第八話 テルパーノの朝
ベッド横の窓から朝日が射しこむ。朝日が瞼に当たり、眩しくなって目を開けた。
昨日聖地テルパーノに着いたばかりの僕だが、初日から色々あって少し疲れていたのかぐっすりと眠れた。
僕が今いるのは、ミキの家であるアミマド屋。攻略者用の薬草や薬を販売しているお店だ。
「おはようございます。あの、洗面台ってどこですか?」
起きた僕は階段を降り、キッチンで朝ごはんを作っているミエさんに声をかける。
「あら、コウくんおはよう。洗面台はそこだよ~」
ミエさんが指さす方向へと目線をやると、こぢんまりとした洗面台があった。
「あ、ありがとうございます」
少し冷たい水で顔を洗う。テルパーノで迎える朝だ。脳みそをシャキっとさせるには持ってこいだ。
「コウおはよ~ほわ~」
顔を洗っているとミキが起きてきた。
「あ、おはようミキ。ところでさ、タオルある?」
「タオルね~。これ使って~」
「ありがとう。実はさ、持って来てたんだけど部屋に忘れちゃって」
僕も少し寝ぼけていたのだろう。荷物に入れたままタオルを忘れたのだ。やはり冷水でシャキっとしたのは正解だったな。
「別にうちの使ってくれていいのに」
ミキはそう言ってくれたが、やはり他人の家のタオルをいきなり使うのは気が引ける。少し申し訳ないので洗濯は僕がしようと思った。
「タオル借りたし、今日は僕が洗濯のお手伝いするよ」
「ほんと?でも、コウって魔法使えるっけ?」
魔法?洗濯に魔法とはどういうことだろう。理解が全く追いつかなかった。
「もしかして、洗濯も魔法でできるの?」
「うん。テルパーノでは常識だよ。ちょっと待っててね。杖取ってくる」
そう言うとミキは二階へ上がって行った。
魔法で洗濯。バーオボでは手洗いで洗うので魔法で洗濯は想像できない。楽になるのなら越したことはないので大層興味がある。
「ごめん。取ってきた。さっきコウが顔拭いたタオル貸してね」
ミキはそういうと洗面台横にあったバケツにタオルを入れ、杖を振る。
杖を振ると蛇口から水が出てきてバケツに入っていく。
「すごい……」
「ここからが本番だよ」
そう言ってまた杖を振り、水とタオルが入ったバケツを床へ置く。
「ウォタッシュウォ」
ミキがそう言って杖を振ると、バケツの中の水が回りだした。
「えっ?これ水が回ってる……?タオルを洗ってるの……?」
「うん。これで洗濯してるとこ。タオル一枚だから3分くらいで終わりかな」
未知の領域だった。杖を振るだけでいとも簡単に洗濯できてしまうんだから。ほぼ毎日洗濯板でこすっていた日々が少し馬鹿らしくなってしまうくらいだ。
「本当にすごいね。魔法使えるのが羨ましいよ」
「ありがとう。まぁ、だから洗濯のお手伝いは大丈夫だよ」
あんなすごい物を見せられたあとだ。僕のやり方だと逆に時間がかかるのは目に見えてる。ましてや魔法が使えない僕にはミキのようには当然できない。でも一日泊めてもらったからには何かできないかと思っている。
「僕にも何かできることないかな。一日だけとは言え泊めてもらった恩返ししたいし」
「気にしなくていいのに。それと泊まりの話なんだけど……」
ミキが何か言いかけたとき、ミエさんがキッチンからやってきた。
「こっちで賑やかにしてると思ったら……。朝ごはんできたよ」
「あ、今すぐ行くね!」
「ミキ、何か言いかけたけど……」
「後で話す!」
ミキはそう言ってキッチンへ向かった。泊まりの話と言っていたが、あとでレウテーニャへ向かうときに聞いてみよう。
僕もキッチンへ行き、ミエさんが作った朝ごはんとご対面。目玉焼きが乗ったトーストのようだ。
「二人とも飲み物はミルクでいいかい?」
そう言ってミエさんはコップ3つにミルクを注いだ。
「ありがとうございます」
「ママ、ありがとう」
僕はゆっくり手を合わせ、感謝の気持ちを目の前の目玉焼きトーストに伝える。
「いただきます」
ザクッと目玉焼きトーストに齧り付く。程よく焼かれたトーストは歯ごたえバッチリだ。2、3回噛んでわかったが、トーストには薄っすらバターが塗られていたようだ。バターの塩味がトーストの甘味とマッチして最高だ。
次は目玉焼きの白身の部分も一緒に齧る。少しふわっとした白身のあと、トーストのザックリ感が歯へ伝わってくる。そして、もう一口齧る。今度は黄身が少し入っている。少し胡椒が振られていてほんのりパンチが効いた味になった。そして、しっかりと焼かれた黄身がホロホロと口の中で砕ける。目玉焼きトーストは目玉焼きとトーストを二重に味わえる。これが醍醐味なのだ。
僕は、ザクザクふわふわとトーストを食べ終えた。ミルクを一気飲みし、一息ついた。
「ごちそうさまでした」
朝ごはんを食べ終え、満足したが次のことに取り掛からねばならない。
「あの、何か手伝えることありますか?お皿洗いとか……」
「そうだねぇ。じゃあ、お皿洗いやってもらおうか」
「はい!」
そう言われ、僕はみんなのお皿を集め、キッチンの流し台へ行く。
どうやらお皿洗いは魔法でやらないようだ。
流し台を見て少しホッとする僕はスポンジを取り、1つずつお皿を洗っていく。
「ママー!私お洗濯やっちゃうね!」
「よろしくね~」
ミキはそう言って洗面台横の扉から出て行った。
お皿洗いを終え、僕は二階の借りてる部屋へ戻る。荷物の整理だ。
今日はレウテーニャに行く。必要な物と置いていく物は置いて行こう。
――コンコン。
扉からノック音が鳴った。
「コウ。私洗濯終わったけど、そろそろレウテーニャ行く?」
ミキの声だ。もう洗濯が終わったのかと驚きながら返事をする。
「うん!今用意終わったとこだから一緒に行こう!」
簡単な荷物だけ持って扉を開ける。帽子やローブを着用したミキが待っていた。
「じゃあ、行こうか」
僕たちは一階へ降り、ミエさんに挨拶する。
「行ってきます」
「ママ!行ってきます!」
「はいよ。気を付けてね」
ステンドグラスの小窓が付いた扉を開け、アミマド屋を後にした。
「じゃあ、レウテーニャに行こう!」
そう言うとミキは東の方角へ歩き始めた。
朝方だからか頭上は箒で飛んで行く魔法使いが沢山いる。皆ぶつからないのかという速度で飛んでいるのでヒヤヒヤする。
「テルパーノは皆箒移動なの?」
「うん。私もいつもは箒で登校するんだけど、コウ飛べないもんね」
「ごめん。なんだかとっても申し訳ない」
いつも箒で通学してるのに僕に合わせて歩きにしてくれたのかと思うと本当に申し訳なかった。
「あれ?でもミナさんと歩いたとき箒とか言ってなかったような……?」
僕はふと思い出したのだ。ミナさんとアミマド屋へ向かう道中のことを。
「あぁ。お姉ちゃんとママは魔法使えないの」
「えっ!そうなの?てっきり使えるものだとばかり」
「私ね。所謂”突然変異体質”ってやつらしくて。血縁者に魔法を使える人が居なかったのに、私だけ使えるんだ」
”突然変異体質”。バーオボでは馴染みのない話だがチラッとは聞いたことがある。ミキが言う通り、血縁者に魔法使いが居ないのに何等かの突然変異で魔法使える体質のことを言う。ミキがまさかその体質とは。
「そうだったんだ。んじゃ小さいときとか苦労したんじゃないの?」
「いや、それがね。私が魔法使えるってわかったの、9歳のときなんだよね」
”突然変異体質”の人は、幼少期に魔法をコントロールできずとても苦労するらしいと聞いたことがあったが、ミキのようにある程度の年齢になってから魔法が使えるようになる人もいる。”突然変異体質”については今でもその原因がわからず、魔法に詳しい医者でも頭を抱えているらしい。
ミキは続ける。
「でも、ママの手助けをしたいと思ってたし、この体に感謝してるんだ」
「そっか」
ミキと話ながら歩いていると、何やら大きな建物と門が見えてきた。
「ここがレウテーニャだよ」
「ここが……」
とてつもなく大きな門構えとレンガ造りの校舎。ここがレウテーニャ魔法大学校。ぱっと見は普通の学校のように見えるが、ミキと同じようなローブを羽織ったトンガリ帽子の生徒たちが箒に跨って入っていく。
「じゃあ、事務所に行こう。あそこで受け付けてるはず」
「事務所だね。受け付けてくれるといいな」
そう言って僕たちはレウテーニャ魔法大学校の事務室へ向かった。
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