリニヤさんいいんだよ!なんてったってコウくんのためだ!大人が動かなくてどうする!」
ダミアンさんは本当にいい人だ。ミキが倒れたときのことと言い頭が下がる思いだ。
「じゃあ、明日の夕方までにはなんとかしておくよ!時間かかっちまって悪いが」
「いえ!ありがとうございます!」
こうして僕とイリニヤさんは帰路についた。
外はすっかりと暗くなり、金色に輝く半月がこちらを見ていた。
家々の窓からは明るい光が溢れ、夜の街をキラキラと輝かせる。
イリニヤさんはセイレーンの給仕の仕事があるからと途中で別れた。
夜のエクパーノを一人歩く。初めて来た日は魔法の一つ一つに驚いていたのにすっかり慣れてしまい、当たり前の光景となっている。人は意外と慣れるのが早い。
明日も七日間講義だ。講義は毎日とてつもなく大変だが、門の塔へ近づいている証だ。
僕はアミマド屋へ戻り、明日に備えるのだった。
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