第133話 フエヤリの場合2
トゲだと?!
そんな
木の破片や魔物の牙爪などの異物が刺さり体内に残ってしまっているケースは冒険者の治療でたくさん診てきた。そういう症例なら、俺の鑑定ならハッキリと判るのだ。今回は違う。間違いない。
だが、その猫獣人はあろう事か、俺の鑑定のレベルが低いから分からないのだなどと言い出した。鑑定士ギルドでAランク認定を受けているこの俺に対してだ。
さらに、その猫獣人はリリアンヌ様の治療ができるとまで言い出す。
嘘をつけ!
鑑定魔法が使えるだけでなく、同時に治癒魔法が使える魔法使いなど見たことがない。つまり、嘘をついているのは間違いない。これでルグレフ様も分かったろう。
だが、予想に反してルグレフ様はこの猫獣人に治療させてみようと言い出した。
…まぁ気持ちは分かる。ルグレフ様自身も言っていたが、藁にもすがる思いというやつだろう。
だがその必死の思いのせいで、つい先日も、治癒薬を作れるという怪しげな薬師の言に乗せられ高額を投じさせられたばかりだ。
俺は、ルグレフ様の判断の愚を訴えた。…自身の進退を掛けてだ。
だが……
…ルグレフ様は、猫人ではなく俺達に向かって出て行けと言った……。
俺は思わず捨て台詞を言って部屋を出てしまった。
バリカルが大丈夫かと狼狽えているが、なに、すぐに結果は出るだろう。騙された事に気付いたルグレフ様はきっと頭を下げる。俺も思わず捨て台詞を言ってしまったが、本当に見捨てる気はなかったしな。
それから毎日、辺境伯に治療の結果がどうなったか聞きに通った。そして三日目、ついに治療が終わったと言う。リリアンヌ様の部屋に駆けつける辺境伯。特にダメとも言われなかったので俺達も部屋について行った。
確かにリリアンヌ様は治ったように見える。が、それは我々が治療をした後も同じだ。
猫は瓶を見せて、中にトゲが入っていると言い出したが、見ると瓶は空っぽであった。だが、猫は自分にしか見えないなどと言う。
自分にしか見えないなら誰も証明しようがないではないか。なんて悪賢い奴だ。
それを訴えたが辺境伯はそれどころではなく、聞いてもらえなかった。
仕方なく、俺達は屋敷を後にした。
バリカルがまた、どうするんだと訊いてきた。俺は、またすぐに発症するに決まってる。その時に猫の嘘がバレ、俺達が正しかったと証明できるはずだと言った。まぁそうなったら、リリアンヌ様は助からないかも知れないがな。残念だが、俺達を信じなかったのだから仕方がない。
とはいえ、辞めると言って出てきてしまった。遊んで居るわけにもいかないので、俺達はまた冒険者ギルドで仕事を始めた。
すると、しばらくしてリリアンヌ様が快癒の報告とともに、毒のトゲを含む魔植物に気をつけろと辺境伯様から街の冒険者ギルドに通達が出されたというのを耳にした。
冒険者達が駆り出され、街の中に入り込んでいた件の魔植物を駆逐する作業が行わるという。
そんな事をしても意味はないと俺は冒険者ギルドのマスターに訴えたのだが、領主の指示だからと聞き入れて貰えなかった。
結局、問題の植物はかなり街の中にあったようで、全て発見次第焼き払われた。
ただ、研究用のサンプルとして、その“トゲを含む毒液”が少量、瓶に入れて届けられていた。
俺は騙されていると言い続けたが、冒険者達は誰も信じてくれない。そのうち酔っ払った冒険者が、保管されていた毒液を持ち出してきて、嘘だと言うなら自分で試してみろと、からかい半分に迫って来た。
俺もつい意地になって、その毒液を自分の腕に塗ってみせた。もちろん毒なのでピリリと痛みを感じるが、毒はバリカルにすぐ解毒させたので問題ない。
だが……
…間違っていたのは俺のほうだった。
数日後に、影響が出始めた。
毒が周り全身の痛みに悶え苦しむ。
そのうち、バリカルが苦しむ俺に気付き、治療しようとしてくれたが、しかし俺はそれを止めた。
これはチャンスだ。トゲではない、何か別の原因があるはずだ。それを自分の身体で確認できる…。
だが、いくら鑑定しても、結局何も見つからず。
そして……手遅れになってしまった。
一斉に魔植物が身体から芽を出した。芽を引き抜こうとしたが、根が体の奥深くに根付いているようで、内臓を引っ張り出されるような痛みがあってできない。そうこうしているうちに次々発芽する魔植物で俺は異様な姿になってしまった。
冒険者ギルドから発表された通りの現象が起きたのだ。
慌ててバリカルに治療を頼んだが、この段階ではもう毒はないので治療は効かず…。
仕方ないので、領主の屋敷に居るはずのあの猫人を呼んできてくれるよう頼んだのだが……
バリカルは “あの猫人はもう街を出てしまって居ない” という返事を持ち帰ってきた…。そして、その知らせを聞いたのが、俺の最後の記憶となった……。
+ + + +
執事「それが…フエヤリは、先日の魔植物について、自らの身体を使って実験した、という報告が入っております。どうやらカイト殿の言ったトゲが原因であるというのがどうしても信じられなかったようでして…」
ルグレフ「何?! まさか……それでどうなったんだ?」
執事「結局、魔植物が発芽し……どうする事もできず。フエヤリごと冒険者達に焼き払われたとの事でした」
ルグレフ「……なんと……!」
執事「幸いにもフエヤリにはもう意識がなかったようでしたので、苦しまなかったのでは…」
ルグレフ「そうか…」
(じつは、燃え上がる炎の中で、フエヤリが一瞬目を見開き何かを言うように口を開いたようにも見えたのだが、それを見た冒険者は気の所為という事にして、報告しなかったのであったが。)
ルグレフ「フエヤリ……愚かな事を……。
…そういえばバリカルは? どうした? バリカルも実験に参加したのか?」
執事「いえ、バリカルは無事だったようです。ただ、フエヤリが焼き殺された後、行く先を告げずに街を出ていったとの事でした」
ルグレフ「そうか……」
執事「バリカルはフエヤリと仲が良かったので、ショックだったのでしょう……」
ルグレフ「そうだな……。もしまたバリカルが街に戻ってきたなら、また屋敷で働かないか声を掛けてやれ」
執事「御意…」
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