第153話 人間の世界のほうが地獄でしょう?

オクロン「スケルトンにされた人間は……その魂は永遠に…お前たちの地獄のような世界で苦しみ続けるという事か……?!」


ランスロット「なにか誤解があるようですが…。


人間に戻りたいと思う者がもしスケルトン兵士の中に居たとしたら……特殊な理由がない限りは、いつでも人間の魂の輪廻に戻していますよ? ただ…私達の世界は地獄などではなく、穏やかでとても居心地の良い幸せな世界なので。ほとんどのスケルトンが、自分の意志で留まっているのです。むしろ…


 …人間の世界のほうがよほど地獄ではないかと思っています。そんな世界に皆もう戻りたくないと言っていますよ?」


オクロン「人間の世界が地獄だと? どういう意味だ?!」


ランスロット「そうですね……人間は、自身が地獄のような世界に居る事を、自分では理解していない者がほとんどなのですよね……」


オクロン「誤魔化すな! 人間の世界の一体どこが地獄だと言うのだ?」


ランスロット「この世界に生まれた人間は、とかく、不自由ですから…」


オクロン「不自由? 何を言っている? 俺は自由に生きているぞ?」


ランスロット「いいえ、あなたは……いえ、人間は皆、自由ではありません。例えば、まず、人は食べモノがなければ生きていけません。そのために……食べ物を得るために、必死で働かなくてはならない。そのために、休む間もなく働き続け、下げたくもない頭を下げ、やりたくもない仕事を我慢してやっているのです。それが第一の不幸です」


オクロン「……俺は……自分の仕事を好きでやっている」


ランスロット「では、もし、働かなくて済むほどの大金を手に入れたらどうしますか? それでもあなたは今の仕事を続けますか?」


オクロン「もちろんだ! 俺は街を守るというこの仕事を誇りに思っている」


ランスロット「あなたは幸せな人なのですね。だが、全ての人間がそうではない、それは分かりますよね? 例えば、あなたと同じ仕事をしたいと思っても、その仕事に就けなかった者が居るのではないですか? そして、そういう者は、自分のやりたかった仕事とは違う仕事に就き、我慢しながら働き続けている。大部分の人がそうではないですか?」


オクロン「それは……そいつが、そいつの努力が足りなかったのだから仕方がないだろう…」


ランスロット「おや、それでよいのですか? もしその人間がもっと努力をして、あなたより良い成績を上げ、街の衛士に採用され、あなたが失格して別の仕事に就かなければならなくなったとしたら? それでもあなたは自由に生きて幸せであると言えますか?」


オクロン「それは……その時は、俺の努力が足りなかったと思って、もっと努力するさ」


ランスロット「誰かが手に入れ、誰かは手に入らない。それは、人の世界の不幸ではないかと私は思いますがね? 食べ物が少なければ、誰かがそれを得て、得られなかった者は飢餓の苦しみを味わう。それが人間の世界ですよ…」


オクロン「それは、仕方がないだろう……何かを得るために努力し進歩・成長する。それが人間の良さ、幸せでもあるんだよ!」


ランスロット「全ての人が平等に食べ物を、着るものを、住む場所を得られる、そういう世界のほうが自由で幸せだと思いませんか?」


オクロン「それは……そうかもしれないが……」


ランスロット「でも、仮に人間達がそんな世界を実現できたとしても、人の生きる世界が地獄である事に変わりはないのですけどね…」


オクロン「……どういう意味だ?」


ランスロット「人は、変化の中でしか違いを感じ取れないからですよ」


オクロン「……? 適当な事を言って誤魔化そうとしているんだな?」


ランスロット「いいえ。では分かりやすくはっきり言いましょう。人は、全ての人が平等である時、幸せを感じる事ができない生き物なのです。


人間とは、誰かが不幸なのを見て、初めて自分が幸せだと知るのです。


食べ物が無い者が居た時、それを見て初めて、食べ物を持っている人間は自分が幸せだと気づくのです。


全員が同じように食べ物を持っている状況では、食べ物はあって当たり前の事であり、それがある事が幸せであるとは誰も思わない。


そうではありませんか?」


オクロン「それは……」


ランスロット「それに……全員とは言いませんが、一部の人間は、人と差別化する事でしか自分の幸せを感じる事ができない。自分が他の人間と同じなんて許せない。人が持っていないモノを持つ優越感でしか満足できない。全ての人間がそうとは言いませんが、一定数、そういう種類の人間は存在するのです。否、自分の現状に満足してそれ以上を望まない、という人間は極めて少数なのです。


人は、常に、“在って当たり前の幸せ”は空気のように忘れてしまい、常に足りないもの、ないものを探し見つけては、我が身の不幸を嘆くものなのですよ…」


オクロン「そんな事は……」


ランスロット「全員平等では満足できない。自分は人より優れていなければ満足できない。差をつけなければ違いを感じられない。そんな者が集まった社会は地獄のようだと思いますがね」


オクロン「そんな人間ばっかりじゃない!」


ランスロット「まだまだありますよ? 例えば……人は集まれば必ず誰かをしいたげ始めます。虐めイジメですね。まぁこれも、差をつけないと満足できないという人間の特性が原因なのかもしれませんが……しかし、人間は人が集まる限り、絶対に虐めはなくなりません」


オクロン「それは、一部の人間だけで…」


ランスロット「いいえ、違いますよ。多かれ少なかれ、全ての人間が何かしら、どこかで他者を見下し、差別し、苛めているものなのです。仕事をしていれば、既得権益を得た者がそれを守ろうとし、他者を排斥し始める。あなたはたまたま良い職場環境に居られるのかもしれませんが? どんな仕事でも、酷い上司に当たってしまったら不幸ですよ? 簡単に仕事を辞めると言えればいいかもしれませんが、家族のために食べ物を手に入れて持ち帰らなければいけない立場の人は、そうはいきません。耐え難きを耐え、クズ上司に理不尽に罵倒されても黙って頭を下げて耐えなければいけない。ほら、地獄じゃないですか?」


オクロン「人間の中には悪い奴も居るさ。だが全部がそうなわけじゃない、良い人間も沢山居る」


ランスロット「いいえ。良い人間など居ませんよ」


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