第十七話 憤りと過去

 二限を終え三限も中盤となっていた頃。ギラギラと校庭を照らす太陽は、もうすぐにでもてっぺんへと届きそうな位置にいた。僕は、手の傷やマメなど気にせず、夢中で剣を振るい練習に励んでいた。


「えい!やぁ!」


 剣の振りかぶり方や、どうすれば威力が出せるかなど、考えながら方法を探す。これが意外にも楽しい。


「うんうん!いい感じ~!」


 イリニヤさんは酒場セイレーンで働いてることもあってか、人を煽てるのが少し上手い。その陰か自信が付いてくる。


「ありがとうございます。ハァハァ……」


 一限のときと比べたら、かなり剣を振るえるようにはなったが、元々体が細い僕にはかなり体にくる。明日朝起きたら全身がどうなっているだろうか。少しだけ絶望をしてしまう。


「この感じだと、魔法を使ったあの技教えても大丈夫そうだな~」

「魔法を使った技ですか?」

「うん!私が剣闘士してたときに使ってたんだけどね~」


 そう言うとイリニヤさんは剣を構えた。


「見ててね~」


 すると、イリニヤさんの剣が炎で燃え盛り始めた。


「えっ?火?えっ?」

 僕が戸惑っていると、イリニヤさんは模型に向かってその炎を纏った剣を振りかざした。


「てーい!」


 模型は炎の剣の一撃を浴び、一瞬で崩れ去った。


「すごい!炎の剣だ!」

「ありがと~!コウくん魔法は使えるよね?」


 そして、イリニヤさんは僕に炎の剣の作り方を教えてくれた。


「なるほど……ポーを応用するとこんな形で剣に炎が……」


 ポーを応用すると炎の剣を作ることができるということは、他の魔法でも同様の使い方ができるのかもしれない。ミキに比べ魔法をうまく使いこなせない僕にとって、少しでも門の塔で役に立つことができる手段を見つけた。


「これなら門の塔でも役に立てそうです」


 そして僕はイリニヤさんに言われた通り、炎の剣を自分で出してみた。

 自信の魔力を剣に集中させるようなイメージで……燃え盛る炎を……。

 ふと目を開けて剣を見てみると、剣の先のほうは燃えていたが、イリニヤさんが出すような炎の剣のような立派なものではなかった。


「うーん。難しいですね……」

「今は練習だから大丈夫だよ!ゆっくりやっていこ!」

 


 少し練習をした頃、鐘の音が響いた。三限終了の合図だ。


「おっと。お昼休みだね~。コウくん一旦終了して、お昼食べに行こっか~」


 僕はイリニヤさんに言われ、食堂へ向かうことにした。


「いつもミキちゃんと一緒に食べてるの?」

「はい!」

「じゃ~、私も混ぜてもらってもいい?今日は食堂のご飯食べてもいいってナロメ先生から許可もらってるの~!」

「そうなんですか!じゃあ、一緒に食べましょう」


 途中、ミキと合流し、僕たちは食堂へ向かった。

 いつも通り食堂は大盛況だ。


 僕たちは人の波をかき分け、メニュー表を見に行った。

「今日のオススメは……カツ丼だ!私カツ丼にしよっと!」

 ミキはすぐに決まったようだ。


「僕はどうしようかな~」

「私はオムライスにしようかな。ここのオムライス美味しいってセイレーンで聞いたことあって、食べてみたかったの~」

「紅茶もおススメですよ!アップルティーとか、レモンティーとか。ローズティーもおススメです!」

「ほんとに?じゃあ、アップルティーも飲む~!」


 二人は注文する物が決まった。僕は少し悩んだが、ハンバーグ定食に決めた。

 太陽はてっぺんで輝く。少しゆったりとした風がテラス席に吹いてきた。お昼を食べるのにピッタリの気候だ。


「それでは……。いただきまーす!」

 僕たちはそれぞれ手を合わせて食事を始めた。全ての命と食べ物への感謝の気持ちを忘れずに。


 僕が今日頼んだのは”ハンバーグ定食”だ。レウテーニャの食堂でも5本の指に入るくらいの人気メニューなんだそうだ。内容は、ハンバーグ、千切りキャベツ、お味噌汁、ホカホカの白米だ。

 僕は箸を取り、ど真ん中に鎮座しているハンバーグを少し割ってみる。上にかかったデミグラスソースが割れ目に流れていくと同時に、ハンバーグの中からジュワリと肉汁が出てくる。半分、また半分とハンバーグを割っていき、一口サイズにしていく。そして、一つを箸で取り、口の中へ放り込んだ。噛めば噛むほど肉汁が広がり、デミグラスソースと絡み合う。その口の中へ今度は白米を放り込む。口の中はパラダイスと化した。

 お味噌汁をすすりながらハンバーグを堪能していると、イリニヤさんが話しかけてきた。


「オムライス本当に美味しいね~!人気メニューなの頷けるわ~!」

「でしょでしょ!イリニヤさんにも気に入ってもらえて嬉しい~!」

 ミキが笑顔で返事をする。


 僕たちは食事を平らげ、それぞれ頼んだ紅茶で一息をついていた。


「アップルティーも美味しい~!セイレーンのドリンクで出そうかな?」

 イリニヤさんはセイレーンでメニューの考案もしているのだろうか。とても興味深そうにオムライスやアップルティーを見ていた。


 僕たちがテラス席でワイワイとやっていると、遠くのほうから嫌な目線で僕たちのことを見ている集団がいた。ミキに「ペウンイ」と言ってきたあの四人組だ。

 僕はなんとなく気づいてはいたが、無視しておくのがいいだろうと思い、気にはかけていなかったが、四人組がとうとうこちらへ近づいてきた。


「うっわ!ペウンイのやつ、変な男子の他にもヤバイの連れてやがるぜ!」


 四人組の一人が僕たちに聞こえるようハッキリとそう言った。


「ほんとだ!あいつ有名なやつだよな!何だっけ?」

「思い出した!セイレーンのケルコだ!」


 ”ケルコ”とは一体何のことだろうか?僕はわからずにいた。

 するとミキがイリニヤさんにこう言った。


「イリニヤさん。気にしなくていいですからね。あいつらのことは無視して――」

「おい。ペウンイ。ケルコに変な入れ知恵してんじゃねぇよ」

 四人組のリーダー各であろう一人が、ミキにそう言った。


 先ほどまでのまったりとした昼食タイムが完全に修羅場と化してしまった。本当に最悪だ。


 今にも喧嘩が始まりそうだが、僕はこの状況をなんとかせねばと口を開いた。

「あの……そういった事を他人に言うのは……」

「うるせぇ!黙ってろ!」

 僕はリーダー各の一人に小突かれ、地面に転んでしまった。


「……いてて」


「コウ!?だいじょ――」バンッ!


 ミキが僕に気遣ってそう声をかけようとしたとき、イリニヤさんが机を思い切り叩き、立ち上がった。

 先ほどまで優しい表情をしていたイリニヤさんからは想像できないほどの怒りに満ちた表情をしていた。

 白目は充血して真っ赤になり、鼻息がゴウゴウと鳴る。腕は倍以上の太さとなり、血を欲した獣のような姿になっていた。


「お前たちさっき何って言った?」


 普段は優しい声のイリニヤさんの口から発された声は、小動物を怯えさせるような低い猛獣の咆哮のような声に聞こえる。


「えっと……」

「今ミキちゃんに何って言ったんだ!」

 ドンッ!とイリニヤさんは机を叩いた。


「ぺ……ペウンイ……」

 四人組の一人がそう答えると、そこにはいないはずの人物の声が聞こえてきた。


「今はっきりと”ペウンイ”と言いましたね?」


 僕たちは声がした方向へ振り向くと、そこにはナロメ先生の姿があった。

「ナロメ先生!?」

 僕は驚きのあまり声をあげてしまった。

「先ほどのやり取りは遠目からですが見させていただいておりました。聞いてしまった以上黙っていることはできませんね」


 ナロメ先生は、人を一瞬で凍らせるような冷たい視線で四人組のことを見ている。見られていない僕まで凍りそうなほど鋭く冷たい視線だ。

「あなた方四人は以前から目に余る言動があると、先生や生徒から相談を受けていましたが、本当だったのですね」

「いや、俺たち何も悪いことなんて……」

「他人を突き飛ばしたり、蔑称で呼んでおきながら何も悪いことはしていないと?」


 ナロメ先生に詰められている四人組は、まるで蛇に睨まれた蛙となっていた。


「少しお話があります。あなたがたは生徒指導室へ来てください」

 ナロメ先生はそういうと、四人組を連れて校舎のほうへ消えて行った。


「えっと……行っちゃったね」

 そう言ったイリニヤさんのほうを見ると、イリニヤさんはいつもの普段の姿に戻っていた。

「あ、あの……イリニヤさんありがとうございました」

「私も!ありがとうイリニヤさん!」

 僕はミキはイリニヤさんにお礼を言った。言わなければならないと思ったのだ。


「えっ?えっ?私?」

「はい。だって、イリニヤさんが真剣に怒ってくれなかったらあいつらエスカレートしてただろうし」


 今回は僕が小突かれた程度で済んだが、あのままだともっと酷いことをされていたに違いない。


「私、カッなっただけだよ?それに二人を怖がらせちゃっただろうし」

「ビックリしたけど、怖くなかったよ!イリニヤさん気にしないで!」

「でも……」

 少しだけ気まずい空気が流れてしまった。


 するとそこへ、食堂の料理を持ったイスカ学長が現れた。

「ふんふんふんふーん♪……あれ?コウくんとミキくんか!そして臨時講師のイリニヤさん!」

 気まずい空気など一切知らないであろうイスカ学長は、陽気な声で僕たちに話しかける。


「あ……学長……」

 すると何やら不思議な音楽が聞こえてきた。

 その音が鳴ると、イスカ学長の腰から魔法石パッドが飛び出してきた。


「ナロメ先生からかな?……はい?どうしたんだい?」

「学長。お忙しいところしつ……また食堂長に適当なこと言って昼食代を……」

「今回はしっかり払ったさ!」

「どうだか……」


 魔法石パッドを使ってイスカ学長とナロメ先生は会話をしているらしかった。


「ところでナロメ先生。急用かい?」

「はい。先ほどテラス席で例の四人組がコウさん、ミキさん、イリニヤさんに失礼な物言いをし、暴力行為を働いたため生徒指導室へ連行しました。これから聴取を行うため四限の授業は……」

「わかった。ミキくんの授業を僕が見ればいいんだね?」

「いえ、授業のほうはゴマン先生に……」

「僕がやる~!僕がやるの~!」


 イスカ学長は5歳児のような駄々っ子っぷりを披露する。この人は本当に学長なのかと少し疑ってしまうくらいに。


「はいはい。わかりました。……はぁ」

 ナロメ先生は呆れかえったようにため息をついた。

「ということで、三人とも!四限は僕も一緒だよ~!やったね!」

「あれ?ご三方もそちらに?」

「うん!いるよ~!ほら三人とも僕の後ろに来て~!」


 僕たちはそう言われ、イスカ学長の後ろに立った。


「ほらほら!みんな、ナロメ先生に手を振って~」

「ゴホン!ということですので、コウさん、ミキさん、イリニヤさん、お話は聞いていただいた通り四限は私の代わりにイスカ学長にお願いすることになりましたので」

「わかりました」

 そして、魔法石パッドを使ったナロメ先生との会話は終わった。


 イスカ学長は席に座り、オムライスを食しながら話し始めた。

「まぁそういうことだから、改めてよろしくネ!……で、授業って何をしてたの?どこまでやったの?」

 口元にオムライスのケチャップが付いたままイスカ学長は僕たちに尋ねる。


「えっと、僕はイリニヤさんに剣術と魔法を応用した炎の剣を教えてもらっていました」

「私は、中級魔法を……」

「炎の剣と中級魔法か……」


 イスカ学長は少し悩んだ表情をしながら、最後の一口をパクりと平らげた。

 すると鐘の音が響いた。お昼休憩が終わり、四限開始の合図だ。


「じゃあ、始めようか!」

 イスカ学長は腰から自身の杖を出した。黄金の持ち手が付いた杖だった。

 イスカ学長が杖を振ると、目の前の食器類はゆっくりと飛んで食堂の奥へ消えて行った。



 僕たち四人は校庭に行き、四限を開始した。


 イスカ学長が杖を振ると、僕たちの周りにバリアのような物が出現し、敵の姿をした模型が出てきた。

「コウくん。炎の剣はどの程度できるようになったんだい?」

 するとイリニヤさんが答えた。

「剣に炎は少しだけ出るようなんですが、まだしっかりとした感じではなく……」

「僕の魔法が下手なせいかイリニヤさんみたいにうまく炎の剣が作れなくて……」

 イスカ学長は少し考え込んだあと、口を開いた。


「炎の剣なんだがね、ミキくんの魔法とコウくんの剣で合体技みたいなのできそうじゃない?」

「合体技ですか?」

「名づけて!”コウ&ミキ ファイアブレード!”なんてどう?」

「……ダサいです」

 とても寒い空気が流れたあと、ミキははっきりとそう答えた。


「う~ん!ミキくん辛辣~!」


 名前はともかく、イスカ学長の言う通り魔法が得意なミキが僕の剣に魔法を使い、その剣を僕が振るうなんてことができれば魔法が苦手な僕にとって有利に戦闘を運べるかもしれない。


「お互いの息が合ってないと失敗する可能性はある……が、うまくいけば門の塔の攻略でかなり役に立つと思うんだよね!イリニヤさんはどう思います?」

「やってみる価値はあると思います。何より二人で攻略に行くんだから協力できる技があるのは無いよりいいかも」

「決まりだね」

 僕たちは合体技を練習することになった。


「えっと、ポーをコウの剣に当てればいいのかな?」

「うん!一度それでやってみようか」


 僕たちは緊張しながらもそれぞれの杖と剣に集中する。

 息を合わせ、お互いのタイミングを計った。


「コウ!いくよ!ポー!」


 ミキが呪文を唱えると杖先に火球が出現し、僕に目がけて飛んできた。

 その火球を剣に当てるよう僕は走った。


「よし!ここだ!」

 僕が勢い良く飛ぶと、火球は見事剣に命中し、炎の剣となった。


「よし!これなら……!とりゃあ!」

 僕は敵の姿をした模型に炎の剣を渾身の力を込めて叩きつけた。


 模型は燃え盛りながら綺麗に崩れていった。


「や、やった!できたー!」

 僕の後ろでミキは飛び跳ねて喜んでいる。

「ミキありがとう!さすがだよ!」


 すると、ゆっくり拍手をするイリニヤさんとイスカ学長が声をかけてきた。

「二人ともすごーい!」

「やっぱりいい感じにできたね!この技を四限の間はたくさん練習しよう!そして、技の名前だけどさ。”コウ&ミキ スーパー炎の剣”なんて……」

「絶対にいやです!」

 ミキは間髪入れずそう答えた。

「ミキくん辛辣~!」


 それから僕たちは四限の時間をめいっぱい使い合体技の練習をした。

 気が付けば太陽は斜めになり、校舎の影が長く伸びていた。夕刻に近いようだ。

 鐘の音が響き、四限が終了となった。


「イスカ学長!イリニヤさん!ありがとうございました!」

 僕たちは授業をしてくれたイスカ学長とイリニヤさんに頭を下げて感謝した。


 僕とミキが帰路についていると、後ろから駆け足でこちらへ寄ってくる音が聞こえた。イリニヤさんだ。

「二人ともー!待って!」

 僕たちは立ち止まり、イリニヤさんを待った。


「イリニヤさん!どうしたんですか?」

「一緒にアミマド屋まで行こうと思ってさ!ちょっと二人に話しておきたいことがあるし」


 何やら含みのある言い方をするイリニヤさんだが、そんなことは気にせず、僕たちワイワイと談笑しながらアミマド屋の前まで一緒に帰った。


「ただいまー!」

 ステンドグラスの小窓がついた扉を開けると同時にドアベルが鳴る。

 そのドアベルの音に反応してか、店奥からミエさんが顔を覗かせる。

「あら。おかえり。今日はイリニヤさんも一緒なのかい?」

「ミエさんこんにちは。お邪魔します」


 僕たちとイリニヤさんは二階のミキの部屋へ入った。

「イリニヤさん。それで話って何?」

 ミキは部屋に入るやいなや、切り出した。


「うん。私の過去の話。でもまず……」イリニヤさんは少し俯いたあと、こちらを向き直し「今日のお昼の件はビックリさせちゃってごめん!」

 そう言うとイリニヤさんは深々と僕たちに頭を下げた。


「私、カッとなっちゃうと抑えられなくなっちゃうところがあって。あのときは周りも見ずつい……」

「イリニヤさんが謝ることじゃないですよ!」

「そうだよ!そもそもアイツらが悪いんだし!」

「ううん。私も一応大人だからさ、それに今は臨時とは言え一人の講師。あの場で自分をコントロールできなかったからね」

「イリニヤさん……」


 すると、イリニヤさんは顔をあげ、いつもの元気そうな表情に戻る。

「授業のあと、ナロメ先生に叱られてね。だからまずは二人に謝りたかったの」


 確かにあの騒ぎは四人組が一番悪いと僕も思う。だが、ただ感情をぶつけるだけではいけないのだなと僕は思った。


 そして、僕は気になっていたことをふたりに聞いた。

「ところで、あの四人組が言ってた「ケルコ」って、一体何のこと?」

「ケルコは私みたいな珍しい種族同士の子供のことだよ。混血の子供?って意味らしいけど」


 やはり、いい意味ではなかった。

 イリニヤさんは少し間を置いたあと、続けた。


「それで、本題の過去の話。私が昔剣闘士をしていたときのことね。私、実は”イズルザス帝国”で奴隷だったの」


 まさかここで”イズルザス帝国”の名前を耳にするとは思ってもおらず、僕は少しだけビクリとした。

 その昔、イズルザス帝国は小さな村のドガール族やエルフィナ族の子供を連れ去っては、奴隷として雇い重労働をさせていたそうだ。人攫いは大昔の話で現在はしていないそうだが、奴隷同士で出来た子供がまた奴隷となっていたため、奴隷の存在は消えて行くことがなかったらしい。


「奴隷って……。じゃあ、剣闘士ってことは……」

「コロシアムで人を殺していたの。武器を持った相手と戦って生き残った人が勝利ってやつ」


 イリニヤさんは昔苦労をしていたらしいとは聞いていたが、僕たちの想像を超えていた。


「そうだったんだ……」

「うん。でも、15年前の奴隷解放運動で保護されてね。テルパーノに流れついたって感じ」


 今から15年ほど前。イズルザス帝国の奴隷問題が浮き彫りとなり、奴隷解放運動が勃発。ほとんどの奴隷が解放、保護された。イリニヤさんもその一人のようだ。


「私のパパとママはコロシアムで死んじゃってね。私ずっと一人でさ。それにドガール族とエルフィナ族の混血だから珍しくて、他の奴隷からも嫌な呼び名で呼ばれたりして……。そのときのことを思い出して、今日はカッと来ちゃってね」

「そうだったんですね……」


 すると、イリニヤさんはこう呟いた。

「イズルザス帝国と言えば……」何かを思い出したかのように続けて、「マリーナさん!いや、マルサさんのおかげで生き残ることができたの。だからコウくんにお礼言わなきゃ」


「あっ!えっと……」

 僕はここで母さんの名前が出てくるとは思ってもいなかった。


「どういうこと?えっ?マリーナ?マルサ?コウのお母さん?」

「あれ?もしかしてミキちゃんには……」

「まだ話していませんでした……」


 とてつもなく気まずい空気が流れてしまった。ミキも困惑しているようだし、話すしかなくなってしまった。


「ミキ、今まで黙っていてごめん。僕の母さんは七英雄の”マリーナ・ローゼンタール”なんだ」


「…………えっ?!えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」


 理解が全く追いついていないミキは驚きのあまり叫び声を上げた。エクパーノ、いやテルパーノ中に聞こえるのではないかというくらいの大きな叫び声だった。


「コウくんなんだかごめん……」

「いえ、いつかはミキに話さなきゃと思ってたので……」


 タイミングを見失っていたとはいえ、僕の責任だ。イリニヤさんが謝るところではない。


「待って。コウのお母さんは七英雄のマリーナ・ローゼンタールで、七英雄のマリーナ・ローゼンタールはコウのお母さん?」

「同じこと二回言ってるよミキ」

「でもコウのお母さんは門の塔で行方不明?あれ?攻略達成したのに?あれ?」


「順を追って話すね。僕の母さんは、イズルザス帝国の姫だったんだ。でも、姫という位を捨てて魔法騎士になった。それから門の塔を攻略をしたあと父さんと結婚して僕が生まれたんだけど、僕が生まれつき病弱でね。母さんは僕の病気を治すためにまた門の塔に入ったんだけど、そこから行方が分からなくなったんだ」


「そうなんだ。でも、さっきイリニヤさんが言ってたマルサさん?って?」

「母さんは”マリーナ”って名前があまり好きじゃなかったらしくて、周りの人には”マルサ”って呼ばせてたんだって。父さんと結婚してからは改名して”マルサ”になったけど」


 僕はテルパーノへ来る前の船旅途中で交わしたヨーゼフさんとの会話を思い出す。


 ――「母さんはどうして”マルサ”って自分で言ってたんですか?」

「なんでも”マリーナ”の伸ばし棒がお気に召さなかったそうで、「その伸ばし棒を”ナ”の左側に刺したら”サ”になるでしょ?あと”リ”は”ル”にも見えるし!」と小さい頃仰られておりました」

「母さん……」

「そう言ったところもマリーナ……いえ、マルサ様らしいと今は思っております」――


 ”マリーナ=ローゼンタール・プリンセス・フォン・イズルザス”。これが母さんの本当の名前だ。イズルザス帝国の王族に生まれたが、母さんは小さい頃からお転婆だったんだそうだ。あまりのお転婆ぶりに「薔薇の花より土が似合う”泥んこ姫”」などと言われていたそうだ。


 僕はミキのほうを向き、少し俯きながら、「ずっと話せなくてごめんね。ミキのお父さんのこと考えたらどうしても言い出せなくて……」


 ミキのお父さんは、イズルザス帝国が起こした海神戦争の大しけで亡くなった。関係ないとは言え、僕も少しだけ責任を感じていたのだ。


「私のパパのこと?」

「だって、あの大しけで亡くなったんでしょ?海神戦争が原因だし、イズルザス帝国の血が入った僕がって思ったら……」

「コウ全然悪くないじゃん!それにあの戦争が起こったときは、コウのお母さんはもう結婚していたでしょ?だったら全然関係ないじゃん!」

「それに、コウくんがミキちゃんのお父さんを殺したわけじゃないよね」

「そうだよ!」

 ミキは続ける。

「パパは確かに死んじゃったけど、あれは事故だったから。……だからコウは悪くないよ!」

「ミキ……!」


 僕はこのとき、もっと早くに話せばよかったと少しだけ後悔した。とても優しいミキなのだ。しっかり受け止めてくれる。もっとミキを信じるべきだったのだ。


 トントン!

 するとドアからノック音が聞こえた。


「入っていいかい?」

 ミエさんの声だ。


 ふと窓の外を見ると、景色は赤く燃えていた。太陽が低くなり夕刻となっていたようだ。


「ママ!いいよ!」

 ミキの返事を聞いて、ミエさんはゆっくりとドアを開き顔を覗かせた。


「話してるところ悪いけど、今日はイリニヤさんが来てくれたし、みんなでパーティなんてどうだい?」

「ママ!いいね!」

「そんな!私今日はちょっと用事があって来ただけなのに……」

「いいんだよ!遠慮はよしな!」

「でも……」

「イリニヤさん!今日は甘えよう!たまには甘えも必要!ね!」


 僕はぶんぶんと首を縦に振り、ミキとミエさんに同意した。


「……じゃあ、今日は甘えさせてもらおうかな!」

「そうこなくっちゃ!」


 僕たちは急いで買い出しや、沢山の料理を用意し、パーティの準備をした。

 色とりどりの料理に飲み物。さすがに装飾までは間に合わなかったが、食卓を見るだけでも十分賑やかな雰囲気だ。


「ちょっと作りすぎちゃったかね?」

「余ったら明日に回せばいいんじゃね?」

 ミエさんとミナさんは食卓の料理たちを前にフゥ!と一息をつく。


「さ!パーティの始まりだよ!」


 僕たちとイリニヤさんは食卓を囲み、パーティを始めた。

 いつもの食卓とは少しだけ違う。賑やかなパーティ。

 仕事のこと、街のこと、他人のこと、僕たちの学校のこと。話をしながら料理を食べ、これが美味しい、あれが美味しい。

 僕たちはこのひと時を忘れることはないだろう。

 


 外はすっかり真っ暗になっており、空には砂粒ほどの星たちがキラキラと輝いていた。

 三日月は薄黄色く輝き、テルパーノ中を見守る。

 温かいパーティの夜は、誰にも邪魔されることなく、愉快なひと時となったのだった。

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