④ 迷子のお知らせ
ショッピングモール二階のたい焼き屋で買ったたい焼きを、そばのベンチで頬張っている姉弟がいた。弟の歳は7歳くらいで、カスタード入りのたい焼きを口いっぱいに頬張っている。彼の右隣に座る姉は十四くらいで、つぶあんのたい焼きをちまちまと齧っている。その右手はベビーカーに掛けられており、中では一番下の生まれたばかりの妹が小さな寝息を立てていた。ママ、ここまで来れるかな? 弟が正面にある服屋を眺めながら姉に聞いた。姉も服屋をじっと眺めていた。ショーウィンドウのマネキンは柔らかな秋服を装っていた。1階から2階に来れないほど方向音痴じゃないでしょ。まぁ、普段はうっかりしてるけどね。でも、まぁ、そこまでうっかりじゃないでしょ、多分。弟はがぶっとたい焼きに齧りつき、腹のあたりまで食いちぎった。モグモグと噛みながら弟は呟いた。パパがいれば、ママも迷わないだろうな。フッと姉が鼻で笑う。死んだみたいに言うじゃん。まだ死んで無いから。 弟はたい焼きから目を反らして、俯いた。
でも、死んじゃうんでしょ?
何言ってんの?
大腸を取っちゃうんだよね?
手術で取んの。
大腸取ったら死んじゃうよ。
姉はまた鼻で笑い、たい焼きをかじった。あんこが気管に入ってゴホゴホとせき込んだ後、涙目で弟を見た。
死なないために……大腸取んでしょ。
え?
だから、死なないために大腸取んの。
ホント?
ホント。
大腸取っても死なない?
そりゃそうでしょ。手術で患者を殺す医者がどこにいんの。
そっか。弟はたい焼きをまた口いっぱいに頬張り、平らげた。よかった。
ちゃんと噛みな。姉は言った。お腹に悪い。姉はそう言うと、少し俯いた。
すると突然、天井のスピーカーからアナウンスが流れてきた。迷子のお知らせをいたします。神奈川県よりお越しの、庄司 茜さん、庄司 緑くん。庄司 茜さんと庄司 緑くん。お母さまがお待ちです。一階の総合カウンターまでお越しください。
迷ってんのはママのほうでしょ!
姉は立ち上がり、スピーカーに向かってそう叫んだ。それに驚いたベビーカーの妹が泣き声を上げ始めた。
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