第10話 幼児、告白を決意する

「アストリットさまー!ほーら、見てみて♡キレイでちゅねー♡」

「ぁい、はぁい!!」


「この妖精さんは、何の妖精さんかな?赤いから…火の妖精さんですね♡」

「ぅー!いいえ!!いーえっ!!」


「え?違うんですか??あ、ホントだ、ちょっとひんやりしてる…じゃあなんの…ふふ!くすぐったーい!!」

「……(ニコニコっ!!)」


《メイドのシリエに可愛らしくお返事を返すアストリットの周りをふわふわと飛んでいるのは、ナンセンに多数存在している妖精や精霊たちである。ほのかなピンク色、優し気なオレンジ色、爽やかな水色に、キラキラと瞬く光、ちょうちょにウサギっぽいもの…美しい色とりどりの浮遊物体が愛らしい幼児を囲みながら、時折悪戯をしている。アストリットのかわいらしさには妖精たちはもちろん小動物や虫、細菌までもがメロメロで、隙あらばお近づきになろうと近寄ってくるのだ。このところ外出がちになってしまった愚かな母のせいで家族の団欒がないという悲しみを少しでも和らげようとしているのだろう。このやさしき存在達がいるから…天使のほほえみは絶える事がないのである。》


 …お返事を返したって、お近づきになろうと近付いたって、ちょっとナレすけさん、アンタ…ナレーターとしての基礎として兼ね備えていなければならないであろう文章を作る上での常識、やってはならぬ二重表現ってやつをやらかしちゃってることに気付かないんでしょうか…ああ、かわいいなって思いがあふれて文章に気を配る余裕がないと、なるほど。


 お屋敷の中庭にある芝生コーナーには、私とシリエと、たくさんの精霊たち、小鳥にトカゲにカマキリ、でんでんむしにカエル…は蛇に丸呑みされちゃったよ!!ああ、ご愁傷様……。

 初夏ののどかな午後の昼下がり、のんびりと日向ぼっこを楽しんでいるわけなのだけれど。


 …この場所に、両親の姿は、ない。お父様は長期の出張に行っているし、お母様はご静養・・・のため外出しているからね……。


「こんな気持ちのいい日の日曜なのに、お母様とお父様がいらっしゃらないなんて…。おかわいそう…、まだお母様が恋しいお年なのに…。アストリット様、シリエはずーっと、お嬢様のおそばにおりますよ!乳児特有の頭の良い匂いがしなくなってもずっとです!!お父様も今日の午後にはお帰りになりますからね!あさってには…アストリット様のお誕生日パーティーが盛大に開かれますからねっ!!寂しくなんかありませんよっ!!スン、スンスンスンスン…ああ、まだちょっと匂う…♡」

「…あぁい!」


 お父様はこまめに屋敷に帰ってきてはたっぷりと遊んで下さるのだけれど、いよいよ我慢の限界が来たお母様は…家族をほっぽり出して一人推し活に邁進するようになってしまい、ここ数ヶ月ほとんど顔を見ていなかったりする。


 せっかく『はい』と『いいえ』でお返事を返せるようになったというのに、全然お話してくれないのがちょっと残念。

 まぁ、ちょっと寂しくはあるけれど、卒乳もしてるし、食糧要員としての役目はずいぶん前に終わっているから…心の健康を第一に考えていただければ、それで御の字ではある・・・。


《もー!!何やってんだよかーちゃんはさぁ!!こんなかわいい時期をスルーして推し活とかなめてんの?!やっとお返事できるようになったのに!!あー実にもったいない、ホントもったいない、あーも―バカなんだ、こんなかわいいあすたんを置いてゴテゴテメイクのおばちゃん見に行ってさあ、きゃあきゃあはしゃいで午前様とかなめてんの?!親失格だよ!!これだからキレイもん好きってのは…ぶつ、ぶつ…》


 ……ナレすけは大層お怒りのようですけれどもね?!


 もともとわりとお母様に対しては塩対応が基本だったんだけど、ガチユリ勢だって判明してからはさらに輪をかけて雑な扱いになっちゃって。どうやらナレすけは、ユリっのイチャラブはいいけど大人女性のガチ恋愛はダメみたいな…アダルトGLが地雷らしいんだよね。

 またいとこのおにゃの子が来て私とイチャイチャしてた時は大喜びしてたくせに、GL要素をちらつかせるお母様には毎回毎秒突っかかる感じで文句言っててさあ。最近じゃお母様関連のナレーションはすべからくすっ飛ばすような有様で、私と絡まない時はスルー確定という徹底ぶり。

 特に地雷化するようなエピソードはないんだけど…好みの問題なんだろうか?


 ―――もともと薄いキャラだったから、どうでもいいのか。


 ただ単にいちゃもんつけるためにGL否定してる感じなんだね、なるほど。

 甘ラブなユリはむしろ好き…と。


 ゲームでは、仲睦まじい夫婦が我が子との団らんを奪われて、そこに女が乗り込んできて一家離散ののちお父様ご乱心みたいな感じだったんだけれども。


 ……ずいぶん方向性が変わったよね。

 どう考えても今現在のお父様とお母様はラブラブではないし、家族の団らんも存在していない。お茶会やパーティーなんかは夫婦そろって参加してるけど…、このところ夜はしんと静まり返ってるわ、ハグはおろか手も繋いでいるところも見た事がないわで、完全に冷え切っている。


 まぁ、お父様の方は相変わらず細かいところに気がつかず、能天気ヒャッホーしてるから、趣味に夢中になってるお母様を楽しませておいてあげよう♡ってな感じで余裕ぶっかましてるんだけども。

 あれだ、別にお母様一人に固執しなくても、右を見ればショタコンドラキュラ森を見れば貪欲エロフ、王都に続く街の各所に女装仲間や露出の会のメンバーその他もろもろがいるもんだからさ、少々の嫁の不機嫌オーラなんか気になんないんだね。むしろちょっとしたマンネリ解消テクニックみたいに感じている節がある。


 このまま穏便に別れる事が出来たら……、お母様は生き延びて、お父様も辺境伯を首にならずに済みそうなんだけどなぁ。

 いい感じにすれ違ってるんだから、もめて殺傷沙汰なんかよりもサクッと別れちゃえばいいのに。どこからおかしなやっつけ仕事が飛んでくるのかわかんないし、一筋縄ではいかなさそうで頭痛い…。


 やっぱり、お父様かお母様に事情を話して、己の過酷な運命を捻じ曲げないとダメかなあ……。あさっての私の誕生日パーティーの時に、思い切って相談してみようか。


 でもなあ…「はい」「いいえ」しか言えないちびっ子がいきなりぺらぺらしゃべったとしても、精霊に乗り移られたとしか思ってもらえないだろうしなあ……。頭の固いお母様なんて特に無理だよね。すぐさま神の呼学園に連絡を入れられて、その場で強制収容されられちゃいそうだ……。


《己の不幸を、小さな胸で感じているのだろう。アストリットの表情は、こんなにもかわいいというのに…物憂げだ。その消えてしまいそうな寂しさを感じて、よりいっそう激しくまとわりついている精霊たち。彼らは幼子を守ろうと一生懸命なのだ。》


 今、私の周りをビュンビュン飛んでいる、精霊や妖精たち。

【アナくれ】世界には、精霊(実体がないやつ)や妖精(実体があるやつ)がたくさんいる。

 実はかなり相当手ごわい存在で、気を抜けば身体を乗っ取られてしまったり、おかしな考え方に囚われて性格が変わってしまったりするのだな…。それゆえに、精霊使いになろうとする人や妖精と仲良くなろうと考える人は少なくて、希少となっているような状態なんだけれども。


 実は、なんと……、この【アナくれ】世界の『精霊/妖精』と称されるもののほとんどは、『人の未練が具現化されたもの』だったりする!!

 『40になっても童貞だったら魔法が使えるようになる』的な感じで、『固執した願いを叶えられずに死んじゃったら力が持てる』的な設定まであるのだ!!


 生前に願いを叶える事ができなかった未練や執着した怨念がものの見事に神聖化されちゃってんだよねぇ。まさに生霊セイレイ精霊セイレイ性霊セイレイって感じでさあ、わりとエロに関連した執念を残す人が多いのなんのって!!


 ……世の中ってのはホントにエロへの憧れとこだわりで成り立っているのだなあ(しみじみ)。


 ナンセンは、流れ着いたエロ民たちの煩悩のカスが吹き溜まっている状態なのですよ。

 …あれだよ、王都とかさ、わりかしパリピ民のリア充勢がひしめき合ってるもんだから、死んでなお己の性癖を恥じるような弱気な御霊みたまがね、どこにも同志はいないのだと諦めて人里を離れるような…、傷ついた煩悩のかすがね、誰もいない場所でひっそりと妄想をにっちゃにっちゃと練り続けているような感じでね?!

 大陸の端っこだもんねえ、海は広すぎるもんねえ、そりゃあ…吹き溜まるわ!!


 人懐こい精霊ってのは、『もしかしたら自分と同じ性癖の欠片を持つ人なのかもしれない…』という期待を持って人間に近づく。人からはその人の素質や素養、選り好みなんかを漂わせるニオイみたいなもんが放出されていて、精霊や妖精たちはそれを懸命に嗅ぎ取っているのだなぁ……。


 なので、お父様みたいに何でもかんでも楽しみたいような雑食民は、わりと好かれる傾向にある。ただ、わりとかなり性癖の違和感にはシビアなので、思ったのと違うなーと精霊が思ったら実に素気なくあっけなく離れて行ってしまうんだけれども。

 しかもなにげに、精霊という存在が誰かの怨念の塊だって事実や、精霊を生み出すきっかけとなった本人はもう存在していないという事実を伝えると消えちゃうような弱い一面もあったりして、わりとシステムが世知辛くて泣けるという…。


 精霊自体、自分がおかしな性癖を拗らせて未練を残してこの世界に残ってしまったという負い目があるためかエロさのかけらすら出そうとしなくて、変にこう…こじつけたような能力で協力する傾向があるのが実にこう、健気けなげというか、人間臭いというか、かわいらしいというか。


 人前でお漏らしをして恥ずかしくて真っ赤になったのがきっかけで放尿プレイにハマった人が精霊化したら、火をだせる能力持ちになってるし。おならの音を思いっきり聞きたくて未練を残した人がパンツに宿って妖精化したら、爆発魔法のスペシャリストになっちゃったし。NTRねとらられた人が精霊化してみれば、分身体を作り出す能力持ちになっちゃって、闇に潜んで露出を楽しんでた人が精霊化してみればドキドキ感を高めて100%恋に落とすラブフェアリー就任とかさ、どこをどう解釈したらそうなるん?!というようなパターンがわんさかあって、まさにカオスの極みみたいな感じになっているのがなんともね?!


 シリエも、まさかさっき触って喜んだ精霊が…りんごを入れたがために絶命したおじさんが元になっていて、何でもかんでもねじ化してしまう能力を持っているとは思いもしないだろう……。


 私はとんでもなくいいニオイを振りまいているようで、外に出るとナンセンのあちらこちらから精霊や妖精がやってきて、まとわりついてしまうのですよ……。


 見た目にはきれいで華やかで楽しげなのだけど、その実、美しい蝶はアンダーヘアをぼうぼうにする妖精だわ、黄色い玉は苦くない排泄物を精製する精霊だわ、黒っぽいふわふわは体の一部を男らしく変色させる精霊だわ、ピカピカ光ってるのはを最大限に光らせる精霊だわ、ウサギの形した妖精は真面目女子をおねだり上手にしちゃう精神操作のスペシャリストだし…、もうね、ホント、気軽に集まって来ては己のただれた過去をまき散らしながら天真爛漫にエロを期待していていて…、きっちりツッコンでズバズバと成敗したくなっちゃうような感じでね?!


《アストリットを囲む光は皆穏やかで、とても…うれしそうだ。すべての存在に微笑を惜しみなく向ける存在に、心から寄り添い、共にいたいと願って、集まった精霊たち。幼いアストリットの表情には慈しみがあふれ、まるで聖母のようだ。》


 ゼンブシッテルと…ついつい突っ込みたくなるし、それは違うだろって言いたくなるけど…言っちゃうことで崩れるものも有るって、私は知ってる。

 見守る大切さ…理解して取り入れないまでも、理解して受け止めるぐらいの心の大きさを持つべきだと、思う。


 ……いわないからこそ続いている関係性って有るよね。このナレすけとだってそうだ。

 爛れた性癖とあふれ出す変態根性を、すべてその矛先である私が知っているとばれてしまったら…もう二度と、本音を口にすることは…人情味にあふれたナレーションをすることはなくなってしまうに違いない。


 …ツッコムのは、いざという時と心の中だけにとどめておこう。幸い私は突っ込むべき器官も持ち合わせていないし、突っ込まなければ気が済まないような激しい衝動もないんだからさ!!!


 私は決して、デバガメ根性で色々のぞきたいわけではない。

 すべてを知った上で、れっきとした慈しみの心を持って、人を知り、理解をし、それを温かく受け入れよう。


 まずは…身近なドヘンタイ、お父様から。


 どのみち、力のある大人の協力は今後絶対に不可欠になる。フットワークが軽く、広い心の持ち主であるお父様ならばおそらく…私の力になってくれるはず!!

 好奇心旺盛だし、ちょっとエロい情報を握らせたらホイホイ動いてくれそうなんだよね!!父親とはいえまだ19歳、明日香だったころ22歳だった私と同世代なわけだし、SNSでエロキーワードに一喜一憂していた汁男爵と同い年だからね、疼く体と湧き上がる性欲を持て余す若者のいなし方には…多少自信があってのことよ?


 …そうだ、私の誕生日パーティーで、ちょっとおしゃべりができるようになったんですよ的な所を見せ付けて…びっくり二段活用的な感じで全部告白しよう!!驚きは波状攻撃にしたほうが効果的だもんね。


 幸いその日は紫の月が昇る晩(引力の関係で着火魔力を月に吸い取られちゃう=魔法が使えない日)で、イェンス牧師も忍び込んでこないし…いつも通りお父様は秘蔵の一品で懸想に耽るはず。

 怪しげな鍵付き戸棚を開ける前に乗り込めば……おそらく!!


 よーし!!踏ん張りどころだ!!!

 ふんっ!!!がんばるぞ!!!


「アラー♡アストリット様、ウンチ出ちゃいまちたねー♡はーい、キレイキレイしまちょーね♡」


《キラキラとまばゆく輝くアストリットは、心地よく脱糞をし……今から、ふふ、生お着替え…♡トレーニングパンツを引きずりおろされ、得も言われぬ表情でシリエを見上げる天使…ふふ、フフフ…かわいいなあもう……》



「いっ、いぃいいいいいいいーーーーえーーーーーーー!いいえ、いいえッ!!」


「あらあらお逃げになってはダメですよぉ♡」



 か、勘弁、してええええええええええええええ!!!!

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