46 -真・陽炎天柱

 ウデーが4人を背に乗せ、闇の穴へ潜ったのを見たケケイシは安堵する。

(これであの者達は生き延びるだろう)


 しかし、この街へのダメージは酷い有様だ。


 ケプシャルの魔法をウデーや家族から逸らし続けた結果でもあるが、それだけではなかった。ケプシャルは正気ではない。


 操作されている感もあったが、操作とは違う自我での動きも見られる。自我と思われる際に一瞬、ニヤリと笑い街に向かって陽炎天柱ブレイズヘヴンを連発して放つ。


 連発すれば、そのぶん威力は落ちるけれど、ここはボロ屋しかない貧民街。あっという間に破壊され尽くしてしまった。


 人が潰れた時にする特有の臭いが風向きによって鼻に流れてくるので、焼け落ち倒壊した小屋の下敷きになった者も居るのがケケイシには解る。


 街中で戦いが起きているのだから、そこから逃げればいい。

 それでも逃げずに留まる人が居る。


 この街に住み奴隷として抑圧され続け、思考力も判断力が低下しているのだろう。危険があれば逃げる、なんて簡単なことが考えられないのだと思われる。


 現に、月光国に変わる前の「帝国アスパー・ギド」の頃はケケイシ自身も、それを経験していた。どれだけ危険が迫っていても「持ち場から逃げる」という選択が出てこないのである。


 ウデーを逃した今、今後するべきはどれくらい破壊範囲を狭められるか、なのだが、ケケイシは空を飛べるわけではない。樹木や建造物等を利用しなければ、空中に居る存在を攻撃するのは困難を極める。


 既に建物らしい建物は倒壊しているし、樹木は数本あったが高さに乏しい。今はその数本すら燃えている。


(ウデー様が彼らを連れて逃げられたのは何よりだけど、僕はここからどうしよう?)


 せっかく、まともな国になった。

 あの困難な時代を生き延び、やっと良き王に仕えられた。


 ここで死にたくはない。


 街の外に逃げるのも考えたが何としてでも仕留めたい、という気持ちの表れなのだろうか。ケケイシが少しでも外へ向かうとケプシャルは行き先を陽炎天柱ブレイズヘヴンで塞ぐ。


 魔法を得意とする相手と戦う際には、わざと何発も打たせ、それをかわし続け、魔素が枯渇するのを待つのは常套手段の1つではある。


 けれどもケプシャルの魔素が枯渇するとは思えなかった。一定まで減ると、魔素がどこかからか注ぎ込まれているのだろうか。完全に復活してしまう。


 このままでは高所から放たれる陽炎天柱ブレイズヘヴンをひたすらかわし続けるケケイシの体力のほうが、先に尽きるのは絶対と言える。


(少しでも低空飛行をしてくれれば、その時に多少のダメージを与えられるのに……!)


 低空飛行時に多少のダメージを与えたせいだろうか。

 今は高所から魔法を打ってくるのみで、低空飛行は完全に警戒されている。


 やっぱり逃げるしかないか?

 ウデーのそれとは違うけど、ケケイシも影に潜れる。

 でも、今の体力では数秒しか潜れず、それで逃げられるとは思えない。


 確実に追い詰められてきているのを感じた。


 ケプシャルを見上げると、ブツブツと何かを言っている。耳を傾け僅かに聞こえる。


「信じる者と神との関係をここに結び……限界を越える限界をこの身に宿し……この地と神のご加護……」


 ケプシャルの周りに熱が集まり、それが光を放ち始め、眩しさで目を開けるのが辛い──

(これは……避けられないかもしれない)


 一時的にでも影に入るべきだろうか。

 しかし、ケケイシのそれは地中から浅く、高熱は殆ど防げない。


 ここまでか、と半ば諦めかけた時──


「よく今まで耐えてくれた、後は俺に任せて遠くへ避難しろ」


 聞き慣れた念話テレパシーはケプシャルから聞こえたように思えたが、そうではない。ケプシャルの真上、遥か上空に、ケケイシの信じる王が浮かんでいた。


 ──永遠なる私の忠義と命を差し出す意志を汲み取り導き、燃やし尽くせ!!!

 急に早口になり、詠唱を終わらせる。


真・陽炎天柱トゥルー・ブレイズヘヴン!』


 エプシャルのそれとは比べものにならない規模の熱が広範囲に広がる。柱とは言えない灼熱の巨大な円柱はどんどん太さを増し、辺りを炎色に染めた。


 避難しようにも逃げ場がなく、ケケイシの体力も限界が近い。

 もう、間に合わない──


(申し訳ございません、新月様!)


 ケケイシは覚悟する。


 熱い──


 激しい熱風がケケイシにも届く。

 視界がオレンジ色に染まった。


 このまま燃えるのだろう……と覚悟をしているのに全く燃えない。


 ……?

「熱い」じゃない、これは「暑い」だ──


「今すぐ換毛期が来ちまう暑さかもしれないが、絶対に焼けないから逃げろ!」


 いつの間にか真正面に立っていた新月丸に言われた瞬間、背を向け走る。まさしく脱兎の如く。

 王に守られるのはこれで何度目だろう。


(もっと、強くなりたい……)


 しかし、ここに居ても足手纏になるだけだ。情けない気持ちを抱いていても、今は逃げ延びることこそが王に報いる手段である。


「ケプシャル……いいもんを背中に貰ったなぁ」


 逃げるケケイシを真っ先に追いたいが、軽口を叩きながら立ちはだかる新月丸はそれをさせない。


「ケプシャル……と呼んでいいのか?」

「き……ご……そ……よ……」


 ケプシャルは口が回らない。


「それとも……なんだっけ?エスターゼラッペンだっけか?城に引き篭もるのは楽しいか?」


 新月丸は小バカにした薄ら笑いを浮かべながら悪態をつく。

 けれども目は笑っておらず、ケプシャルの目から視線を逸らさない。

 睨まれているだけなのにケプシャルは──ケプシャルの器は、が正しいだろうか。とにかく新月丸の目から視線を外せない。


 そして身体からだも微動だにできなかった。


 熱い熱い円柱の中、2人の睨み合いが続く。

 数分の時間しか経っていないが、ケプシャルの体感では数時間に感じた──

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