第3話 おしゃべりなイヤホン 🌸クロッカス

むすんでひらいて、固結び。

取れないようにぎゅっと結んだ“何か”は、最終的に、ハサミで切るしかなくなる。あきらめと、無慈悲。

ぐるぐる巻きの糸玉の中で、あなたは必死に手を伸ばそうとしているのね。


「……最悪」

鞄の中から取り出したものを、広げようとして。――いつも使うイヤホンがぐちゃぐちゃに絡まっていて、苛ついている青年だ。

「聞こえてるわよ。大きなため息ね」

「なっ……!?あんた、誰だ」

突然、自分が手に持っていたスマートフォンから見知らぬ女の声が聞こえたものだから、青年はかなり驚いている。


「私は“花”の魔女。“花”にまつわる【宝物】を守ってるの」

「……こんな電話、さっさと切る」

「あら、いいの? 倍の通話料請求するわよ」

「余計に怪しいだろ。……あんた一体、何がしたいんだよ」

先ほどから一切間を空けずに会話を進める魔女に、青年は不機嫌な様子を隠せないようだ。


「そうね。あなたに、バイトをお願いしたいわ。

魔女の館――私のところまで来てちょうだい」

「やだね」

「本当に? ――あなた、“花”に嫌われたら、道端を歩けなくなるわよ」

じりじりと・確実に距離を詰めていくような魔女の物言いに、はあぁぁ……と青年の口から大きなため息がこぼれた。

「……どうせ、断ったって無駄なんだろ。いつ行けばいい」

「今から10分後」

ぶっ、と乱暴に切られた通話は、『終了・3分』という表示を画面に残し、真っ暗闇に消えた。



◯◯

「ぴったり、時間通りよ。あなた、律儀ね」

「……どうも」

「私の宝物庫を、特別に案内するわ」

息を切らし、両手を膝に付けている青年をよそに、涼しげな表情で魔女は言った。


「宝物庫、ねぇ……」

青年はまだ疑いの眼差しで、半分警戒しながら宝物庫の中を歩いていた。

――【ひとつ】を見つけ、手に取るまでは。


「……これ、イヤホンか?」

「そうね。……この【宝物】はね、私の友人――“音”の魔女から譲り受けたものなの。かわいいでしょ」

「そんな大事なもん、他人にホイホイ渡していいのかよ」

「荷が重いからとか、持ち腐れとかじゃないわよ。私よりあなたの方が、この【宝物】を大切にしてくれる……って今思ったから」

見た目は、一般的なイヤホンとほぼ変わらない。

だが、青年はその【一点】だけに吸い寄せられるように、気が付けば足を止め・手に持っていた。


「……手ぶらで帰るのも癪だから、もらってやるよ」

「オーケー。クロッカスの【イヤホン】……あなたにあげるわ。大切にしてね」

魔女は、どこか不思議そうに【イヤホン】を見つめる青年の姿を、微笑ましそうに横目で見ていた。


「ちょうど、使ってた【やつ】がダメになったから、助かるけど。……イヤホンがねぇと、課題するとき困るし」

「……へぇ。色んな曲を聞くのね」

「音楽聞きながらじゃないと、気分がのらないんだよ。ただでさえ、勉強嫌なのに。静かすぎると落ち着かなくてさ」

「……そう。もし【これ】が壊れたら、館に持ってきて。“音”の魔女に頼んで、特別に修理してもらうわ」

「まだ若干怪しいけど……まぁ、保証が付いてるならありがたいか」

“卒業”。そして後の“就職”に向けた青年の長い戦い。そのお供に、晴れて【イヤホン】は選ばれたようだ。


◯◯◯

走ることも、歩くことも。

進むことも、戻ることも。

立ち止まり、再び動き出すことも。

“音”があれば、自在だ。


“音”と一緒にいる間は体が勝手に動くし、気付けばずっと、“音”を追いかけて時間が進んでいる。


耳で聞く“言葉”も“音”だ。

なのに、“言葉”は不快で、何度も何度も心をえぐる。

ふさいだはずの耳や、忘れているはずの頭の中に、にっこりと突如顔を出す化け物だ。

一度触れたらこれがまた厄介で、ずっとずっとダメージを受ける。治らない毒。


“ちゃんとしてよね”

“ありえない”

“気にならないの?”


楽しい“曲”、でさえ、触れる大きさや頻度を間違えれば耳が痛くなって・感覚が麻痺してしまうのに。容易な回復アイテムもない、魔法のような都合の良いことも一切ない。運とタイミング・技量や素質が試される、残酷なステージ(仕事)を日々クリアして生きていく――それが“大人”。……と青年は常に思っている。


「先方から、折り返しありました。ぜひ企画をまかせたい、と」

「……! ほんとうですか」

同期からの報告を受けて、手元の書類を整理していたかつての青年は、ぱっと顔を上げた。


「♪︎~♪︎♪︎」

【イヤホン】で好きな曲を聞きながら、昼休憩。

――今日は少しだけ、いつもより上機嫌だ。


「素敵な曲ですね」

「……えっ? あ……声に出てました……? すみません」

「何の曲か、教えてください。私も聞きたいです」

「……! あ、えっと……」

隣のデスクの女性からふいに話し掛けられ、戸惑いながらスマートフォンを操作し、いくつか画面を見せていた。


「ふふ。素敵な“音”にたくさん出会えて、【あなた】も幸せそうね」

テラスの長椅子に腰掛け・編み物をする魔女もまた、穏やかに笑っていた。



🌸クロッカス

花言葉:「切望」、「あなたを待っています」


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