⑧ 消火栓
消火栓に注意されたし! 消火栓の使用は非常に危険な行為なんです! あなた! そう、そこのあなた! ひょっとして知らなかったのですか? 噓でしょう? どこに住んでたんです? 深海ですか? 南極ですか? それともあなたが極度のバカなんですか!? ええ、でしょうね。そうなんでしょうね。知らないところを見ると、よっぽどのバカなんでしょうね。いいですか? 私が訳を教えてあげますから、その何の役にも立たない脳みそをフル回転させて、ぜひともお聞きになってください。
事の始まりは数年前、一軒の屋敷で発生しました。怠惰な男が住んでいた屋敷でした。職にも就かないし、人にも好かれない。そんな男です。でも彼の持つ、屋敷の周囲の広大な土地からは大量の石油が取れました。それのお陰で、金に関しては何不自由なく暮らすことが出来ました。働いているのに彼の二分の一ほどの収入しかない地元住民たちは、彼のことを激しく恨みました。亡き父の屋敷に寄生している蛆虫だとか、あの男は人を殺して生活してるのだとか、彼らは口々に言いました。実際、ストレスのはけ口に丁度良かったんですよね彼は。どーせ働いてませんし。
で、あるときですね。彼が吸ったタバコの不始末で、屋敷に火が付きました。見る見るうちに燃え広がり、たちまち屋敷は火の海と化しました。彼は大急ぎで、屋敷から少し離れた場所にある小屋から長いホースを持ってきました。そして、近くの消火栓を使って消火を試みました。結果はどうなったか? 屋敷ごと、彼は吹き飛びました。水道管に出来たわずかな隙間から、石油が流れ込んでいたそうです。詳しくは知りませんがね。
地元住民たちは大喜びでしたよ。それ見たことか! バカがバカみたいな死に方をした!と、地元紙ですら書きたてました。まぁ、それがいけなかったんですね。その地元紙が外部の目に触れるや否や、世界中から非難の嵐です。死を笑えば、ツケが回ってくるものですから。
で、もっと悪いのは、その記事が例の地元住民なんかよりも千倍タチの悪い奴らに見つかったことですね。奴ら、記事の内容に感化されて、ありとあらゆる消火栓にガソリンを仕込んだんです。皆が必死で消火活動をしているのに火はどんどん燃え盛っていく。それを連中、手を叩いて、笑いながら見てたんです。アイツら全員クソバカどもだ!って
そういうのは、なぜだか伝染していくものです。最初にやった奴らが逮捕され、それに関する記事が大手のメディアで取り上げられると、「消火栓ガソリンチャレンジ」は世界中に広まっていったんです。正直、私も楽しんでましたよ。始めの頃は。でもまぁ、あんまりにも世界中で爆発が起きるもんだから、これはいかんと各国のお偉いさんたちも考えたわけですね。いっそのこと消火栓を撤去してしまうか? いや、撤去の費用が馬鹿にならない。さぁ、どうするか? そこで、ある一国の、平凡な政治家の提案が世界中で受け入れられることになりました。というわけで、世界中の消火栓に、各国政府がガソリンを入れました。もう、消火栓が危険だと分かれば、誰も消火栓を使わず、火事も広がらず、皆ハッピーです。で、あなたがその例外というわけです。
え? なんですって? ……知りませんよ。あなたが人助けをしようとしたとか。あなたは自分の無知をさらして危険な消火栓を使ったんです。あなたの善行はバカのやることだったんですよ! バカのやること! まぁ、こうして冥界に来れてよかったじゃありませんか。あなたはあの世界に不要な存在だったみたいですし。
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