第四話 エピノ宿

 アミマド屋を出た僕は、ミエさんが書いてくれた地図を確認する。どうやら宿屋街のほうにあるらしい。地図を頼りにエピノ宿へ向かう。

 建物の影が伸びている。日が少し傾いてきているようだ。テルパーノで過ごす初めての夜。初日から少し事件はあったものの”これが旅”なのだと思うと、門の塔攻略が終わり全てを思い出すとき、僕は今日のことを思い出すだろう。


 ミエさんが書いてくれた地図の通り歩いていると攻略者用の宿屋が立ち並ぶ宿屋街に着いた。

「エピノ宿は……。あっあそこだ!」

 大きくエピノ宿と書かれた看板を見つけ中に入る。すぐに受付カウンターがあったが、従業員は誰も居ないようだった。

「すみませーん!」

 受付カウンター奥に誰かいるかもと思い、声をかける。するとカウンター横のある階段から返事が返ってきた。

「はいよー!ちょっと待ってね!」

 とても陽気な返事の主はカウンター横の階段から降りてきた男性だった。

「おやおや。お客さんかい」

「はい!アミマド屋のミエさんからここを紹介してもらって……」

「おぉ!ミエさんの知り合いかい。ただここまで来てもらったところで申し訳ないんだが、生憎どの部屋埋まっていてねぇ」

「えっ!そうなんですか……。じゃあ、他の宿屋当たってみます」

「あぁ、それなんだがね。ここ1か月くらい攻略者が増えていてね。今はどの宿も埋まってるみたいなんだよね」


 ミエさんに紹介してもらった宿が埋まっているうえ、他の宿まで埋まっているとは全く予測できていなかった。こういう状況を万事休すというのだろうか。これならお言葉に甘えてアミマド屋で一日泊ればよかったと後悔している。

「そうですか。わかりました。観光者用の宿屋のほうに行ってみます」

「本当にすまないねぇ。一日くらいなら観光者用でも泊めてくれると思うよ」


 すると、カウンター横の階段から女性が降りてきた。そして、勢い良く僕に詰め寄ってくる。

「話は聞かせてもらったよ!君、宿がないんだってね」

「え、えぇ。これから観光者用の宿屋を当たってみようかと」

 カウンター横の階段から降りてきた女性は、ロングの青髪と小麦肌。服装はラフで働きやすそうなパンツスタイルだが、雰囲気からかどこか妖艶さを感じる人だ。

「おぉ。ミナちゃん。それがこの子ねぇ、ミエさんからの紹介でここに来たんだってよ」

 カウンターの男性の口ぶりだと、ミエさんとこの女性が知り合いのような言い方だ。

「そうなの?だったら話が早いね」

「えっ、えっと……。ミエさんとはお知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、ミエは私のママだし、アミマド屋はうちの家だよ?」

 確かにミエさんとミナさん髪色も肌色も似ているとは思ったが……。娘さんが働いてるならミエさんも言っておいてくれればいいものを。

「あ、ミエさんとミナさんは親子……?じゃあミキさんは?」

「私の妹だね」

 当然ではあるが、ミナさんとミキさんは姉妹だった。


「ミナちゃん、そろそろ次の仕事の時間じゃないのかい?」

「うん!店長!そろそろ上がるねぇ!」

「あいよ!今日もありがとよ!お疲れさん!」

 ミナさんは、カウンター裏の部屋から小さな鞄を取り出し、僕に話しかけてきた。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 エピノ宿を後にし、僕はミナさんに付いていった。

「あ、そうだ。まだ名前聞いてなかったね。名前何ていうの?ってか何て呼べばいい?」

「あ、コウです。普通にコウって呼んでもらえれば……」

「コウね!了解!」

 ミナさんはとても軽やかな女性という印象を受ける。さすがミエさんの娘と言ったところだろうか。

 

 太陽はかなり傾いてきていた。そろそろふ夕日が差してくる時間帯だろうか。辺りは店仕舞を始める店、これから開く店、少し忙しない雰囲気になっていた。


 ミナさんは帰路に、僕は来た道を戻り、アミマド屋へ帰ってきた。

 ミナさんが勢い良く扉を開けるとドアベルが鳴り響く。

「ただいま!」

 すると店奥から見知った顔がひょこっと覗き込んでいた。ミエさんだ。

「あら、おかえりミナ。ってあれ?」

 ミナさんの横にいる僕の顔を見て少し驚いた顔を見せたミエさんだが、すぐ何かを察したのか優しい笑顔になった。

「あらま、コウくん。どうしたの?」

「それがエピノさんも他の宿屋も一杯らしくて……」

「話聞いたらさ、ママがエピノさんを紹介したって言うじゃない?もううちに連れてくるしかないなって」

 少し前に断ったのに結局戻って泊めてもらうことになってしまったが、ミナさんが居てくれたおかげでなんとなく気まずい雰囲気も和らいでいる。

「あの、結局戻ってきましたが、一日だけ泊めていただけますでしょうか……」

「うちで良ければ全然いいよぉ。むしろ大歓迎だからね」

 ミエさんは快諾してくれた。


 すると店奥の階段から足音が聞こえ、ミキさんがひょこっと顔を出した。

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