第五話 出戻り
「あ、お姉ちゃんお帰り。……あれ?さっきの?」
アミマド屋にいる僕を見てミキさんが驚くのも当然だ。結局戻ってきたのだから。
「あ、ミキ。降りてきたの。コウくん宿屋さんがどこも一杯だったから戻ってきたんだって」
「えっ、じゃあ泊ってってほしい。私、恩返しできてないし」
「そう言うと思った」
「じゃあ、決まりね!」
「えっと……。一日だけですが、よろしくお願いいたします!」
こうして僕はアミマド屋に一日泊めてもらうことになった。たった一日とは言え少しだけ緊張する。
「あ、そろそろ私次の仕事行かなきゃ」
ミナさんはそう言うと店奥の階段を上って行った。
「えっと、コウくんだっけ。まずお部屋案内しなきゃだね」
少し緊張していた僕にミキさんが声をかけてくれた。
「あ、うん。そうだ。僕のことはコウでいいよ。ミエさんから聞いたけど僕と同い年なんだよね?」
「うん!そう!じゃあ、コウって呼ぶね!私のことはミキって呼んでね!よろしくね!」
「うん!よろしくミキ!」
ミキさん……いや、ミキと呼ぼう。ミキとは短い間ではあるが、いい友達になれそうだ。
僕たちは店奥の階段を上り、二階へとやってきた。目の前に廊下があり、左右それぞれにドアが2つずつあった。部屋は4つあるようだ。
すると、右側の奥の部屋からミナさんがさっきよりも大きなカバンを持って出てきた。
「コウくんゆっくりしてってね~」
「お姉ちゃんいってらっしゃい!」
「ミナさんいってらっしゃい!」
ミナさんは颯爽と階段を下りて行き、ドアベルを鳴らして店を後にした。
僕は少しミナさんのことが気になり、ミキに聞いてみた。
「ミナさんってエピノ宿以外のお仕事もしてるの?」
「お姉ちゃん、酒場で踊り子してるの。ああ見えてテルパーノでも一二を争う人気踊り子なんだよ」
ミナさんの妖艶な雰囲気から踊り子をしているのは納得だが、テルパーノで随一とは驚いた。
「そうなんだ。エピノ宿でも働いてるけどあれは?」
「あっちは昼間が暇だからってアルバイトしてるの。私の学費出してくれてるんだ」
「学費?」
「うん。私、レウテーニャ魔法大学校に通ってるの。私もアルバイトして自分の学費稼ごうと思ってたんだけど、私にいっぱい勉強してほしいからってお姉ちゃんが掛け持ちで色々してくれてるんだ」
”レウテーニャ魔法大学校”。テルパーノどころか世界でも有数の魔法大学校だ。ミキが魔法学生なのは服装から想像はしていたが、まさかあのレウテーニャの生徒とは。
「待って。あのレウテーニャに通ってるの?あそこめちゃくちゃすごい学校だよね?」
「めちゃくちゃって程でもないよ。私はただ薬学を学びたいから勉強頑張っただけで」
なんだかとんでもない姉妹に出会ってしまった気がする。
「そりゃお姉さんも勉強頑張ってほしいって学費出すわけだよ」
「そうなのかなぁ。私としては自分のことは自分でなんとかしたかったから……」
「お姉さんからの愛情って思えばいいんじゃないかな」
「愛情か……。そうだね。そう思うことにする!あ、部屋の案内のこと忘れてたね」
そう言ってミキは左側奥の部屋を案内してくれた。
「この部屋一応掃除とかしてるからホコリとかは大丈夫だと思う」
「うん。ありがとう」
空き部屋とは言えかなり綺麗に管理されているのが状態からわかる。ベッドのシーツも真っ白だ。
「急に泊まることになっちゃったけど、改めてよろしくね」
「こちらこそ。むしろお礼できて光栄だから気にしないで」
「ところでさ、さっきのレウテーニャの話だけど」
僕はミキがレウテーニャ魔法大学校に通ってると知り、どうしても聞いておきたいことあった。レウテーニャ魔法大学校で定期的に開講されている”七日間講義”についてだ。
”七日間講義”とは、攻略者全員が受講しなければならない講義で、テルパーノの各地にある魔法大学校で受講できる。
ミキがレウテーニャの生徒なら少しでも情報が手に入ればラッキーだと思ったのだ。
「あぁ。”七日間講義”かぁ。言われてみれば学内にポスター貼ってあったかも」
「ほんと?期間とかわかる?」
「ごめん。そこまでは覚えてない……」
生徒とは言え七日間講義について目に留まらないのも無理はない。しかし、ポスターが貼ってあったということは受講者を募集している可能性が高い。明日あたりにでもレウテーニャ魔法大学校に足を運んで見ても良さそうだ。
「そっか……。じゃあ明日レウテーニャに行ってみるよ。ポスターがあったなら受講者を募集しているのかもしれないし」
「うん。あ、明日私も授業だし一緒に行く?レウテーニャちょっと遠いし、厳しい学校だから外部の人間は入れてもらえないかも」
「ほんと?助かるよ」
こうして僕は明日レウテーニャへ行くことになった。世界でも有数の魔法学校だ。どんな場所なのか楽しみだ。
「じゃあ、コウは長旅で疲れてるだろうし、部屋でゆっくりしててね。私は夕飯の買い出し行って来る」
「あ、うん。何か手伝えることがあったら呼んでね」
ミキは部屋を出ていった。夕飯はどんな料理だろうか。また楽しみだ。
それはそうと、テルパーノに着いて初日。小さなトラブルはあったが、人との出会いのおかげで宿もなんとかなってしまった。これもご縁というやつなのだろうか。明日はレウテーニャに七日間講義のことを聞きに行ったり、新たに宿探しをしなければならないが、少しでも門の塔に入れる日が近くなっている証拠だろう。
色々な思いを馳せながら、僕は胸元に隠しているペンダントを取り出す。僕にとってはお守りのような存在のペンダント。母さんが旅立ったとき僕の枕元に置かれていたのだ。父さん曰く、母さんが小さい頃から大事にしていた物らしい。深い水色の宝石が金属の額に埋め込まれていて、裏側には薔薇の刻印が入っている。この深い水色が母さんの瞳の色にそっくりで、これを見る度に安心できる。
ペンダントを眺めていると、一階からドアベルの音が聞こえた。
「コウ!少し降りてきてもらってもいい?」
ミキが呼びかけてきた。買い出しから帰ってきたのだろう。
「うん!すぐ行くね!」
ペンダントを服の中に仕舞い、一階へと降りていく。
「どうしたの?」
「ああ、コウ。良かったら酒場行かない?」
「酒場?僕、未成年だよ?」
「私も未成年だよ。買い出しの帰りにお姉ちゃんから声かけられてね。良かったらコウくん連れて踊り見に来てって。ママも一緒なら未成年でも入れる酒場だし、歓迎会も兼ねてどうかなって」
たった一日だけ泊めてもらうだけの僕が歓迎会をしてもらえるなんて思ってもみなかった。
「いいの?歓迎会なんて」
「全然いいどころか。旅の門出を祝わせてほしいよ」
「ミキの言う通りだよ」
ミエさんが店奥から顔を出し会話に入ってきた。
「今日は私の奢りだよ。ミナの酒場でコウくんの歓迎会だ」
「いいんでしょうか。たまたま出会っただけの僕が……」
「いいんだよ。人からの気持ちは受け取っとくもんだよ」
ミエさんはそう言って僕の背中を軽くポンと叩いた。そうだ。せっかく2人、いや3人からの気持ちだ。ありがたく受け取らせてもらおう。
「じゃあ、ミナさんの酒場行ってみたいです」
「そう来なくっちゃ!そうと決まればさっそく、お姉ちゃんの酒場に行こうー!」
ミキは酒場に行くのが楽しみなのか、かなりテンションが高い。
それはそうと、僕も少しだけ酒場が楽しみである。ミナさんの踊りがどんな物かとても気になって仕方ないのだ。
「よし。じゃあ貴重品だけ持ってね。さっそく酒場に行くよ」
財布などを持ち、僕たちはアミマド屋を後にした。
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