53 -砂漠の夜

 日が落ちてきた。


 よくよく考えれば、この世界ですら宇宙の1つであり、恒星系の星は影響を与えている。その恒星を司る神の座に着けた者に信者が増え、力は増す。

 傲慢になるのは当然なのかもしれない。


 自分がもし、その座に着いていたら?


 ——あんなふうに、なるのだろうか?


 神になった自分を想像してみる。

 恐らくそうはならない、と結論に至ったが、そもそも「神になりたいと思わない」という根本的なところに考えが行きつき、想像はそこで終わってしまった。


 日が落ちて30分前後で砂漠の気温が下がりだすが、その時間までもう少し猶予がある。寒くなるまでにはえにしを刻んだ瞬間移動テレポーテーション可能の場所へ着くだろう。


 夕暮れ特有の、青とオレンジがグラデーションになる空を眺めながら歩いた。


 新月丸の力なら余裕で飛べるが、ここはまだハーララからほど近い砂漠地帯。


 偵察の目がどこに潜んでいるかを調べる必要がある。


 念入りな探査で調べながら飛ぶのであれば、滅多に行かない地域を1時間程度、散歩するのも悪くないと思った。


 のんびりした歩調で目的地へ向かううち、青とオレンジのグラデーションは少しずつ青が濃くなり、星が目立つようになる。

(砂漠の星も綺麗だな……)


 現世では街灯がとても多く夜でも明るいが、この世界に街灯はとても少なく夜は真っ暗だ。


 栄えた国の城下町や首都と呼ばれる地域なら、街灯が少しあるけれど自由区域フリーゾーンに、手間と金をかけ街灯を設置する物好きはいない。


 周辺が暗ければ暗いほど、夜空の星は極小さなものまで見えるようになる。今夜の月はとても細く、それがより一層、星々を綺麗に輝かせた。


 下を見れば、小さなサソリやカニに似た生き物がいる。

 探せばトカゲやネズミもいるのだろう。


(自然豊かなところは歩いてて楽しいんだけど、ここはハーララが近いからなぁ……ハーララから遠い砂漠地帯に今度、遊びに行ってみようか)


 少しずつ、気温が下がってきたがまだ心地よい涼しさだ。

 緩やかに吹く夜風が追い風で、少しだけ歩きやすい。


 その時、羽で浮き運ばれていたケケイシが目を覚ます。


「新月様、追手です」


 追い風だったせいだろう、ケケイシの鼻に何かの臭いが引っかかった。訓練をしているケケイシは、深い眠りであっても身体が動ける状態であるのなら目を覚ます。


「ケケイシ。一緒に寝ていた子供をえにしまで運び2人とも、月光国へ帰ってくれ」

「僕はまだ、戦えます」

「徒歩で15分くらいだから、お前の脚なら大した距離じゃない。あの子供の安全を優先しろ」


 ケケイシは今回の同行で守られっぱなしだった。

 王の役に立ち武勲を立てたい、と願うのは軍に属し比較的若い者であれば必要な欲であり、持っていて当たり前である。


 けれども、リルフィーを守りたいとも思う。戦いにおいて、人質になり得る者を近くに置くのは得策ではない。有り体に言えば足手まといである。疲労が激しいケケイシ自身も、足手まといになってしまうのは明白な事実。


「……わかりました」


 普通に歩いて15分ほどの距離を駆けるくらいなら、今の体力でも可能だ。

 浮いているリルフィーを背に乗せ、急いで駆けていく。

(今は己の不甲斐なさを嘆き我儘を言っていいときではない)


 ケケイシらが安全な距離を得られるまで、追手をそっちへ行かすまいと新月丸は神経を尖らせた。


 追手の正体は……蘇った死体?


 そう思ったがよく見ると、アンデッドではない。

 ケプシャルとエプシャル同様、操れるように何かを埋め込まれていたのだろう。


 現世への転生ができないダメージを追い、消滅死を迎えれば死体が残る。

 現世への転生が可能な死体は死後に霧散していく。


 死体が残っていたので、消滅死と判断した。砂漠で自然に還ればいいと思って放っておいたけど、操るために埋め込んでいた何かは、死後すぐであれば操り動かせるのかもしれない。


 先ほどの2名と比べれば、この死体は戦闘能力でかなり劣る。

 目的は戦いではなさそうだ。


 深く切られた首は、骨にも損傷を確認できる。

 首は頭を支えられず、残った皮と肉がかろうじて体と頭を繋いでいた。顔は後ろにのけぞり空を向いているので、見た目はゾンビっぽい。


「宝剣と宝具を返せ」


 ゾンビのような存在から発せられた声は口から出たのではない。

 喉を激しく損傷しているのだから、声帯が失われ話すのは不可能である。


 埋め込んである何かを介しエスターゼ・ラニサプが直接、語りかけてきた。


「宝剣と宝具?」

「とぼけるな。ケプシャルが持っていた剣とエプシャルが持っていた球体だ」


 ——とぼけているのではない。

 彼らが持っていた道具に興味がなく、問いただされるまで記憶になかったのである。


「あー……あれね。あれ……か……」

「スパイ役の弱い身体を操ったとて、お前とまともに戦えないのは私でも理解している。今はただ、2つの神器を返せ、と言っているのだ」


 新月丸は少し間を置いてから言う。


「……神器って持ち主が使ってこそ、効果があるんじゃね?」

「私には私の考えがある! さっさと神器を返し盗んだ事実を詫びろ!」


 言い方に腹が立ったのか、声が荒くなった。


 大きなため息をつく新月丸。

(言いたくないなぁ……)


 でも、言うまで付き纏いそうである。

 操られている死体を完全に壊し帰ってもまた、要らない手紙が送りつけられそうで、それも避けたい。


(仕方ない、正直に言うか……)


「あれな、もう、この世界のどこにもないんだ」

「な……なんだと?」


 強大な力を有する神器を破壊するのは簡単ではない。


 宝剣ナンラーサは恒星と同じ熱を自ら発し、使用者がそれを操作可能の剣。

 擬似恒星セウドゥフィクスターは名の通り、恒星を小さくしたものと等しい。


 それを壊せるわけがない。

 おおかた、暗闇に乗じて盗んだのだろう。

 どこかに隠してあるに違いない。


「無いわけが無いだろう!」


 なんだか間の抜けた返事が返ってきた。

(無いわけ無いって言われましてもね……)


 新月丸としては、たとえ2つの神器を奪っていたのだとしても、返せとお前に言われる意味がわからない、が本音である。戦利品として貰っても、文句は言えないはずだ。


 この世界において神、というのは特権者の最高位の1つにあたる。


「それが神への態度か!」


 地位の高さへの自信は途方もなく高く、己の腹心を戦わせ負けても態度の大きさは損なわれないようだ。


「あの2つな、本当にもう無いんだって」


 面倒くさそうに答える。


「隠し立てしてもろくなことにならないぞ」


 操られた死体と話すのに飽きてきた新月丸は——


 俺が使う、あの吸い込む力はエネルギーも、ある程度の物質も吸い尽くす。宝剣だっけ? あれはエネルギーや魔素を吸い尽くされ、金属でできた芯だけが極僅か、国に残ってるはず。ただの棒きれになっちまったけなどな、後で送り届けてやるよ。玉は宝具だっけか? あれは芯のないエネルギーの塊だったから、跡形も残らず吸い尽くしてしまい、何も残ってない。


 ——早口で一気に述べた。

 さっさと会話を終わらせたかったのである。


 新月丸の言葉を聞いた死体……いや、エスターゼ・ラニサプは言葉を失い、怒りでわなわなと身体を震わす。


 操っている死体に震えは反映されず、新月丸は気付いていない。


「んじゃ、俺は帰るぞ」


 背を向けて帰ろうとした、その時。


 操られた死体が猛スピードで突進してきた。


 許さん許さん許さん!

 せめて自爆させ、僅かでも傷を負わせてやる!


 たかぶった気持ちが、操っている死体の動きに反映される。


 死体は新月丸にぶつかり、大きな爆発を起こし、辺りがパッと明るくなった。


 大爆発にもかかわらず、何事もなかったように歩き去る新月丸を見て、エスターゼ・ラニサプは決意する。


 神前試合で絶対に、お前を消滅させるか、私の手駒にしてやろうぞ、と。


 すっかり日が落ちてしまったが、新月丸もえにしを刻んだ岩まで着いた。

 あとは瞬間移動テレポーテーションで城に戻るだけだ。


 新月丸は、すっかり冷え込んだ砂漠をあとにした——


(事後処理と報告をさっさと皆にして、リックのところに行って寝たい……)

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