第十三話 杖と魔法

 太陽は、空の一番てっぺんでギラギラと輝いている。まだ夏ではないが、少しだけ汗ばむ陽気だ。


 七日間講義一日目の授業を終えた僕たちは、レウテーニャ魔法大学校の食堂に来ていた。

 僕とミキは、食堂前に掲げられているメニュー表を見て、お昼ご飯を考えていた。

「今日はどうしよっかなぁ」

 ミキは少し悩んでいる様子だ。

 レウテーニャの食堂は、本当に様々な料理がある。どれも美味しそうなので迷ってしまうのだ。


「僕はから揚げ定食とローズティーにしようかな」

「じゃ、私は焼きそばパンとサラダとレモンティーにしよっと」


 僕たちはカウンターからそれぞれ注文した物を取り、食堂外のテラス席へ移動した。

「美味しそうだねぇ。いただきまーす!」

「いただきます」

 僕は手を合わせた。全ての命と食べ物への感謝の気持ちを忘れずに。


 僕が注文したのはから揚げ定食。名前の通り、から揚げに白いご飯、サラダとお味噌汁が付いている。


「食堂のから揚げ定食もオムライスと同じくらい人気だよ」

 ミキはそう言いながら焼きそばパンを頬張る。


 僕はから揚げを一口齧った。サクサクに揚げられた衣と中のジューシーで柔らかい鶏肉、揚げる前に下味処理をされたのか、うま味と辛味が口の中に広がる。そこへ白いご飯をかき込む。僕の口の中はから揚げパラダイス状態だ。しっかり噛んで飲み込んだあと、ドレッシングがかかったサラダを一口。ザクザク噛んで飲み込み、今度はお味噌汁を一口すする。今日の昼食はから揚げ定食にして良かったと心から思いながら、またから揚げを齧る僕だった。


 僕たちは昼食を取り終え、ローズティーとレモンティーで一息ついていた。

「ローズティーもなかなかいい感じだね」

「レモンティーもいいよ。あとはアップルティーもオススメだよ」


 外のテラス席で紅茶を嗜みながら休息を取るひと時。真っ青な空には白い雲がいくつか並び、昼下がりを演出してくれる。そよそよと吹く風がなんとも心地よく、昼寝をしたくなる。


「休憩終わったら校庭に行って魔法使ってみよっか」

「そうだね。うまくできるかなぁ」


 昼寝したくなっていた僕の脳みそを働かせた。昼からはミキの杖を借りて魔法を試す。魔法と言っても本当に簡単なものを試すことになるだろうが、怪我や物を壊すことがないよう細心の注意を払わねば。


「じゃあ、食器戻しに行こう」

「うん」

 僕は残っていたローズティーを飲み干し、トレイに置く。人肌ほどの温度になったローズティーが僕の喉を潤し、午後からも体を動かす源になってくれる。

 


 僕たちは食堂を後にし、校庭へとやってきた。校庭は芝生が青々と茂り、いかにもフカフカそうだ。

 校庭の壁際へとやってきた僕たちは、魔法を試す準備をしていた。


「じゃあ、私の杖貸すね。はい!」


 ミキから杖を手渡された。杖は木製でピンと真っ直ぐ伸びており、とても丈夫そうな杖だ。持ち手部分にはシルバー色の器具のような物が付けられており、手の形に合うよう加工が施されていた。その器具には飛んでいる鳥の彫刻のようなものが掘られている。


「ありがとう」

「じゃあまず、簡単な火の呪文やってみよっか。杖先をしっかり前に向けて、燃えてる火をイメージしながら”ポー”って言ってみて」

 僕はミキの杖をしっかり前へ向け、頭の中で松明に灯された火を思い浮かべた。


「ポー!」

 すると杖先に小さな青い火が出てきた。


「あ、あれ?」

 それを見たミキが少し戸惑う。


「どうしたの?一応出せたけど……」

「ポーはもっと大きい火というか、火の玉みたいなのが出てくるはずなんだけど……」


 僕が魔法で出した火は火の玉というより、青く小さいガスコンロの火のようだ。とても小さく、敵を倒すような威力など到底無さそうだ。


「おかしいなぁ。火ってどんなのイメージした?」

「松明の火をイメージしたよ」

「だったら大丈夫なはずなんだけどな……。もっと大きな火をイメージできる?前に言ってた炎華祭りの大きな炎とか」

「やってみるよ」


 僕はバーオボで見た炎華祭りの大きな櫓の炎を思い浮かべる。ゴーゴーと勢いよく燃え盛る炎。今にも飲み込まれそうな大きな炎。イメージを思い浮かべながら勢いよく呪文を唱えた。


「ポー!」

 やはり出てきた火はガスコンロのような小さく青い火だ。こんなのじゃ蝋燭くらいにしかならない。


「おかしいなぁ。なんでだろう。杖の相性かなぁ」

「杖の相性?」

「うん。杖ってその人に合った素材とかあるんだよね」


 僕とミキが悩んでいると突然影が出来た。ふと上を向くと頭上には箒に乗ったナロメ先生が居た。


「お二人ともここで何を?」


 ナロメ先生はゆっくりと降下しながら僕たちに尋ねた。

「ナロメ先生!丁度良かった!」

 ミキはナロメ先生の姿を見るやいなや、待ってましたと言わんばかりに僕の魔法が異様に小さく出てくることを話した。


「ふむ。もしかしたら杖の相性かもしれないということですね」

「はい。ただ私はこの杖しか持ってないし……。魔術科のナロメ先生なら原因とか分かるかなって」

「そうですね……」

 ナロメ先生は少し悩んだあとこう告げた。

「杖の相性もそうですが、コウさん自身の魔力量の問題かもしれません。明日は私が魔法の授業をする予定なのですが、考えられる原因がいくつかあると思いますので、私のほうでも思いつく限りの対策等考えておきます」


 杖の相性、個人の魔力量。魔法はとても奥が深いのだなと思う僕だった。

「魔法の専門家でもある私が付いているので安心してください。今日のところはひとまずお帰りなさい」

 僕たちはナロメ先生に促され、帰路へ付くことになった。



 レウテーニャの校門を出た僕たちは、魔法のことについて話し合っていた。

「私もまだまだ魔法のこと全然知らないなぁ。人によって魔力の量があるなんて」

「人間誰にも得意不得意はあるけど、魔法もそうなんだね」

 少し下がった太陽に見守られながら、帰路を歩く僕たち二人だった。


 アミマド屋へ向かう道を歩いていると、正面から長い棒のような物を持った魔法学生の少女が近づいてきた。

「あれ?ミキじゃん!」

 その少女はミキに声をかけ近づいてきた。


「あ!リル!」

 ミキはその少女の顔を見てそう叫んだ。


「その男の子は?ミキの友達?」

「あ!紹介するね!この子はバーオボから来たコウ。私と一緒に門の塔に行くことになってるの」

「ん?門の塔?一体何があったんだい?」

 ミキはその少女に門の塔へ攻略することなど事の経緯を話した。


「なるほど。そうなんだね。申し遅れましたが、私はリル・サヴァール。レウテーニャで魔法クリケットやってるんだ。よろしくね」

 手に持った長い棒のような物は魔法クリケットの道具なのか、なるほどと思いながら、僕はリルさんに自己紹介をした。

「僕はコウ・レオーニです。よろしく」


 僕とリルさんは握手を交わした。リルさんの手は普通の女の子に比べてゴツゴツしている。魔法クリケットの練習で手に複数の豆が出来ているのだろう。相当な時間練習しているのが手から伝わってきた。


「リル帰ってきてたんだね。合宿お疲れさま!」

「ありがとう!昨日帰ってきたところなんだ」

 リルさんは、オレンジ色の短髪を昼間の日差しで輝かせながら笑顔で答えた。


「合宿って?」

 僕は何のことだかさっぱりだったので質問した。

「魔法クリケットの合宿だよ。こう見えて強化選手に選出されてるんだ」

「すごいね!」

「いやいや。全然だよ。まだ入ったばかりで補欠だし。そうそう。昨日帰ってきたとき港にイズルザス帝国の軍人が何人か居てさ。物々しい雰囲気だったよ」


 僕は、イズルザス帝国という言葉を聞いて少しビクッとなった。

 テルパーノの港イリーカは、レウテーニャやアミマド屋があるエクパーナから少し歩くが、さほど遠くはない。そしてイズルザス帝国の軍人は一体どういった目的でテルパーノへやってきたのか。


 するとリルさんは続ける。

「なんでも、イズルザス帝国の偉い人が殺されたらしいんだよね。毒トカゲ?とかいう人が殺したとか?よくわからないけど、イズルザス帝国はその人を追いかけてるらしいよ」

「毒トカゲ?誰だろうそれ。でもイズルザス帝国の軍人がテルパーノにいるってことは、その毒トカゲもテルパーノにいるってこと?なんだか物騒だね」

「まぁ二人も気を付けてね。そこらじゅうイズルザス帝国の軍人がうろついてるみたいだから」


 すると鐘の音が聞こえてきた。この音はレウテーニャの鐘の音だ。


「おっと。部活に遅れちゃう!またね!」

 リルさんは小走りでレウテーニャの方角へ消えて行った。


 僕たちはアミマド屋へ帰る道をまた歩き始めた。

「イズルザス帝国の軍人かぁ。怖いね」

「毒トカゲって人も怖いね。出来れば会いたくないなぁ」


 リルさんから聞いた話がどこか違う世界の話のようにも思えていた僕たちは、ゆっくりとアミマド屋へ戻った。


 日は少し傾き始めていた。朝はレモン色だった雲も、少しだけ濃い色に染まっていた。


 今日の授業で聞いたことや、魔法の話などをしながら歩いていると、気づけばアミマド屋の前だった。小さなステンドグラスが付いたドアを開き、中にいるミエさんに挨拶した。


「ただいまです!」

「おかえり!あれ?ミキは?」

 少し遅れてミキが入ってきた。

「ただいま!ママ!」


「二人ともおかえり。七日間講義初日、どうだった?」

 ミエさんは明るい笑顔で僕たちに今日のことを聞いてきた。


「座学だったからどうとかはなかったかなぁ。私ね、テルパーノ作った人の名前知らなくて、先生に歴史の授業取ってねって言われちゃった」

 ミキとミエさんは楽しそうに今日の事を話す。


 もしも母さんが見つかれば、僕も学校での出来事などたくさん話せる日が来るのだろうか。いつか訪れる日のことを考えながら二階の借りている部屋へ行く。

 部屋へ入り、机へ鞄を置いた僕は、胸元のペンダントを取り出す。母さんの瞳の色をした宝石と裏面には薔薇の刻印。僕は、今日七日間講義の授業で教わった、完全攻略した者の名前を思い出す。


 ――”マリーナ・ローゼンタール”。僕は、ミキに”あの話”をするタイミングを考えていた。


 すると、階段を上る足音が聞こえた。トントンと軽快なリズム感。この足音はミキのはずだ。

「コウ!今大丈夫?ママが二人でお使い行ってきてほしいって!」

 やはりミキだった。

「わかった!すぐ行くね!」

 僕はペンダントを胸元に仕舞い、ドアを開けた。



 僕とミキは、ミエさんに頼まれたお使いへ行くために、エクパーノの商店街へ来た。


 テルパーノに着いた日から街を散策できていなかったため、商店街へ来られたのは少しだけありがたい。門の塔へ行く前に必要な道具などが買える店など見ておきたかったのだ。


 少し歩くと噴水が中央にある広場のような場所に着いた。ここは僕とミキと初めて出会った場所だ。

「この噴水……。確かミキと初めて会った場所だよね」

「うん。私が寝不足で倒れちゃった場所だね。今思い返すと恥ずかしい」

「あの緑の看板のお店がダミアンさんのお店だっけ」

「うん。あとでダミアンさんのお店にも寄っていこっか」


 僕たちは噴水の広場を後にし、商店街へ向かった。


「メモの買ってくるリストはっと……」

 僕がミエさんから預かったメモを取り出そうとすると、ミキに止められた。

「まず買い物をしたいところだけど……。ちょっと杖屋に行かない?」

「杖屋?どうして?」

「コウが魔法使えないの、杖の相性かもしれないでしょ?もしかしたら相性のいい杖があるかもしれないじゃん?」

「……確かに。見に行ってみようか。値段もどれくらいか把握しておきたいし」


 ミキの提案で商店街の杖屋に行くことになった。


 噴水の広場から5分ほど歩いた場所の店までやってきた。

「ここが杖屋?」

「うん。レウテーニャの生徒はだいたいここで買ってる」


 えんじ色の扉の上に小さな看板が吊り下げられており、看板には”ロローの杖屋”と書かれていた。


「本当にここ大丈夫?」

「私も一度来てるし、この杖もここで選んでもらった物だから大丈夫だよ」


 ミキは、お世辞にも綺麗と言えない店の扉を開けた。

 中はお化けでも出てきそうな雰囲気だ。照明がところどころ点滅しており、薄暗く、家具には数ミリ埃が積もっている。部屋の隅にはもう何年も放置されているような蜘蛛の巣が複数あり、いかにも掃除されていないことが分かる。そして、端にある全身鏡や壁に掛けられた絵はこの世のものでない何かが潜んでいそうだ。杖屋よりお化け屋敷にしたほうがいいのではと思うほどだ。


 中へ入るとミキは少し大きな声でこう言った。

「あのーすみません!杖見に来たんですけど!」

 店奥はシーンと静まり返り、誰もいないような雰囲気が漂っている。


「ミキ、誰もいないんじゃない?出直すか別の店に行こうよ」

 内心おびえていた僕は、一刻も早くこの店から出たかった。

「あれぇ?いるはずなんだけどなぁ。あのー?」


「なーにー?」


「うわぁ!」

 机と椅子の間からいかにも血色が悪そうな男性がこちらを覗き込んでおり、それを見た僕はとてつもなく大きな声で叫んでしまった。


「あ!いた!あの、杖見たいんですけどいいですか?」

 ミキはその血色が悪そうな男性に質問する。

「あー……いいよー。お昼寝中だったんだけどー、ちょうど起きようと思ってたしー」

 血色が悪そうな男性はゆっくり机の下から這いずり出てきた。


「ヨイショ……。君確か……ずいぶん前にうちで杖を買ってくれた子だねー」

「そうです。レウテーニャのミキです」

「魔法薬学科志望の子だっけー。イスカは元気にしてるー?」

「はい!」


 血色が悪そうな男性からイスカ学長の名前が出てくると思っていなかった僕は、少し驚いてしまった。


「イスカ学長のこと知ってるんですか?」

「コウ、この人イスカ学長の弟さんだよ」

「あー……。イスカの弟で杖屋やってまーす。リーウでーす」


 血色が悪そうな男性は気怠そうに自己紹介をした。あまりにも血色が悪く、ゲッソリしていたので気づかなかったが、顔立ちは確かにイスカ学長に似ているような気がする。


「君、コウくんって言ったよねー?コウくんの杖見に来たのー?」

「そうそう。リーウさんにちょっと相談があって……」


 ミキは、僕が魔法を使えない原因は杖の相性かもしれないという話をした。


「うーん。見てみないと分からないけどー……うちの杖なら試してもらっても大丈夫だからー、一度庭に出て何本か試してみようかー」

 リーウさんは近くの棚から何本か杖を持ちだし、店の裏口から出た場所にある小さな庭へ案内してくれた。


 小さな庭は薄く芝生が生えており、目の前には川が流れていて、風通しが良く心地いい場所だ。そして柵の前に3本の円形の的のようなものが見える。


「あそこに的があるだろー?杖を構えて「チー」って言ってごらーん」

 僕はミキに教えてもらった杖の構え方の体勢をし、リーウさんから渡された杖を構えた。


「チー!」

 すると、とても小さな氷の粒が杖先に出現し、地面へ落ちた。


「ポーのときと同じようになってる……。リーウさん、やっぱり杖の相性なんでしょうか?」

 ミキはリーウさんに尋ねる。

「うーん。まだ一本目だからなんとも言えないなー。ミキちゃんの杖の材料何だっけー?」

「サクラの木と、海鳥の風切り羽の羽軸です」

「うーむ。今試した杖はツバキの木と永久凍土の氷だからー……。コウくんってどこの出身ー?」

「バーオボです」


 すると、リーウさんは持ってきた複数の杖から、少し赤みがかった長い杖を取り出した。


「この杖ならいけるかなー?次はポーで試してもらってもいいー?」

 リーウさんから受け取った少し赤みがかった長い杖は、ミキの杖や先ほどの杖よりも少し重く感じた。


 僕は、リーウさんに渡された少し赤みがかった杖を構え、呪文を唱えた。

「ポー!」

 すると、杖先から人の拳ほどの大きさの火の玉が出現した。火の玉は目の前の的を目がけて飛んで行き、見事命中した。バキッという音を立てて的は壊れてしまった。


「すごい!当たった……!」

「コウ!やったね!」

「この杖なら使えそうだねー。次は「チー」って唱えてみてー」


 僕は同じように杖を構え、呪文を唱えた。

「チー!」

 だが、先ほどと同じような小さな氷の粒が出現しただけだった。


「やっぱり小さい……」

「他の呪文試してみよっかー。今度は「ルー」って言ってみてー」


 僕はまた同じように杖を構え、呪文を唱えた。

「ルー!」

 すると杖先からチロチロと水が流れてきたが、まるでジョウロから出る水のように弱く勢いがない。


「水の呪文もダメかー」

「やっぱり他に原因があるんですかね?」

「うーん。ポーはうまく出せてたからねー」


 ミキとリーウさんは、僕の魔法が弱い原因について話あっている。


「ほ、他の呪文はありますか?風とか草とか木とか」

 僕は、もしかしたら他の呪文なら使えるかもしれないと思ったので、二人に提案してみた。


「あるにはあるんだけど……。初級の呪文がその3つなんだよね。他はもう少し魔法が上手くなってからじゃないと扱いが難しいの」

「そんな……」

「でもポーは上手くできたし!明日またナロメ先生に相談してみよ?練習とかすればポー以外もうまくできるかも!」


 魔法が上手く使えない僕のことを励ましてくれるミキだが、元々魔法を使ったことがなかったとは言え、ここまで使えないとなるとかなり落ち込むものだ。


「えっとねー。コウくんに渡した杖はー、赤ケヤキの木とベルバオバのスズなんだー。金属が入ってるから少し重いけどー、火の魔法が少しだけ増幅されるようにできてるんだー」

「じゃあ、ポーだけが上手くできたのって……」

「杖のおかげかもねー」

「やっぱり魔法は諦めるべきなのかな……」

「うーん。でも今の杖でもポーだけはうまくできてたよねー。長年杖屋をやってる僕の感覚だけど、コウくんの魔法は単純に使えないんじゃなくてー、感覚を掴めてない感じなんだよねー。本当に使えない人は選ばれた材料の杖でも全く魔法が出てこないんだよねー」

「そうですか……」


 魔法以外のことでもそうだが、どんなことでもいきなり上手く出来る人なんていない。いきなり出来てしまう人は超人の域だ。僕はただの凡人だ。昨日今日で突然上手に魔法を使えるわけがない。

 明日は魔術科の教師でもあるナロメ先生の授業だ。コツなんかは先生に聞くのが一番なのかもしれない。僕はそう自分に言い聞かせた。

「わかりました!ありがとうございます!」


「ただ、赤ケヤキとベルバオバのスズはコウくんと相性いいみたいだからー、もし杖を買う気になったらいつでも言ってー。調節は僕のほうでやっておくからさー。あと、若いし杖の値段もまけておくからねー」


 僕とミキは杖の値段を聞き一安心した。そして、今は保留という決断に至り、杖の購入は先送りにすることとなった。

 そして僕たちはロローの杖屋を後にした。

 

 ◆

 

「兄さーん。いるんでしょー?出て来なよー」


 コウとミキを見送ったリーウは、誰もいないはずの店内に向かって声をかける。

 すると、店にある全身鏡からイスカ・ロローが姿を現した。


「……気づいてたのかい?」

「僕を誰だと思ってるのー?」

 イスカにニヤリを微笑みを送るリーウだった。


「……で、テルパーノ1の杖屋から見て、コウくんの魔法のあれはどういう見解だい?」

 イスカは、少し真剣な表情でリーウに質問した。


「あれはたぶん呪いだよー。魔法が使いにくくなるようなリミッターがかかってる感じの呪いー。それもかなりキツめのねー」

「やはりか」

 怪訝な表情になるイスカだった。


「たぶんあれは一生そのままだと思うよー。薬とか魔法で治せるものじゃないなー」

「かなり厄介な呪いってことか。可哀想だけどどうもできないな」


「ところでさー」


「なんだい?弟よ」


「コウくんの杖代、残りは兄さんが払ってねー」

「ゲフッ!……どうしてだい?弟よ」

 少しだけ表情が歪んだイスカだが、平常心を装うように質問した。


「兄さんがマルサの助けだっていうから協力したけどー、お昼寝中だったしー、さすがにタダじゃ割に合わないよー。ベルバオバのスズ結構高いしさー」

「ゴホン!……いくらだい?」

 すると、リーウはイスカに一枚の紙を見せた。


「え?こんなに高いの?えっ?」

「ベルバオバのスズは高いんだってー。コウくんが使いやすいよう加工もするしさー。あと的も一枚壊れちゃったし」

「うっ……うぅ……。3か月分の給料……」

「惚れた女の息子のためだもんねー」

「うるさい!」


 イスカとリーウの兄弟の会話など全く知らないコウとミキは、商店街へ向かいミエさんから頼まれた買い物を済ませ、アミマド屋へ戻るのだった。

 

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