37 -神都での語らい
戦意喪失している門番の生き残りを横目に門を通り、貧民街へ足を踏み入れた。
そこは予想していたより遥かに酷い街並みが広がっている。
建物はいつ倒れても不思議ではないボロ屋ばかり。
中には棒に布を引っ掛けただけのものもある。
街中に漂う臭いは不潔臭だろうか。
人の気配が殆どしない。
歩いている人が居ない。店の1つも無い。
これは街、と言うよりも収容地区といった雰囲気だ。
人の行き来は無いが時折、窓からこちらを見ている気配がする。
この国の特権階級者は奴隷を
新月丸はもちろん、そんなことをしないが人間狩りをしにきた特権者なのか、そうでないのか。見ただけでそれを判断するのは難しい。こうして、息を潜めて様子を伺うしか身を守る手段がないのだろう。
「ケケイシ、この中から書簡を届けにきた者の匂いを辿れるか?」
「傷口が腐り始めている臭いと肉の焼けた臭いがあるので辿れます」
「そうか、ではお前はその者の救助を頼む」
「この荷物はどうなさいますか?」
そう言うとドサリと荷を地面に置く。
中から小さな呻き声が聞こえたが、2人はそれを無視した。
「そうだなぁ…それは俺がどうにかするよ、ここまでありがとう」
その時、後方から何かに怯えた門番の悲鳴が聞こてくる。逃げ惑う足音もしたが、断末魔のような叫びも混じっている。そちらのほうを見ると騒ぎの原因になっていた存在は既に新月丸の目の前に居た。
「やっと追いつきました」
返り血がぬらぬらと光るウデーが静かに言う。
「
新月丸はザファグ砂漠でケケイシとウデーにキメラを任せ、ケプシャルを追い越し月光国に戻ったのだ。その際、
キメラの始末に手間取った、とのことだが「なるべく苦しませないように」とも命じていたので、そのせいだろうと新月丸は考えていた。
「面倒を任せてしまったな」
「いえ、私の気持ちとしても楽に終わらせたかったので構いません」
「そうか……」
「ケケイシさんと協力し、滅しましたが……」
そこで言葉を途切れさせた。
「すまない、ウデーに心労をかけてしまった」
「いえ、誰かがしなければなりません」
ああなっては、誰かが終わらせてやらなければ、ずっと苦しいんです、とウデーは寂しげに静かに言う。
「あれを作った者はケプシャルという名でした」
「そうか……そうだろうな」
「そいつなら、その袋の中だ」
忌々しげに言ったのはケケイシ。ケケイシもキメラを任されていたので、苦々しい気持ちを抱いているのだろう。それを足で小突いてみせた。
「気配からして新月様がもう、けっこうな目に遭わせていらっしゃいますが1つだけ、私もいいでしょうか。どうしても彼らの無念を刻みつけてやりたいのです」
ズタ袋の中から、恐らく「やめろ」と言いたいのだろう呻き声が聞こえ、ゴソゴソと動く。
「ケケイシ、あの者の命はまだありそうか?」
「まだ、生ある匂いがしますが。いつまで持つかは解りません」
「そうか…では俺とウデーにここは任せ、お前は少しでも早くあの者を助けに行ってやってくれ」
ウデーが言う無念を刻みつける、というのをケケイシも見たいのか、返答まで少し間があった。
「……解りました、その後はまた連絡をいたします」
「うん、よろしく頼む」
「はい」
「顛末はケケイシにも後から
「ありがとうございます」
それを聞いたケケイシは、獣の姿に変じ速やかに向かう。
「この先に開けた場所が見える。そこで無念の刻みつけをするといい」
「わかりました、ではこの荷は私が背負いましょう」
そう言って長い腕でそれを持ち上げ、自らの背に置く。
置いた途端、くぐもった呻き声が聞こえてきた。
ウデーの背に生えているフカフカの毛が棘となり荷に刺さり、背に据え置かれる。
生花をきれいに立て固定する、剣山と同じ要領だ。
先に見える、その場所まで120メートル程だろうか。その間に新月丸はキメラの顛末を聞くことにした。
———あのキメラは……ウデーは絞り出すように語り出す。
ケプシャルに懐いていたコカトリスの世話係の2名が、上の頭部と尾にある頭部の元でした。ある日「世話の仕方が悪い」と言われ、逃げる間もなく掴まり……
身体を動けなく固定された後、出血を止め頭と脊椎を身体から抜かれました。それを、コカトリスの
新月丸は前方を真っ直ぐに見て歩き、それを聞いている。
コカトリスもまた、同様に「じっとしていろ」と言われ、最後までその言いつけを守っていました。世話係の2名は固定された後、すぐに頭部を抜かれたのではなく、コカトリスが首の辺りと蛇頭を切られながらも、大人しく痛みに耐えじっとしている様を見させられたそうです。
それが辛くて辛くて仕方なかったという記憶が残っていました。
「だろうな……」
世話は命じられただけの仕事と言えども、何度も関わっていれば情がわくものだ。反抗もせず、大人しい気性であれば尚更、可愛く思え、とても辛かっただろうと想像する。
先に蛇頭を脊椎ごと抜き取り、次に鳥頭を同様に抜き……
そこで暫く間が空いた。
新月丸は静かに続きを待つ。
意識を保たせたまま、頭をゆっくり踏み潰したそうです。
「そうか……」
その後、人頭2つをそこに繋ぎ、後に高熱強酸を持つ胃液を攻撃手段として追加されていました。でも、人頭にそれを耐えられる強度は無く、胃液の攻撃をすれば口内も口周りも焼け爛れてしまう。
だから怪我の高速再生も後付けで能力として無理矢理、加えられていました。その際、痛覚は無効化してもらえず、胃酸を吐き出す時も再生する時も激しく痛む記憶もまた、辛かったです。
「そうか……」
新月丸の表情は変わらない。前方を真っ直ぐに見て静かに歩いている。
けれども、纏う気配がいつもとは全く異なり、黒い圧をウデーは感じていた。
今回、私かケケイシさん、又はティール殿かドラリンさんを1人でも害するのに成功すれば、人に戻してやると約束されたそうです。
新月丸は不快そうなため息を大きく漏らした。
「……ああなったら、もう戻せないよな?」
ズタ袋近くに寄り、中の荷に新月丸は話しかける。
「ハぃ……」
うまく喋れないながらに、小さな返事が返ってきた。
「嘘をつかなかったのは利口だが、俺に殴られるか殴られないかの差しかないぞ」
そのやりとりをチラリと見てウデーは続ける。
ケケイシさんに両足の脚の腱を絶ってもらい、倒れたところで私の眼力の1つ、
———飲み込んだ際に少しだけ記憶を覗きました、とウデーは付け加える
「そうか、ありがとう」
何処か達観した表情で礼を言い、新月丸は歩みをそこで止めた。
目的としていた広場に着いたからだ。
ここは、恐らく処刑場。
床には血の跡が残り、人を吊し上げる為の処刑台と思われる枠もある。
見せしめの公開処刑や拷問は、独裁制や階級制が狂気をはらんでくると度々起きる現象だ。
(アスパー・ギドの作りとよく似てるな……)
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