第3話

「中野彩世あやせさん」

 唐突に名前を呼ばれたからびっくりした。

 顔を上げると、ついさっきまで履歴書を読み込んでいた店長はこちらをじっと見つめていて、大げさに肩を震わせたあたしに対してちょっと笑った。

「珍しいお名前だね。由来は?」

「……えっと、世界を美しく彩る人になって欲しいっていう意味だったと思います、たぶん」

「ふうん。良い名前だね」

 明日から来られる?そう訊かれて、あたしは大きく頷く。

 五つ目のアルバイトは、スーパーのレジ打ちに決まった。期待よりは不安の方が大きくて、面接の帰り道もあたしの心臓はまだどくどくとうるさかった。またダメかもなあ。悪い予感が頭をかすめるが、先のことを考えるのはとりあえずやめた。ただ、今日もなんとか生きている。自分の足で、少しずつだけど歩を進めている。それだけで十分じゃないか。

 電車の窓に顔を寄せ、寒々しく立ち並んだ裸の木々が目の前を流れていく様子を眺めているうちに、お給料が入ったら帽子を買おうと思いついた。中子ちゃんとお揃いの、オレンジ色のニット帽。今年の冬は、それで乗り切る。鮮やかな色合いと柔らかな温もりで、外からも中からも自分を温めてやるのだ。そうして冬が終わって、その先もずっと、あたしの世界が温かく続きますように。心の中でそっとお祈りしておく。どうか自分を愛せますように。ちっぽけだけど他にない、大切な大切なこの世界が、いつまでも温かく守られ、彩り豊かに輝きますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

外側の世界、中の世界 得能かほ @KahoTokuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る