第9話 幼児、知りすぎる。
「はーい、あちゅタン♡今日もご機嫌でちゅね~!さぁ♡ぱーぱって、言ってごらん?」
「……(にこっ)」
「……いつもこんな感じですか?癇癪を起こして何か…火を出したり、ものを浮かせるような事は?」
「アストリットお嬢様は…、言っていることはお分かりのご様子なのですが、一つも単語らしい発声をいたしません。いつもご機嫌でぐずる事もなく、本当に可愛らしい赤ちゃんそのものです」
《うららかな春の日、グドブランズドーテル家の屋敷の一番日当たりの良い部屋で、アストリットは経過観察に訪れた神の呼学園の識者たちへと天使の微笑を振りまいていた。父オーラヴの膝の上でちっちゃなおててをニギニギしながらぷくぷくとしたほっぺをぷるぷるさせ、キラキラと瞳を輝かせている…あーもーいいなア、マジ役得じゃん、このおばちゃんたち!!赤タンからちびっ子に変わって行くこの時期のアスタンかわゆすぎりゅはぅう…!はぁ、はぁ、う、ううっ……!!!・・・》
ナレすけの声にもずいぶん慣れて、どんな感じに本音がダダ漏れるのか、至福に浸って頭の中に煩悩が渦巻いて黙り込むのか、満足行くナレーションができて一仕事終えたぜと眠りにつくのか、いかがわしい爛れた妄想で頭の中がしっちゃかめっちゃかになって言葉が選べなくなり無言にならざるを得なくなるのか、大体ではあるけれど読めるようになってきた今日この頃。
本日は【神の呼学園】スタッフによる面談が行われている。
日本の幼児健診さながら、月に一度スキル保持児の成長の具合を確認するシステムが整っているんだよね~。ふこふこの絨毯の上に変な魔法の布を敷いて、体重を測ったり身長を測ったり、積み木を触らせたり、バイバイさせたり、たっちさせたり、ぽてぽて歩かせたりで、正直ちょっと疲れちゃったよぅ……。
地味に毎月あるこのチェック作業、ホントめんどくさいっていうか。赤ちゃんなんて育つスピードはまちまちなんだから、ここまでキッチリ調べたり記録しなくてもいいのにさぁ。
《スキルという能力を神から与えられ、宿命を持って生まれてきた子供は『神の呼』と称され、国に保護される運命にあった。手厚い保護と教育を施さねばおかしな思想に染まってしまい多大なる被害を生む事があるため、厳密な監視が必要とされていたのである。一月に一度監視員が面談をし、おかしな兆候が見えたらすぐに専門の養護施設に収容され、以降親と会うことはかなわなくなる。通常であれば五歳になる年に王都にある全寮制の【神の呼学園】に強制収容され、18歳になるまで能力開発をしながら愛国精神を植えつけ…芽生えさせ、徹底的に穏やかな人間に仕上げられるのだが、問題が起きた場合には前倒しになることもあったのだ。》
……びみょ~に、ナレすけとの連携?ができるようになってきているのがなんともいえない。
私が思い浮かべたことに関連するナレーションがわりと多くて、ちょいちょい状況確認のきっかけになるようなパターンも出てきていて…まさか私の心のナカがバレテルってことはないでしょうね…?
―――誰かがカレーを食べてるのを見たらカレーが食べたくなるような状態になってるのか。
ああ、【アナくれ】世界に存在しつつも現実に出て来られずにいるナレすけの、唯一外界と微かに繋がっている部分が私だから…雰囲気的なものを嗅ぎ取っているというわけね。そうだなあ、人が食べてるカレーっておいしそうに感じて、思わず食べたくなるもんねぇ……。
「…はい、では、一歳8ヶ月のアストリット様の健診はこれで終了にいたします。もし何かありましたら、神の呼学園までお知らせください。来月もまた同じ日に伺います、雪が降ったら遅れるかもしれませんのでお願いします」
「……発達の遅れがあるかもしれませんのでね、注意深く見守っていきましょう。なるべくたくさん話しかけて差し上げてください。では…、失礼致します」
若い方のお姉さんの手元の報告書には…『スキルを発動させるだけの知能がない可能性』にチェックがしてある。上品な感じの奥さんっぽい人のメモ帳には…荒々しい字で『二語文どころか喃語ゼロ、イヤイヤ期なし、自我の欠如あり、歯磨きを嫌がらない、体力と運動能力は異常なし、入学の必要なし?』と書いてある。
…ふぅん、一般的な赤ちゃんは…1歳半ぐらいで二語文を話し始めるんだね。ヤバいなあ、とりあえず何も話さないでおいたら、普通の赤ちゃん以下の能力しかもってないと思われているっぽい。
どうしよう、ちょっとぐらい話した方が良いのかな。でもなあ、危ない橋はわたりたくないっていうか。…まあいっか、多少できが悪いくらいに思われていたほうが目も付けられないだろうし…って、逆に心配されて注目を集めるパターンもあるのか……。
「よーし!!パパ頑張っていっぱいお話しちゃうぞ!!あちゅ~♡んべろべろばぁ~♡」
「……(ニコニコ)」
私の不安を吹き飛ばすのは、左目の下に泣きぼくろのあるややエロい見た目の19歳…ずいぶん乳児の扱いに慣れたとはいえまだまだ新米の…パパ!!
…ふふ、お父様ってばホント一生懸命で…面白~い!この人天真爛漫タイプで見ていて飽きないっていうか、堅苦しい常識に囚われないフリーダムな人種っていうか…懐が大きくて、人間味があって…うん、私、すごーく、お父様の事…大好きなんだ♡もちろんお父さんという存在としてね?
「……あなた、もう少し威厳を持ってアストリットに接したほうが…良いのではないかしら?いくら言葉が出ないからと言っておかしな言葉ばかり聞かせていたら、おかしな言葉を覚えてしまうじゃない?間違った言葉を覚えてしまったら…取り返しがつかないじゃない」
お母様は…わりと真面目で、神経質なんだよね……。
お父様の明るさと大らかさに惹かれて恋に落ちたけど、最近ガサツな所や無神経な所が気になり始めちゃってて…、でも能天気なお父様は微塵も気が付いていなくてって感じ。正直、この一年ちょっとでかなり温度感が下がってしまっている。わりと潔癖で、母乳をじゅるじゅるやっちゃうお父様に幻滅してるし。
なんていうのかな、ラブラブの…恋は盲目のアツアツ期間がサバっと過ぎ去って、すっかり冷たい水になっちゃってた事に気付き始めたような感じで、はっきり言って…非常に、風前の灯(ともしび)的な展開になっちゃってて……。
「オースタ様、ラブた…オーラヴ殿はアストリット嬢に様々な刺激を与えて様子見をされておるのです。少々面食らうことも有るかもしれませんが…長い目で見れば決して悪い事ではございませんよ」
穏やかな表情で優しくお母様に声をかけているのは、お隣にある大きな教会の主、イェンス牧師。
銀髪赤目のイケオジである彼は、広大な大自然あふれるナンセンの地で長年暮らしてきた本物の吸血鬼。十字架をまるで恐れず、子ども達の為に牧師の資格まで取ってしまったという変わり者で…種族を問わずたくさんの孤児達を育て上げてきた実に愛にあふれた人物であり……。
「……そうですか。イェンス牧師がそうおっしゃるなら…そうなのかもしれませんわね。たくさんの子どもたちを何人も何人も…お育てになっていらっしゃるし。…すみません、私、少し疲れてしまったようです。安心できて…張り詰めていた気持ちが、どっと出てしまって。……少し一人で、休ませていただきますわね、……失礼」
「あ、奥様!!私もご一緒いたします!!」
ああー、お母様がシリエと一緒にお部屋を出て行ってしまった…。
広いお部屋の中に、私と、お父様と、イェンス牧師が残された……わけだけれども。
…おいおいお父様、アンタあたしで遊んでる場合じゃないでしょう、お母様の憂う表情にこれ見よがしなため息、冷たい視線に気づいてあげたらどうなんですか……。
「私は、奥方を…怒らせてしまったのかな?」
「ええー?まさかぁ!いえんタン考えすぎでちゅー♡」
「ぅん、もう♡ラブたんてば!!アスたんに話しかけるのと同じになってりゅ!かーわいい♡」
「えへー♪でしょ♡」
私が赤ん坊だから、何もわからないと勝手に思い込んでいる大の大人が二名、目の前でイチャコラしていらっしゃる……。
そう、何を隠そうこの二人…お父様とイェンス牧師は、ラブパートナー同士だったりするのだ!!
二人の出会いは今から10年ほど前になる。
ナンセンにやってきたオーラヴ少年は、持ち前の人懐こさをフルパワーで振りまいて一人の引きこもり吸血鬼を虜にした。天真爛漫なショタにめろめろになった時間魔法の使い手でもある吸血鬼は…時に同世代、時に年の差、時に親友、時に先生、時に親、時に子供、時に下剋上と…様々なシチュエーションを共に分かち合い、高めあい、蕩けあい、仲睦まじく、あんなものやこんなものを交換しあっては恍惚にどっぷり……って!!!
そう、このお父様ってやつはね?!
ホントド天然のとんでもないド変態ドエロ道まっしぐらの人でね?!
もうさあ、節操ナシってこういう人の事を言うんだね、お母様のおっぱいに顔をうずめて喜んだり、たくましい雄っぱいにスリスリしてうっとりしたり、私のほっぺですべすべして癒されたり、アフガンハウンド獣人のお姉さんの特別な所の毛をふさふさして
私、だんだんとこう、変態慣れしてきたって言うか、うん、世の中ってさぁ、み~んないかがわしい発想を胸に蓄えているんだね……。
前を見ればエロの権化、後ろにはショタコンドラキュラ、壁の向こうには足舐めにすべてを捧げるドマゾおじさん、さっきやさしく頭を撫でて去っていったおばさんは女王様(国を治めない鞭をふるうタイプ)だし、隣りにいたお姉さんのふりをしたお兄さんは聖水至上主義で顔面がプルプルしてるでしょ、二ヶ月前に観察に来た暴言吐きのおじさんは拡張しすぎて大変な事になっちゃって現在静養中だし……。
アア、人の過去を、嗜好を、知ることの罪深さ!!
どうしても好奇心が疼いてしまい、ついつい人様の性癖を覗き込んでしまう己の弱さ!!
ああ、世の中は変態でいっぱいだー!!!
だが……それが、イイ!!!
いいぞ!!みんなもっとやれ!!!
色々探ってみると
アルフともその場ののりでエロ展開に持っていこうとして大失敗して、笑い飛ばしてごまかしてるし。なにげに王子様にも手を出して返り討ちにあってて、王様に懸想して怒られた黒歴史なんかもあってぇ…。アルフのお父様への執着は、エロ写真の暴露以外にも要因があったというこの事実よ……。
ナンセンに来たのだって…この広大な土地で心行くまで青空の下で性を謳歌できる♡って考えてノリノリでやってきた
…そうだなあ、まだハタチ前だもんね、そりゃあ性欲を持て余していることでしょうよ。しかもこのあとしばらく、その欲望はとどまることを知らないはずなんだよね…御腐人ちゃんも『40過ぎてから真の性欲大爆発期が来るんだからね?!』って力説してたし……。
なんと末恐ろしい事でしょうか(大喜び)!!
とにもかくにも、お母様が毎日ナンセン各所に視察()へ出向いているお父様を、疑惑の目で送り出しているのは確かだ。
嫁の感というやつなのかお母様は非常にイェンス牧師の事を嫌っていて、同じ部屋にいることを極力避けているくらいだし。一応貴族だからさ、あからさまな失礼は働いてはならないって、まあ、そういう礼節は重んじるタイプではあるから、問題にはなっていないんだけども。
『奥様、アストリット様は大変に聡明でいらっしゃいますよ!お言葉は出ませんが、やってはいけないことの区別もお気づきになりますし、おもちゃで大人しく遊ばれるし…』
『……そうね、ありがとう、シリエ。もういいわ、あとはユリカに頼むから、あなたはお下がりなさい。…牧師様はしばらくお帰りにならないでしょうから、その間に洗い物の処理をお願い』
『私もお手伝いいたします。シリエ、いきますよ』
【ゼンブシッテル】スキルの効果で、私の脳裏には知りたいと思う事が自動的に浮かんでくる。
自分の目玉ではお父様とエロヴァンパイヤのげろ甘ちゅっちゅを見ているものの、意識を今現在のお母様の様子に持って行けば、そっちに集中することができるのだ!!……あんまり見たくないものってさ、あるでしょ?!
あ、屋敷の端にあるお母様のお部屋から、私のメイド:シリエとお母様のメイド:ユリカが出て行ったぞぅ…。
……そういやナレすけはどうしたんだろ。お父様のBL実況やこの場にいないお母様の事はナレーションしないと決めているのかな?さっきからやけに静かだけど??
―――BLを実況するつもりはないし、爆乳にも飽きたから興味が薄くなったのか。
BL…は好きではないけど、嫌悪するほどではない、話題に上ればわりかし肯定的な反応を返すことはできるけど、あくまで受身で聞き流す程度に抑えたいと。できればあまり目に入れたくない気持ちがあって、スルーしてるんだね。
見飽きるねえ、最初の方はしっかりパイオツカイデー教の信者だったのに…見慣れちゃうもんなんだねぇ。…あぁ、所詮人妻のおっぱいだし、しかも持ち主は機嫌悪そうで見ていて不愉快だし、極力注目しないようにしてるのかぁ。やけに静かなのは…なんだ、
……うん?一人残されたお母様が、ふらふらとチェストに向かっていくぞ…。
一番上の引き出しにしまってある遮音&隔離の効果がある魔法のろうそくを取り出し、そっと火をともし…紫色の煙があたりを包みこんで…。ひときわ大きなため息を一つついたお母様が…うわ、何あの顔!!いつも柔和なお母様の…般若がおぉおおおおおおお!!!!
『はぅ、はぅ、はぅうううう!!もーあの変態ドラキュラまじなんなん?!アアア、現実の吸血鬼なんてキモイおっさんでホント幻滅!!やっぱ血を吸われるなら麗しのお耽美よね!!ああー、角膜が穢れてしまったわ、早く…イングリーデル様の新作PVを見て癒さねばっ!!キィイイイ!』
お母様、部類の…男装歌劇ファンなんだよね……。
もともとお父様とのなれ初めも歌劇関連の裏コスイベントで、完全見た目にドボンして結婚したような感じでねえ。
なんていうか……、美人って三日で飽きるとか言うじゃない?最近はお父様の美貌だけじゃ物足りなくなってしまったというか、ストレスでおかしくなってしまったというか、はっきり言って、トチ狂っていたりするという……。
はじめは確かに写真だけで満足していたはずなのに、映像を見てはしゃぐようになり、コレクターズアイテムを集めるようになり、己の妄想を文字に残すようになり、いつしか読む人を選ぶエグイ官能小説を発行することに命をかけるようになりって、もうホントどこの拗らせ闇落ちガチ勢だよってね?!
……あれだね、全然知らなかったけど、男装の麗人にドハマリしすぎるとこんなにもエグイ感じのユリ民に仕上がってしまうんだね。なんかもうゴリゴリのガチ男色エロ民といい勝負できそうだわ…茹でまる君がいたら血で血を洗い流すような泥臭い争いが勃発してたんだろうなぁ。
……誰しも、譲れない性癖というものを…抱きしめて生きているとは、思う。
一生懸命お母様をお慰めしていたシリエだって、ドン引きするようなにおいフェチで毎日あんなものやこんなものをクンカクンカしちゃって…ああ、今まさにその真っ最中だった。幸せそうに靴下を…まあいいや。
お父様のフルブーストエロまっしぐらを筆頭に、お母様の男装麗人至上主義、ユリカの
ああ、世の中は変態でいっぱいだー!!!
だが……それが、イイ!!!
いいぞ!!みんなもっとやれ!!!(二回目)
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