第九話 レウテーニャ魔法大学校
レウテーニャ魔法大学校へ入った僕とミキは、七日間講義の受け付けをしているという事務所へ向かった。
それにしても、魔法大学校というだけあって至る所に魔法が蔓延っている。噴水の水が何やら宙に浮いていたり、草木や花が歌を歌っていたり、校庭では浮いてる箒に腰かけてお喋りをしている生徒が数組……。これがこの学校の普通の光景なのだろう。
「確か事務所は……。一階の保健室の隣ね。コウ!こっち!」
ミキは、魔法に見とれている僕に声をかけてくれる。その度我に返る。
「あぁ……。ごめん。つい見とれちゃって」
ミキに急いで追いつく。そして、レウテーニャの校舎に入った。
「校舎の入り口、誰も使わないんだね」
「うん。みんな箒で飛べるから窓とかから直接教室に行くの」
もう入り口必要ないのでは……などと思ったが、僕のような魔法を使えない人のために存在しているのだろう。
「確かここを右に曲がると保健室だから、事務所もこっちね」
僕たちは廊下を右に曲がった。
すると前から4人組の男子生徒がやってきた。その4人組は僕たちに気づき、笑いながら何か叫んできた。
「おっ!ペウンイだぞ!」
「ほんとだ!ペウンイだ!」
”ペウンイ”とは一体何のことだろう。どうもミキに対して叫んでいるらしい。
ふと、ミキの顔を見ると眉間に皺を寄せ、ブスッとした表情をしていた。
「ミキ、大丈夫?」
「……」
ミキが表情を変えないままその4人組の生徒たちとすれ違おうとしたときだった。
「おい。ペウンイ。無視かよ。ペウンイのくせに生意気だな」
「何か言えよ」
4人組のうちの1人がミキの肩を小突こうとした。僕は咄嗟に手を払おうとしたが、その前にミキが払った。
「ミキ、本当にだいじょ……」
「コウ行こう!事務所はあっちだよ!」
ミキは僕の手を握り走りだした。4人組のことは完全に無視だった。
少し走ったあと、ミキが謝ってきた。
「ごめんね、コウ。見苦しいもの見せちゃって」
「ううん。それよりもミキ大丈夫?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃないかな……」
先ほどの怒りに満ちた表情とはうって変わって、大粒の涙が零れ落ちそうなほどの悲しい表情になっていた。
「全然大丈夫な表情に見えないけど……。なんだかごめん。僕あの子たちが言ってた意味が分からなくて……」
「あぁ。ペウンイ?私みたいな突然変異体質の魔法使いのことをペウンイって言うの。悪い意味でね」
4人組たちが言う”ペウンイ”。ミキのような突然変異体質の人を意味する蔑称らしい。意味が分からなかったとは言え、ミキを庇うことができなかった。本当に悔しい。
いや、悔しいと言ってる前にミキのケアのほうが大事だ。
「ミキ本当に大丈夫?ちょっと休憩する?」
「ううん。大丈夫。いつものことだし。それよりも事務所の人に話聞こ!」
オンオフのスイッチを切り替えたかのようにミキは明るい表情になった。いつものことだしと言うが、やはり心配で仕方なかった。
「やっぱり心配だよ」
「い!い!の!休憩してる暇あるなら勉強頑張るか、一日でも早く門の塔に行く。あいつらの相手してる暇なんてないよ」
ミキはとても強い女の子なのかもしれないとこの時初めて思った。
「でも、辛くなったら言ってね。僕たち友達なんだから」
「うん!ありがとうコウ」
そして、僕たちはレウテーニャの事務所の扉を開く。
「失礼します。魔法薬学科3年のミキ・ルル・アミマドです。聞きたいことが……」
「あらあら。おはよう。ミキ・ルル・アミマドさん」
一人のメガネをかけたふくよかな女性が出てきた。
「あ、私たち七日間講義を受けたくて」
「な、七日間講義?!」
メガネをかけた女性はとても驚いたように声を上げた。
「はい。私、門の塔攻略をしようと思って。学校も休学します」
「ごめんなさいね。ちょっと待っていらしてね」
メガネをかけた女性が何やら慌てた様子で事務所奥の男性へ話に行った。
すると事務所奥の男性がこちらに近づいてきた。
「君たちが七日間講義を受けたいと言っている子たちだね。君がうちの生徒のミキくんで……もう一人は?」
「コウ・レオーニです。門の塔攻略のためバーオボから来ました」
「コウくんだね。君はうちの生徒ではないんだね?」
「はい」
男性は何やら悩んだあと、こう告げた。
「コウくんのほうは今すぐ受け付けできるんだが、ミキくんは現役の当校の生徒なんだよね。それが学校の校則で現役の生徒は七日間講義を受けることができないんだ。もっと言うと、レウテーニャの在校生は門の塔に入ってはいけない校則もある」
僕たちは驚きを隠せなかった。ここに来てまさかの障壁にぶち当たってしまったのだ。
「本当ですか?そんな校則初めて聞いた」
「うん。ごめんね。さすがの僕たちも校則に逆らうことはできないから」
「じゃあ、私学校辞めるよ」
「辞めて受講してもいいが、そうなると今まで受けた授業の単位は0になる。そして学年も1年からやり直しになるんだ。3年まで頑張ってきたのにそれは勿体ないと思うよ」
男性の言う通りだ。ミキが勉強してきた3年が全く0になってしまうのは、いくら若いからと言っても勿体なさすぎる。
「ミキ。さすがに辞めて0になるのは勿体ないよ」
「でも……」
「何かいい方法がないか考えよう。あの、僕たち出直します!」
そう言って僕たちは事務所を後にした。
「コウ、ごめん。まさか私のせいで……」
「気にしないで。それより校則の抜け穴がないかとか探してみない?」
「そうだね!たぶん図書室ならそういう本があるかも!」
僕たちは一旦切り替えて、図書室へ行くことになった。校則のことについて詳しく書かれた本を探すためだ。
そして、僕は少しワクワクしていた。本好きの僕にとってレウテーニャの図書室は大層興味がそそられる。
「図書室は3階!こっちだよコウ!」
僕はミキについていく。廊下を抜け、右に曲がると階段が見えてきた。
「やっぱり広いね。校舎の数も多いし」
「私も初めて来たとき驚いたよ」
やはり世界でも有数の学校だ。校舎の大きさ、教室の数、様々な魔法を使う生徒たち。スケールが違う。
僕とミキはゆっくり階段を上る。すると、大きな鐘の音が聞こえてきた。
「ん?この音何?」
「始業の鐘だよ。これから一限が始まる合図だよ」
とても大きな音だが、どこか心地よく深い音だ。
鐘の音と同時に校舎中のざわめきが一気に静まり返る。なんだかとても緊張した雰囲気だ。
「ここが3階だよ」
「あれ?ミキは授業受けなくていいの?」
「今日は七日間講義の説明とか聞くつもりだったし、大丈夫」
ただ、校則に拘束されるなんて。ダジャレみたいになっているがかなり深刻な状況である。
「この廊下を真っ直ぐ行った突き当りが図書室ね」
ミキについていく。静まり返った校舎を歩くのは少し気を遣うが、あまり気にしないでおこう。
「はい!ここが図書室だよ」
目の前には僕の3倍ほどの大きさがある大きな扉があった。
「コウ。どうしたの?」
「いや、あまりにも扉が大きくてビックリしてて……」
「確かにデカすぎだよね。じゃあ、入ろ」
ミキはゆっくり図書室の扉を開いた。
ミキがゆっくり扉を開くと、そこには背丈の何十倍もの大きさがある本棚が並んでいた。大きな建物のようにも見えるため、街の中にいるのではと錯覚するくらいの大きさだ。
「うわっ!すごい……。ここがレウテーニャの図書室……」
想像を遥かに超えていた。そして本の数ももしかすると夜空に輝く星たちより多いのではというくらい無数にある。
「すごいでしょ。魔導書とかもあるけど、遥か昔の人が書いた本とかも全部所蔵されてるんだって」
「全部読み切るのに何年かかるんだろうね」
「たぶん生きてる間には読み切れないと思う」
拡張表現ではなく、本当に生きてる間に読み切れない数があるだろうと一目見てわかるレベルだった。
「確か司書さんがどこにあるか詳しいはず。聞いてみよっか」
図書室を入った左側に目をやると、カウンター状になった机で仕事をしている男性がいた。
「すみません。レウテーニャの校則について書かれた本ってありますか?」
「校則の本か。C本棚の168列あたりにあったはずだよ。かなり分厚いからすぐに見つかると思うよ」
「ありがとうございます」
僕たちは司書さんの言うC本棚へ向かった。
「本当に本棚が大きいね。僕の家より大きいや」
「ほんとにね。それにしても不思議よね。どこからこの本棚たちを持ってきたんだろうね」
ミキの言う通りだ。廊下の床から天井の高さを考えるととても外から持ち運んできたとは思えない。やはりここも何かしらの魔法が使われているのだろう。
「えっと。C本棚って言ってたからここだよね」
「一番下が670列って書かれてるから……168列はかなり上のほうだね」
「私、箒で飛べるから取ってくるね。コウはここで待ってて」
そう言うとミキは被っていたツバの広いトンガリを脱ぎ、クルッと逆さにした。
「ウィラーセ!」
ミキは突然何かを唱え始めた。すると今度は逆さにしたトンガリ帽子の中から箒が出てきた。
「えっ?箒?」
「うん。箒はいつも帽子の中に仕舞ってるの。んじゃ取ってくるね」
そう言うとミキは箒に跨り、上昇していった。
「168……168……。あった!」
少しするとミキがゆっくり降下してきた。
「ミキ、本は見つかった?」
ミキはゆっくり床に足を付け、僕にとても分厚い本を手渡してきた。
「あったよ!たぶんこれ!”レウテーニャの校則”について」
「これだ!あっちのテーブルでゆっくり読んでみよう!」
僕たちは近くのテーブルの椅子に腰かけ、本の目次を開いた。
「えっと。第59項の”七日間講義について”と、第60項の”生徒の門の塔入塔禁止について”かな」
パラパラとページをめくり、まず第59項の”七日間講義について”のページを開いた。
「文字が小さいし、ギッシリと書かれているね」
「目がクラクラしそう」
ゆっくり読み進めていると、”生徒の受講について”と書かれている部分を発見した。
「たぶんこれだ。読んでみるね。”レウテーニャ魔法大学校に在籍している生徒はいかなる理由があれ、弊校他校関係なく、七日間講義を受講してはならない”」
「他校のもダメなんだ……」
そして、次の第60項の”門の塔入塔について”のページを開いた。
「”レウテーニャ魔法大学校に在籍している生徒はいかなる理由があれ、門の塔入塔を禁ずる”って書かれてあるね」
「やっぱり単位諦めて退学しかないのかな……」
「でも、せっかく取った単位が勿体ないよ。また再入学って言っても大変だろうし」
「そうだよね……」
「ごめんね本当に。もうコウだけ受講したほうが……」
「ダメだよミキ。僕たち一緒に攻略するって決めたじゃないか」
「うん……」
だが、前にも後ろにも行けない状態になってしまった。これぞ正に万事休すな状況だ。
あれこれ悩んでいるとまた鐘の音が響き始めた。
「あ、一限が終わった」
そうポツリと呟くミキ。少しすると図書室に生徒が数人ほどやってきた。
「図書室、生徒さん結構来るんだね」
「うん。休憩しにくる子とかもいるからね」
そうミキと話していると、一人の女の子が僕たちに近づいてきた。
「あれ?どこかで見たと思ったらミキじゃないか」
声がする方向に目をやると、大きな丸眼鏡をかけたおさげ髪の女子生徒が立っていた。
「マワ!」
その姿を見るや、ミキは少し大きな声をあげた。
「ところで、その隣にいる少年はどこの誰だい?」
「あ、紹介するね!この子はコウ!一緒に門の塔を攻略することになったの」
「コウにも紹介するね!この子はマワ・タッペル。占術科専攻で私のクラスメイトなの」
「あ、えっと。マワさんよろしくね」
「あぁ。私の方こそよろしく」
僕はマワさんと握手を交わした。するとマワさんは僕の手を握ったまま離さない。
「あ……あの……」
「コウくんと言ったね。君、何やら怪しい気を感じるよ」
「もうマワったら、また変なこと言って」
クスクスと笑いながらマワさんは僕の手を離した。
「ごめんごめん。揶揄っただけだよ」
この一連のやり取りから、マワさんはとてもミステリアスな雰囲気を持った女の子だということがなんとなく分かった。
すると、また鐘の音が響いた。どうやら2限が始まる合図らしい。数人の生徒が図書室から出て行った。
「あれ?マワ、2限は?」
「2限は空きなんだ。時間つぶしに占い関連の書籍を漁りに来たのさ。ところで君たちはどうしてここへ?」
「あ、それがね……」
僕とミキは、ミキが校則で七日間講義を受講できないことや、門の塔へ入れないことを話した。
「ううむ。大変だねぇ。私も何か手伝えたらと思ったが……」
「僕たちも万事休す状態でどうすればいいか」
「そうだ。私が占って進ぜよう。何か導きがあるかもしれない」
「占い?占いで分かるの?」
魔法というだけで驚いているのに、占いまで出てくる。レウテーニャは本当にすごい学校だ。
「マワの占い、当たるって評判なんだよ」
「私は星や月やタロットカードの言うことをそのまま伝えているだけさ」
にわかに信じられないところもあるが、占いで道が開けるのならと半信半疑でお願いすることにした。
「今は昼間だから、タロットカードに聞いてみようか」
すると、マワさんは懐から少し縦に長いカードの束と取り出した。
「タロットカードって何?」
「タロットカードはこんなカードだよ」
数枚見せてくれたカードには絵が描かれており、番号とカードの名称らしいものが書き込まれていた。
マワさんはカードを机の上でごちゃ混ぜにし、数秒後綺麗に一束にまとめた。今度はトランプを切るように素早くカードを切り、また綺麗に一束にまとめた。
「さて、ミキの七日間講義のことについてだね」
「うん。何か打開策がないかを占ってほしい」
すると、マワさんはミキの前に束になったタロットカードを差し出し、扇のように開いた。
「じゃあ、この中から1枚カードを取っておくれ」
全て裏面になったカードの束からミキは1枚引き抜いた。
「ではそのカード、私に渡してもらえるかな?」
ミキは引き抜いたカードをマワさんに渡した。マワさんは受け取ったカードを横へ返すようにクルッと捲った。
「うむ。ソードの8の逆位置か」
そのカードには、木の上に目隠しをされた猫と地面に刺さった複数の剣の絵が描かれており、”ソードの8”と書き込まれていた。
「マワ、何かわかる?」
「そうだな。今は待つべき。待てば出口が見えてくる。今は無理して行動すべきときではない……かな」
「そっか……」
「”果報は寝て待て”ということわざがあるのを知っているかい?良い結果は自分から引き寄せるより、向こうからやってくるのを待つ方がいいという意味なんだ。少なからず悪い意味のカードではないから、ポジティブに考えてみてもいいんじゃないかな?私はそう思うよ」
「うん!分かった!寝て待つのは難しいけど……とりあえず待つのが良いってことだよね。マワ!ありがとう!」
「どういたしまして。それにしても、またどうして門の塔なんかに?かなり危険な場所なんだろう?」
マワさんは占いに使ったタロットカードを片づけながらミキに尋ねる。
「それがね、ガロが門の塔に入ったところを見たって人が居て……」
「あぁ。何日か前から行方知れずと言っていた猫のことか。まさか門の塔にねぇ……」
「危険な場所なのはわかってるけど、ガロは家族だから探しに行きたいの。ママからちゃんと許可も貰ったんだ」
すると、マワさんは僕のほうを見て尋ねる。
「彼と一緒に行くのが条件で、かな?」
「うん。コウと一緒にって条件でね。でも絶対に生きて帰ってくるって約束してるよ。だから……」
「あぁ。大丈夫だよ。心配はしてない。ミキはこう見えても成績優秀だからね。私は信じてるよ。友達としてね」
すると、また鐘の音が鳴り始めた。
「おやおや。2限が終わったようだね。私は3限の教室に向かうよ」
「うん!マワ!本当にありがとう!」
そして、マワさんは図書室を出て行った。
「占い、当たるといいね」
「うん。でもどうしようか。図書室にいても埒が明かなさそうだし」
「そうだなぁ。ちょっと学校見て回ってみてもいい?レウテーニャの中もっと見て回りたいし」
「いいよ!じゃあ、行こっか!」
そして僕たちは図書室を出て、レウテーニャの中を散策することになった。
「どこかいい場所ある?」
「うーん。そうだなぁ。時計台行ってみる?テルパーノを見渡せて眺めいいの」
「じゃあ、時計台に行こう!」
僕たちは廊下を抜け階段を上る。するとまた鐘の音が響いた。
「3限の音だ。3限のあとお昼休憩なんだけど、レウテーニャの食堂で何か食べて行こっか」
「そうだね。レウテーニャの食堂楽しみだなぁ」
どんなメニューがあるのか想像しながら階段を上っていると、突然上の階で爆発音のような轟音が聞こえた。
「今の何の音?」
「行ってみようか」
僕たちは駆け足で階段を上る。5階まで登ると土煙が廊下中に広がっていた。
「うわ。なんだこれ……。ミキ、出来るだけ煙を吸わないようハンカチか布で口元押さえてて」
「うん。わかった」
僕はポケットから取り出したハンカチを、ミキはローブの袖を口元に当てて、音が鳴った方向へ向かった。
廊下を進むにつれ土煙が濃くなってくる。ミキと逸れないよう細心の注意を払って前へ進む。
「ミキ!大丈夫?」
「私は大丈夫。でもここ確か学長室なんだよね。学長……」
そうミキが言った途端、部屋があるであろう場所からとてつもなく大きな何かが出てきた。
「うわっ!」
僕はそのとてつもなく大きな何かに捕まり、部屋のほうへ引きずり込まれてしまった。
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