4. 望まぬ刻印、それぞれの姿

 突っ込んできた戦士の斧が振り下ろされる。俺は体をよじって斧をかわし、そいつの懐に入る。すかさず兜と鎧の隙間の首元へ短剣を差し込んで、一気に突いた。


 とたんに戦士は大きな咆哮の声をあげる。――それから、やたらと派手な光の粒子を撒き散らして、破裂音とともに戦士は消え失せた。


 周囲には歓声が響きわたる。司会の青年の声も。


「おおーッと! 瞬殺! なんだこの男はーッ!」


 そのうち観衆の中から、「あいつ、見たことあるぜ!」とか、「リーグのやつじゃねえの?」「すみません、フレンドになってください!」とか聞こえはじめた。


 俺はメイナに「行くぞ!」と言って、観衆の中に体をねじこませた。



 ミオの手をひいて、中央通りを走り、横の路地へと逃げ込んだ。後ろから白い球体になったメイナが追ってきた。


「かっこよかったよ! ユージ!」

「あのなあ」


 すると、メイナは俺の眼前に飛んできて、


「楽しかったー! ねえ、あたしもさ、いつか、ちゃんとしたアバターがほしいなー。それでね、ユージと戦うの!」

「なんだって? ……そうだな。アバターか。たぶん、手に入るさ」


 俺は嘘をついた。どんな形であれ、アシスタントAIがアバターを持つことはない。せいぜいアバターみたいな映像を投影し、その気になるだけだ。――するとメイナは、悲しそうに笑った。


「……へへ、冗談だよ」


 そう言ってメイナはまた、なごり惜しそうに通りのほうへふわふわと近づいていった。



 そのとき路地の奥から、ふたりの若い男女のアバターが通りがかった。それも、慎重そうに、あたりをきょろきょろと見まわしながら。


 彼らの頭上のポップアップを見ると、ニックネームの横に丸いアイコンがあり、その色は紫色だった。それはゴーストアバターであることを意味する。ふつうの、肉体を持ったやつのアイコンは、緑色だ。


 当然ミオの頭上にもその、紫色の刻印がある。それがあったからと言って、憐れみと差別のほかに、もらえるものはない。あるのは、一度限りの命。ゴーストアバターは、ヘヴン・クラウドで消滅すると二度と蘇ることはできない。くだらないルールだが、天使どもが好きな秩序の一部だ。


 その二人のゴーストアバターは、迷った子犬のように背を丸め、俺を横目で見てきた。俺は言った。


「俺は、なにもしないよ。そんなに、警戒しなくていい……」


 すると、二人は顔を見合わせて、うなずきあった。男のほうが言った。


「う、うん。ありがとう」


 それから男は、俺の背後にいるミオを見た。すると、男から緊張の気配が消えた。


「ゴーストの、友達がいるんだね」


 俺はあいまいにうなずいて、


「ああ。そうだよ」


 すると男はにこりと笑って、また道を慎重そうに歩いていった。


 俺はミオへと振り返った。ミオは複雑そうな表情で、二人を見ていた。


 それにしても、と俺は言った。


「あの、エンジェル。港で襲ってきた……。ミオは、なにか心当たりはあるのか?」


 するとミオは首をかしげて、


「どうだろ。わからない……」


 そう言った矢先、メイナがオレンジ色に発光しながら飛んできた。


「ねえユージ、反応だよ! くる、かも……」


 いつになく緊迫した声だ。俺はダガーがおさまった腰のホルダーに手をのばし、


「どっちだ? エンジェルか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る