言い間違え
「——まー、この能力のせいで叶望のことが分からなくなって、でも分かり合おうと向き合うのも怖かったから、こんな強引な手段を使っちゃったって感じかなー……」
自分の過去を語り終えた彼方ちゃんが、ふーっと息を吐いて、その場にうずくまる。
「あーあー、でも、もうこんなこと言ったら、流石にわたしのこと嫌いになったよねー……。ていうかそもそも、もうそんなに好きでもなくなってたかー……」
俯いて顔を膝に埋めながら、彼方ちゃんはそう言った。
私に対して、というよりも、自分に対して確かめるような口ぶり。
改めて全部話して、今の状況を客観視したことで、後悔の念が湧き始めたのかもしれない。
……彼方ちゃん……そんなことがあったんだ。
私なんかよりも、ずっと、ずっと、苦しんでいたんだ……。
家と通学路と学校が世界の八割を占めているような私とは全然違う。
彼方ちゃんは故郷の星に頼れる人がいなくて、この星に来て、それでも自分の能力で苦しんでいた。
なのに、私はそんなことも知らずに、“空気を読む”ためだけに彼方ちゃんを悲しませた。
結局、私は周りが見えていなかったし、人のことをちゃんと理解して話せていなかったんだ。
…………ただ、一つ気になることがある。
彼方ちゃんは、私が初対面で「好きです」って言ったことを——恥ずかしいけど——すごく大切に思ってくれているみたいだった。
……でも、私はあのときのことを“言い間違え”だって思っている。
彼方ちゃんは、自分の力を使って私の言葉が本物だと判断したみたいだけど、私は言い間違えたはずなんだ。「友達になろう」を「好きです」って。
人間じゃない彼方ちゃんを見て、人間じゃないなら友達になれるかもしれないって、気持ちが昂って、それで私は声をかけた。
それから、声をかけたのはよかったものの、あまりに無計画で衝動的な行動だったから、何も考えてなくて、慌てた結果が愛の告白。
このことを、彼方ちゃんに伝えるべきだろうか。
伝えたら、彼方ちゃんをもっと悲しませてしまうんじゃないだろうか。
だって、あれが私の思う通り言い間違えだったなら、彼方ちゃんはずっと勘違いをしていて、その勘違いのせいで私をここまで連れてきたことになる。
それは寂しさや悲しさに加えて、罪悪感という感情も負わせてしまうんじゃなかろうか。
「ねー、叶望ー。わたしのこと、今でも好き?」
うずくまった彼方ちゃんが膝から顔を覗かせて、私の瞳を見つめた。
「…………えっと」
「…………本当か嘘か分かっちゃうから、答えられないー?」
「……うん」
「……はは、それはもう好きじゃないって言ってるようなものじゃないー?」
「…………」
せめて、あの日の「好きです」だけは本物だったって思わせた方が、彼方ちゃんは喜ぶ……よね。
それなら、このまま、あれが言い間違えだったってことは伏せておいて——。
……いや、そうじゃない。それじゃダメだ。
彼方ちゃんが苦しんでいるのは、私が取り繕っているから。
私が人のことを憶測で判断して、素直になれていないから。
だから、私は伝えないといけないんだ。
薄っぺらい良い子の言葉じゃなくて、私自身の、本心からの言葉で。
「……あ、あのね」
私は彼方ちゃんの隣にしゃがみ込んで、肩を寄せた。
ちゃんと、踏み込みたいんだっていう意思を感じてもらえるように。
「……叶望……?」
彼方ちゃんが不思議そうに私を見る。
「……彼方ちゃんに、言わなくちゃいけないことがあるの」
——そして、私は意を決して本当のことを伝えた。肩を震わせて、両手をぎゅっと握りしめながら。
「…………私が『好きです』って言ったのは…………ま、間違い……だよ」
「…………えっ」
ごめん。彼方ちゃん。
また、彼方ちゃんを傷つけてしまうかもしれない。
それでも、これから先、もっと彼方ちゃんと距離を縮めるためにも、これはきっと、必要なことだと思うから——。
「……『好きです』っていうのは、い、言い間違えで……ほ、本当は『友達になってください』って言おうとしてたんだよ』
言葉に詰まりながら、たどたどしく。
それでも、最後まで言い切った。
「……嘘……いや、嘘じゃ……ない?」
どうやら彼方ちゃんの力でも、これが嘘じゃないという判定になったみたいだ。
「言い間違えって……なんで? わたしはあのとき、本物だって感じたはずなのに……」
「……うん。だから、あのときどうしてそうなったのか、一緒に考えたいなって……」
彼方ちゃんが頭を抱えて、狼狽している。
私はそれを落ち着けるように、ゆっくりと、彼女の背中に手のひらを置いた。
心臓の鼓動が伝わってくる。
こうやって接触するのは初めてのことで、慣れないけど、それでもできる限り、彼方ちゃんに安心してもらえるように、温度が伝わるように、さらに半歩、体の距離を近づけた。
少しずつ、彼方ちゃんの呼吸が落ち着いていく。
「……ねえ、彼方ちゃん。これは別に、疑ってるわけではないんだけど……本当か嘘かを判別する力って、絶対なの?」
彼方ちゃんの体から力が抜けて、項垂れる。
「……絶対、だと思う。わたしの力は、実際の会話じゃなくて、映画みたいな映像作品だとしても、本当か嘘かを判別することができるんだけど……廃ホテルに来る途中に言ったように、映画はたくさん観てたんだよねー……。それでわたし、登場人物の嘘は全部見抜けたんだー……」
「ネ、ネタバレだね……」
「はは、そうかもー」
彼方ちゃんが苦笑して、口元に少しだけ余裕が滲んできた。
「……もしかして、比較的人と人との会話が多いヒューマンドラマが好きなのって、自分の力を試してたからだったり……?」
「……うん。そうだよー。まー、今はそんなの関係なく好きになったけどー……」
人が自分好みの映画を見つけるきっかけは様々だけど、こんな見つけ方をしたのは恐らく、この宇宙で彼方ちゃんだけだろう。
「あ、さ、さっきはネタバレになるって言ったけど、ヒューマンドラマは、嘘か本当かだけじゃない、行間を読むというか、そういう深みもあるから……!」
「あはは、分かってるってー。叶望、映画のことになると熱いねー」
「……はは」
今は彼方ちゃんの力のことを聞き出さなきゃいけないのに、つい語ってしまった。
恥ずかしい……でも——。
「そういう素直な叶望、わたしは好きだよー」
心を開くって、多分こういうことだ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしましてー」
気がつけば、背中から手のひらを通して伝わってくる彼方ちゃんの鼓動は速度を緩めていた。
ひとまず、平常心を取り戻したみたいだ。
「えっと、じゃあ、話題を戻すけど。彼方ちゃんの力は絶対で、始業式の日の私の言葉は、少なくとも嘘ではないっていう認識で合ってるかな」
「そうだねー。そういうことになる」
ということは、あの言葉が言い間違えで、それと同時に本当でなければならないということだ。
真と偽を同時に証明するなんて、矛盾しているようにも思えるけど……。
「……あのさ、わたしの力は絶対ってことになったと思うけどさ。……叶望の言い間違えっていうのは、本当にそうなのー?」
「……それは……」
正直、根拠らしい根拠は何もない。
ただ、あのとき、彼方ちゃんと友達になりたいっていう衝動があって、「好きです」って言った直後に、自分でもびっくりしたことははっきりと覚えている。
だから、少なくともあの言葉を意図して口にしたわけではない。
「……うん。言い間違え、なんだと思う」
「……そっかー。まー、それはわたしがどうこう言えることじゃないよねー……」
……残念そうだなあ。
私は、今……とても複雑だ。
行動原理の根幹に合ったものが揺らいで落ち込む彼方ちゃんを見ると、申し訳なさが胸の中を満たして、居た堪れなくなる。でも、それと同時に、私のことでこんなにも感情を揺れ動かしてくれているのが、嬉しい。
こんなこと本当は感じちゃいけないんだろうけど……。
「…………」
しばらく無言の時間が続く。
気まずいけど、何も思い浮かばない。
本物だけど言い間違え、という矛盾を、どうしたら矛盾でないと証明できるのか。
やっぱり、どちらかの証言が間違っていて、どちらか一方が正しいのだろうか。
だとすると、根拠が曖昧な記憶に依拠している私の方を疑うべきなんだろうな。
でも、意図して言ったわけではないことは確かだと思うし……。
うーん。こういうのって、どっちかといえば理系の人は考えるの得意なんだろうけど、私は文系だしなあ。
そういえば彼方ちゃんはどっちなんだろう……。
……と考えていたところで、隣の彼方ちゃんを見遣ると、至近距離に顔があってビクッとしてしまった。
元々距離を詰めたのは私の方だけど、考え込んでいるうちに思っていたよりも近づいてしまっていたらしい。
そんなふうに狼狽えていた私を見て、「あっ」と彼方ちゃんは何か思いついたように口を半開きにしていた。
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