第六話 酒場セイレーン
街の中央にある噴水の泉から、酒場通りへ向かう。すると二階建ての綺羅びやかな店舗にやってきた。看板には人魚のような絵の横に"酒場セイレーン"と大きく書かれている。仕事終わりであろう男性が入っていく。とても賑わってるようだ。
「大きい酒場なんですね」
「この街では割りと大きめだね」
ミナさんはこんな大きい酒場で踊り子をしているのかと驚くと共に、ミナさんの凄さに気付かされた。
「おっ!どこかで見たと思えばミエさんじゃないか!」
店先で呼び込みをしていた男性に声をかけられた。
「ミナちゃんから話は聞いてるよ!歓迎会なんだって?予約席取ってあるよ!さぁ!入って入って!」
さすが酒場の店員さんと言ったところか。とても陽気で明るい感じの人だ。
「ありがとね!じゃあ二人とも入ろうか」
ミエさんに促され僕たちは酒場セイレーンに入った。
「えっと……予約席……ここだね。えらく舞台の目の前ね」
本当に舞台の目の前だ。所謂、最前列というやつだ。特等席扱いになっているようだ。
「どうせお姉ちゃんが決めたんでしょ。自分の踊りをコウに見てほしくて」
僕の歓迎会なのにそこまでしていただかなくても……と恐縮してしまうが、せっかくだ、料理も踊りもたっぷり楽しむとしよう。
僕たちは用意されていた予約席に座り、机に並べられたメニューを見る。
「とりあえず、飲み物だねぇ。私は一杯だけお酒飲もうかな」
ミエさんはアルコールメニューに目を通しているようだ。
「私とコウは普通のドリンクだね。コウは何か飲みたい物ある?」
「そうだなぁ……。ミルクでいいかな」
「わかった。私はジンジャーソーダかな」
「じゃあ私は麦ビールいこうっと」
するとミエさんはテーブル端に設置されている石板のようなものを触り始めた。
「あの、それは何ですか?」
「ああ、これね。”魔法石パッド”って言うんだよ。これを操作して料理や飲み物とか注文できるようになってるの」
さすが魔法大国テルパーノと言ったところか。魔法を使ってあらゆるものを便利にしているようだ。
魔法石パッドで客側が注文すれば、口頭で伝えるより間違いも無く済むというわけだ。画期的すぎる。
「ついでに料理も頼んじゃおうか。みんなで取り分けられるようなの適当に頼んじゃうね」
そう言ってミエさんは魔法石パッドをササっと触り、料理を注文した。
飲み物や料理を選んでいる間に、仕事終わりの人や攻略者らしき人たちで酒場はいっぱいになってきていた。樽のジョッキに入ったビールで乾杯するグループ、一人でしっぽり飲んでいる人など様々だ。
「結構お客さん来るんだね」
「セイレーンは踊り子が人気だからね。料理も安くて美味しいし」
すると、樽のビールジョッキと2本のグラスを持った店員らしき女性がこっちにやってきた。
「はいよ~。麦ビールとジンジャーソーダとミルクお待ち~。って誰かと思えば、ミエさんとミキちゃんじゃん」
「あらあら、イリニヤさんお久しぶり」
「今日はミナちゃんがセンターだから楽しんでいってね」
そう言って女性店員さんは厨房のほうへ戻って行った。
「さ、まずは乾杯しとこうか。二人ともグラス持ったかい?」
ミエさんに促されミキと僕は飲み物が入ったグラスを持った。
「コウくんの歓迎会と旅の無事を願って……カンパーイ!」
それぞれのグラスと樽ジョッキを軽く触れさせ、僕たちは乾杯の音頭を取った。
明日以降の七日間講義のこと、門の塔攻略のこと、全てが明るい未来に思えてくるような軽快な音が響く。
乾杯をした後、僕はミルクを一口飲み、一息ついているとミキが話しかけてきた。
「コウってバーオボから来たんだよね。バーオボってどんな国なの?」
「どんな国かかぁ。テルパーノに比べたら田舎なんだけど、火山と温泉街なんかが有名かな」
「そうなんだ。温泉街かぁ。一度行ってみたい!」
「旅行で行ってみるといいよ。街並みもカラフルで綺麗だから」
バーオボの温泉街で有名な”モミマドレ”。源泉かけ流しの温泉も人気だが、街並みが少しオリエンタルで異世界情緒溢れる雰囲気も人気だ。
「他にはどんな場所がある?」
「そうだなぁ。鍛冶の街で有名な”ベルバオバ”とかも有名かな。あとは、場所じゃないけど、秋頃に開催される”炎華祭り”も凄いよ。国をあげて一週間やるんだ」
バーオボが1つの国として発展できたのは、バーオボ火山とバーオボ火山に住む”バルバーオボ”という火の神様のおかげという風習があり、両者に感謝を伝えるためのお祭りが”炎華祭り”なのだ。
「炎華祭り?炎華って言うくらいだし、やっぱり火を使ったお祭りなの?」
「うん。まず、家の玄関先に火をともした松明を掲げたり、各街の中心になる場所に櫓を組んでとても大きな炎を作るんだ。暑いけど、とってもパワフルなお祭りなんだよ」
「それでそれで?」
「そうだなぁ。その年に獲れた野菜や魚や肉なんかをバーオボ火山に奉納したりかな。あとお祭りだから街中が装飾されたり、女の子なんかはその一週間だけ特別な衣装を着てたりするね」
「すっごい豪華そう……」
バーオボは本当に田舎で魔法もそこまで使われてない国なので、テルパーノに比べれば娯楽は少ない。だが、こういったお祭り事は国民全体が張り切ってやるので、ミキが想像している以上に豪華でパワフルなものになっている。たぶん絵にしても伝わらないくらいだろう。
バーオボの炎華祭りの話をしていると、飲み物を持って来てくれた女性が料理を持ってやってきた。
「はいよ~。注文の料理お待ちだよ~」
「イリニヤさんありがとね~」
「さっきミナちゃんに話聞いたけど、そこの男の子攻略者なんだって?」
「そうよ~。この子がうちに泊まることになったから歓迎会しようって」
するとその女性が僕の元に近づいてきた。
「なるほどね~。初めまして。私はここでホールレディしてるイリニヤって言うの。よろしくね!」
「は、はじめまして!コウって言います……」
イリニヤさんは右手を出してきた。どうやら握手ということらしい。僕も右手を出して握手をした。
それにしても、イリニヤさんは褐色肌で頭部には少し控えめの大きさの巻角、耳は長い。肌の色と巻角はドガール族の特徴だが、長い耳はエルフィナ族の特徴だ。
「もうちょっとしたら踊り子ちゃんたち出てくると思うから、もうちょっと待っててねぇ」
そう言ってイリニヤさんは厨房のほうへ戻って行った。僕はミキにこそッと気になることを聞いてみた。
「ねぇミキ。イリニヤさんってドガール族?」
「えっと、ドガール族なんだけど、エルフィナ族とのハーフなんだって。お母さんがエルフィナ族だったかな」
「そうなんだ」
この世界には3つの種族がある。ヒューマニ族、ドガール族、エルフィナ族だ。
僕やミキはヒューマニ族。赤褐色の肌と頭部の水牛のような巻角があるドガール族。白く透き通った肌に長い耳を持つエルフィナ族。昔は種族間で争いがあったりしたらしいが、今では種族の壁を乗り越え共存している。
「イリニヤさん、昔はかなり苦労したらしいけどね」
「でも凄く明るくていい人そうだよね」
「うん。とってもいい人だよ。そして力持ち」
ドガール族は3つの種族の中でもかなり強靭な肉体を持っていて、力仕事を必要とする職業にはドガール族の人が多く就く。男性は2メートルを超える巨体となり、女性は男性より大きくはならないがヒューマニ族やエルフィナ族に比べると背が高く、全身の筋肉が発達しているのが特徴だ。
神話では”空から降ってきた太陽を隠すほどの巨大な大岩を拳1つで破壊したドガール族の英雄”の話などがあるくらい、昔からその力強さは語られている。
「二人とも。手元に届いた料理食べちゃっていいよ~」
話に夢中になっていたが、イリニヤさんが持って来てくれた料理を冷めないうちに頂かなくては。
「そうだった。じゃあいただきまーす!……うまっ!」
さて、僕もいただこうと思った矢先、店内の照明が薄っすらと暗くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます