第二話 アミマド屋

「そのアミマド屋ってどこですか?」

 目の前で倒れた少女のことを知っているらしい男性に縋るしかなかった。一刻も早くこの少女を助けたかったからだ。


「よし。案内してやるよ。ちょっと待ってな。今魔法でミキちゃんのこと浮かせるから」

 商店の男性は、懐から出した杖を一振りすると、少女がヒョイと浮かび上がった。

「す、すごい……」

「おっ坊主、魔法はあまり見かけない国の子かい?」


 そこから少し会話をしながら、アミマド屋へ少女を運ぶ。

 アミマド屋へ向かう途中男性には僕がバーオボから来た事、母さんを探していることなどを話す。すると男性は号泣し始めた。

「うっ……うぅ……。おめぇさん優しいなぁ。お母ちゃんもこんな息子持って誇りだろうよ」

「いえ、そんな……。泣かなくても……」

 母さんのことを話してここまで感動してくれるとは思わなかった。

「よし!決めた!おめぇさん攻略者なんだよな?名は何というんだい?」

「コウです……」

「よし!コウ!攻略者用の道具まだ買ってねぇだろ?必要になったら俺の店に寄っとくれよ!3割ほど安くで買えるよう家内にも言っておくからよ!」

「そんな。僕は助かりますけど、3割も悪いですよ」

「いいんだ。店主の俺が決めたことだ。コウはまだ13歳だろ?遠慮はいらねぇぜ」

 気前のいい商店の男性は、攻略者用道具屋の”ビソン道具屋”を経営しているダミアンさんというそうだ。奥さんはセシルさんというらしい。最近結婚したばかりの新婚ホヤホヤなのだそうだ。

 

 ダミアンさんと話しながら歩いていると、目の前に少しこじんまりとした古民家のような少し古めの一軒家が見えてきた。店先の扉は閉まっているが、扉についているステンドグラスの小窓をちょっと覗くと沢山の草や木の実などが並んでいるのが見えた。

「ここがアミマド屋だ」

 そう言ってダミアンさんがゆっくりドアを開くと、カランコロンとドアベルが鳴る。店内は心地よいハーブの香りがほんのりと漂っていた。


 ドアベルの音に反応してか、店の奥から青髪で少し小麦肌のふくよかな女性が出てきた。

「いらっしゃい!……あら。道具屋のダミアンさんじゃないの」

「ミエさん大変だ!ミキちゃんが倒れたんだ!」

「まぁ!ミキが!今どこにいるの?」

 小麦肌の女性はたいそう慌てた様子でダミアンさんに尋ねる。

「大丈夫だよ。俺たちがここまで連れてきたんだ」

 ダミアンさんが杖をヒョイと振ると、少女の体がゆっくり店内に入っていく。

「あらまぁ。ありがとうねダミアンさん。一旦そこのベンチにミキを乗せてくれるかい?」

「あいよ!」

 ダミアンさんがまた杖を振ると、少女の体はゆっくり店内の木製ベンチに乗せられた。

 すると小麦肌の女性がすぐさま少女の元に駆け寄り、おでこやほっぺなどに手を当てた。

「……うん。熱はないみたいね。あら、この子ったら目元に酷いクマ!」

「あ、あの……。猫ちゃんを探してたみたいで」

 僕は小麦肌の女性に少女から受け取ったチラシを渡した。

「あの子ったら……。なんだか二人には迷惑かけちゃったみたいね。今からでもお礼させてもらえないかしら」

「俺はすぐ店に戻らねぇとだしなぁ」

「僕は特に何もしてないですし……」

 僕とダミアンさんがお礼を断ろうとしたとき、小麦肌の女性は笑顔で続ける。

「遠慮しなくていいんだよ!ミキのこと助けてくれたんだから。そうだ!ダミアンさんはこれ持って行きな!”エルフィ草ティーの茶葉”だよ。女性の体にすごく良いから奥さんに飲ませてあげな!」

「いいのかい?だったら遠慮なく貰っていくよ。セシルも喜ぶ」

 ダミアンさんはエルフィ草ティーの茶葉が入った紙袋を受け取ると、自分の店に戻って行った。


「さて……。君へのお礼はどうするかねぇ」

 小麦肌の女性は少し悩んだ後、何やら作業をしながら僕に色々質問をしてきた。

「君、見た感じここら辺の子じゃないよね?」

「あ、はい。門の塔攻略のためバーオボからテルパーノまで来ました。今日着いたばかりですけど……」

 すると小麦肌の女性は作業を止め、驚いたような嬉しそうな表情をして僕の顔を見やる。

「じゃあ、君は攻略者なのね!まだ若いのに……何歳なんだい?」

「13歳です……」

「おやおや、ミキと同い年じゃないかい」

 小麦肌の女性はまた作業に戻った。何種類かの草や草の根っこを棚から取り出し、白い陶器の器にそれらを入れ、丸く平らで円盤のような物に少し長めの棒が横に刺さった道具を使い、先ほど器に入れた草たちをすり潰し始めた。

「あの、それは何をしているんですか?」

「ああこれはねぇ、ミキのためにお薬を作ってるの。色んな薬草をこうやって薬研ですり潰して飲みやすくしてるんだよ」

 小麦肌の女性はそう言いながら薬研を前後に動かす。

「そういりゃ、私の自己紹介がまだだったね。私はミエだよ。君が連れてきてくれたこの子がうちの次女のミキ。うちはここで攻略者さん用の薬草なんかを売ってるんだよ」

 アミマド屋は薬草や薬を扱うお店なんだそうだ。ミエさんはここの店主と言った感じだろうか。

「あ、なんだか挨拶とか色々順序違ってますが、僕はコウです。コウ・レオーニ」

「コウくんだね。ミキと同い年で門の塔攻略者か……」

 ミエさんは少し悩んだ様子見せながら、薬研で薬草をすり潰していく。

「おっと、そろそろお湯を沸かさなきゃね」

 ミエさんはヤカンに火をかけながら笑顔で問いかけてくる。

「コウくんはどうして門の塔攻略をしようと思ったんだい?」

「母を探すためです」

「お母さんを探すため?」

「はい。7年前、病弱で幼かった僕を置いて門の塔攻略に行ってからそれっきりなんです。もしかしたらまだ門の塔にいるかもしれなくて……。だから母さ……母を探しに行きたいんです」

 僕は俯きながら言った。するとミエさんは心配そうな顔で僕に問いかける。

「体のほうはもう大丈夫なのかい?」

「はい。お医者様もビックリするくらい今では元気です」

「そうかい。それは良かった」

 ミエさんは何か考え込みながら薬研で薬草をすり潰していく。

「お家の人はお母さん以外にいるの?」

「はい。父が一人」

「そうかい。お父さんも攻略すること心配してたんじゃないかい?」

「とても心配してましたし、行くことを打ち明けたときはとても反対されました。子供一人で行くような場所じゃないって」

 僕は父さんを説得したときのことを思い返す。門の塔に関する資料をどれだけ読んだのか、アルバイトでどれだけのお金を稼いで貯めたか、そしてどうしても母さんの行方を知りたいこと。何度も何度も話し合って父さんは折れてくれたのだ。

「そりゃお父さんも心配だっただろうね。愛する息子を危険な場所に行かせるわけだし。でも許してくれたんだね」

「はい。ただ条件付きで”必ず生きて帰ってくること”、”難しいと感じたら無理をせず攻略を中断すること”。この2つだけは絶対に守れって言われました」

「なら絶対守らなきゃだね。男同士の約束だもの。……さっ!お薬できたよ。お湯も丁度沸いたし、ミキに飲ませるね。コウくんちょっとだけ手伝ってもらっていいかい?」

 そういうとミエさんは、ヤカンを沸かしていた火を止め、近くの棚から白いコップを2つ取り出し、片方にお湯を注いだ。するともう片方の空のコップに先ほど注いだお湯を入れたり、元のコップに戻したりを繰り返し始めた。

「このままだと熱すぎて火傷しちゃうから冷まさなきゃね。コウくん悪いけど、私が今やってるみたいにして冷ましてくれるかね。はい」

 そう言ってミエさんは熱湯の入ったコップと空のコップを僕に渡した。

「わかりました。こうすればいいんですね」

「そうそう。上手。私はさっきのを丸薬にっと」

 そしてミエさんは、先ほどすり潰していた薬草だったものを小さく丸くしていった。

 その手さばきは見事なもので、見惚れてしまいそうになるほどだった。


「よし、そろそろかな。コウくん、お湯のほうはどう?」

「丁度いい温度になったと思います」

「じゃあ、お薬飲ませるねぇ」

 ミエさんはミキさんに近寄り、口を少しだけ開かせ先ほど作った丸薬を入れる。そして、程よい温度に下げたお湯をゆっくりミキさんの口に注いでいく。さすが母親と言ったところだろうか。とても丁寧に飲ませていく。

「ふぅ。これで大丈夫かな。ベンチじゃあれだから、ミキを部屋に運んでくるね」

 ミエさんはそう言うと、ミキさんを抱えて店奥の階段を上って行った。


 それにしてもテルパーノに来た初日で三人もの人と出会い、知り合うことができた。そして観光する暇もなく気づけば正午近い時間になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る