映画トークに花が咲く

 放課後、彼方ちゃんが声をかけてくれるまでの間、私はSNSで例の神隠し事件のことを調べていた。

 どうやら事件はつい最近解決していたらしい。

 西高の生徒が廃ホテルに行ってから行方不明になったっていうのは事実みたいだけど、結局それは神隠しでも何でもなく、カップルが駆け落ちするためにでっちあげた嘘だったというのが真相だ。

 実際西高は少しヤンチャな生徒が多いと聞くし、正直なところ、あんまり意外性はない。怪異に出会う可能性が無くなってしまったのは残念だけど……。

 ただ一つ気になるのは、彼方ちゃんはこれを知っているのかということ。

 知っている上で私を神隠しホテルに誘ったのだとしたら、もしかして彼方ちゃんも私と駆け落ちを——。

 と変なことを考え始めたところで、彼方ちゃんに声をかけられた。


「叶望ー、準備おっけー?」

「あ、はい! うん! 駆け落ちね!」

「かけおち……?」


 しまった。思わず反射的に返事をしてしまった。


「あ、いや……何でもない」

「そうー? ならいいけど」


 幸い彼方ちゃんは私が何のことを言っていたのか見当がついていない様子だ。

 つまり、彼方ちゃんは事件の真相も知らないわけで、駆け落ちの可能性もゼロ……。

 ……あれ、私なんでちょっとガッカリしちゃったんだろう。


「じゃあー、いざ神隠しホテルへー。レッツゴー」

「お、おー……」


 拳を空に突き上げて、彼方ちゃんのサイドテールが弾む。

 多分、真相を話して今日の予定はなかったことにするのがいいんだろうけど、今更そんなことを言うと彼方ちゃんがかわいそうだしなあ。

 私と二人きりとはいえ、楽しみにしていたみたいだし。

 ……いや、本当はただ私がずるいだけなのかもしれない。

 このまま何も言わず、知らないふりをしていれば、彼方ちゃんと一緒にいられるから。彼方ちゃんに失望されないから。

 ——始業式の日、私が面識のない彼方ちゃんに声をかけた理由も、そうやって話さないままでいる。


「なんか元気ないー?」


 廃ホテルに向かう途中、俯いて歩く私を心配した彼方ちゃんが、顔を覗いて言った。


「……大丈夫。ちょっと怖いかもって、思ってただけだよ」

「あれ、幽霊とかそういうの得意じゃないの?」

「ホラー映画は好きだけどね。フィクションと現実は別っていうか」

「そうなんだ? それなのに来てくれたの?」

「……それは……彼方ちゃんと遊びたかったから」

「叶望〜!」


 彼方ちゃんが聖女を崇めるような視線で私を見つめる。

 それに対して、私は口角を上げて取り繕った。

 怖いっていうのはもちろん嘘で、本当は何を見たって動じないんじゃないかと思う。

 ほんの少しの罪悪感が胸の中に残る。

 彼方ちゃんと遊びたいっていうのは本心だけど。


「そっかー、わたしと遊びたかったのかー。ありがとねー、わたしのわがままに付き合ってくれて」


 彼方ちゃんは眉をハの字に下げて、申し訳なさそうにしている。

 明らかに気を遣わせてしまっている。

 きっと私が黙って俯いていたから、不安になってしまったんだ。無理やり付き合わせてしまっているんじゃないか、と。

 考えてみれば、私が怖いだなんて言ってしまったせいで、余計に後ろめたく感じさせてしまったかもしれない。

 やはり私は空気が読めていない。もう少しマシな嘘がつければ——。


「……」


 ……またこうやって堂々巡りしていたって仕方がない。

 今は少しでも彼方ちゃんに楽しい気持ちでいてもらうためにも、会話を盛り上げないと。

 探検っていうのは、目的地に着いてどうこうするのも大事だけど、それまでの過程を思い出して浸るのも同じくらい大事だと思うし。


「か、彼方ちゃん、映画の影響受けて探検したくなったって言ってたけど、映画よく観るの?」

「うん、結構いっぱい観てるよー。昔から好きだったわけじゃないけど、高校に上がってからハマり始めたかなー。ジャンルで言えばヒューマンドラマ系が好きかもー」

「ショ、『ショーシャンクの空に』とか?」

「そうそうー。定番どころでいえば『最強のふたり』とか『グリーンブック』とかもねー」


 『ショーシャンク』も『最強のふたり』も『グリーンブック』も、バディものというか、個性の違う二人組をフィーチャーした作品だ。それでいて、若干硬派というか、準大人向けって感じがする。

 彼方ちゃんはてっきり、ファミリーかコメディが好きそうだと思っていたから、少し意外だ。

 でも、硬派めなバディもののヒューマンドラマが好きなんだとしたら……。


「……『英国王のスピーチ』とかも好きそう」

「おー、良いところ突いてくるねー。もしかして叶望も結構映画好き?」

「うん……! 一番よく観るジャンルはホラーだけど。ヒューマンドラマでも何でも、割とたくさん観るよ」

「おー! それは気が合うねー。もっと早く言ってくれればよかったのにー」


 彼方ちゃんが柔和な笑みを浮かべる。

 さっきまでの後ろめたい空気は感じられないし、上手く話せているのかもしれない。

 この調子で映画トークに花を咲かせよう。


「彼方ちゃんは、ホラー映画で好きな作品ある?」

「ホラーかー。正直あんまり見ないけど……」


 彼方ちゃんが顎に手を添えて考える。

 取り立てて言及するほど好きなホラー映画がパッと思い浮かばないんだと思う。

 せっかくヒューマンドラマで盛り上がっていたんだから、私が好きなジャンルに話題を変えるべきじゃなかったな……。


「あ、でも、初めて観たIMAX作品は『NOPE』だったよー。社会派ホラーっていうのかな? わたしも気をつけないとなーって思ったなー」


 『NOPE』は身勝手にスペクタクルを追い求める人間たちに警鐘を鳴らすような映画だ。

 人の傲慢さ故に何かを一方的に支配したり、面白半分で超常的な存在に手を出したり、そういった行為を見つめ直すきっかけを与えてくれる。

 確かに、私たちは興味本位で神隠し、ひいてはその先にいるであろう何らかの存在に接触して、それを楽しもうとしているわけだから、彼方ちゃんが言うように気をつけないといけないのかもしれない。

 ……あれ? でも、結局私をこの探検に誘っているんだから、映画を観て何か反省したというわけではないような。

 “気をつけないといけない”なら、神隠しの噂なんて確かめに行こうとしないはずだけど。

 何か噛み合っていないような……。

 横目でチラリと彼方ちゃんの表情を伺うと、物憂げにどこか遠くを見ているようだった。

 何を考えているんだろうか。


「あ、叶望のおすすめホラー映画はー?何か面白いの教えてよー」


 彼方ちゃんが唐突に私を見遣って問いかける。

 その視線にドキッとしつつも、私は胸の鼓動を落ち着けながら答えた。


「えっと……。ホラーで、それでいて彼方ちゃんが好きなヒューマンドラマにも当てはまる作品でいうと……『シックスセンス』はおすすめかも。定番だから観たことあるかもしれないけど」

「『シックスセンス』……。あ、幽霊が見える子と精神科医があれこれするやつー?」

「そう……! もしかしてだけど、オチ知らなかったりする……?」

「え、知らないー。そんなに有名なオチなのー?」


 何てこった。

 『シックスセンス』のネタバレは、映画好きなら一度はどこかで目にしたことがあるはずだと思ってたけど、それを知らないなんて、彼方ちゃんはとんでもない幸運の持ち主なのかもしれない……!


「ぜ、ぜ、絶対観て! 今すぐ! ネタバレ踏む前に、新鮮な気持ちで! あ、いや、一応オチ知ってる上で観るのも面白いんだけど、それは二回目にとっておいてほしくて……。とにかく、あの映画のオチを知らないのは、現代において凄く幸運なことだから!」


 興奮を抑えきれなかった私は早口で捲し立ててしまった。

 彼方ちゃんはポカンと口を開けて圧倒されている。


「お、おー。随分情熱的だねー」

「あ、ご、ごめん! そんなに興味なかったよね」


 ついさっき反省したばかりなのに、カラオケの日の失敗を繰り返してしまった。

 あまり自分を出しすぎないように意識してはいるものの、いつもは空っぽの脳内に自分が話せる話題のとっかかりが出てくると、それを無意識に口走ってしまう。


「ううん。興味はあるよー。ていうか叶望がたくさん話してくれると嬉しいし、もっと色々教えてほしいなー」


 私が落ち込んでしまいそうなのを察して、彼方ちゃんが優しい言葉をかけてくれた。

 私が会話の中で失敗すると、彼方ちゃんはその度に私を励ましてくれる。「もっと話して」「もっと知りたい」、と。

 でも、それじゃ私はいつまで経っても空気が読めないままだから、このまま彼方ちゃんに甘えっぱなしではいられない。

 なんだかんだでもう高校二年生なんだし、法令ではもうすぐ大人の仲間入りだ。大学生や社会人になる前になんとかしないと……。


 それから廃ホテルに着くまでの間、私たちは映画の話を続けていた。

 ほとんど私が質問して彼方ちゃんがそれに答える形だったけど、コミュニケーションに長けている人は聞き上手だってよく聞くし、少なくとも私が長々と語ってしまうよりはマシなんじゃないかと思う。

 でも、普段四人でいるとき、あんまり話を振られない私は、どんなタイミングで口を開けばいいんだろう。

 やっぱり人と上手く話すのって難しい……。


 彼方ちゃんの話を聞きながら歩いていると、いつのまにか目的地に到着していた。


「おおー、着いたねー。雰囲気あるねー」

「……だね。薄暗い感じで……」


 彼方ちゃんはワクワクしながら目を輝かせていた。こんなふうにアップビートな彼方ちゃんを見るのは、購買でいつも売り切れる幻のクリームパンを買えたとき以来だ。

 だけど、嬉しそうな彼方ちゃんとは反対に、私は違和感を覚えていた。

 というのも、彼方ちゃんの言う目的地らしい場所には着いたものの、外観が想像していたものと全く異なっていたのだ。

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