第112話 俺から見ると熊は魔力の動きがわかり易すぎ説

スティング「それでは、ハジメ!」


ノア「猫ちゃんがんばれー」


スティング「ノア、職員は中立じゃないといかんだろうが」


ノア「だってーどう見たって熊と猫ちゃんじゃ猫ちゃんのほうが不利じゃんー、応援くらいいいでしょー」


熊は、開始の号令にかぶせるようにフライング気味のタイミングでいきなり打ち込んできやがった。試験官のくせに先手を受験生に譲るって気持ちはないのか? …まぁそりゃそうか。奴は俺の事をモブ達の仇だと思っているんだからな。


殺してしまったら反則負けになるが、それで困るのは受験生側だけ、試験官が相手を殺してしまっても何も困る事はない。つまり…


…奴は本気で俺を殺しに来ていると思ったほうがいいだろうな。事実、俺に向けられている奴の魔力の波動には本気の殺気がビリビリと含まれている。


熊が木剣を鋭く振り下ろしてくる。


それを俺は木剣で受け止める。


だがそうすると、身長差があるので上から押さえつけられるような形になる。


熊はここぞとばかり全体重を掛けてくるが…


…俺はビクとも揺るがない。


熊「……身体強化か。俺の体重を平気な顔で受け止めるとはな…」


そこから俺は受けていた剣を斜めにすっと傾けながら横に移動する。熊の剣が俺の剣の上を滑って流れる。俺は剣を傾けた状態からそのまま肩に担ぐようにして熊の懐に潜り込んで胴を打つ。日本の剣道で言うところの“逆担ぎ胴”というやつだな。


まぁ、身長差があるので俺の攻撃は胴ではなく熊の太ももを狙う形になってしまったのだが。


だが熊もさすがAランク。剣を流されたにも関わらず体勢を大きく崩す事はなく、素早く剣を引いて俺の打ち込みを受け止めた。


そこからさらに何度か斬り結ぶが互角の展開。


俺と互角とは……


…どうやら奴も俺と同様、剣はそれほど得意ではないらしいな。


などと思っていると、一瞬間合いが離れた時、熊が妙な事を言い出した。


熊「この俺と剣で互角とはやるな。モブ達がやられるわけだ。その剣技、どこで身に着けた? 師匠は誰だ?」


「……? 剣なんて誰にも教わってないにゃ」


剣技は、強いて言えば、時代劇や剣豪小説から学んだかにゃ。一切修行の伴っていないイメージ剣術だけどにゃ。


まぁ俺も、イメージだけで練習しないで身につくほど甘いとは俺も思っていないが―――ああそういえば! 森の奥でスケルトンの剣士相手に少し練習したな。


「どうやらお前も俺と同じ、剣は苦手のようだにゃ?」


スティング「おいおい…酷い煽りだな。帝都剣術大会の優勝者であるボロノフ相手に…」


熊「…ふん、俺もまだまだ修行が足りんようだ……」


再び打ち合いが始まる。


だが大丈夫。同じ展開にはしないさ。


俺はさらに多くの魔力を【身体強化】に込める。力押しだ。技量はつたなくとも相手をはるかに凌駕するパワーがあれば相手を圧倒できる。


まだまだ俺の身体強化は上限には程遠いからな。


徐々に俺のスピードとパワーが上がっていく。


それにともない、徐々に熊が圧され始める。


熊「くそっ、信じられん…」


熊に焦りが見え始めた。


よし、このまま押し切ってしまえ! と思ったら……


…ポッキリと木剣が折れてしまった。俺のも熊のも両方ともだ。


どうやら激しい打ち合いに耐え切れなかったらしい。


まぁそうなるか。わざと力任せに熊の木剣を狙って打ちまくっていたからな。


これも何かの剣術漫画(格闘漫画だったかも?)に描かれていた事。相手の武器を攻撃すれば、少なくともその間は相手から攻撃を受ける事はない、というやつだ。


スティング「…おいおい勘弁してくれよ、二人が使ってる木剣はエルダートレントの素材から削り出した特級品だぞ? 絶対折れないって言われてるのに……高かったのに、くそ、大損害ダー!」


ノア「ダー!」


スティング「ちゃかすなっ!」


折れた木剣を捨てる俺と熊。


二人とも、もう新しい木剣をとる事はせず。


「シャキーン」


双方、爪を出しての“爪撃戦”だ!


猫パンチ VS 熊パンチ。


だが…


…小猫と大熊では小猫のほうが分が悪かった…。爪の大きさが違い過ぎるのだ。


俺は熊の爪撃を掻い潜り、熊の身体を爪で引っ掻く。だが、小猫の小さな爪では与えられるダメージが小さい。文字通り、引っ掻き傷にしかならない。


いつものように風刃を爪に纏わせれば切れるだろうが、攻撃魔法は禁止という事なのでそれもできない。


(まぁ使ってもあのギルマスならバレやしないかもしれないが、ルールなので守ってやる。後でルール違反だと言われても困るからな。)


まぁ、小さな引っ掻き傷でも数を重ねればダメージにはなるだろう。俺は熊の体に引っ掻き傷をつけまくってやった。


さすがにちょっと熊も嫌そうな顔をしている。熊の爪撃はすべて空振りとなっていたため、俺を捉えようと熊がムキになってきたようだ。


熊「こうなったら……俺も本気を出させてもらう!」


「おや? 今まで本気じゃなかったにゃ?」


熊の身体から強い魔力を感じた。何かスキルを発動したようだ。すると……なんと熊の身体が巨大化していくではないか。


もともと熊の身長は人間より頭ひとつふたつ大きかったのだが、それがさらに倍以上に大きくなっていく。


ノア「なぁにあれーなんかずるーいー」


熊「身体強化は有りだろ!」


巨大な熊が俺に向かって爪を振り下ろしてくる。巨大化してしまうとかえって小さい的を狙いにくいのではないかと思ったのだが、熊はデカくなっただけでなく、スピードとパワーも格段に上がっていた。数段レベルアップさせた俺の身体強化の速度についてくるほどに…。


熊の猛攻が始まる。


俺は防戦一方、縦横無尽に飛び回り、逃げ回る。


必死で……? いや、余裕だがな。


事実、熊の攻撃は試合が始まってから一度も俺には掠りもしていない。


何故か? それは、俺には熊の攻撃は全て事前に読めてしまうからだ。俺から見ると熊は魔力の動きがわかり易すぎなんだよ。


この世界の生物は全て魔力を身に宿している。そして動こうとする時、その気持ちに合わせて魔力が先駆けて動く。その流れを見れば、次の動きが読めてしまうのである。(これは魔力に異様に敏感なケットシーの種族的特性のおかげらしい。)


相手が動く前に、先に飛んで来るその“魔力の先触れ”を避けてやるだけで、その後を攻撃が通過していく。テレホンパンチならぬテレホン爪撃というところだな。


だが、攻撃は当たらないが、こちらも手詰まりになってくる。巨大化した熊は毛皮の防御力も上がっており、傷もつかなくなってしまったのだ。


俺の爪が自分に傷をつけられない事が分かった熊は、防御を捨ててカウンターを狙い始める。フェイントを織り交ぜながら相打ち狙いを始めたのだ。


俺は基本的に相手の攻撃を掻い潜って反撃する戦法なので、フェイントを混ぜられると迂闊に近づけなくなってしまう。


うーん……魔法は防御のみ、“攻撃魔法禁止”の縛りは意外と難しいな。攻撃力があれば、フェイントなど無視して攻撃してしまえばいいだけなのだが…。


熊「ふ…いつまで逃げ続けられるかな?」



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