第134話 逃げる気か?

その日は辺境伯の城の中に部屋を用意してくれた。


部屋は全ての調度品が高級なものであることはひと目で分かったが、それでいて華美になり過ぎる事はなく寛げる装いで、辺境伯のセンスの良さに感心する。


亜空間収納に入れてある、自分で作った屋敷の部屋が一番気楽で良いのだが、たまに外泊するのもそれはそれで新鮮で面白いものだ。


せっかく用意してくれたので、少し休ませてもらう事にした。まだ午前中ではあるが、辺境伯の城を訪れてから三日三晩リリアンヌの治療に費やしたのだ。超繊細な魔力操作を三日三晩続けたのはやっぱりちょっと、いやかなり疲労感がある。


いや、この身体、この種族のせいか、まだまだ頑張れる余力はあるが? と強がってみたものの、柔らかいベッドに沈み込み丸くなるとすぐにそのまま眠ってしまった。思った以上に疲れは溜まってたのかも知れない。


意識を手放す直前に【クリーン】で体をキレイにし、寝間着に着替えるのは忘れなかったけどな。クリーンも服を変えるのも魔法で一瞬でできるのだ。


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「しらない天井にゃ……」


「…と言えばいいのかにゃ?」


目を覚ますと、猫とは思えない格好(大の字)でベッドの中央に寝ている自分を発見した。


すぐに状況を思い出しての独り言である。


ステータス画面の時計を確認すると夜の7時くらい(地球換算)であった。


三日三晩の治療の後、四日目の朝ベッドに転がり込み、そのまま夜まで眠ってしまったようだ。


その時、ドアが叩かれた。


『カイトさん、カイトさん! 大丈夫ですか? 起きていますか?』


マキの声だ。


「ん…今起きたにゃ」


大きく伸びをしてから応えた。


マキ「よかった。開けてもらえますか?」


ん? と思ったが、眠るときには必ず自分の周囲に空間魔法の防御結界を張るのがもう無意識の習慣になっているのだった。そのせいでドアが開かない状態になっているようだ。


マキ「部屋に入ったきり出てこないので心配しました…」


「ごめんにゃ、やっぱり疲れていたみたいで寝落ちしてしまってたにゃ」


マキ「ネオチ?」


「ああ…気絶するように眠ってしまう事にゃよ」


マキ「谷底に落ちていくように眠ってしまうという感じ? なんとなく分かる気がする…。それで、体調は大丈夫?」


「大丈夫、バッチリにゃ」


マキ「それは良かった。実は、辺境伯様とジョージ様に夕食に誘われてて…でもボク一人ではちょっと不安で。カイトさんに一緒に……というか、僕はオマケで、多分カイトさんがメインだと思うから! さぁ行きましょう!」


と腕を掴んで引っ張って行こうとするマキ。


「ちょ待つにゃ、寝間着のままにゃ」


まぁ収納に入っている服と入れ替えれば着替えは一瞬なんだが。ただ、服はいつもの冒険者風ではなく、少し余所行きのを選んだ。


マキ「……いいなぁ」


そう言えばマキは着替えはほとんど持っていない。というかこの世界、基本、同じ服で過ごす、汚れたら生活魔法の【クリーン】を使うというのは珍しいスタイルではない。


ただ、貴族のディナーで自分だけみすぼらしい平民の服のままではちょっと嫌なのかも知れないと思い、俺の服を貸してやる事にした。少し俺のほうが背が小さいが、なんとか着られた。うん、孫にも衣装、マキも衣装。(…馬子だったかな? 馬子ってなんだ?) 


着替えを終え、メイドに案内されて食堂に移動すると、既に辺境伯ルグレフとジョージ、それにもう一人若い青年が席についていた。促されて椅子に座る俺とマキ。


マキ(こっ、こういう時って、貴族様より先に席に着いてまっているのが礼儀だったのでは…?)


小声でマキが聞いてきたが、それに返答したのは辺境伯であった。


ルグレフ「ああ、礼儀など気にしなくてよいぞ、俺も堅苦しい事はあまり好きではないのでな。ここは辺境だ、都の貴族達とは違うさ。それに、今日はこちらがもてなす側だ、先に待っているのは当然だ。娘を治療してもらったお礼をしたくてな。カイト殿はぐっすり眠っていたようだが、疲れは取れたか?」


「俺のほうはばっちりにゃ。リリアンヌの具合はどうにゃ?」


『おい、リリアンヌを呼び捨てにするとはなんだ? お前は平民だろうが?』


ジョージ「ああ、すまない、これはカルロ、弟だ」


カルロ「これとはなんですか兄上」


ルグレフ「カルロ。彼はリリアンヌを治してくれた恩人だぞ?」


カルロ「むう……」


ジョージ「リリアンヌはすっかり良くなって、今は部屋でとんでもない勢いで食事をしているよ。さすがに食堂で食べるのはもう少し元気になって身ぎれいにしてからにしたいそうだ」


カルロ「まだ本当に治ったかどうかは分からないさ」


ジョージ「カルロ…!」


「まぁ再発しないか確認するために足止めされてるんだしにゃ」


カルロ「そうですよ、リリは一時的に良くなっただけで、また元に戻ってしまうかも知れない。これまでの治癒士はみんなそうでしたから」


ジョージ「カイト君、大丈夫なんだよね? リリは治ったんだよね?」


「なんとも言えんにゃ」


ジョージ「え?!」


「治ったというのがどういう状態を表すのか、その定義によるにゃ。まぁ、クラゲカズラの影響はすべて除去出来たと思うにゃ」


ルグレフ「クラゲカズラというのか、あの植物は……」


「……まぁ取り残しがあっても御愛嬌、そうなったらまたすぐ取り除くにゃ」


カルロ「無責任な! 取り残しがないようにキッチリ完璧な仕事をするべきだろうが」


「完璧を目指して努力はしたにゃ。でも、この世に絶対はないにゃ。見落としがあっても仕方がないにゃ。逆に、俺が完璧な仕事をしたと言い切ったら、それを信じてくれるにゃ?」


カルロ「そんな言葉だけでは、信じられるわけがないだろうが」


「だから、ここに足止めされてるにゃ。それより、マキにゃ。マキまで一緒に足止めする必要はないにゃろ?」


ルグレフ「それはそうだな」


「だけどマキの護衛は俺にゃ。俺なしではマキは帰れないにゃ。だから、一旦帝都までマキを送ってきていいかにゃ? マキを送り届けたら、また戻ってくるにゃ」


カルロ「そんな事行って、逃げて戻ってこないつもりではないのか?」


ルグレフ・ジョージ「「カルロ……」」



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