第129話 クラゲに刺されたら水で洗ってはいけません

は辺境伯の城に逗留していたハセイはこっそり城を脱出、そのまま街を抜け出そうとした。


だがもちろん逃がしはしない。最初から半信半疑で疑っていたのだ。当然監視をつけていた。街を出ようとしたところで連絡を受けていた門兵に男は拘束され、城に連れ戻された。


連行されてきたハセイに、父はハセイに聖月露草が手に入ったと告げ、薬の製法を尋ねたが、ハセイは『実は自分は作り方を知らない』と言い出した。


ハセイは作り方を知っている薬師が隣町に居るので、それを呼びに行こうとしていたと言い訳をする。


だが、さすがにこれ以上は信用できないので、【嘘看破ライクラック】のスキルを持つ神官を呼びハセイを尋問したところ、全て嘘だったと自白した。


ハセイ曰く、聖月露草は入手が困難なので、簡単には見つからないだろうと思った。その入手に難儀している間に逃げてしまう算段だった…。


ハセイは城の地下牢に閉じ込めてある。辺境伯を騙した罪は重い。後で処刑される予定である。だが…これで妹の治療に関しては、全て振り出しに戻ってしまった。


リリアンヌはどんどん衰弱していく一方である。


暗い雰囲気が辺境伯家を包んでいた。


そんな時、帝都から子供が商会の使いだと言ってやってきた。父が依頼した聖月露草を手に入れ、運んで来たと言う。


入城に当たって新しく雇った門番がやらかしてくれたようだが、お陰でその護衛の猫獣人がとんでもない強さである事が見られた。彼が押し入ってくれて正直良かった。そうでなければ、その猫人の申し出など聞かなかっただろう。


顛末を聞いたその猫獣人、カイトのおかげで、リリアンヌの治療の可能性が出てきたのだ。




  +  +  +  +




■カイト


辺境伯ルグレフの娘の話を聞いた時、俺には思い当たる事があった。


ルグレフは新種の植物系魔物であると言っていたが、森の中を移動している時、似たような魔物を見た事がある。というか刺された事があったのだ。


その植物は、ツタを触手のように動かし、近くに来た動物を絡め取る。単に絡みつくだけならよいが、そのツタには見えない微細な毒のトゲが大量についており、触れると“射出”される仕組みになっていたのだ。


それを知らず、絡みついてくるツタを面白がって俺は見ていた。地球にあった動く食虫植物俺のようなものかと思った。俺の毛皮はツタに巻き付かれてもトゲを受け付けなかったので気付かなかったのだ。


だが、巻き付いてきたツタが肉球に触た時、ビリッとした痛みと嫌な予感を感じた。瞬間、脊髄反射で火を放ちその花を燃やし尽くしたが、僅かにだが肉球に痛みが残っってしまった。火球よりもっと速い、火球を形成するまえに直接炎を相手にぶつけてしまう速攻型の火魔法が脊髄反射で発動したおかげで、幸いにも被害は小さかったが。


痛みが残ったので俺は掌(肉球)を鑑定してみた。俺が独自に進化させた【顕微鑑定】である。


【顕微鑑定】は、顕微鏡のように肉眼で見えないほど小さい物を拡大して分析できる【鑑定魔法】である。この世界の者はそういう発想がないので使えないようだ。地球の“顕微鏡”の存在を知っている転生者ならではの魔法と言える。


【顕微鑑定】の結果、肉眼で見えないほどのトゲが何本も肉球に刺さっているのが分かった。しかも、そのトゲは生きて・・・おり、内部に“進行”していくものである事が分かったのだ…。


しかもこの植物のツタは厄介で、植物本体から切り離されても暫くの間は生きており、触れたものに毒液を付着させる。毒液が付着すると焼けるような痛みを生じる。だが、それが罠である。痛みで擦ったり洗い流したりしようとすると、それが刺激となって、毒液の中に混ざっている種子が割れ、内部から棘が射出されるのだ。


この植物は【鑑定】によると水母葛クラゲカズラという植物系の魔物である事が分かった。


クラゲ? なるほど……。確か、地球のクラゲの触手がこのような仕組みになっていると聞いた覚えがある。擦ったり水で洗い流すと棘が射出され悪化してしまうのだ。そのため、アンモニア等の棘を刺激しない薬品で洗い流す必要があったはず。)


わざわざ手間の掛かる仕組みになっているが、動物や魔物の毛皮を貫通するためにこのように進化したのかも知れない。


だが、この魔植物が恐ろしいのはそこからである。体内に侵入した微細なトゲは、やがて棘は血管に到達し、血流に乗って獲物の体内に広く浸潤していく。そして一定期間が経つと、一斉に発芽するのだ。種子は発芽と同時に毒を出し、宿主を殺して苗床にして繁殖していくのである。


厄介なのは、一旦体内に侵入した棘は、宿主を殺すフェイズに入るまで毒を出さない。そして棘は微細過ぎてレベルの低い【鑑定】では感知できないのだ。


※人間の街に来てから知ったが、鑑定魔法にもレベルがあるそうだ。ケットシーである俺は最初から最高位の【鑑定】が使えたが、人間ではそもそも【鑑定】が使える者が希少なのだそうで、仮に使えてもそれほどレベルが高くないらしい。


俺は【顕微鑑定】で肉球に刺さった種子トゲを一つずつ根気よく取り出して事なきを得た。トゲには“返し”がついていて最初は少し苦労したが。


実は、この“返し”は厭らしい事に可動式で、トゲを奥へ奥へと押し出すように動くような構造になっている。自力で動く事はないのだが、体を動かすとその圧力でトゲが奥へ奥へと少しずつ進んでいくのだ。


ただ、徐々にコツを掴んだ。返し・・を魔力で押さえて閉じた状態にして抜き出すのだ。数が少なかったのでなんとかなった。肉眼で見えないほど小さい世界の話だから、顕微鏡的な感知能力と魔力操作が可能な俺でなければできない芸当かも知れない。そもそも魔力の感受性が低い人間では無理な芸当かもしれない…。


ルグレフの娘、リリアンヌのところへ案内されたが、先客が居た。どうやら辺境伯お抱えの治癒士と鑑定士らしい。治癒魔法を掛けては、悪いところが残っていないか鑑定すると言う事を繰り返していたようだ。彼らなりになんとかリリアンヌを治そうと努力していたというわけだ。


治癒士バリカル「ルグレフ様、ちょうど治療が終わったところです。鑑定士に見てもらっても、どこにも悪いところは発見できません、今度こそ…」


ルグレフ「そうか、お前達の懸命の努力には感謝しかない。治療が終わったなら下がって休んでいてくれ…」


そのまま引き下がろうとした治癒士バリカル鑑定士フエヤリだが、ふと足を止めてルグレフに尋ねた。


バリカル「そちらの獣人は…?」


ルグレフ「ああ、帝都の商人の護衛としてやってきた冒険者だが、娘の容態を診てもらおうと思ってな」


バリカル「なんですって?! 獣人の冒険者に病気の事が分かるのですか? せっかく治療して良くなっているのに、余計な事をされて悪化しても困るのですが!?」


ルグレフ「…確かに治癒士は病気や怪我の専門家であろうが、冒険者は魔物に詳しい。どうやら彼はこの症状の原因となった魔物に心当たりがあるらしいのだ…」


バリカル「…確かに、魔物については私は詳しくはないですがね」


フエヤリ「バリカルが治療したばかりですから、今診ても何も分からないのでは?」


ルグレフ「そうか、タイミングが悪かったな。だがダメで元々、一応念の為、鑑定てもらうくらいはいいだろう? 藁にも縋るというやつだ」


バリカル「……失礼ですが、先日もエセ治癒士に騙されたばかりではないですか…?」


フエヤリ「あ、おい! お嬢様に勝手に近づくな!」


「やっぱりにゃ。トゲが残ってるにゃ」


ごちゃごちゃ治癒士とルグレフが話しているうちに、俺はもう【顕微鑑定】を終えていた。



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