第十四話 七日間講義二日目①

「おっと。危ない」

 僕はベッドから落ちそうになったところで起きた。


 部屋の窓からは青白い朝日が射しこんでいる。もう朝のようだ。

 窓を開け、外の空気を部屋へ誘い込む。伸びをして大きく息を吸う。ひんやりしていて少しだけ気持ちがいい。


 僕は着替えを済ませ、靴を履き、一階の洗面台へ向かった。途中、何やらいい匂いがキッチンからしてくる。この匂いは、初めてテルパーノへ来た日、ミエさんが僕に作ってくれた卵焼きの匂いだ。ほんのちょっと耳をすましてみると、ジュージューと焼いているらしい音が聞こえる。


 朝食が楽しみになった僕は急いで洗面台へ向かい、顔を洗う。持ってきたタオルで顔を拭き、鏡を見て髪を整え、キッチンへ向かった。


「あら!コウくんおはよう」

「おはようございます!」


 朝食はやはり卵焼きのようだ。ミエさんは四角いフライパンの上で焼いているようだった。


「コウくん。起きたところで悪いんだけど、ご飯よそってもらってもいい?」

「わかりました」


 僕は近くの食器棚から人数分のお茶碗を出し、順番に白いご飯をよそっていく。


「あ、ミナの分は少ない目にしといてあげてね。糖質カットがどうとかってうるさいのよ」

「わかりました。ダイエットですかね?」

「踊り子してるから気になるんでしょうけど、十分動いてるから気にしなくてもいいと思うんだけどねぇ」


 ミナさんはエピノ宿での仕事や踊り子の仕事をしている。普通の人の10倍は体を動かしているだろう。だが、ミナさんはテルパーノでもトップクラスの踊り子だ。少しの体重増加が踊りに支障をきたすのかもしれない。


 そうこうしていると、ミキがキッチンへやってきた。

「二人ともおはよう……。わっ!今日は卵焼きだ。ママの作った卵焼き好きなんだよね~」

 そう言いながら席につくミキ。


「ささっ。二人とも食べちゃおうか。ミナは髪直してる最中かな?」

「お姉ちゃんなら鏡とにらめっこしてたよ」


 するとキッチンにミナさんが現れた。

「にらめっこ終わったよ~」


 さっきの会話を聞いていたらしいミナさんの返事に少しふふっと笑ってしまった。

「さて、みんな揃ったし食べちゃおうか」


 三人はそれぞれ手を合わせて食事を始めた。

「いただきます」


 僕も手を合わせて食事を始めた。いただく命と食材に感謝を忘れずに。

 今日の朝食は卵焼きと炊き立ての白いご飯、お味噌汁だ。

 僕はまずお味噌汁を少しすする。程よい味噌加減とワカメ、小さく刻まれた豆腐。朝の冷たい空気で少し冷えた体を温めてくれる。エンジンをかけてくれるような感覚だ。

 そして、卵焼きを一口。塩加減が絶妙で、さすがミエさん!と唸りたくなる。そこへ白いご飯を一口。炊き立てでちょっと熱いが、ホクホクしていて最高だ。

 お味噌汁をすすり、豆腐を噛んでいるところへ卵焼きを齧る。そして白いご飯をかき込む。今日の朝食は最高のサイクルが出来上がっていた。

 僕たちは朝食を終えた。それぞれやることをやり、身支度をしてアミマド屋を後にした。



 今日も徒歩で通学だ。昨日と変わらず頭上を飛び交う箒に乗った人たちがたくさんいるが、彼らのことは気にならなくなった。


「今日は魔法の授業だったよね。昨日の晩、教科書見て予習したんだけど、僕にはどうしたらいいかわからなかったよ。呪文はちょっとだけ覚えたけど」

「そうだよね。今日はナロメ先生だから心配はしなくて大丈夫だと思う」

 僕たちはレウテーニャへの道のりを進む。


 石畳の道を歩いていると、昨日帰り道で合ったリルさんが声をかけてくれた。

「二人ともおはよう!」

「リル!おはよう!」

「おはようございます!」


 昨日と同じように魔法クリケットの道具を手に持ち、ミキと同じようなローブとつばの大きいトンガリ帽子を被っているが、僕と一緒に登校しているミキはともかく、リルさんは他の生徒のように箒に乗っていなかった。


「リルさんは他の子たちみたいに箒には乗らないんですか?」

「箒?あぁ、私ね、箒に乗ると酔っちゃうんだ」


 運動が得意なリルさんでも苦手な事があるのかと少し驚いた。


「リル、ちょっと浮いただけで吐いちゃうもんね」

「ほんとね。自分でも笑っちゃうくらい酔うんだよね」

「だから登下校は徒歩なんですね」

「うん」


 リルさんの話をしていると、レウテーニャの校門が見えてきた。朝日に照らされ神々しく見える。

 僕たちとリルさんは校舎の入り口で別れ、B教室へ着いた。ガラリと扉を開くが、やはり誰もいない。

 静まり返った教室の席に僕たちは腰掛けた。

 授業の用意をしていると、鐘の音が響いた。一限開始の合図だ。

 廊下からコツコツとヒールの音が響き、B教室の前で止まった。すると扉がガラリと開いた。

「ふぅ。おはようございます。お二人ともお揃いですね」

 ナロメ先生はこう言いながら教室に入ってきた。


「では、本日は魔法の授業ですね。まず、一限は座学です。魔法の基礎や歴史を学びましょう」

 僕たちは机上の教科書を開いた。”二日目 魔法の基礎”と少し大きめの文字で書かれていた。

「まず、魔法の基礎ですね。魔法を使う際、どういった力が作用しているのか。使える人使えない人が存在している理由をご説明します」

 ナロメ先生が教科書を読み上げる。


 ――魔法の基礎。魔法は人間の生命エネルギーや体力エネルギーと共に存在する魔力エネルギーを使用した物。使う呪文を頭で想像し、呪文を唱えることで杖から出すことができる。

 個人によって魔力エネルギーの量が大小異なるため、極大魔法を連続して出すことができる者もいれば。小さな魔法しか使うことができない者も存在する。


「なのでコウさん。あなたの魔法についてはあまり気になさらないでくださいね」

「はい」

 教科書の内容はまだ続く。


 ――魔法は個人が受けた加護が影響する。その者が生まれ育った土地、その土地に根付く神、精霊、自然の中に眠る力など、人類は様々な加護を受け生まれてくる。その受けた加護によって得意な魔法、不得意な魔法も存在する。

 昨日リーウさんの店でポーだけを使えた理由が、生まれた場所や加護によるものだったのかと驚く僕だった。

 ――魔法の杖について。木製の棒の中に芯材と呼ばれる素材を埋め込まれて作られている。杖の素材は、使う者の出身地やその者に因果する素材から選出され、作られる。

 相性の良い素材を使うことで、使う者の魔力を増幅させる。相性の悪い素材を使うと、魔力が半減する場合や、杖が折れることもある。こういった素材を見極めるため、杖職人は慎重に素材を見極めなければならない。


「私の杖の素材がサクラと海鳥の風切り羽の羽軸なのって私が海の町で生まれたからなのかぁ」

「ミキさんご出身は?」

「アクドゥア王国のミスカホっていう町です。あれ?でもサクラってアクドゥアにはあまりない木だったような」

「ミキさん誕生月は?」

「4月です!」

「たぶんですが、杖を調整したときに木材は誕生月から選ばれたのでしょうね。そちらのほうが相性が良かったのかもしれません」

「学長の弟さんのお店で杖を買ったんですけど、そんなところまで見られてたんですね。あの人いつも眠そうなのに」

「あの方は”杖職人”というより”杖オタク”なので、一度杖のことになると夢中になって睡眠や食事を何日も取らないんですよ。だからいつも体調が悪そうなんです。優秀な方なんですけどね」


 昨日リーウさんの店を訪れたとき、リーウさんの表情や気怠そうな雰囲気はそういうことだったのかと答え合わせした気分になった。


「それでは続けますね」

 僕たちは教科書に目を向ける。


 ――魔法の歴史。諸説はあるが、三千年以上も前から存在すると言われている。誰が最初に使ったのか、初めて魔法の存在を発見した者などはわかっていない。魔法は人類の発展と共にルール化された。近代では魔術式や魔方陣が開発され、魔法石の製造などに大きく貢献している。魔法を使えない人でも身近に魔法の存在があると言えよう。

 僕がバーオボで使っていたバイクや、テルパーノで初めて見た魔法石パッドなどに魔法石が埋め込まれている。人類の暮らしをより良い物にするための魔法だ。開発してくれた人には感謝しなくてはならない。


「魔法はより身近な存在。だからこそ注意せねばならない魔法もあります。生と死に関する魔法です」

「生と死……」

「基本的にこの2つの魔法は禁忌だと思ってください。特に死に関する魔法はとても危険です。教えることも懲罰対象となるくらいです。なので興味本位で調べたりしないようにしてくださいね」


 僕はふと思ったことがあったので質問した。

「あの、ナロメ先生。傷を治すような魔法は生と死の魔法には該当しないのですか?」

「いい質問ですね。傷を治す……癒す魔法は”治癒魔法”です。あくまで癒す行為ですので生と死の魔法には該当しません。なので安心してくださいね」


 すると鐘の音が響いた。一限終了の合図だ。


「一限終了ですね。二限は校庭に集まってくださいね」

 そう言ってナロメ先生は教室を出て行った。


 僕たちは荷物を鞄に入れ、その鞄を持ってB教室を出た。

「校庭って言ってたよね」

「うん。それにしても、生と死の魔法かぁ。私考えたことなかった」

「僕も。そもそも存在してたことすら知らなかったし」

「怖いから絶対調べないようにしないとね」

「うん」

 僕たちは階段を降り、校庭があるほうの出口を出た。



 校庭へ続く道には他の生徒も居た。ほとんどの生徒は箒に乗っている。

 少しだけ高くなった太陽はレウテーニャの校舎や校庭を明るく照らす。魔法の力で咲く花や木々が風で揺れる。ベンチで眠っているらしい生徒、友達と話しながら空を飛ぶ生徒、たまに外から来たらしい小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。


 そんな風景を見ながら歩いていた僕たちは、ナロメ先生に言われた通り校庭へやってきた。

「授業までまだ時間があるね」


 僕がなんとなくミキに話しかけたとき、なにやら風乗ってほのかに香りがやってきた。


「……いい匂い」

「たぶん食堂の仕込みの匂いかなぁ。……ちょっとお腹すくよね」

「うん。もう頭の中が食堂のメニューのことでいっぱいだよ」


 僕は昨日見た食堂のメニュー表を思い出していた。初めてレウテーニャへ来たとき食べたオムライス、七日間講義一日目に食べたから揚げ定食。今日は何を食べようという思考でいっぱいになった。


 すると、鐘の音が響いた。二限開始の合図だ。


 頭の中を魔法や呪文のことに切り替えて、ナロメ先生の到着を待つ。

「お二人ともお待たせしました」

 声をかけられた方向へ振り向くと、ナロメ先生の姿があった。


「それでは、二限開始しますね。簡単な魔法から勉強していきましょう」

 ナロメ先生はそう言いながら胸元から自分の杖を取り出し、空や前後左右に向かって杖を振った。


「ウィミローテヴァリーア!」

 すると、僕たちとナロメ先生がいる場所から半径10メートルほどの範囲にドーム状の空間のような物が出来た。


「こ、これは……!」

「これはドーム状のバリアのような物が出現する魔法です。魔法が四方八方へ飛んでも人や物へ当たらないようになっています。バリアの部分は魔法が当たっても魔力が吸収されるような仕組みになってます」

「すごい……」

「それでは練習していきましょうか」


 ナロメ先生は杖先から袋のような物を出し、その中からもう一本杖を取り出した。

「コウさん。今日はこの杖をお使いなさい。仮の杖ですが、イスカ学長の弟さんからお借りした物なので、魔法を使っても折れたりということはないと思います」

「ありがとうございます!」

 僕はナロメ先生から杖を受け取った。昨日リーウさんから渡された杖よりは軽く、木材も薄黄色をしている。


「それでは、まず火の魔法の”ポー”からやっていきましょう」

 ナロメ先生はそう言いながら杖を振った。すると前方に的のようなものが出現した。


「お手本を見せますね。……ポー!」

 ナロメ先生は杖を構え、呪文を唱えた。杖先から拳大ほどの大きさの火の玉が出現し、目の前の的を目がけて飛んで行った。火の玉は見事ど真ん中に命中。


「何度か挑戦しているはずですので、特に細かい説明は不要ですね。それでは、お二人ともやってみてください」


 僕たちはそう言われ、前方の的に向かって杖を真っ直ぐ構える。

 僕は頭に炎華祭りの大きな炎をイメージし、呪文を唱えた。


「ポー!」

 杖先に出てきた火の玉は卵ほどの大きさだが、目の前の的に飛んで行き見事命中した。


「ポー!」

 次にミキが呪文を唱えた。ミキの杖先に出来た火の玉は想像した通りの拳大ほどの大きさで、そのまま目の前の的に飛んで行き、命中した。


「お二人ともいい感じですね」

「僕のはちょっと小さかったけど……。」

「いきなり上手に扱える方のほうが少ないですよ。まだコツを掴み切っていないのかもしれませんし」


 そうだ。何事も最初からうまくできる人なんていない。それに今は仮の杖だ。僕の魔力をうまく引き出せないのかもしれない。


「もう少し大きい火を想像してやってみます!」

「その意気です」

 ナロメ先生は笑顔でそう言ってくれた。


 ミキやナロメ先生から様々なアドバイスを貰い、魔法のコツを掴めてきたような気してきた。


「コウさん。火の玉の速度も上がってきましたし、良い感じですね」

「ありがとうございます」

「ミキさんも、火の玉が出来る速さや的へ当たったときの攻撃力の高さが上がってきましたね」

「はい!」


「魔法は、意外にも使う人の心にも左右されている……なんて、ここ最近の研究で言われているようです。できる限り自分に自信を持ってくださいね。次の呪文も練習していきましょうか」

 すると、ナロメ先生は杖を構え呪文を唱えた。


「チー!」

 ナロメ先生の杖先から鋭く尖った氷の刃が出現し、目の前の的へ飛んでいった。的を粉々に砕くほどの威力だった。


「この魔法は氷魔法です。アドバイスとしては、氷を想像することもそうですが敵を切り裂くようなイメージもすると威力が増します」


 僕たちは杖を構えた。

 僕は冷たい世界と氷で出来た包丁を想像し、呪文を唱えた。


「チー!」

 杖先には小指ほど長さの氷の刃が出来たが、思ったよりも飛んでいかず地面に落ちて溶けてしまった。


「チー!」

 ミキが呪文を唱えた。

 ミキの杖先には鋭い氷の刃が出現し、的へ飛んで行った。


「ミキさんはさすがですね。そして、コウさんは……やはり氷の魔法は少し苦手なのかもしれませんね」

「僕、バーオボに住んでたので氷の刃って言われてもいまいちピンと来なくて……」

「なるほど。氷柱などもご存じない?」

「なんとなくはわかりますが、見たことありません」


 僕が住むバーオボは、冬になっても雪が降らない地域だ。雪が最後に降ったのも、母さんが門の塔へ発ったあの日が最後なのだ。屋根の縁にできるという氷柱は当然見たことがないのだ。


「ふむ」

 ナロメ先生が杖を振ると、目の前に大きなスクリーンのような物が出現した。そのスクリーンには雪国のような景色が映っている。

「このスクリーンには北の雪国の景色を映しています。あの屋根の縁にできているのが氷柱です」


 豪雪地帯なのだろうか。真っ白な雪が人の身長近い高さまで積もっている。その中を人々は行ったり来たりしている。犬は駆け回り、子供たちは手足や顔を覆うほどのモコモコとした冬服を着用し、白い息を吐きながら雪合戦をしている。そして、鋭く逆V字になった家の屋根の縁には大小様々な尖った氷柱がぶら下がっている。


 ナロメ先生が杖を振ると、スクリーンの情景は洞窟のような場所に変わった。


 豪雪地帯の洞窟だろうか。冷たい空気が洞窟の中へ入り込み、中まで冷えているのが目に見えてわかる。洞窟の天井には、その冷たい空気で凍らされた水で出来たとても巨大な氷柱が何本もぶら下がっていた。


「洞窟の中に出来ている巨大な氷柱を映し出しています。氷柱が何らかの衝撃で割れ、落ちると……」


 映し出されていた氷柱が何らかの衝撃で根本から割れ、地面に突き刺さった。


「このように地面に突き刺さったり、場合によっては真下にいた生き物に刺さることがあります。氷柱が危険という話はなんとなく分かっていただけたでしょうから、今度は敵に向ける刃のような氷柱を想像してみてください」


 ナロメ先生がそう言いながら杖を振ると、目の前に出来た巨大なスクリーンは消えた。


 僕は、ナロメ先生が見せてくれた洞窟の巨大な氷柱を頭の中でイメージしながら杖を構えた。

「チー!」

 杖先には、鉛筆ほどの長さだが鋭く尖った氷の刃が出来、的へ飛んでいった。惜しくも外したが、とても勢いよく飛んで行った。


「出来た……!」

「コウいい感じ!」

「いい感じですね。そのイメージのまま何度か練習してみましょうか」

 僕はミキやナロメ先生からアドバイスを受け、氷の魔法を練習した。


 夢中で練習していると、鐘の音が響いた。二限終了の合図のようだ。


「二限が終わりましたね」

 ナロメ先生が杖を振ると、ドーム状のバリアがゆっくり消えていった。


「休憩時間にしましょう。あまり詰めすぎても良くないので、この時間はしっかりと体を休めてくださいね」

 ナロメ先生がまた杖を振ると、水筒のような物が僕たちの目の前に出てきた。

 その水筒のような入れ物には、水のような液体が入っていた。


「あのこれは……」

「飲み水です。しっかり水分補給もしてくださいね。魔法を使うと思っている以上に体力が消耗しているので。それでは私は職員室へ戻ります。三限もここで実技ですのであまり遠くへ行かれないように」

 そう言ってナロメ先生は箒に乗り、校舎のほうへ消えていった。


 僕とミキは、魔法を練習していた場所の近くにあったベンチを見つけ、そこへ腰かけた。

「ふぅ。疲れたね」

「ナロメ先生が飲み物くれたから、ゆっくり休憩できそうだね」

「うん」


 ナロメ先生から貰った水筒に入った水は、程よくひんやりしていて美味しい水だった。


「魔法ってほんとうに難しいね。ミキとかナロメ先生みたいにサッとできたらいいんだけど」

「コウは初めてにしては上出来だよ。私なんて氷の魔法がうまくコントロールできなくて結構苦労したんだぁ」

「ミキが?」

「うん。マワとかリルに手伝ってもらって結構練習したんだけどね。あと最初は安い杖使ってたってのもあるけど」

「最初からリーウさんが作った杖じゃなかったんだ」

「うん。使えるならなんでもいいやって適当な安い杖買ったの。節約したかったし。そしたら、その杖があんまり合ってなかったみたい」

「じゃあ、その後でリーウさんのお店で買ったんだね」

「うん。入学祝いだと思って遠慮しちゃダメってお姉ちゃんとママがお金出してくれてね。マワとリルに聞いてリーウさんのお店教えてもらって、あそこでやっと相性のいい杖買って。それから魔法は割と得意になったなぁ」


 僕とミキは、ナロメ先生から貰った飲み水を一口、また一口と口に含みながら話す。


「じゃあ、ミキが昨日杖の相性がどうって言ってたのって」

「うん。私の経験があったから。それに、コウにここで諦められちゃったら、門の塔に行けなくなっちゃうし」


 ミキははにかみながら答えた。すると、鐘の音が響いた。三限開始の合図だ。


「そろそろ戻ろっか」

 ミキはそう言って歩き出す。僕もベンチから立ち上がり、歩き出した。



 先ほどまで魔法の授業をしていた場所へ戻ってきたと同時に、ナロメ先生も箒に乗ってやってきた。

「お二人ともお揃いですね。それでは三限開始します」


 僕たちは手にもっている水筒をどこかに置こうとしたところナロメ先生が何かに気づいた。

「そうでしたね。お二人の水筒回収します」

 ナロメ先生が杖を振ると、僕たちの手にあった水筒は消えてなくなった。


「あ、あの。飲み水ありがとうございました」

 僕はお礼を言う。飲み水のおかげでゆっくり体を休めることができたので、三限の授業も頑張れそうだ。


「いえ。では改めて。三限始めますね。今回は治癒魔法を使ってみましょう」

 僕たちは杖を手に持ち、ナロメ先生の話を聞く。


「治癒魔法は、普段の生活ではあまり使うことがない魔法なのですが、あなた方お二人は門の塔攻略へ行くのでお教えします。ミキさんは魔法薬学科なので、少しは知っていらっしゃいますね?」

「はい」

「わかりました。今日はコウさんもおりますし、小回復魔法からお教えしていきます」

 ナロメ先生は続ける。

「治癒魔法には、体力を回復するもの、毒や麻痺など体力を奪ったり身動きを制限してくるような状態のものを元の状態に戻すものがあります。攻撃をする魔法と違う点は、使う者の心が重要だと言われております」


「心……」

「言葉で言われてもわかるものではないので、一度試してみましょうか」


 ナロメ先生が杖を振ると、目の前に少し枯れかかった一輪の花が出てきた。


「では、ミキさんにお手本を見せていただきましょう。ミキさん、こちらの花を小回復してみてください」

「わかりました!」


 ミキは枯れかかった一輪の花に杖を向け、呪文を唱えた。


「大地に住まう精霊たちよ、この者を癒したまえ、ヴァリーヴァリー」

 ミキはそう言いながら、コップの水をかき混ぜるようにゆっくり杖先を回した。

 すると、杖先から緑色をした光が溢れ、枯れていた一輪の花は真っ赤で綺麗な花を咲かせた。


「すごい……」

「こちらが小回復魔法です。攻撃をする魔法と違って呪文が一種の術式のようになっており、大地の精霊を召喚し、彼らの力を借りて治癒する魔法です。なので呪文が少し長いのです。しっかり覚えてください」

「はい!」

「先ほど軽く説明しましたが、回復魔法には心が重要です。焦っていたり、心が悪い何かに浸食されているとうまくできないことがあります。注意してくださいね」


 ナロメ先生はそう言うと、杖を振った。すると僕の前にも一輪の枯れかけた花が出てきた。


「今度はコウさんもやってみましょう。失敗は恐れずゆっくりやってみてください」


 僕は、ミキがやっていたのを思い出し、見よう見真似で杖先を花に向けた。

「えっと……。 大地に住まう精霊たちよ、この者を癒したまえ、ヴァリーヴァリー」

 そして、ミキがやっていたように杖先をクルクルと円を描くように回転させた。

 すると、杖先から少しずつ緑色の光が現れ、枯れかけた花へ降り注ぐ。


「コウさん、もう少し杖先に集中してみてください」

「はい!」


 ナロメ先生に言われた通り、杖先に目線を向け力を集中させた。少しだけ緑色の光が強くなったきた。


 僕は集中力が途切れないようゆっくりゆっくり杖先を回転させ続けた。

 枯れかけていた花はゆっくりと元の姿を取り戻し、オレンジ色の花を咲かせた。


「やった!」

「コウ!やるじゃん!」

「上出来ですね。これを何度か練習してみましょう」


 ナロメ先生がまた杖を振ると、枯れかけた花何本か出てきた。

 僕とミキは、何度も練習をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る