第十話 学長室と食堂

「コウ!」

 とてつもなく大きな何かに引きずり込まれた僕を呼んだミキの叫び声は、空しく廊下に響いただけだった。


 何かに引きずり込まれた僕はなんとか抵抗するも、とてつもなく大きな何かの力が強すぎて振りほどけない。


「クソっ!この!このぉ!」


 殴ったり足を動かしたりしたがびくともしない。

 僕は門の塔へ入る前に何もかもが終わってしまうのか。こんなところで終わるわけにはいかない。なんとか自分に言い聞かせ、抵抗を続けた。


「きゅうん」


 すると何かの鳴き声のようなものが聞こえた。

 ふと抵抗をやめ、落ち着きながらとてつもなく大きな何かにそっと触れてみると、何やらモフモフとしている。状況が全く呑み込めずじっとしていると、とてつもなく大きな何かが力を緩め、拘束を解いてくれた。


「え?えぇ?」


 僕が困惑していると突然、真っ白な毛皮に身を包んだ大きな目が覗き込んできた。


「きゅううん?きゅう」

 真っ白な毛皮に身を包んだ大きな目に覗き込まれ状況が呑み込めない僕に、誰かが話かけてきた。


「おや!すまない少年!大丈夫かい?怪我はないかい?」


 土煙が落ち着いてきたのか、どんどん視界が鮮明になってくると同時に、一人のモノクルをかけた男性が姿を現した。


「えっと、あの僕は大丈夫ですけど、あなたは……?」


 目の前の男性に困惑していると、瓦礫をかき分けて奥まで入ってきたミキの声が聞こえてきた。

「コウー!大丈夫?って、学長!?」


「えっ?学長?えっ?えっ?」

 なんと目の前の男性はレウテーニャの学長とミキが言うのだから僕は心底驚いた。


「おや!君は魔法薬学科のミキくんではないか!この少年とは知り合いかい?」

「はい!私の友達のコウです」

「コウ・レオーニです」

「レオーニ……?はて、どこかで……?」

 学長と思わしき男性は、自身の額から血が流れていることなど目もくれずに考え込み始めた。

「あ、たぶん僕の父のことだと思います」

「もしかして、カッシオ・レオーニ博士のご子息かい?」

「は、はい……」

 すると突然、学長と思わしき男性は僕の手を握って目をキラキラさせながらこう言った。


「カッシオ・レオーニ博士の論文は沢山読ませてもらったよ!特にバーオボと炎華祭りの関係について書かれた論文は紙に穴が開くほど読ませてもらった!いやぁ、まさか君が博士のご子息だなんて。これは運命だな。うんうん」


「えっと、あの……。その前に額の怪我を手当されたほうが……」

「あぁ、これ?そのうち治るよ!」

 学長と思わしき男性は、額の怪我や流血など目もくれず満面の笑みでそう答える。


「ってか、学長!この騒ぎは何なんです?部屋は壊されてるし、このでっかい生き物も……」

「ミキくん。僕は今運命的な出会いを心から噛みしめているところなんだ。邪魔はしちゃいけないよ」

「優先順位……」

 ミキが突っ込むのもわかる。たぶんほとんどの人がこの状況を突っ込む事態だろう。


 すると廊下のほうからコツコツと音が聞こえ、音が止まったと思ったら一人の女性が声を荒げた。

「学長!なんですかこれは!」

「やぁ。ナロメ先生。僕は今運命的な出会いを果たしたのですよ」

「そっちじゃなくて!部屋が破壊されている状況をご説明いただきたいのです!」


 赤いピンヒールのパンプスを履いた美人な女性が声を荒げて学長を思わしき男性に詰め寄った。


「え、えっと。ちょっとミルニャちゃんをモフモフしようと思って……」

「また学長室で魔法生物を出したのですね!あれだけ魔法生物は出すなとキツく言いましたのに」


 魔法生物と呼ばれる生物のことや破壊された部屋のこと、僕たちには何のことなのかサッパリだった。僕とミキは2人のやり取りを呆然と見守るしかできなかった。


「……ふぅ。えっと。あなたは魔法薬学科のミキ・ルル・アミマドさんでしたね。こちらの方は?」

「あ、僕コウ・レオーニと言います。ミキさんに校舎を案内してもらっていたら爆発音が聞こえて、この部屋の前まで来てみたら突然何かに引きずり込まれて……」

 僕はそう言いながら真っ白な毛皮に身を包んだ大きな目の生物に目線をやる。


「きゅる?」


 すると赤いピンヒールのパンプスを履いた美人な女性は、真っ白な毛皮に身を包んだ大きな目の生物の眉間あたりを撫で始めた。

「もしかして、こちらのビグナネコに引きずり込まれたのでは?」

「そうだと思います……」


 赤いピンヒールのパンプスを履いた美人な女性が突然、胸元から杖を出し真後ろに向けて振りかざした。すると、杖の先からひも状のような物が伸び、コソコソと逃げようとした学長と思わしき男性を拘束した。


「学長!逃がしませんよ!」

「ヒィ!お許しを~!」


 赤いピンヒールのパンプスを履いた美人な女性は、柱のような場所に学長と思わしき男性を捕縛した。


「うむ。これでよし。どうやらうちの学長がご迷惑をおかけしたようで。本当に申し訳ございませんでした。自己紹介がまだでしたね。私はレウテーニャ魔法大学校で教頭と魔術科の教師をしております、ナロメ・レスピナスと申します。こちらは我が校学長の……」

「イスカ・ロローだよ!よろしくね!レオーニ博士のご子息よ!アハハ!」

「ゴホン!あの方は無視していただいてかまいません……」

「あ、僕はコウ・レオーニです。改めましてよろしくお願いします」


 僕がナロメ先生に深々とお辞儀をしていると、ビグナネコと呼ばれる大きな生物が僕をペロッと舐めてきた。


「うわ!くすぐったいよ!ってか、この生き物何なんですか?さっきビグナネコって仰ってましたけど、普通の猫に比べて遥かにデカいですし」

「よぉし!私が説明してあげよう!」

「学長は黙っててくださいまし!」


 ナロメ先生はそう言うと杖を一振りした。その途端、イスカ学長の口が全く開かなくなった。


「い、今のは……」

「口元チャックの魔法です。学長は喋るとうるさいので。えっと、この生物についででしたね。この生物はビグナネコという魔法生物です。見た目は猫そっくりですが、大きすぎるため人への被害が出る恐れがあるので一部の保護区以外では飼育を制限されているのですが……我が学長は禁忌を犯して勝手に飼育しているのです」

「えっとじゃあ、今ここにいるのも……」

「かなりまずいですね。なので秘密にしておいてくださいませね」


 そう言いながらナロメ先生は、歩きながら部屋中の瓦礫や壊れた家具などに杖を振りかざしてく。魔法だろうか。壁や天井がみるみるうちに綺麗になり、家具も元通りの状態や位置に戻って行った。


「ところで、ミキ・ルル・アミマドさん。あなた授業は?サボりですか?」

「あ、いえ。私、門の塔攻略のために休学しようと思っていて」

「門の塔攻略?詳しくお聞かせ願えますか?」


 僕たちはミキが七日間講義を受講できないことや、門の塔に入塔できないことなどナロメ先生に詳しいことを説明した。


「ふむ。そうでしたか。ただ、ミキ・ルル・アミマドさんが七日間講義を受講できないことや入塔できないことについては校則で決まっているのでどうしようもできないのです。ごめんなさいね」

「いえ。決まり事なら仕方ないですし……」


「いーや!話は聞かせてもらったよ!ミキくん!」


「学長?!」

 さっきまで柱に捕縛され、口元チャックの魔法をかけられていたイスカ学長が何事も無かったかのように割り込んできた。


「在学中の生徒が七日間講義を受講できない校則と門の塔に入れない校則。実は150年ほど前に遡るのだがね」

 特に質問したわけではないのに、イスカ学長は校則について説明し始めた。


 イスカ学長の話によると、遡ること150年。当時レウテーニャのある男子生徒が同級生の女子生徒の気を引きたいがために、七日間講義を受講し門の塔へ入塔した。だが、その男子生徒は帰ってこなかった。その男子生徒が入塔して10年後、その男子生徒が発見された。ある門の中で体がバラバラの状態で見つかった。誰が見ても即死と判断できるくらいに。それ以降、レウテーニャの在校生は七日間講義の受講ができない校則と門の塔入塔を禁止する校則が追加されたんだそうだ。


「そんな過去が……」

「あぁ。僕のひいひいひいお爺ちゃんが学長を務めていた頃の話さ」

「校則が追加されたのも納得だね。コウ」

「うん……」


 確かにとても残酷で悲しい話なのだが、簡単な気持ちで門の塔へ入ってはいけないのだという教訓のようにも思えた。


 すると、イスカ学長がニヤリと笑いこう言い出した。

「だがね、この古き校則も撤廃しなければいけないときだと思うのだよ」

「えっ?」


 僕とミキとナロメ先生が口を揃えて驚いていると、イスカ学長が杖を振り、2枚の巻物のような紙を書斎の棚から取り出した。


「ということで、今から校則撤廃のサインしちゃうねー」

 イスカ学長がそう言って杖を振ると、2枚の巻物の下部にイスカ学長のサインが記された。


「よぉし!これで在校生徒が七日間講義を受講できない校則と門の塔入塔禁止の校則が廃止になったよっと」

「ちょっと待ってください学長!生徒会や教師たちへの相談も無しに校則廃止なんて」

「もうサインしちゃったから、たった今校則は無くなったよ!テヘッ!」

「テヘッじゃありません!」


 学長の思惑はわからないが、校則は廃止になったのでミキは七日間講義の受講と門の塔への入塔ができるようになった。


「ミキくん。これで君は校則に縛られる身では無くなったのだ。今すぐ事務所へ行っておいで」

 イスカ学長はこう言って、僕たちにウインクした。

「はい!ありがとうございました!」

 僕たちは深々とお辞儀し、学長室を後にした。


「よかったのです?そんな簡単に校則を廃止して」

「ある人との約束だからね。”あの子がここへ来たら助けてあげてほしい”って。……さっ。ミルニャちゃんを隠さないとね!」

「はぁ……」

 自由奔放すぎるイスカ学長に呆れかえるナロメ先生はとてつもなく大きなため息をつくのだった。


 そして、僕たちはイスカ学長とナロメ先生の会話などつゆ知らず、事務室へと駆けて行った。


 僕たちは来た道を戻り、階段を下り、レウテーニャ魔法大学校の事務所へやってきた。

 イスカ学長のおかげで、七日間講義を受講できない校則と門の塔へ入塔することを禁止する校則が廃止となり、ミキは七日間講義と門の塔へ入れるようになった。


 僕たちはガラリと事務所のドアを開き、こう言った。

 「あの、すみません!朝も来たミキ・ルル・アミマドとコウ・レオーニですが、七日間講義の受講の受け付けをしてもらいに来ました!」


 先ほど事務所で応対してくれた女性が出てきた。

「はいはい。イスカ学長から聞いてますよ。お二人ともそこの席へ座りになって」

 僕たちは案内された席に座り、目の前に1枚の用紙を出された。

「では、こちらにお名前と住所と、色々書いてくださいね。あと、ミキさんは休学届も必要ね。ちょっと待っていらしてね」


 そう言うと、女性は杖を振った。事務所の少し奥の棚が開き、一枚の紙がこちらへ飛んできた。


「こちらが休学届ね。ミキさんはこちらも記入してね」

 僕たちは必要事項を記入し、女性に手渡した。

「誤字脱字も無さそうね。ではこちらが誓約書と七日間講義で使う教科書ね。あとノートとえんぴつは各自で用意してくださいね」


 僕たちは誓約書と一冊の教科書を受け取った。


「七日間講義はその名の通り、1週間毎日我が校に通っていただき、門の塔攻略に特化した講義を受けていただきます。この講義を受講しなければ門の塔には入れないので注意してくださいね。特にテストなどはありませんが、毎日予習復習はしておいてくださいね。あと遅刻も厳禁です。お昼はうちの食堂を利用してくださいね。七日間講義の生徒さんも無料でご利用いただけますからね。他に質問や気になったことなどございますか?」

「僕は特に……。ミキは?」

「私も大丈夫かな」

「わかりました。では、これでお二人の受講受け付けは終わりました。明日の8時30分、この校舎2階のB教室まで来てくださいね」

 これで僕たちは七日間講義を一緒に受講できるようになった。


「ありがとうございました!」

 僕たちは事務所を後にした。すると丁度鐘の音が聞こえてきた。


「あ、ちょうど3限終わったね。食堂でお昼食べよっか」

「うん!」


 僕たちは校舎を出て学校の中央部にある、食堂へやってきた。

「うわ。食堂も広いね」

「うん。全校生徒が集まるからね」

 お昼休憩のためか、生徒の数も物凄く多かった。食堂前のメニュー表も人だかりで見えないほどになっていた。


「コウ、何食べる?私はオムライスにしようと思ってるけど」

「じゃあ、僕もオムライスで」


 僕たちは食堂外の空席になっているテラス席を見つけ、そこで食事を取ることにした。


「私、オムライス取ってくるからコウはここで待ってて」

「うん!わかった!」


 ふと周りを見渡す。青々とした芝生に黄土色した土の歩道。続々と食堂へ足を運ぶ生徒たち。やはりレウテーニャは生徒の数がかなり多い。外のテラス席から生徒たちの様子が伺う。レウテーニャの生徒は皆、つばの大きいトンガリ帽子を被りローブを羽織っているが、ヒューマニ族の中にちらほら他の種族の生徒らしき者もいるのが分かる。皆種族など気にせず、ただ同じ学校の友達という感じで仲良く話している。

 ふと、故郷のことを思い出す。僕はバーオボという国のレレーンという首都で育った。首都なので当然学校もある。僕は学校には行かず、アルバイトをして資金を貯めていたためレレーンの学校のことはあまり知らないのだが、もし僕がレレーンの学校に通っていたら、友達と食堂でお昼を取ったり、他愛もない話をしたりしていたのだろうか。でも今僕はここにいる。門の塔があるテルパーノにいる。普通とは違う人生を送ることになるが、後悔も何もない。冒険の日々が待っているのだ。

 

「ごめん。ちょっと混んでて。コウの分のオムライスも貰ってきたよ!」

「ありがとう!うわぁ!美味しそうだな」

「こっちがミルクね。私はローズティー」

「紅茶もいいね。明日は紅茶にしてみよっと」

 ミキが二人分のオムライスと飲み物を取ってきてくれた。


 では、オムライスをいただこう。

「いただきます」

 全ての命と食べ物への感謝の気持ちを忘れずに。

 オムライスというから想像通りの物だ。中身はまだ不明だが、焼いた卵のヴェールを纏っており、その上にケチャップが装飾品のように乗せられている。

 スプーンでそのヴェールを突く。すると中からオレンジ色に輝いたチキンライスが出てきた。熱々のチキンライスだったようで、湯気も同時に浮かび上がってくる。

 中身のチキンライス、卵のヴェール、装飾品のケチャップ、全て一緒にスプーンで掬い口へ運ぶ。ケチャップの酸味、ほのかな卵の味、よく炒められたチキンライス、一緒に口の中へ広がる。空腹だった胃のご機嫌を取ってくれる。別のメニューにも興味があったが、今日はオムライスにして正解だった。


「美味しいね。オムライス」

「うん。食堂でトップ3に入るくらい人気メニューだよ」

 美味しいわけだ。これは毎日食べてもいいくらいだ。

 これでもかというくらいの勢いで平らげてしまったあと、ミルクを飲み干す。完食だ。

「ふぅ。美味しかった」


「おやおや。また会ったね。私のストーカーかな?」


 聞いたことがある声がしたほうを向くと、図書室でミキのことを占ってくれたマワさんが居た。

「マワったら。ストーカーなわけないでしょ」

「うふふ。そうだね。ところで、例のことはどうなったんだい?」

「それがね!」


 僕とミキはマワさんに学長室で起こった出来事と、ミキが七日間講義の受講と門の塔への入塔ができるようになったことを話した。


「なんか、導いてくれたというより、向こうから事が起こってとんとん拍子で話が進んじゃって……」

「やはり”果報は寝て待て”だったね」

「ほんとにそう!マワの言ったことが当たってたよ!ほんとにありがとね!」


 本当に向こうからやってきたような感覚だった。占いは元々そんなに信じないタイプの僕でも今回ばかりはマワさんの占いは当たるのだと確信した。


「いいや。私はただ伝えただけだよ。そうだ。この後暇かい?」

「私は家に帰るだけだし、コウは?」

「僕も特に何もないよ」

「では、私が二人の門出を祝って……タロットで門の塔攻略のことを占って進ぜよう。図書室での件と今回の占いは特別タダだ。どうだい?」


 マワさんの占いはいつもは有料なんだと少しだけ思ったが、そんなことは置いといてさっそく占ってもらうことにした。


「じゃあ、まずはミキから占おう。今回はスリーカードオラクルで占うね」

 マワさん曰く、スリーカードオラクルとは三枚のカードから悩み事や未来へのアドバイスを見ていく占いのことらしい。

 図書室での占いのときと同じように、マワさんはカードをごちゃ混ぜにし始めた。そしてカードを綺麗に一束にし、その束を三等分にした。


「じゃあ、この中から一枚ずつ選んでね」


 マワさんは三等分カードの1つの山を扇のように開き、ミキに一枚カードを引かせた。残り2つの束も同じように開き、ミキに一枚ずつカードを引かせた。


「じゃあ、カードを捲るね」


 マワさんは、ミキがそれぞれの束から引いたカード三枚を横に捲った。

 右端には爪を出し怒りの表情をした黒猫と雷が描かれたカード、真ん中には三毛猫と輪っかのような物が描かれたカード、左端は冠を被った高貴な猫が台の上に乗った様子が描かれたカードだ。


「うむ。なるほどね」

「マワ、何か見えた?」

「うむ。まずカードの配置から説明しようか。君たちから見て右側、私から見て左側から順番に”過去”、”現在”、”未来”を表す。これがスリーカードオラクル」

「過去と現在と未来……」


「カードの種類は過去が”塔の正位置”、現在が”世界の正位置”、未来が”皇帝の逆位置”なんだけどね」


 カードの正位置や逆位置とは、正位置は上下が正しい状態、逆位置は上下が逆さまの状態のことを指すそうだ。

「まず、過去から見てみよう。過去のカードは”塔の正位置”。やはりミキ、お父さんのことが心に深い傷となっているようだね」

「お父さんのこと?」

 ミキのお父さんのこととは何だろう。僕は気になって尋ねた。

「コウにはあとで話すね」


「そして、現在のカードは”世界の正位置”。ここで一旦一区切りって感じかな。門の塔へ行くのもミキの人生にとって岐路と見ていいと思う」


 人生の岐路。占いはそんなことまでわかるのか。


「最後の未来のカードは”皇帝の逆位置”。門の塔へ入ってからなのかそれまでなのかはわからないが、ミキの意地やプライドが邪魔をして悪い方向に行くことがある。少しだけ注意が必要だね」

「うぅ。気を付ける……」

「ミキの飼い猫、ガロのことについては何かわかりますか?」

 僕は、ミキが門の塔へ行く目的となっているガロが見つかるのかどうかが気がかりだった。


「そうだね。見つかるかどうかまでは何とも言えないけど、ミキ自身が冷静になることが鍵とタロットは言っている。冷静というワードを忘れないようにしてね」

「わかった」


 そして、今度は僕が占ってもらう番になった。

 先ほどと同じようにカードをごちゃ混ぜにし、3つの束からカードを一枚ずつ引いた。

 右端は太陽と猫が描かれたカード、真ん中は二羽の孔雀と白い猫が描かれたカード、左端は厳格そうな黒い猫が描かれたカードだ。


「うむ。過去が”太陽”、現在が”戦車”、未来が”女教皇”。全て正位置だね」


 正位置ということは何かいい意味なんだろうか。少しだけホッとしている自分がいる。

「では過去から見てみよう。ここに来るまでに色々努力をしてきたようだね。それが結果として今に繋がっている。よく頑張ったね」

 僕はここに来るまでにバーオボでアルバイトや家事など人よりこなしてきた。まさか占いにそこまで見透かされているとは思ってもみなかった。


「次に現在。有言実行できてるって出てるね。今は目標に向かって前進していきなさいとカードは言っている」

「過去も現在も当たってる。すごいや……」

「最後に未来だね。迷ったら自分を見つめ直すこと。自分らしさを大切にしていれば自ずと道は開けるはずだよ。ただ一つだけ問題がある」


 マワさんは先ほどの柔らかい表情から一遍して、とても重い声で僕にこう告げた。

「探し人がいるよね。門の塔へもそれが理由で入るんだろ?どうも、タロットたちもその人物のことがわからないみたいでね。なんというか……その人物の部分だけ雲や霧がかかったように見えないんだ。こんなこと今までで初めてなんだけど」


 僕の探し人、それは母さんのことだ。


「占いでもそんなことがあるんですね」

「私は占いをやっているけど、代々巫女の血を受け継ぐ家系でもあるんだが……。本当にピンポイントでその部分だけ見えないんだ。見えないというより、見てはいけない感じがする」


 少しミステリアスだが陽気な雰囲気のマワさんが、その見えない何かに驚いていると同時にとてつもなく寒気がしている様子が伺える。これ以上は触れてはいけないのだろうと思った。


「探し人の件は大丈夫だよ。たぶん何か理由があるんだと思う」

「すまないね。私も修行が足りないな。精進せねば。最後にアドバイスできることがあるとすれば、直観を信じてみて。私に言えることはこれくらいかな」

「マワさん。ありがとう」

「どういたしまして。命だけは大事にね」

 そしてマワさんは4限の授業へ、僕とミキは帰路についた。



「それにしてもミキは父親に関することで”何か”に守られているな。不思議な力だ」

 おさげ髪で眼鏡の少女は、出てきたカードのことを思い返しながらボソッと独り言を言い、明るい表情で教室へ向かうのだった。

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