36 -神都侵入
ここは神が王として君臨する神都、ハーゥルヘウアィ・ララ。
神、と呼ばれる存在は多数、存在している。その中でも『信者が多い』『古くから存在している』のは神として力が強くなる。神々の中でランクなんてものは一応、無いのだがそれは表向きであり、漠然としつつもハッキリと、その順位がある。
生命が存在する星は全宇宙に多々存在するが、星々の殆どに影響を及ぼせるのが恒星だ。恒星とは熱と光を自ら強く発する星を指す。その星を司る神の位はとても高く、王座に恒星系の神をいただく国において王はどんな者よりも正しい。
———王が白と言えば、黒も白になる
これは絶対の掟だ。
歯向かう者、否定する者は容赦無く罰せられる。
知的生命体と呼ばれる命がある星では、宗教というものが発生しがちだ。
この神を恒星系の神とは知らず、単に『唯一神』等と呼び、崇める宗教はどの星でも多く見られる傾向である。問題なのは、その教えを他の法や文化より絶対なものとして、盲目に信じる者が決して、少なくないことだろう。
神の教えは
新月丸はこの手の存在に激しい嫌悪感を抱いている。
月光国に攻め入ってきた神の手先であるケプシャルを必要以上に傷めつけたのも、嫌悪感が行動に現れたものだ。現世で人間として生きる最愛の者への関わりに、横槍を入れてきたのも許せない。
そして今———
大きなズタ袋を
ハーララでは旅人や観光客、一般商人や他国間の荷の出入り用に開かれている門は1つのみ。残り3つは別の用途があり、新月丸が立つ門は「一般階級民」が住む貧民街に通じる門だ。一般階級民とはこの国で奴隷を指す。
ケケイシの鼻を頼りに月光国に書簡を届けに来た者の匂いを追ってきた結果、たどり着いたのがここだった。門は閉じられているが、内側からは人の気配がする。おそらく門番が居るのだろう。
門には大きなノッカーがある。
それを2回、コンコンと鳴らす。
内側から人の動く気配がし、木目でうまく隠されていた小さな覗き窓が開き、明らかに歓迎されていない声色が聞こえてきた。
「ここは他国の者が通れるところではない、ここからちょうど逆にある正門から許可を得ろ」
その後、隙間からジロジロと舐め回す視線があった。
「なんだ?獣人奴隷付きの行商人か?獣人奴隷であれば手枷足枷を付けさせた上、正門で登録の後、腕に焼印の通行証を押してもらえ。ソレを連れての入国は正当な手続きをしなければ許されない」
この国の感覚では獣人はイコールで奴隷だ。そういう国は他にも多く、月光国になる前の『帝国アスパー・ギド』だった頃は最下層の奴隷が獣人だった。ケケイシも奴隷時代を経ているから、きっとこの言葉に思うところがあるだろう。耳と尾が、ピクリと反応を示す。
「俺は新月丸蒼至。この者は奴隷ではなくケケイシという。ここに用があって来た、門を開けてほしい」
そう伝えても「無理だ」の一点張り。
そのうち「低俗な獣を連れた低俗な行商人風情は帰れ」と言い出す始末。
ケケイシは新月様、と耳打ちする。
門の隙間から焼けた肉の臭いと腐敗臭に混じり、彼の者の匂いがします、と。
「この臭いだと命も危ういかと…」
新月丸は門番に告げる。
「この袋に入ってるブツに免じて門を開ける気はないか?」
何を売りつける気だ、さっさと帰らせろ!と門の奥からも複数名の声がする。多く見積もって10名程度だろうか。
新月丸はケケイシに「中身を見せてやってくれ」と告げた。
ケケイシはズタ袋の紐を緩める。
中に手を突っ込み中身を掴み、そのまま上に引き上げた———
中から「なんだなんだ?美女でも献上しにきたか?」と軽口が聞こえる。下品な笑い声混じりに「それなら門の前に置いてとっとと帰れ!」とも聞こえた。しかし、そういった発言はすぐに静まり返る。
———!!!!!
覗き窓から悲鳴を堪えたような声が漏れた。
ケケイシが持ち上げた荷の中身をきちんと見たのだろう。
両腕は肩の辺りから無い。
顔を見れば前歯の多くが折れている。
何度も殴られた跡が残る無惨な状態だが、門番はその顔に見覚えがあった。
「ケプシャル様!?」
この国で王に次ぐ権力を持つケプシャルは、多くの者に顔が知れている。
貧民街にも『
門の詰め所では、一緒に玩具を愉しんだ経験もあった。
「こいつを届けにきた、ついでにお前らの王宛に手紙があるんだ、開けてくれ」
複数名が狼狽している物音と気配がする。
ついさっきまで下に見ていた。さっさと追い返せばいい、居座るのなら適当に殴って黙らせればいい、と踏んでいた。ちょっと痛い目に遭わせれば、荷を無償で提供し逃げ帰るだろう、とすら考えにあるくらいにナメていた。
それが、荷の正体は、王に次ぐ地位を持つ者の変わり果てた姿。
ボロ雑巾のようだが、まだ生きているケプシャル。
「早……私…………助………k………」
なんとか言葉を発したが、途切れ途切れで聞き取れない。
口からは無理に言葉を発しようとした代償だろうか。血と折れた歯のかけらと思われる白いものが垂れ落ちる。新月丸はそれに対し「話をしていいと許した覚えはないぞ?」と容赦無く張り手を見舞う。
中からは悲鳴に近い声が聞こえてきた。
それはそうだろう。
ここにいるのは弱者を虐げることには慣れているが、強者との戦いは未経験の者ばかり。
今の事態にどう対処していいのか解らない。
「門を開けないのなら勝手に開かせてもらうぞ〜」
いつも通りの呑気な口調だが、目は笑っていない新月丸。
横で見ていたケケイシですら、日頃見ない王の瞳の色に多少の恐怖を覚えた。
門番達は中で右往左往しているものの、まだどこかでタカをくくっている。この門は強力な魔法がかけられており、部外者では開けられない。錠前等の鍵で物理的に閉ざされているわけではないのだ。
「それはケプシャル様に似た誰かだろ!」
「……へ?」
「そうだそうだ!ケプシャル様がそんなふうになるわけがない!」
「……」
「それにこの門はお前では開けられない!」
「ふーん……開けてくれないのかぁ……」
新月丸はケケイシに命ずる。
「手に持ってるソレを門の前に掲げてくれ」と。
門に近寄り頭を持ったまま掲げると、ずた袋からズルリと全身が出る。
足があるべき所に足は無い。
その全身を見た門番の1人は思わず後退し、嘔吐した。
掲げられたケプシャルの背に新月丸は手を当て、何かを呟く。その途端、ケプシャルの身体から炎が湧き上がり火柱となり、それが門を打ちつけ激しく燃やす。
これはケプシャルの得意魔法の1つ、
苦しそうに身体を
門は見事に焼け落ち、今やその機能を全く果たしていない。
「こんなボッロボロの身体でもまだ、魔素が残ってんだな」
感心したような、それでいてバカにしたような表情で、苦しげに呻き声を上げるケプシャルに言い放った。
ケケイシはケプシャルを再び、袋に押し込んでから担ぐ。
部分的に消失し、通りやすくなった門を堂々と通り、2人はハーララ貧民街へ進んだ。門番の何名かは先の
その惨劇を目の当たりにした上で新月丸とケケイシの侵入を止めるべく戦いを挑める者は、ここに居ない———
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