第三話 卵焼きと塩おにぎりと
そろそろ腹の虫が飯を寄越せと鳴きだす頃だろうなどと思っていたら、店奥の階段から足音が聞こえてきた。ミエさんが戻ってきた。
「さて、そろそろお昼だね。コウくん良かったら食べていく?」
「え、そんな。そこまでは……」
「いいんだよ。これも何かの縁だし。ちょっと待ってね。すぐ用意するから」
断る隙もなく、お昼をご馳走になることになった。
テルパーノのご飯はまだ何も食べていない。観光地の露店などで売られている有名な料理も気になるが、地域で親しまれている料理にも興味がある。テルパーノのお昼ご飯はどんな物なのか。ベンチに座りながら店奥の様子を覗う。
ミエさんは食材を保管しているであろう籠からタマゴ3個を取り出す。ボウルに先ほど取り出したタマゴ3個を落とし、箸でかき混ぜる。お塩とお醤油を入れ、またかき混ぜる。このチャッチャッチャッという音がたまらない。
音が止まり少しすると、何やらジュワ~ッという音が聞こえてくる。僕が座っている位置からは見えないが、さっきの混ぜていたタマゴを焼いている音だろうか。焼かれているタマゴの香りがほんのりとしてくる。
僕の腹の虫が上手そうじゃねぇか早く寄越せと言わんばかりに鳴く。このタマゴの香り、余程のことがない限り嫌いな人はいないだろう。絶対にいないはずだ。
少しすると焼き終わったのだろうか、スイッチを切る音がした。するとミエさんは大きな釜のようなものを開いた。何やら白く輝くものを自分の手に取って手で丸めているような動作をしている。バーオボではあまり見ないような動きだ。とても気になる。かなりご厚意でご馳走になることになってしまったが、これはラッキーだったかもしれないと心の中でガッツポーズする僕が居た。
「ふぅ!お待たせコウくん。お腹ペコペコだろう?こんなので良ければ食べてね」
そう言うとミエさんは近くのテーブルにお皿と水が入ったマグカップを置いてくれた。ミエさんが店奥で作ってくれたお昼ご飯とやっとご対面だ。
「い、いえ!ありがとうございます!これは何という料理ですか?」
お皿には白くて三角形の物と黄色く少し分厚い物が並んでいた。バーオボでは見ない料理だったので大変興味がそそられる。
「おや、バーオボでは見ないかな?これは”塩おにぎり”と”卵焼き”だよ」
”塩おにぎり”と”卵焼き”……。塩おにぎりのほうはホカホカの白米を三角形にして食べやすくしているんだろうか。卵焼きのほうは箸でつかみやすくなるよう長方形のような形に切り分けられている。両者とも外でも手軽に食べやすいような形状をしている。
「はい。バーオボでは見かけないです。……いただきます!はぐっ!」
僕はまず塩おにぎりを頬張る。手でつかみやすい形状のおかげで口元に持って行きやすく、大口で食べても頬張りやすい。そして塩のしょっぱさがゆっくり口の中に広がるが、白米の甘味が上手くマイルドにしてくれる。
「これ、とっても美味しいです!はぐっ!」
「うふふ。良かった」
僕はマグカップに入った水を飲む。口の中がスッキリした状態で今度は卵焼きを食べてみる。
一口食べて薄く伸ばした溶き卵をなんらかの方法で巻いていることがわかった。噛んでみると焼いた卵特有の少しきしッとした触感と、味付けに使った塩とお醤油の味がふわっと広がる。
口の中に塩とお醤油の味が広がった状態で、おにぎりを頬張る。少し濃い目に味付けされた卵焼きと、薄目に味つけされたおにぎりが最高にマッチしていて、僕の胃袋がもっともっとと煽ってくる。
なので僕はおにぎりを頬張る。そして卵焼きを一口。なんとも言えない至福のひと時だ。食べ終わるのが勿体ないくらいである。
「あぁ……。食べ終わるのが勿体ないくらいです。でも最後の一口……はぐっ!ご馳走様でした!」
「お粗末様。そんなに味わって食べてくれるのは嬉しいよ」
「いえ!本当に美味しかったので。ありがとうございました」
”塩おにぎり”と”卵焼き”。またどこかで出会いたい料理の1つになった。
さて、それはそうともうこれ以上お世話になるわけにはいかないので、そろそろお暇しなければならない。これから宿探しなどがあるのだ。
「あの、本当にご馳走様でした。僕そろそろ……」
僕がお暇させてもらうと言いかけたタイミングで奥の階段から誰かが下りてきた。二階で寝ていたミキさんだ。
「ママ、おはよう。私なんで家に……?」
「目を覚ましたんだね。あんた道端で倒れたのよ」
「えっ!私倒れたの?じゃあ誰がここまで……?」
「この子だよ。あと道具屋のダミアンさんも。ちゃんとお礼言いな!」
ミキさんは少し混乱したような様子で僕を見る。そしてゆっくり近づいてきて僕に深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました!」
「あ、いえ……。僕は何も……。ここまで魔法で連れてきてくださったのダミアンさんですし」
「コウくん、謙遜はしなくていいんだよぉ。そもそも寝不足だったミキが悪いんだし」
そういうとミエさんはミキさんの背中を小突く。するとミキさんは涙ぐみながらこう言う。
「だってガロが居なくなって心配で……」
「あの……ガロってチラシに書かれてた猫のことですよね。いつぐらいから居なくなったんですか?」
「もう一週間くらい……。たまにどこか行っちゃうこともあったから、始めの2~3日はいつものことかなって思ってたんですけど、さすがに一週間も居ないのは初めてで……」
ミキさんはそう行ってドアのほうに目を向ける。
「……まぁ、いつまでもウジウジしてても仕方ないよ!ミキは色んな人にチラシ配ったんだし、誰かしら情報を言いに来てくれるさ!」
ミエさんが少ししんみりとした空気を変えるように言う。
「ところでコウくん。あんた泊まる場所とか考えてるのかい?」
「いえ。まだ……」
そうだ。これから今日泊まる場所などを探さなければならない。お暇しようと思っていたがタイミングを逃してしまっていた。
「じゃあさ、今日はうちに泊まっていくかい?」
「えぇ!さすがに泊っていくのは悪いですよ!」
ミエさんの言葉にさすがの僕も驚きを隠せなかった。今日初めて会った人の家に泊まらせてもらうのはさすがに気が引ける。
「いいんだよ。ちょうど一室空いてる部屋があるし。ミキもいいだろ?」
「うん!全然大丈夫!私も色々お礼したいし」
ここはご厚意に甘えるか?いや、僕は一人の攻略者だ。他の攻略者と同じように宿を探すべきなのだ。
「お昼もご馳走になってそこまでは……」
「まぁ無理にとは言わないけど、一日くらい旅の思い出と思ってさ」
旅の思い出か……。確かに貴重な体験ではあるが僕は攻略者なんだと言い聞かせる。
「いえ、本当に色々お世話になりましたし、ミキさんもすっかり元気になって安心できたので、僕はそろそろお暇します」
「そうかい。じゃあ知り合いの宿に寄ってみな」
ミエさんはそう言うと、メモ用紙に宿への行き方の地図を書いてくれた。宿の名前は”エピノ宿”というらしい。
「”エピノ宿”ですね。わかりました。行ってみます」
僕はリュックを背負い、ドアに向かう。
「エピノのご主人なら色々教えてくれると思うよ。あと、薬が必要になったらいつでもうちに寄っといでね」
「はい!ありがとうございました!」
僕はミエさんとミキさんに深々と頭を下げ、後にする。
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