ACT3

 うざったいくらいに眩いシャンデリアの光を全身に浴びながら、篠突く雨音を耳にしながら、外から漏れる冷気に少し身震いしながら......俺達———綾原誘アヤハライザナ静海奏シズミカナの両名は館の詮索に勤しんでいた。


 というのも、カナさんの記憶を取り戻すために一番手っ取り早いのは何だろうか、と考えた結果、この洋館を調べるというのが適作だと思ったからだ。


 とまぁ、そんなこんなで詮索を開始して彼此十数分が経過している事に気が付き、俺は小さく息を吐いた。そうして、変化の乏しい表情を視線と共に向けてくるカナさんを横目に見ながら、思考という名の深い海にふと頭を預けてみる。


 ───結論からすれば、一通りこの館については知ることが出来たと思う。例えばあの巨大な壁の件についても、この壁にはそれぞれに『名称』があることだ。最初に目にした時は壁の高さに気を取られて気が付かなかったが、実は扉のすぐ横の壁に小さな表記で『ミステリの間』という文字が刻まれていて、それは右に続く残り四つの壁にも同じように刻まれていた。


 ———『ミステリの間』が一番左端にあり、そこから順に『審判の間』『偽善の間』『学園の間』『終焉の間』といった名前が記されてあり、試しに扉を開けてみようと試みるも、『ミステリの間』以外は鍵が掛かっているのか、開く気配が微塵も感じられなかったため断念している。


 では、『ミステリの間』はどうだったのか?と訊きたくなる者もいるだろう。単刀直入に言えばだが、俺とカナさんは『ミステリの間』に足を踏み入れてはいない。さらに言うとするなら、まだ踏み入れていないと改める方が正確だろうか。


 ———別に、俺とカナさんだって好きで入らない訳ではない。言うならば頭の整理をするために時間をもらっているので、まだ入っていないだけだ。


 何しろこの館の情報量ときたら有り得ない程多く、早くから俺の頭はパンク気味だった。それはカナさんも同じであり、両者一度休息を挟む意見で同意したことで、今に至る。


「———イザナってさ」


 少し吐息の混じった、気を抜けば頭の中が蕩けてしまうようなカナさんの甘い声によって、深い思考の海から俺は意識を引き摺り出される。


「......っ、俺が、どうかしたんですか」


 カナさんの瞳が俺を直で映していて、それが何やら無性に羞恥心を掻き立ててくる。何とか返答を返すも、それ以降まともに目を合わせることができず、だがそんな俺の挙動など気にもとめない口調でカナさんが静かに言う。


「一人っ子なの?」


「いや、今中三の妹が一人いますけど......。何でまた急に?」


「何となく、かな。———さ、そろそろ行こうか」


 それだけ言って、カナさんは小さく欠伸しながら歩き始めた。それに続く形で、俺も彼女の背中を追う。カナさんは例の扉———五つのうち唯一鍵が掛かっていなかった『ミステリの間』の前で足を止めると、一瞬だけ横の俺に目線を向け、ドアノブに手をかける。ガチャリ、と鈍い音が鳴り、それを合図にカナさんは丁寧な手つきで扉を押した。


 ギギギ、と不快な音を奏でながら開いた扉。その先の光景に俺は目を走らせる。


 艶やかな茶色が特徴的な革のソファ、重厚感溢れる書机、その上に設置されたほんのりと周囲を照らすアルコールランプ......と、ここまで見て、俺は即座に理解する。


「部屋のようですね......」


 そこは、ソファや机など、これぞ家具というような物が備わった小さな部屋だった。何より、その部屋の奥には扉があり、この部屋以外にも部屋があることが容易に読み取れる。


「行ってみるしかないね」


 何の躊躇いもなく部屋に踏み入るカナさん。そんな彼女の背中を追い、俺も部屋に足を入れ———途端、扉が自動的に閉まった。その現象に驚き、反射的に扉を開けようとドアノブを捻るが、まるで強力な接着剤で固められたかのように、ミリも動く気配がしない。


「閉じ込められた......?でも、急にどうして......」


「......。考えられる可能性としては、三つかな」


 俺の疑問にそんな言葉を提示したカナさんは、人差し指、中指、薬指の三本を立ててジェスチャーする。


「まず一つ......人為的な要因ね。誰かがこの館に入ってきて、何らかの理由で扉を閉め、鍵をかけた」


「でも、どうして?」


「さあ。......でも、あくまで机上の空論だからあてにはならないけど、強盗とかの類じゃないかな」


「なるほど」


「二つ目は、物理的要因。風とかの影響で扉が閉まり、開かなくなった、とかね」


「......現実的ではなさそうですよね」


「うん。でも可能性がゼロな訳ではないのも事実だよ」


「......否定は出来ません」


「そして最後は、人為的要因の延長だけど、最初から扉が閉まり鍵が掛かる設計になっていた......っていう考え」


「それも、現実味が無くないですか?」


「いや、これに関しては自信があるよ。この館はかなり広いから、当然この館の主———つまり私は相当な財力を持ってたことになる。なら、そんな設計を作ることは十分に可能じゃないかな。まあ当然ながら理由は不明だけど......」


 カナさんのそんな説明は、十分納得のできる内容だと感じた。勿論不明瞭な点の方が多いから、飛躍した内容なのは仕方のないことではあるが。


 それにしても、だ。


「なんか、探偵みたいですね、カナさん」


「そうかな。自分ではあまり自覚してないけれど......」


 俺の言葉にカナさんは、更なる部屋につながるであろう扉に手をかけながらそう返した。


「そうですよ。もしかしたらカナさんの職業、警察とか探偵とか、そう言った類なんじゃないですか?」


「どうだろうね」


 自分の事にあまり関心がないのか、元々の性格がそうなのかは分からないが、あまり興味なさそうにしながら短く返答してきたカナさん。唐突に訪れた沈黙がどうにも気まずくて、扉に手をかける彼女さんを少しだけ催促すると、カナさんは微笑しながら扉を開けた。






「———旦那様、奥様......お帰りなさいませ」






扉の先にいたのは、ロングのスカート......いわばメイド服の様な衣服を身に纏った、目つきの悪い一人の女性だ。そして何より、扉の先の光景はまたしても『館』だったのも、俺の脳内に強烈なインパクトを刻んでいた。




────どうやら俺の頭は、目まぐるしく移りゆく状況に対応が追い付いていないらしい。

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