第121話 異世界にも高所恐怖症はあるようです
■カイト
マキが実は急ぎの旅だったと言い出した。
ならばと、俺は森を越えて行く事を提案した。
実は、実際には森の中を抜けるつもりはない。森の上空を飛んで行くつもりだ。
マキは俺が言ってる事が今ひとつ理解できないようだったが、言葉で説明するのももどかしいので詳しくは説明しなかった。後でしっかり体験して理解してもらおう。
ギルドで簡単な地図を見せてもらったので、街道が途中で森へ入るルートと森を迂回するルートに別れる事は知っていた。そして森とその中央にある小さな山を超えていけば、隣の街までは最短ルートであると分かっていた。
ギルドにある地図は、誰かが書いた略地図の集積で作られているため、当てにならない部分もあるらしいのだが、昔から直線距離で行けば近いとは言い伝えられているそうなので信じる事にした。
およその方角さえ合っていれば、多少間違っていたとしても高く登ってしまえば見えてくるものもあるだろう。
そして分かれ道。
当然
子供と小柄な猫が二人でテクテク歩いていると、ゴブリンが現れた。振り返ってみると、遠くにまだ馬車隊が見える。どうやら連中はゴブリンに気づいているが、俺達を囮にして離脱するつもりのようだ。大分離れたので気付かれないと思っているのだろうが、俺は目も耳も良いから、後ろを気にしているのがバレバレだ。まぁ俺にとってはそのほうが好都合だが。
ゴブリンなど問題なく片付け、そのまま森の中へと入っていく。―――別に “ここから森です” という看板があるわけではないので、どこから森なのか良くわからないのだが。徐々に木が増えていき道が荒れてくるというだけである。
そろそろ良いだろう。振り返ってももう後ろに馬車も見えない。
「じゃぁ、そろそろ飛ぶにゃ」
マキ「え…? ……え? ……ええええええ~?!」
重力魔法で俺とマキの体重をゼロに近づけていく。急に身体が軽くなって、ふわふわ浮かび始めたのでマキが慌てているようだ。
驚くのはまだ早いぞ。上空に上がれば眺めは最高だ。
上空に上がったら、風魔法で水平移動を開始だ。
だが、空を飛んで行く案はそこで挫折する事になった……。
マキがパニックを起こしてしまったのだ。
そのうち収まるだろう、落ち着けば景色に感動してくれるだろう…と思ったのだが、そうはならなかった…。
マキはどんどん青くなっていき、ついには白くなっていき、痙攣し始めてしまったのだ。これは…高所恐怖症というやつか?
なんか目の焦点があわず泡まで吹き始めたので、拙いと思い慌てて地上に戻ることにした。
地に足をつけ、体重が戻ってくると、マキは少し落ち着いてきた。
しばらく休憩した後……落ち着いたならもう一度空へと提案してみた。
だが、マキはプルプルとクビを振る。
「これは重症にゃな。しょうがにゃい…プランBにゃ!」
+ + + +
■マキ
もう空へは上がらないと言われて、僕はようやく少し落ち着いてきた。
森を飛び越えるって
でも無理……
怖かった…高いところがあんなに怖いなんて……。
ただ、さっきみたいに突然予想外の事をされても困るので、なんとか声を絞り出して訊いてみた。
「プ……ラン…ビィ? ってなんですか?」
カイト「プランB? そんなものはないにゃ!」
「え?」
カイト「…嘘にゃ、そういうネタにゃ、って言っても分からんか」
え? ネタ? カイトさんが言うことは時々、いや頻繁に良くわからない…。
カイト「空を飛べないなら地上を走るにゃ」
なるほど、そりゃソウデスネ。
でも、僕に険しい森の中を走るのは多分無理ですよ? 街道として整備されているのは森のかなり浅いところまでで、あとは草を掻き分け木の根を乗り越え進む事になるのでしょうから…。
カイト「乗るにゃ」
カイトさんが自分の背を親指で指しながら言った。
「え?」
乗れって言われても、カイトさん、僕より背低いですよね? と思ったら……
「ええええ? カイトさんが巨大化した~!」
カイト「森に入ると猫は大きく見えるにゃよ」
マキ「いやいやいや、実際に大きくなってますよね?」
カイト「
僕はカイトさんの背中におぶさり、毛をしっかりと掴む。するとカイトさんが走り出す。
カイト「森を飛び越える案は駄目ににゃったが、その代わり、森の中を
そして、カイトさんは俺を背に乗せたまま、
……いや、実際飛んでるような? 確かに四本脚で走っているように見えるけど、地面を蹴る足が地についていないような……?
走ってる間は舌を噛みそうで喋れなかったけど、後で訊いてみたらカイトさんは空間属性と風属性(空気属性)の魔法で、どこにでも見えない足場を作り出せるのだそうだ。
でも、あまり高く飛ばないでほしいなぁ…ちょっと怖い…。スピードも速すぎるし……というか、カイトさんが森の中を走るのに慣れてきたのか、進むにつれどんどん速度が速くなっていくのだ。正直ちょっと怖かった。
途中、何度も魔物とすれ違った。でも、全部首から上が斬り飛ばされて転がっている死体だった。さっきのゴブリンと同じで、どうやらカイトさんが近づく前に倒しているようだ。
最初はゴブリンだけだったけど、森の奥に行くに連れ、より危険度の高い魔物が出てくるようになった。コボルト、オーク、デモンウルフ、デモンボアにデモンベアなど……いずれも僕の目に入った時には首が斬られた状態だったけど。
首のない魔物の死体は、僕達がすれ違う瞬間に消えてしまう。後で訊いたら、カイトさんが魔法で収納しているのだそうだ。ゴブリンなど低級の魔物は価値があまりないけど、上位の魔物は食料にもなるし、素材として売れば少しは金になるのだそうだ。
受付のオバサンが『猫さんは強い』と言ってたけど……カイトさん…もしかして、とんでもない怪物だったんじゃ…?
だいたい、冷静になって考えたら、空を飛ぶとか普通じゃないでしょう。そんな魔法、聞いたことない。まぁそれほど僕も魔法に詳しいわけじゃないから、知らない魔法があるのは当然だけど…。優秀な魔法使いなら普通の事なのかな…?
・
・
・
カイトさんは僕を背に乗せたまま、森を駆け抜け、岩山を駆け上る。
途中空から襲ってきた魔物も居たけど、カイトさんは当たり前に瞬殺して収納していた。
そして谷を駆け下り、ついに、隣町の近くまで到達した。
カイトさんの背中にしがみついて、目まぐるしく流れていく周囲の景色を見送りながら呆然としていたので、僕にはどれくらいの時間が経ったのかよく分からなくなかったけど…
…もしかして時間はそれほど経っていない? だって、帝都を出た時と、太陽の位置がほとんど変わっていない…。
カイト「本当は、目的の街まで一気に走る事もできるんにゃけど、一旦街に入るにゃ。マキが持たなそうだからにゃ」
「え?」
カイト「手が震えてるにゃよ?」
言われて手を見ると、プルプル震えている。必死でカイトさんの背中の毛にしがみついていたせいで、腕の筋肉が疲れてもう限界なのだった。
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