59 -夜明け
月光国執務室の朝。
クレアとタロウがここへ出勤するのは通常朝8時、王である新月丸の出勤時間は12時〜13時。
これは
本来なら配下から王が許しを得るというのも独裁国としてあり得ない。月光国は絶対王政主義の独裁国ではあるものの、新月丸の性格上『王は全てにおいて好き勝手に振る舞ってよし』とせず『官民と王は基本、対等であるべし』という考えのせいだろう。
そもそも『王が出勤』という表現も普通に考えればおかしな話だ。けれど現在、新月丸は
「おはようございます」
執務室前の廊下で顔を合わせたクレアとタロウが挨拶を交わし、いつもと変わらない平凡な朝のありがたさを強く感じた。
昨日おきたことを考えれば、こんな平穏な朝を迎えられるのは奇跡のようである。実際のところ、攻撃を受け城も街もダメージが全くないのは奇跡でもなんでもなく、圧倒的な魔素値を持つ王の力で護られていたおかげなのだが。
王は相当に強く高い魔素を有している、とクレアもタロウも知っていたが、情報として知っているのと実際、目の当たりにするのとは大きく異なるもの。護りに使った力の強さが、逆に不安を招くとは皮肉だが、人とはそういう動物である。
有事をやり過ごす間にティールから話を聞き、帰還した王からも話を聞く——そこまでは間違っていないはず。
しかし、そのときの態度や口調が配下として決して相応しくないものである。思い返すと各々に反省点があり、タロウは「今後、どういう顔をして接すればいいのだろう」と、今日の朝は特に憂鬱だ。
王が遅くに来るのを、いつも不便に感じていたが今日ばかりはそうではない。執務室へ12時に来るとしても4時間の猶予がある。
「あの……ちょっといいですか?」
着席し、仕事に取り掛かろうとしているクレアに声をかける。
「いいわよ……なんだか浮かない顔してるものね」
そう答えたクレアも実のところ、今日は気が重い。昨日のタロウの一件は、自分にも非があると強く実感している。
圧倒的な力は、善き方向に使われている時は頼もしいが、人というのは良くも悪くも変化する。今の王のまま気質が変わらずいてくれれば、それは
今回、新月丸が乗り込んだ***が治める国がそうであるように、強大な力を有する者が圧政を始めたら、止められる者が誰もいない。記憶にまだ新しい、独裁帝国アスパー・ギドの暴走も、止められる者が長らくいなかったのだ。
昨日、圧倒的な力で攻め入られ、それを上回る圧倒的な力で護られた。
護られている安心感はもちろんあったし、国が無事で済んだのは喜ばしい。けれど強すぎる力を知り、あの場でそれを耳にした者は心に多少の恐怖を覚えたのではなかろうか、とクレアは感じている。クレア自身もある種の恐怖を覚えたからだ。
「王への私の昨日の態度は……その……大きな問題があったと思うのです」
クレアも高魔素について、護りに使った力の正体について、王に問いたかった。でも、様々な想いからできなかった。タロウが問いだした、あの時——上司としてそれを制さず、やり取りを黙って見続けてしまったのは、聞きたい内容をタロウがずけずけと口にしていて、それに対する王の言葉を聞きたかったから。
「その件は、私も同罪よ」
「………………同罪……ですか?」
タロウは困惑の表情を浮かべ、クレアを見る。
「タロウ……あなたが聞いた内容は、私も聞きたかったの。それなのに、私は聞けなかった。国政に関わる仕事に就く人にとって、最高峰と呼ばれる学校出身のせいかもしれないわ。あの学校を出ているのに、あなたを止めなかった……そして、止めなかったのは、私の落ち度と欲望のあらわれだった。だから、タロウだけが悪いわけじゃない」
珍しく、矢継ぎ早な口調。
こんなクレアをタロウは見たことがない。
昨日の夜は「遅く来ていいか?」と聞いてきた王へ、いつも通りの回答を、ぴしゃりとしていたクレアではあったものの、心に引っ掛かりがあった。朝になって更に、心の引っ掛かりは強くなっていた。
「止められなかったとしても、私の態度は無礼であり、自らの落ち度そのものです」
そこまでで会話は自然に途切れ、2人とも仕事を黙々と始める。仕事は今回の件で大きく増えてしまったのは言うまでもない。
昨日の事態で国民には
また、昨日の事態が原因で、城の御用口に国民が多く来るのは窓から御用口付近を見れば確実そうだ。そこに勤めている
仕事が忙しいと時間が過ぎるのは早いもの。
朝日は真上に移動し、外はすっかり明るい。窓から見える街に混乱した気配はなく、細かく調べていないものの大きなダメージはなさそうである。そして新月丸がそろそろ、この部屋にやってくる時間だ。
13時に近ければ、まだ猶予があるけど昨日の今日で忙しいと考えたのか、王は12時を少し過ぎた頃に執務室へ来た。
「昨日は遅かったから疲れが抜けないよな、早くからありがとう」
不機嫌なようすもなく、いつもと変わらない口調と態度だ。
「いいえ……」
いつもなら「もっと早く来てもいいんですよ」などと軽口を叩くのだが、それが言えない。暗い声でそう、答えるのが精一杯だった。
「どうした? 疲れ過ぎて体調でも壊したか?」
——それなら休むか早く帰っていいぞ、と言葉を繋げる王へ話しかけるタロウ。
「新月様、昨日は大変、申し訳ございませんでした」
立ち上がり深く、頭を下げる。
「へ?」
間の抜けた声を出してしまう新月丸をよそに、クレアも立ち上がり
「私もタロウの上司という立場にありながら、王へ詰問口調で問うタロウを
と述べた後、深く頭を下げた。
「……いや、いいって。顔を上げてほしい」
実のところ、新月丸は全く気にしていなかった。
身内には伝えておいたほうがいいと知りつつ、何も言わなかったのは作戦の1つ。不信感を持たれるかもしれない、と思っていたので強い口調で問われるのも想定済みだったのだ。2人は顔を上げたけれど、どこか浮かない表情のまま。
「その話はもう、終わり! 色々と黙っていた俺にも非があるし、昨日のことは何も気にしていない」
それだけを言うと新月丸は
「ちょっとエルネアの病院を見てくる。すぐ、戻るからもう少し、2人で仕事をしててくれ」
口調も表情も今までのそれと、全く変わらなかった。
執務室には穏やかな空気が戻ってきたけれど、月光国の外には不穏な気配が近寄りつつある。それに気付いているのは、ウデーと新月丸だけ。誰にもそれを言わないのは、2人の作戦であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます