第118話 急ぐにゃ? なら近道するにゃ

街を出て街道を進む馬車の列キャラバン。俺とマキはあのスリンとかいう奴が番頭を勤めるアニル商会の馬車の後ろを徒歩で歩いている。


マキ「カイトさん、追い越しましょう」


「無理するにゃ。どうしてもアイツらの後ろが嫌にゃら、少し待って最後尾に回るにゃ」


馬車の速度は人間が小走りする程度。それを徒歩の人間が追い越すという事は、走らなければならない。中には街道を自分の足で走って旅をする猛者も居るという話だが、まだ成人前のマキにはちょっと無理があるだろう。


「先は長いんにゃろ? 千里の道も一歩ずつ、無理せず堅実に歩いて行ったほうがいいにゃ」


マキ「いえ! それでは駄目なんです……少しでも早く、前に進まなければ…」


「…急ぐ旅にゃ?」


マキ「…実は、納期が迫っていまして。期日までに商品を届けないと、莫大な違約金を請求されてしまいます。そうなったら、本当にコバルト商会は潰れてしまいます…」


「納期はいつなんにゃ?」


マキ「…一週間後です。目的地はこの国の辺境にある街、ウィレムグラード。そこまで十ほどの街や村を経由していく必要があります…」


「ん? ということは……間に合わないんじゃにゃいか?」


この世界、街から隣へ移動するのには、だいたい八~十二時間程度掛かると聞いている。


なにせ、魔物が闊歩する危険な世界である。そのため、人が住む場所は魔物の進入を防ぐ城壁で囲われているのだ。


夜間は魔物も活発になるので、移動は日中のみ、野営を避け一日で移動できる地点に拠点が作られ、それが発展して街になっていったのだそうだ。


つまり、街を十箇所経由すると言うことは、普通に旅をすれば、単純に十日掛かる計算になるのである。


(もちろん馬を飛ばすなどすればもっと速く移動は可能であるが、馬も一日中走り続けられるわけではないので、中継地点ごとに馬を用意し乗り換えていく必要がある。軍事目的など、よほどの緊急事態でない限りそのような事は行われない。)


マキ「…はい。ですから急がないと。どこかで多少無理をしてでも行程を縮める方法を考えなければなりません。…カイトさんには無理をお願いする事になるかもしれませんが……すみません、後出しでこんな事……」


「別に問題ないにゃよ。それなら、もうしばらく行けば別れ道になるにゃ。そこでキャラバンと別れるにゃ」


マキ「それは…! 森に向かうルートですよね? 森を抜けるのは危険なんじゃ…?」


「そっちのほうが近道だって聞いたにゃ」




  +  +  +  +




■シャプ


「おい、あいつら、森へ続く旧道のほうへ行ったぞ…? まさか…森の中を突っ切る気か…?」


街を出てしばらく進むと、やがて街道の分岐点に辿り着く。


分岐を左に行けば森(そして山)へと続くルート。右に行けば森と山を大きく迂回して行くルートとなる。


森と山を抜けるルートは、隣町への最短ルートではあるが、魔物が多く出没する危険なルートである。


そのため、森と山を大きく迂回する遠回りのルートが作られており、商人は普通そちらを利用するのだ。(右ルートでも急げば日暮れまでには隣町に着ける。)当然、街を出た馬車の列は皆右へと進んでいく。


だが…分岐点を過ぎたところで、マキ少年とその護衛の猫人の姿が消えた事に気がついた。どうしたのかと思って振り返ってみると、左のルートを進んでいく二人の後ろ姿が見えたのだ。


「まさかアイツら……さっきいてくるなって俺達に言われたから、意地を張ってしまったんじゃ?」


ニレ(シャプの仲間)「あー居るのよねー、そういう無茶をする新人冒険者。この辺の森は辺境に比べればそれほど凶悪な魔物は出ないとは言え、森を通り抜けるのはやっぱり無茶よね…」


「どうする、連れ戻しに行くか?!」


スリン「どうした? 何かあったか?」


俺の声が聞こえていたようで、御者台の上に居たスリンさんが声を掛けてきた。


「それが、あの連中―――あの子供と猫人の二人が、森の方へ向かったようで…」


スリン「そうか……馬鹿な連中だな」


「どうしますか? 連れ戻しに行って来ましょうか?」


スリン「連れ戻す? なぜだ?」


「なぜって、…、アイツラ、俺達についてくるなと言われて意地を張ったんじゃないかと…」


スリン「だからどうした? 奴らの思惑に乗せられてどうする。おそらく奴らはそれ・・を狙って森に行くフリをしているのだ。それで連れ戻せば、なし崩し的に寄生を許可した事になるじゃないか。甘い商人なら許すかもしれないが…悪いが俺は違うぞ。零細商会なんでな、駆け出しの商会の面倒を見ている余裕などないんだよ」


「でも…それで死なれたらなんだか寝覚めが悪いというか…」


スリン「気にするな。奴らは自分の判断でそのルートを選んだのだ。冒険者は自己責任が基本だろう? 商人もだ。あの小僧も商人として父の後を継いだのなら、その判断の責任も自分で取るべきだ。それよりも…」


スリンが前に目をやる。


「…?」


スリン「前の馬車の護衛達の様子に気づかないか? 戦闘態勢をとっているぞ。どうやらゴブリンを発見したようだな。ほら、連中の視線の先を見ろ。街道脇の木の影に居る」


「え?!」


スリン「気付かなかったか…。前の馬車の護衛達のほうが優秀だな。ああいう連中を専属で雇えるようになりたいもんだ…」


「……くそ! ……いた! おいおい…結構な数だぞ? 3…4…10匹以上いるな……」


慌てて俺は剣を抜いた。


スリン「だが、馬車の列キャラバンを襲うには少し少ない。他の馬車の護衛達と協力すれば、大した相手でもあるまい」


護衛が多く手強いのをゴブリン達も分かっているのか、ゴブリンどもは襲ってこずに隙を伺っている。


「戦力差を理解するくらいの知能はあるようだな」


そのうち、ギャーゴギャーとゴブリンが騒ぎ出す。するとゴブリンの群れは移動を開始した。馬車を襲うのは諦めたのか…?


「……あ! まずい!」


ゴブリン達が向かった方向は…! そう、あのマキとかいう子供と猫人の進んだ道のほうだ。大勢の護衛がいるキャラバンより、隊列からはぐれた? 人間の子供を襲うほうがよいとゴブリン達は判断したのだろう。


「助けに行かないと!」


スリン「どこへ行く気だ?! お前達はアニス商会に雇われた護衛だろうが。任務を放棄して馬車を離れる事は認めんぞ?」


「う…でも……あのマキとかいう子供が…」


スリン「ちょうどいいじゃないか。アイツラが囮を買ってくれたおかげで馬車隊こちらは安全に距離を稼げる」


「……見殺しに…するんですか……?」


スリン「あの猫は自分で強いと言っていただろう? それが本当ならゴブリンくらいはなんとかするだろうさ。仮にできなかったとても自分で選んだ道だ…」


スリン「…噂では、コバルト商会のゲットーは護衛をケチって行商の途中に魔物に襲われたという話だ。親子して危険な道を行くとはな…」


スリン「……はて。そういえば以前は、コバルト商会のゲットーは堅実な商売をするという評判だったはずだが…? まぁいい、私達には関係ない事だな…」




  +  +  +  +




■カイト


マキ「カイトさん、森の中なんか通って、本当に大丈夫なんですか?」


「森の中は通らんから大丈夫にゃ。森を飛び越えるんにゃよ」


マキ「とび…???」


「飛ぶのは森に入ってからにするにゃ、さすがにここだと目立ちすぎるにゃ。目立つとろくな事がないのが人間の社会だからにゃ……


……ん?」


マキ「?」


「ゴブリンにゃ」


マキ「え?!」


「どうやら数の多いキャラバンを襲うより、俺達を襲うほうを選んだみたいだにゃ」


マキ「ど、ど、だ、だ、大丈夫なんですか?」


「何が?」


マキ「ゴブリンがこっちに向かっているのでしょう?! 逃げないと! やっぱりキャラバンの後を追いましょうか?」


「なんでにゃ? たかがゴブリン、気にする事はないにゃ」


マキ「来ターーー!」


街道脇の木の間からゴブリンが出てきた。マキは騒いでいるが、そんなにビビらんでも…


「ゴブリンなんて子供でも倒せる弱い魔物にゃ。気にする事ないにゃ」


マキ「そそそそれは一匹だけの場合でしょう?! 数が多かったら大人だって危険な相手ですよ!」


「大丈夫にゃ。言ったにゃろ、俺は強いにゃ。ゴブリンくらい何百匹居たって怖くはないにゃよ」



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