3. 歓喜の街、光の喧騒

 俺はミオとともにエンジェルから逃げるため、港から別のヘヴンに転移してきた。


 そこは、『グロウバレー』という夜の街をモチーフにしたヘヴンで、たどりついたのはそこの町はずれ。――どのヘヴンもたいてい円形で、外周付近にいくつかのエントリーゾーンがある。


 俺たちは陰気な裏通りを抜けて、中央通りへと出た。とたんに光と音の渦に飲み込まれた。


 あちこちから音楽と喧騒が聞こえてくる。色とりどりの光や映像が飛びかう。そんな通りにアバターたちがひしめいて、通りを埋めつくしている。


 人間姿のアバターのほかに、動物の頭をつけたやつや、怪物じみた姿のやつもいる。


 アバターたちの頭の上には、ポップアップが表示されていた。そこにはニックネームなどが表示される。人ごみでは目がちかちかして邪魔だから、視界の表示をオフにしておいてもいい。


 彼らは思い思いの勝手なことをしている。集まって会話をしたり、音楽を演奏したり、殴りあったり、なにかのゲームをしたり。おまけに夜空を見ると、羽根やブースターで飛び回って、妙なスポーツに興じるやつらもいた。


 グロウバレーほど、ヘヴン・クラウドの自由さと愉快さを体現している場所はない。俺が転移先をここにしたのは、ほとんど偶然だが、心のどこかで開放を求めていたのかもしれない。それに、『こんなにぎやかな場所で、エンジェルが理由もなく襲いかかってくることなどないだろう』と、たかをくくっていた。


 ミオはうつむき加減に、まるでいきなりパレードに出くわした猫のように、騒々しい街並みを冷めた目で眺めている。俺はミオを見て、


「ひさしぶりだな、グロウバレーは」


 すると、ミオは慎重そうな目で、


「……うん。そうだね。すごいね」


 そう言うミオは、まだ声や歩きかたがこわばっていた。当然だ。さっき、あんなことがあったばかりだから。いつもの、あの静かな港でいきなり、エンジェルに襲われるなんていう。


「ミオは、ケガとかはないか?」

「うん。大丈夫……。お兄ちゃんは?」

「問題ない。まあさ、エンジェルなんかとやりあうなんて、思ってもなかったけど。それなりに、訓練してるからな」

「そっか。そうだよね。よかった。お兄ちゃん、リーグの、最強の人だもんね」


 そうして、ミオはふと目元をほころばせた。


 そのとき、俺の腰のポーチから、白い球体――メイナが飛び出した。メイナは俺の頭の周りをぐるぐると巡ってから、


「いいねー、にぎやかだね! ちょっとさー、いろいろ見てみようよ。お店とかあるよ!」


 俺はため息まじりに、


「おい、あのな。まだ油断できないだろ。またエンジェルがきたらどうすんだよ」

「えー。大丈夫だよ。あたしが、警戒しておくから! だからさ、ちょっとだけ……」


 そこでメイナはぱっと光をはなち、瞬時に少女の姿に変化した。背丈はミオより少し低い。赤い癖っ毛で、薄い桃色のブラウスを着ていた。


「どうした? いきなり、そんなかっこうになって。別に、ものに触ったりとかはできないだろ?」


 するとメイナは不満げに、


「わかってるよ。でもさ、あたし、このほうが、楽しいんだ」

「そうだな。わかったよ」

「へへ。ありがと」


 そう言って、メイナはにっと笑った。


「じゃあさー、さっそく気になってるんだけど……」

「なんだよ」


 するとメイナは俺の手をひいて、通りの脇の人だかりに近づいていく。


 その先には、『Duelデュエル』と書かれた文字が、空中に浮かんでいた。俺はあきれながら、


「おい、目立つのはダメだぞ」

「いいから!」


 そう言って俺の手をひいて、人ごみをかき分けて前に進む。ちょうど前の戦いが終わって、空いたリングの真ん中へ躍りでる。


 どよめきが起こる。周囲には人々が物珍しそうな目をして、俺たちを取り囲んでいる。


 そこで司会らしき金髪の青年が言った。


「おっと、次のチャレンジャーだ! どうする? レベルは? ライト、ミドル、ヘビー、デッドリーがあるぜ! まあ、初心者にはライトをおすすめするけどよ! 一瞬で昇天したいアホはデッドリーでもいいぜ!」


 すると、周囲で笑い声が巻き起こる。そこですかさずメイナは、


「デッドリーで!」


 また周囲でどよめきが起こる。さらに人々が集まってくる。俺はメイナを見て、


「おい! 目立つのは勘弁してくれよ。こんなことしてる場合じゃないだろ……」

「へへ。いーじゃん。やってみなよ! それとも、怖いの? 負けたら、恥ずかしいもんね」

「負けはしないだろ」

「わかんないよー。ひひッ、どうだろね」

「ふん。見とけ……」


 そう言って、俺は目の前に浮かぶ武器の中から、赤い派手な光をはなつ短剣を掴んだ。それが手になじみそうだ。体の動きを阻害しない、シャープな武器がいい。


 目の前の空間がゆがみ、そこに、黒い甲冑を着込んで、巨大な両刃斧を持った巨躯の戦士が現れる。そいつは禍々しい、警笛のような叫び声を上げて突進してきた。


 周囲からはヤジや応援の声が飛んでくる。司会の声がする。


「デッドリーの戦士だ! これはやばい! 彼は何秒もつだろうか?」


 本当にやかましい司会だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る