宇宙に咲く百合の花

リウクス

三人と私

 わたしには大切な友達が三人いる。


 一人は小柄で、ちょっぴり気が短くて、妹みたいな子。

 もう一人は背が高くて、クールビューティーで、お姉さんみたいな子。


 そして、あと一人は——初対面でわたしに「好きです」って言ってくれた子。


 桜の花が咲き乱れる美しい春の日。

 肩を震わせて、両手をぎゅっと握りしめながら話しかけてくれたあの子は、わたしの知らない感情をいくつも教えてくれた。

 そのどれもが大切で愛おしくて、宝物みたいに感じている。

 だから、今感じているこの苦しい気持ちも、きっといつかは尊いと感じられる日が来るはず。


 そうでなければわたしは——

 ……また全てを捨てて逃げ出してしまうかもしれない。


◇◇◇


 もうすぐ蝉が鳴き始める季節。

 私は友達の彼方かなたちゃん、真秀まほちゃん、美穂みほちゃんと一緒に、教室で一つの机を囲みながら、昼食をとっていた。弁当を持ってきている私以外は、購買で買ったパンを食べているから、あまり机の上が窮屈な感じはしない。

 今年高校二年生になった私は、大抵いつもこの四人組でいる。とはいえ、私はあまり口数が多い方ではないから、実質三人組と言っても差し支えないんだけど……。

 最近は三人の様子を観察して、もっと彼女たちに好かれる自分になろうと意識してみてはいるものの、まだまだ伸びしろだらけというのが現状。

 三人と同調するためにも、まずは弁当からパンに移り変えるべきかなあ、なんてことも考えていたり。

 これまで友達があまりいなかった私は、周りを見て話をするのが得意じゃない。端的にいえば空気が読めない。

 だからこそ、私は今日も三人の会話にしっかりと耳を傾ける。そのせいで自分から口を開くことがほとんどないのは、いかがなものかと思うけど。


「ねー、今日の放課後、例の廃ホテル行ってみないー?」


 本日最初に会話を始めたのは彼方ちゃんだった。

 彼方ちゃんはおっとりした性格で、口調も柔らかい。普段は積極的に話題を作るタイプの子ではないから、何かの言い出しっぺになるのは珍しいことだ。

 四人の中で遊びの提案をするのは、いつも末っ子タイプの美穂ちゃんだけど、今日は何やら彼方ちゃんにやりたいことがあるらしい。

 例の廃ホテルってなんだろう。


「廃ホテル?」

「そうそうー。先週から噂になってるでしょー?」


 真秀ちゃんと美穂ちゃんが顔を見合わせる。どうやら二人にも見当がついていない様子。

 詳細を求めて美穂ちゃんが訊いた。


「なんか噂になってるの?」

「知らないー? ほら、西高の子が肝試しに行って行方不明になったっていうー」

「あー、あの神隠し事件?」

「そうそうー」


 美穂ちゃんにはなんとなく思い当たる節があったみたいだ。

 真秀ちゃんはそれを聞きながら、「へー」と無関心に呟いて、あんパンを頬張っていた。

 真秀ちゃんはいつもクールだけど、決して私みたいに根暗というわけでも、無口というわけでもない。余裕がある、というのが一番適切な表現かもしれない。


「真秀、あんま興味なさそうだね。そういやあんまりオカルトとか信じてないんだっけ」

「ん」


 美穂ちゃんは真秀ちゃんと幼馴染だから、お互いのことを大体何でも知っている。

 いつからの付き合いなのか、正確には知らないけど、家族ぐるみで仲がいいとのことだから、生まれたときからの親友とか、そのレベルの関係なのかもしれない。

 きっと二人は小さな頃に心霊番組を一緒に見ていたりして、怖がる美穂ちゃんを宥める真秀ちゃんなんて一幕があったんだろうなあ。

 私がそんな妄想に耽っている間に、真秀ちゃんが紙パックの牛乳をストローで飲みながら、彼方ちゃんに質問した。


「……てか、彼方は急になんでそんなものに興味持ち始めたわけ?」


 確かに、それは気になっていた。

 彼方ちゃんは授業中に外で大きな騒ぎがあっても微動だにしないくらい、ミーハーの気質がないから、神隠しみたいな噂に興味を持つのは意外だ。

 腕を組んで「うーん」と小さく唸った後、彼方ちゃんが軽いノリで答える。


「大した理由は特にないよー。昨日アマプラで『スタンド・バイ・ミー』観てたら、久々に探検とかしてみたくなったっていうかー」

「何それ、映画?」

「そうだけど、ご存知ないー? 名作だよー?」

「知らん」

「うそー」


 彼方ちゃん、映画とか結構観るのかな。

 私はかなり観る方だから、映画の名前を耳にして、今少し浮き足立っている。もしかしたら共通の話題で距離を縮められるのではないか、と。

 『スタンド・バイ・ミー』は有名な冒険映画だ。だから、別に映画好きじゃなくとも観たことがある人は多いんじゃないかとも思うけど、私たちZ世代の中では珍しい方だろう。

 親に勧められるか、もしくは積極的に良い映画を探そうとしない限り、あまり見聞きすることはないんじゃないかと思う。

 大抵の高校生は、『スタンド・バイ・ミー』と聞けば、『ドラえもん』を思い浮かべる。

 つまり、彼方ちゃんはそれなりの映画好きなんだと推察することができる。


「『たった二日の旅だったが、町が小さく違って見えた』って名言、聞いたことないー?」

「ないなー」


 引用まで出してきたということは、実は結構な隠れ映画マニアなのかもしれない。

 今度ちゃんと映画の話してみようかな。

 でも熱量とか全然違ったら引かれるかもしれないし、怖いな……。

 まあ、それはそれとして、彼方ちゃんが引用した名言は私も好きだ。

 私にとっては、家と通学路と学校が世界の八割を占めているようなものだから、一度でいいからああいう経験をしてみたい。

 とはいえ、そんな妄想に耽っては、結局いつも近所の路地裏を一人で散歩するだけだけど。

 そして、そんな感傷的な感情をポエムにしたためるのだ……。


「……にしても、探検ねぇ。彼方ってそんなアクティブだったけ」

「まーたまにはねー」


 彼方ちゃんはどちらかといえばインドアな趣味の方が似合う。というか、想像しやすい。

 ストーブの前で暖まりながら、本を読んで、もふもふの猫を撫でていそうな。

 今は初夏だから、扇風機の前でアイスを食べながら、猫を撫でているのかもしれない。

 どちらにせよ猫を撫でていそうなくらい、温厚な雰囲気を醸し出している。


「ま、神隠しホテルとやらに行くってんなら、アタシは普通にパスかな。外暑いし」

「そっかー」


 真秀ちゃんがそう言うと、彼方ちゃんは残念そうに肩を落とした。

 でも、どこかわざとらしい感じがして、なんだか実感がこもってないようにも思われた。

 最初から断られることを想定していたみたいな……。私の考えすぎだと思うけど。


「……真秀が行かないなら、私も行かないかなあ」


 美穂ちゃんがボソッと言う。


「美穂は単に怖がりなだけでしょ」

「はぁ? んなわけあるけど?」

「認めてんなら何で怒ってんのよ」

「……反射、みたいな?」

「面倒な体してんな」


 いつもの幼馴染漫才だ。

 短気……というかエセツンデレみたいな美穂ちゃんに、常識人の真秀ちゃんがツッコミを入れる。

 去年まではこういう楽しい会話に遠くから聞き耳を立てていただけだったけど、今は隣でクスクス笑えている。

 それだけでも満足しているとはいえ、私もいつかその会話に直接参加できたらとも思う。


「じゃあ、真秀と美穂は来れないのかー」

「まー、こういうのは叶望かなみがついていくでしょ。ね」

「へっ?」


 会話に入りたいと思っていたら、唐突に私の名前が呼ばれて、声が裏返ってしまった。

 しかも、真秀ちゃんが私に話を振るのは滅多にないことだから、余計に。

 みんなは私が話すの苦手なことを知っているから、私が黙っていても無理に喋らせようとしないのが当たり前になっているのだ。

 ちなみに、なぜか彼方ちゃんだけは私に対して積極的に接してくれたりする。朝はわざわざ私の席まで来て挨拶してくれたり。

 そんなこんなであれこれ考えながら固まっていると、美穂ちゃんが付け加えて言った。


「ほら、前に真秀と叶望と私でカラオケ行ったじゃん。あの日、ホラーとか好きなのって訊いたら、うんって」

「あ、うん。そうだったね」


 そういえば、そんなこと言ったっけな……。

 あの日私は、成り行きで幼馴染二人組とカラオケに行くことになった。

 一人カラオケはともかく、友達と行くのは久々だったから、最初に何を歌えばいいのか分からず、私はとりあえず二人でも知っていそうな『リング』の主題歌を歌った。「きっと来る〜」ってやつだ。

 そしたら、ホラー映画が好きなのか訊かれて……。自分のテリトリーだからって長々と語って若干引かれちゃったんだよなあ……。

 今思い返してみれば、二人はちゃんとみんなで盛り上がれる選曲だったのに、私だけ趣味全開で……。

 ちゃんと周りを見て、空気を読めるようにならないといけないと思うのは、こういうことがあるからだ。

 私が瞬時に脳内反省会を繰り広げていると、その間に彼方ちゃんが少し不安そうに言った。


「え? いつのまにわたし抜きでカラオケ行ってたのー?」

「あー、そういや言ってなかったけか。彼方が補習だった日、元々四人でどっか遊びに行こうって言ってただろ? 結局三人でカラオケ行くことにしたんだよ」

「あー、思い出した。あの日かー。そっかーカラオケ行ってたのかー。わたしも行きたかったなー」


 今日の神隠しホテルといい、カラオケの件といい、彼方ちゃんは不憫なことが多い。

 みんなで示し合わせているとか、特に意図しているわけではないけど、何かと都合が合わないのだ。

 不運体質ってやつなのかな……。

 私はいつも彼方ちゃんに良くしてもらっているから、ちょっと心が痛くなる。

 誰か幸運が余っていたら、彼女に分けてあげてください。お願いします。


「……」


 少しだけ場の雰囲気が暗くなってしまった。

 そんな状況を察して、美穂ちゃんが不器用に彼方ちゃんを励まそうとする。


「別に、彼方をハブってたとかじゃないんだからね!」

「誰もそんなこと言っとらんやろがい」


 美穂ちゃんが真秀ちゃんから軽くチョップをくらい、「あだ」と声を漏らす。

 ……私だったら変に深読みして、ハブられているって思ってしまったかもしれない。


「あはは、別にそんなこと気にしてないから大丈夫だよー」


 そうやって笑う彼方ちゃんの表情は、どこか寂しげな色を浮かべていた。

 もしかすると、本当は少し気にしているのかもしれない。

 ただ、私たちを疑っているというよりかは、自分の不運体質を憂いているというような感じがするけど。


「それはそれとして、叶望ってホラー好きだったんだねー。知らなかったよー」

「あ、うん。そうだね」


 私さっきから「あ、うん。そうだね」しか言ってないな。何か違うこと言わないと……。


「ホラー好きだよ。割と……観てる」


 本当は週に十本くらい観てると言いたかったけど、また引かれそうだからやめた。

 私の趣味は映画鑑賞だけど、中でも一番好きなジャンルがホラーなのだ。といっても、ハラハラ感とかドキドキとか、スリルを楽しみたいわけではない。

 私は自分のことを立派な人間だと思っていないから、人間じゃない幽霊とか化け物を見ると、なんだか仲間がいるみたいで安心するのだ。

 それに、彼らは空気を読むプロで、いつも適切なタイミングで現れて、退場するから、私よりも優れた先輩として憧れの念も抱いている。


「ホラー好きってことは、神隠し興味あったりするー?」

「うん。興味はあるかな」


 実際に怪異を目の当たりにできるのなら、そんなに嬉しいことは他にないし、正直さっきまで話を聞きながら、私を誘ってくれないものかとソワソワしていた。


「じゃあ放課後、ホテル行こっかー」

「なんか誤解を生みそうな言い方だな……」


 美穂ちゃんが小声で「真秀のえっち」と言うと、机の下から物音がした。足を蹴られたんだと思う。

 私も内心同じことを考えていたから、少し焦った。

 でも、私がそういういかがわしいことを考えてしまった理由は、真秀ちゃんのそれとは違うんだと思う。

 私は、過去に一度、彼方ちゃんに間違えて「好きです」と言ってしまったことがあるのだ。そして、そんなことがあったからなのか、妙に意識してしまって、思考回路がおかしくなる。

 それにしても、「友達になってください」を「好きです」と言い間違えるなんて、当時の私は相当動揺していたに違いない。

 勇気を振り絞って声をかけたこと自体は、自分でも評価に値すると思うけど、あまりにも恥ずかしすぎる。

 あの時、側で聞いていた真秀ちゃんと美穂ちゃんが、その失態を面白がってくれたおかけで、今こうしてこのグループにいられるのだから、戻ってやり直したいとは思わないけど……。

 何はともあれ、こうして続いている友人関係を保ち続けるためにも、私は彼方ちゃんの誘いを受けることにした。


「うん、行く」

「やったー。じゃあ放課後声かけるねー」


 パタパタと腕を広げて彼方ちゃんが喜ぶ。

 可愛いなあ……と思っても、それは決して口に出さない。

 多分私は、何かを言う前に毎回取捨選択をしていて、結果として八割くらい捨てている。

 三人と友達になってしばらくは明るく素直に思ったことを言おうとしていたけど、何度か失敗を重ねた今は、やはり空気を読むために慎重になってしまう。

 それに加えて、カラオケの日の失敗で思い出したこともある。

 それは何年も前の記憶。

 空気も読まず、自分が思ったことを口に出してしまったせいで、色んな人を傷つけてしまった、幼い頃の苦い思い出。

 だから、私はなるべく周囲に合わせて、不快に思われないであろう言動を意識しなければならない。

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