第七話 人魚の舞

 料理を頂こうとしたところ、店内の照明が薄っすらと暗くなり空気が変わった。


「ダンス始まるね!」


 ミキがそう言った直後、舞台袖からスポットライトを浴びた一人の男性が出てきた。


「こんばんは。こんばんは。セイレーンへお集まりいただき誠にありがとうございます。今晩のショーセンターはミナでございます。それでは皆様。――今宵、人魚の舞に酔いしれて」


 スポットライトは消え、男性は舞台袖へと戻っていった。


 すると舞台横の音楽隊がゆったりとした音楽を奏で始めた。ゆったりとした音楽に合わせるように、数人の踊り子たちが出てきた。ゆったりとユラユラ揺れるように踊り、深海の海藻を表現しているようだ。

 ユラユラ揺れる踊りに夢中になっていると、突然ワッと音楽が激しくなり、それと同時に店内の照明が明るくなった。そして、踊り子たちはとても動きの早い踊りに変わった。


 店内の観客たちはもう舞台に釘付けだった。踊り子たちの踊りはとても息の合った尾びれを揺らして泳ぐ熱帯魚のようで本当に美しい。冒頭、”人魚の舞”とあの男性は言っていたがそれに相応しい踊りだ。


「あ、お姉ちゃん出てきたよ!」


 ミキはとても嬉しそうに指をさす。


 舞台に目をやると、他の踊り子よりも豪華な装飾がなされた衣装を着たミナさんが出てきた。

 ミナさんは流れるようにセンターに立った。その途端男性客が歓声をあげる。その歓声に応えるように踊る。腰をくねらせ、時折腰からナイフや扇を出してはクルクル回り、手や口や頭についた薄目の布が波風のように舞い、足は頭より高い位置で空を切る。まるで海中を突き進む人魚のように見えた。


 少しすると、音楽はまたゆっくりになった。それと同時に踊り子たちは舞台袖へ去って行った。


 ふとミキの顔を見ると、とてもキラキラした目をして余韻に浸っているようだった。


「ミキね、実はミナの踊りが大好きなのよ。普段そういうとこ見せないから内緒ね」

 僕がミキの様子を見て少し驚いていると、ミエさんこっそりと耳打ちしてきた。

 セイレーンへ来ることになったとき、ミキが妙に張り切っていたことを思い出し、答え合わせをした瞬間だった。


 だが、ミキがミナさんの踊りに憧れるのも頷ける。僕は踊りのことなど一ミリも知らない素人だが、そんな僕が見てもミナさんの踊りは他の踊り子とは何か違う凄さを持っている。初対面のときに妙に妖艶な人だと思っていたが、ダンスではその妖艶さが何十倍にも増し、それに加えて力強さがある。テルパーノで一二を争う踊り子だとミキが言っていたが、なるべくしてなったのだなと思った。

 

 ダンスを見終えた僕たちが注文していた料理を食べていると、一人の男性客が声をかけてきた。


「そこの魔法学生の子、今日の午前中噴水のとこでチラシ配ってた子かい?」


「はい!そうです!」

 ミキはとても驚いたように返事した。


「ああ。やっぱり。あのチラシの猫ちゃんなんだけど、一週間くらい前に見かけたことを思い出してね。明日チラシの住所まで行こうと思ってたんだけど、手間が省けたよ」


 ミキが配っていたチラシの猫……。ガロという猫のことだ。


「どこで見かけたんですか?」

 ミキは少し食い気味に質問する。


「一週間前、ちょっとだけ門の塔の入り口だけ見行ったんだが、そのときこのチラシの猫ちゃんが門の塔に入っていくの見かけたんだよ。特徴的な毛並みと模様だったから妙に覚えていてね」


 この男性の言うことが本当なら、ガロは門の塔に入ってしまったことになる。


「本当ですか?ガロが門の塔に……」


「信じてもらえないだろうが、一応目撃情報としてってことでな。んじゃ、俺は元の席に戻るわ!猫ちゃん見つかるといいな!」

 そう言って男性は元の席に戻って行った。


 猫とは言え、門の塔はとても危険な場所だ。もし門の塔に迷い込んで出られなくなっていたのなら大変なことである。


「ミキ、ガロのことどうするんだい?」

 神妙な面持ちをしたミエさんがミキに話しかける。

「……少し考えさせてほしい」

 そう言うとミキは黙り込んでご飯を食べ始めた。


 料理を平らげた僕たちはセイレーンを後にし、帰路についた。


「いっぱい食べたねー。お腹いっぱい」


 ガロの目撃情報を聞いたあとから喋らずひたすら料理を食べていたミキだが、セイレーンを出てからは普通に話しかけてきた。


「僕もだよ。あとミナさんのダンスも凄かったね」

「うん。ところでさ、明日レウテーニャに行くんだよね?」

「うん。そのつもりだけど……」


「七日間講義のこと、私も聞きに行っていい?」


 僕はミキの言葉に驚いた。


「ミキ、もしかして……」

「うん。ガロを探すために私も門の塔攻略しようと思ってる」


 一瞬攻略を止めようとしたが、ミキの目が力強くこっちを向いてることに気づき、本気なのだとわかった僕は何も言えなかった。


「ミキ、本気なんだね?」


 後ろを歩いていたミエさんが会話に割って入ってきた。


「うん。ガロがもし出てこられなくて待っていたらと思うと居ても立っても居られないの。……ママ、お願い」

 少し俯いた様子で一瞬黙り込んだミエさんだが、すぐにこちらを向き直した。


「……わかった。行っておいで。ただし、条件があるよ」

「何?」

「”必ず生きて帰ってくること”と、”難しいと感じたら無理をせず攻略を中断すること”。この2つを絶対に守ることだよ。ミキなら守れるよね?」


 ミエさんが力強くミキに言った言葉。僕がお昼ごろミエさんに言った父さんとの約束事だ。


「うん!絶対に守る!私ガロを連れ帰ってくるからね!」

 こうしてミキも門の塔攻略が決まったのだった。


 そして、僕たちはアミマド屋へと帰ってきた。ドアベルを鳴らし、小さなステンドグラスが付いた扉の奥へと入るやいなや、ミキは自室へと戻って行った。


 ミキが居なくなったタイミングで僕はミエさんに話かけた。


「ミエさん。さっきの約束事って……」

「コウくんのお父さんのあれ、真似しちゃった。ミキには内緒ね」

「あ、いえ。でもいいんですか?ミキのこと心配じゃ……」

「心配だよ。本当は行ってほしくないさ。あんな危険な場所。でもコウくんを見てるとね。不思議と大丈夫な気がしてね。うちの子なら必ず生きて帰ってきてくれるだろうって」


 僕はふと父さんを説得したときのことを思い出す。何度も何度も二人で話し合ったとき、時折見せる寂しそうな父さんの顔はそういうことだったのかと今やっと理解できた。


「わかりました。二人で一緒に生きて帰ってきます」


 そして僕はミエさんと一つの約束をした。必ず二人で生きて帰ってくる。

 こうして門の塔攻略に新たな仲間が加わった。


 明日はレウテーニャ魔法大学校へ行く。

 どんな学校なのだろうか。七日間講義も楽しみだが、世界でも有数の魔法学校だ。どんな授業をしているのかなど気になることばかりだ。


 明日のことを想像しながら、ベッドに入った。知らない家の香り。ほんのり薬草たちの香り。僕はゆっくりと眠りの世界へ落ちていった。

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