49 -国王の手紙
「俺の力をどのように判ずるかは任せるが、とにかく吸うんだ」
相変わらず、口元だけ薄笑いを浮かべているが、目だけは笑っていない表情で言う。
「ま、お前に理解なんかできないし、今から対応するのは無理だろな」
日頃は相手に一定の礼儀をとるし、バカにした態度はとらない。
口にだけ嘲笑を浮かべ睨みつけることなんかない。
けれども今回の敵は、新月丸にとって最も嫌いなタイプの1つである。
自然とそれが態度にあらわれてしまうのだろう。
「どうしたどうした? 急に無口になったなぁ?」
煽るような口調で詰め寄るが、それでも無言だ。
「ついに諦めたか? それとも操り人形ごっこに飽きたか?」
「か?」を言ったあたりで周囲が再び、熱に包まれる。
呪文の破棄。
高位の魔法使いであれば詠唱も呪文も唱えず、魔法を発動可能である。
命を取り合う戦いで呪文を破棄するのは、ままある事だ。
手の内を明かさないほうが有利だし、攻撃を不意打ちできるので防御される率が大きく下がる。
今までと同じ魔法「
新月丸へ熱と力を集中したのか、円柱の幅は小さい。新月丸周辺の地面が蒸発をしだす程の高熱。
「灰すら残さず、蒸発するがよい」
これで終わりだ。
今度こそ、ヤツを仕留めた。
最初から不意打ちすればよかったのだ。
神の力を示し、ねじ伏せるなんて慈悲は不必要。
もう油断はしない、ここから何度も重ねがけしてやる。
呪文破棄で連発すれば、あいつの言うハッタリは通用しない。
——(陽炎天柱陽炎天柱陽炎天柱)——
ケプシャルの身体はエスターゼ・ラニサプの呪文破棄に耐えられない。
肉体へのダメージは皮膚以外、臓器にも多くの損傷を与えた。
気を失っていたが、激しすぎる痛みは意識を呼び起こす。
(……もう、逃げたい)
ケプシャルに残った僅かな自我の、今の正直な気持ちである。
ついさっきまで、幸福と喜びに包まれ夢見心地だったはず——
激痛で現実に引き戻され、今までの記憶も呼び起こされる。
チラリと見た自身の身体は、奴隷がまとうボロ布より酷い。内側から臓器をミキサーで引き裂かれたような激しい痛みは腹痛と吐き気をとめどなく招く。
けれども、主導権はエスターゼ・ラニサプにあり、自我で動けたとしても一瞬しかない。逃げる、という選択を行動に移したとしても、絶対に邪魔されるのはわかる。主とは長い付き合いの中から導きだした感覚は、間違っていないと思う。
例え自由が手に入ったとしても。
激痛に支配された身体では……逃げきれない……
(侮っていた、見下していた)
エスターゼ・ラニサプ様も私も、月光国国王の強さを全く、考えなかった。
神とその代行者たる者より強い可能性を秘め互角に渡り合えるのは、他の神々と、太古より存在している一部の魔王や悪魔しか居ない——その考えが甘すぎたのだ。
命令すれば誰もが無条件で従う。
それが当たり前であると、ずっと思っていたし、今でも神と己の意思こそが絶対だと信じている。
神と、神に近しい地位の者は最上位にあり、それ以外の命は下々の存在だ。
最上位者へ弱者が無条件で完全降伏するのは当然。
命じられて反抗するなんてのはあり得ない。
最上位者が下々から奪うのは当然の権利。
どのような事をされても感謝こそすれ、歯向かったり恨んだりするのは無礼者。
無礼者に与える罰は神からの慈悲。
感謝して受けるしか選択肢はない。
けれども……もしも。
最上位者と同様、またはそれ以上に強い存在へ、同じ態度で
強大な力と地位で他者を支配してきたが、それはあくまでも圧倒的強者と弱者の関係だから成り立つ。強者に対し、弱者へするのと同じやり方が通用しないのはなんら不思議ではない。
月光国の王は、弱者ではなく強者。
悔しいが、自分では太刀打ちできないくらいの強さを、身をもって知ってしまった。
今更、気がついても時すでに遅し、ではあるが。
ここまで思考したところで再び、ケプシャルの意識が途切れた。
(次、私が意識を取り戻せる時間は……いや、もう目覚めなくていい)
目覚めたとて何ができる?
もう、痛みから解放されたい。
痛みを他者へ与えるのは愉しいが、自分が痛いのは最悪だ——
主たる父は、私の痛みも命も無頓着だろう——
だって、強者と弱者の関係なのだから——
新月丸中心に、幾重にも魔法が重ねられた。
高温に高温が足されてゆき、光にしか見えない。
ケプシャルの身体は皮膚はボロボロ、吐血も見られる。
月光国で与えたダメージも回復はしていないだろう。
それなのに、羽だけが美しく白い輝きを怪しく放っている。
「その器が完全に壊れるまで、重ねがけをやめないみたいだなぁ……」
高熱を伴う光の中でそう、呟くとパーカーのポケットに手を入れる。
新月丸の手にはポケットにあった「何か」が握りしめられており、ケプシャルの顔めがけて何かを飛ばす。
その何か、はケプシャルの顔が吸い取るように消えていった。
「何か」顔の中へ完全に入り込み、消えたのを確認した後に、左手をケプシャルにかざすと、あの暗黒が周辺を静かに包む。
暗黒は一瞬で終わる。
すぐに辺りは明るくなり、蒸発し始めていた地面も固まっていた。
その場に新月丸の姿は無い——
「何が起きた⁉︎」
エプシャルの目を介して新月丸を見ていたエスターゼ・ラニサプは、視界が暗くなったまま戻らない理由がわからない。
暗黒は重ねがけされた魔法の効果を吸い取った。もちろんケプシャルの身体も。あの場にある「新月丸にとって好ましくないもの」を何もかも消し去っていたのだ。
何も見えないのはそんな、単純な理由だけど、単純すぎるが故にすぐ気付けない。
もしかしてケプシャルごと消されたか?
そこに考えが及んだ、その時——
バチーン!
ちょっと間の抜けた音が玉座の間に響き渡り、エスターゼ・ラニサプの顔に痛みが走る。
「なっ!」
ハラリと足元に何かが落ちた。
先の音は、それがエスターゼ・ラニサプの顔に何かが当たった音。
日頃、経験しないようなイライラした感情が頭と胸に渦巻く。
下を見ると、そこには——
こんなふざけた物を顔にぶつけられたのは、エスターゼ・ラニサプにとって屈辱だ。
しかも自ら拾い上げねばならない。
バリバリに固まったそれを開けねばならない。
苛立つ気持ちを抑え、封書を開け中身を取り出した。
その中身は小汚いボロ紙に、これまた悪筆で書かれた手紙——
”ハーララ国王へ
お前から命令を受ける筋合いはありません。
国交も不必要なので、月光国と関わりを拒否します。
当国ならびに当国関係者と関わりたいのであれば正式な手順を踏んでどうぞ。
俺に何かを命じたいのであれば、神前試合を正式に申し込んでください。
月光国国王 新月丸蒼至より”
怒りに震えるエスターゼ・ラニサプが怒りに任せ、手紙を燃やそうとしたが、手紙は勝手に
「新月丸蒼至より」の下に、とても小さく”この手紙は読み終わると自動的に消えまーす”と記してあったのをエスターゼ・ラニサプは見ていなかった。怒りと苛立ちで、小さい文字に気付ける程の余裕がなかったのである。
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