第十一話 ミキの父親

 日が少し落ちかかっている。雲は一つずつゆっくり頭上を飛ぶ。


 七日間講義の受け付けを無事終えた僕とミキは、アミマド屋へ戻ってきた。


「ただいま!」

「ただいまです!」


 ステンドグラスの小窓が付いたドアを開け、店に居たミエさんに元気よく声をかけた。


「あらあらお帰り」

 それに答えてくれるミエさんはちょうど店の棚の整理をしていた。


 僕は一度荷物を置き、一階へ戻り、ミエさんに話かける。


「あの、すみません。僕もう一日泊めていただきたいのですが……」

 帰路で思い出したのだが、僕はまだ宿を見つけていない。今からでは見つからないだろうし、一日だけと約束していたアミマド屋に図々しくももう一日泊めてもらうしかないなと思っていたのだ。


「ん?一日だけって言ってたっけ?」

 ミキは何も知らないような様子で聞いてくる。

「私は元々何日でも泊ってってもらう予定だったんだけどねぇ」

 ミエさんは首をかしげながら答えてきた。

「でも、お金とか……光熱費とか食事代とかもありますし」


「ああ。そのこと気にしてるのね。じゃあ、一日10ユーピでどうだい?普通に攻略者用施設使うより破格値だろ?」


 攻略者用の宿屋を使うと一日30ユーピはかかる。三分の一の10ユーピで泊まらせてもらえるのはありがたい。


「本当にいいんですか?」

「いいも何も、ミキを連れてってもらうからねぇ。それに元々空いてる部屋だったし、全然かまわないよぉ」

「では、よろしくお願いします!」

 こうして僕は門の塔入塔までアミマド屋に泊まらせてもらえることになった。



 それからミキは夕飯の買い出し、僕は洗濯物を取り込むお手伝いを頼まれた。

 日差しは少しだけオレンジ色に変わっていた。遠くに浮かぶ雲もうっすらオレンジ色になっている。夕方が近くなったからか、周りの家も洗濯物を取り入れたり、夕飯の準備を始めたようだ。

 ミキの魔法によって洗濯された洗濯物は、日中の太陽と風によってカラカラに乾いていた。


「今日も一日いろいろなことがあったな」


 僕は今日のことを思い返す。レウテーニャはさすが魔法学校と言うべき学校であった。学長と魔法生物は魔法学校とは言え予想外の出来事だったが、一週間だけだが明日からレウテーニャに通うのだ。驚いてばかりでは僕の身が持たない。


 僕は取り込んだ洗濯物を畳んでいく。もしかすると、ミキはこの作業すらも魔法でやってしまうのだろう。僕にも魔法が使えたらなと少しだけ思った。

 全ての洗濯物を畳み、部屋へ戻る。門の塔に入るまでの間だが、少しだけお世話になる部屋へ改めて挨拶した。


 僕はベッドに横たわり、胸元に仕舞ってあるペンダントを取り出す。深々と蒼く輝く宝石。母さんの目の色をした宝石。


 僕はマワさんの占いを思い出した。探し人である母さんの部分だけが見えないと言われた。見えない……母さんの身に何が起こっているのだろう。母さんは一体門の塔へ何をしに行ったのだろう。


 胸元のペンダントをぎゅっと握りしめ、分からない答えをひたすら考える。

 本当に門の塔へ行っても大丈夫なんだろうか。僕なんかが母さんを見つけられるのだろうか。……考え始めるとキリがないな。


 すると、アミマド屋のドアベルが響いているのが聞こえた。ミキが買い出しから帰ってきたようだ。

 トントンと音が聞こえる。階段を上る音だろうか。そして、僕の部屋のドアからノック音が聞こえた。


「コウ。今大丈夫?」


「大丈夫だよ!」


 ミキが僕の部屋へ入ってきて、ゆっくりとドアを閉めた。


「買い出しのついでにノートと鉛筆買ってきたから渡しておくね」

 僕たちは明日から七日間講義を受けるため、ノートと鉛筆が必要だ。買い出しに行くのならとミキに頼んでいたのだ。


「ありがとう。これ、ノートと鉛筆のお金」

「いいのに。でも受け取っておくね」


 ミキにお金を渡したあと、ほんの数秒沈黙し、ミキが口を開いた。


「今日、マワに占ってもらってたときに出てきた私のパパの話。今ちょうど時間あるから話しちゃうね」

 マワさんに占ってもらっていたとき「後で話すね」とミキに言われていたが、すっかり忘れていた。


「ちょっと重い話になっちゃうんだけど、私のパパね、もうこの世にはいないんだ」

「えっ?」

「ごめんね!急にこんな話、驚かせちゃったよね」


 少し考えればわかることだった。この二日間ミキの父親の気配らしきものがなかったのだから。


「パパね。私が7歳のときに海で死んじゃったの」

「海で……。お父さん、船乗りさんだったとか?」

「ううん。パパは漁師だったの。ママは元海女さん。もっと言えば、私たちそのときはアクドゥアのミスカホっていう田舎町に住んでたの」


 言われてみれば、ミキ以外のミエさんやミナさんは肌の色が小麦肌だ。南国出身なのも頷ける。


「でもパパが死んじゃって、ママの稼ぎだけでは食べていけなくなっちゃってさ。それで仕事を求めてテルパーノに引っ越してきたの」

「そうだったんだ……」

「うん。この部屋もね、実はこっちに引っ越していたとき、私がどうしてもパパのために一室用意してほしいって泣いてお願いしてね……。ほんとはパパの部屋なんだ」


 初めてこの部屋へ入ったとき、とても綺麗に掃除や整頓されていた理由がやっとわかった。


「えっ、じゃあこの部屋使っちゃマズイんじゃ……」

「ううん。それは全然大丈夫。だから気にしないで」


 すると、一階からミエさんの声が聞こえてきた。どうやら夕食が出来たらしい。


「ご飯出来たみたいだね。行こっか」


 僕たちは一階へ降り、夕食を一緒に食べる。今日はミナさんも一緒だ。

「いただきます」

 手を合わせ、食事を始める。


 僕はミキの父親の話を思い出し、ふとみんなを見る。陽気なアミマド家だが影の時代があったのだと、今では信じられないがそんなときを過ごしたのだと。

 一家団欒して食事を取ることができるのは幸せなことであり、かけがえのない時間なのだと噛みしめる僕であった。



 夕食を終え、僕は食器洗いをさせてもらう。するとミエさんが話かけてきた。

「ミキから何か聞いた?」

 僕が夕食を食べているときの表情を見て何かを察したのだろう。


「はい……。ミキからお父さんの話聞きました。亡くなられてたんですね」

「あぁ……。話してなかったね」

 ミエさんは少ししんみりした表情をした。


「ミキがまだ小さいときでね。海の大しけが1か月も続いて漁に出られなくてね。あの人は無理矢理漁に出て帰ってこなかったんだよ」

「もしかしてその大しけって……」

「イズルザス帝国が海の神とやらに仕掛けた戦争が原因のあの大しけだよ」


 6年前、世界中の海が大しけになり、幾多の犠牲を出した”海神戦争”。軍事大国のイズルザス帝国が海の神ミルモルデ・シーを滅ぼすため、戦争を仕掛けた。このときミルモルデ・シーが大暴れしたため、世界中の海が1か月ほど大しけとなり、多大な損害や犠牲者が出た。結局この戦争はイズルザス帝国が負けたのだが、戦前、人類と友好な関係になっていたミルモルデ・シーはそれ以降人々の前に姿を現さなくなってしまった。


「あの大しけのときバーオボでも船が出せなくなって、漁師さんたちが困ってましたが、やっぱりアクドゥアでも……」

「ああ。そりゃ大変だったよ。都市部はともかく、私たちが住んでたミスカホは漁で生計を立ててたからね。私たち家族だけじゃなく、町のみんなが食うのに困ったよ。あの人は人一倍責任感の強い人でね。町のみんなが困ってるなら俺が行くって漁に出ちゃったんだ。私も止めたんだけどね……」

 ミキの父親がどんな人なのか想像できた。本当に良い人だったのだろう。


 ほんのちょっとスポンジを握りしめた僕は、お皿を水で洗い流していく。


「ミキのお父さんがどんな方なのか分かった気がします」

 洗い流したお皿を受け取り、布巾で拭いていくミエさんは続く。

「うん。コウくん。本当にあの子……ミキのこと、よろしく頼むよ」

 そして僕たちは作業を終えた。



 僕は部屋へ戻り、ベッドに横たわる。

「ふぅ……」

 胸元のペンダントを取り出し、裏側の薔薇の刻印を眺める。


「イズルザス帝国か……」


 僕はいつか”あの話”をミキにしなくてはならない。だが、今はまだその時ではない。そして、今話すのは荷が重すぎる。でも、いつか、いつか、話そう。


 そして僕は、七日間講義の教科書を開く。一日目の予習を少しだけしておく。

 明日はどうやら座学のようだ。門の塔の歴史やルールなどを教えてくれるようだ。僕自身ここに来るまでにたくさんの書籍を漁って門の塔のことを調べてきた。だが、まだ知らないこともたくさんある。

 新品のノートや鉛筆、教科書をカバンに詰める。ゆっくりベッドへ横たわり、布団を被る。



 明日からいよいよ七日間講義だ。僕はゆっくりと暗い世界へ落ちていき、眠りについた。

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